はっぴーまみー 新天地、自室にて。比治山が今日も疲れたと部屋で寛いでいた時のことだった。部屋のチャイムが鳴り、誰かが訪ねてきたことを知らせる。事前に連絡もせずに訪ねて来る奴など一人しかおらんと確信してドアを開くと、
「比治山くん、Trick or Treat!」
そこには全身を包帯でぐるぐる巻きにした沖野が楽しそうに立っていた。
『はっぴーまみー』
「お、おき! き、貴様! な、なん!!」
「なんだその格好は、って言いたいのかな?」
投げかけたい問いはうまく言葉にならなかったが、答えてほしい本人が代弁する。その言葉にぎこちない動きで何度も頷く様子がおかしいのか、沖野は徐々に笑い出した。
「ふ、ふふ、比治山くん、そんなに困惑しなくても」
言いながら一歩近づいてきたところで、比治山は急にハッとする。それから周囲を見回すと、沖野の腕を掴んでサッと部屋の中に引き込んでドアを閉める。一方沖野は引っ張られた驚きと痛みで怪訝な目を向けてきた。
「急に掴まれたら痛いだろ。一体なんだい」
しかしどんなことを思われようと比治山には関係なかった。またしても勢いよく両の肩を掴むと、正面から目を覗き込んだ。
「なんて格好をしている!!」
改めてまじまじと全身を見る。頭から上は顔を含めて覆われていない部分もあったが、首から下は包帯で覆われている。巻き忘れたのか、それとも巻ききれなかったのか、ところどころに覗く肌色がちらちらと目に入り、その度に視線を逸らしてしまう。
「今日はハロウィンだからね、ミイラ男の仮装だよ。全身を包帯で巻いているんだ」
沖野が手を挙げると、手首の辺りで包帯の端がゆらゆら揺れていた。そういえば今日は十月三十一日……ハロウィンなのはわかるが、そんな恰好で部屋を訪ねられるこちらの気持ちも考えてほしい。
「貴様、そんな恰好で部屋から歩いて来たのか?!」
沖野の部屋は隣とはいえ、廊下という公共スペースを歩くのだ。誰かに見られる可能性を考えなかったのだろうか。しかしその問いに対して首を横に振った。
「まさか。こんな格好で来るわけないだろう」
「なんだと? しかし廊下で着替えるわけにもいかないだろう」
返って来た言葉を理解できず、首を傾げてしまう。するとその様子を見た沖野が自分の左腕の辺りに触れるとその部分が輝きはじめ、あっという間に沖野の包帯全体が光る。まばゆく光っていた時間はたった数秒だったが、光が収まると、
「な! ふ、服が!」
そこにはいつもの部屋着姿で立つ沖野がいた。一体何があったのかと沖野と服と腕を順番に見る。どれをとっても不審なところは見られなかった。その様子を見ながら、沖野は左腕を比治山の方に差し出した。
「22世紀に使われていたデバイスを修復したんだ。これを使うと、登録された服装にワンタッチで着替えることが出来る」
デバイス、とは言うが何かをつけているようには見えない。けれど沖野がまた腕の部分に触れると、別の衣装へと切り替わる。ハロウィン用に登録してきたのか、吸血鬼、魔法使い、狼男などなど普段では見ることのできない格好に比治山は驚きながらも目を逸らせなかった。
「す、すごいな」
用意した衣装の種類について口から感想が出たのだが、沖野はこの技術に対する感想だと捉えたようだ。
「面白いだろう。詳しい説明は省くけど、服を持っていかなくても着替えることが出来る。と言っても視覚的に見えるようになるだけだから、実際に服を着ているわけじゃない。でもすぐに服装を変えることが出来たから、当時は大流行していたみたいだよ」
最後にいつもの姿に戻ると満足気に笑った。完成したデバイスの成果に満足しているようだ。しかし、そんなことよりも比治山は沖野の言葉に引っかかった。
「実際に服を着ているわけじゃ、ない?」
「え?」
沖野が驚いた様子でこちらを見ると、じぃと見つめる比治山と視線がぶつかった。そのあと比治山は視線を少しずつ下に下げていく。まるで衣服のその奥を覗くような……穴の空きそうなほどの視線に、沖野は珍しく声を張った。
「い、いや、『実際に服を着ているわけではない』というのは言葉のあやで、その衣装は着てないという意味だ! 衣服は着ているからね、勿論!」
「ほぅ……ではそのデバイスを外してもらおうか」
慌てた様子の沖野に向かって伸ばしてた手がパンッとはたき落とされた。その様子はいつもの沖野の様子と違い、あまりにも怪しかった。
「おき」
「そんなことより比治山くん、Trick or Treatって言っただろ。早くお菓子を用意してくれ。奥にあるんだろ」
部屋の奥を覗いて菓子を要求するが、こちらの言葉を遮って明らかに話を逸らそうとしている。その上、比治山を自分から離そうとしているではないか。いつもだったら比治山もその言葉に従って、素直に菓子を取りに行ってしまうだろう。しかし今日は違った。そう簡単に事が運ぶと思うな、と心の中で笑うと手をズボンの後ろポケットに突っ込み、中に入っていたものを見せる。
「ほら、菓子だ」
飴玉だった。
「どうして……」
「今日はたまたまポケットに入っていてな。おかげで菓子を迫られてもいたずらされずに済むというわけだ」
普段は菓子など持ち歩かない。部屋に戻ればなおさらだった。しかし今日はたまたま、本当にたまたま玉緒からもらった飴玉が入っていたのである。
もう一度腕を伸ばし、沖野の腕を掴む。今度は大人しくその腕を掴ませてくれたので、その手にしっかりと飴を握らせた。これで沖野の要求は叶えた。
「さて沖野、Trick or Treatだ」
「え」
腕を掴んだまま、今度はこちらからだと比治山はしたり顔でハロウィンの定型句を告げる。戸惑う沖野から返事が来る前に言葉を続ける。
「さぁ菓子を寄越せ。持っていないならいたずらだぞ。どうする?」
「比治山くん、その」
逃げようと掴まれた腕を引っ張るが、当然離しはしない。沖野は戸惑う比治山の姿を見るつもりで、菓子をもらおうと部屋を訪ねてきたのだ。勿論自分から渡すお菓子は用意していなかった。この場をどう乗り切ろうか考えている様子に、比治山はその前に動かなければこの勝負勝ち目はないとさらに言葉を続けた。
「そうか、持ってないならいたずらさせてもらおうか」
「ちょ、ひじやまく!!」
掴んでいた腕をぐいと引っ張って触ると、そこには見えないだけで確かに何かあった。それからその部分を軽くひと撫ですると沖野の服が光り………………
その後どうなったかは当事者のみが知るところだが、翌日嬉々として普段と違う楽しいハロウィンを過ごしたと話している比治山の姿があったということだ。