バレンタインのお話「果たしてバレンタインにチョコを渡すという行事をここヴィランズの巣窟とも言えるNRCで行えるのかどうか」
「うん?」
新生オンボロ寮の談話室で私がキリッと言うとユウは目を瞬かせ、コテンと首を傾げながら不思議そうな顔をする。
「あぁ、そういえば。そろそろバレンタインの時期だねぇ…一月も終わるし」
「そのバレンタインというイベントをNRC生が望んでいるかどうか!」
「う~~~ん…男子校だし、そういうイベントは悉く無視してそうだよね」
難しそうな顔をしたユウの言葉に私はべしょりとテーブルに突っ伏した。
「だよねぇ~~!?」
「あ、いや、でもラキアはフロイド先輩にチョコ渡すんでしょ?」
「…果たして人魚の文化にバレンタインというイベントがあるのかどうかも…謎である」
「あ~…確かに」
それに何より、この時期は購買のサムさんが大量にチョコを入荷するのだ。貰える当ての無い生徒に売りつけるために。(シンプルにヒドイ)
中には学外にいる彼女さんからチョコが送られてくる所謂リア充もいるのだが、悉くやっかみの対象となり、彼女さんのチョコは周囲の心の狭い男子生徒達によって駆逐される。
「でも、きっとフロイド先輩は喜んでくれるんじゃないかなぁ…ラキアのこと大好きだし。それにバレンタインの事を知らなくても『お菓子作ったのでどうぞ!』って渡したらいいんじゃない?」
「……ここで一つ問題です」
「はい、何でしょう?」
私の言葉に律儀に返事をしてくれるユウの目の前に指をピッと立てて言う。
「一番の問題は…フロイド先輩の料理スキルがカンストしてるって事!!」
「あ、あぁ…確かに」
「フロイド先輩の美味しいごはんとか、デザートとか食べてる身としてはあんなに美味しい物を作る人に自分で作ったお菓子を渡すなんて、無理ゲーすぎるというのが一番の問題点!」
私は声高にそう言い切ると再度机に突っ伏した。
「作ってあげたいけどさぁ…市販の物の方がクオリティ高いし、あげるならやっぱり美味しい物あげたいじゃん?」
「うーん、その気持ちもわかるけど…フロイド先輩はラキアの『手作り』喜ぶと思うよ」
「……その根拠は?」
「いや、今までのフロイド先輩を見てたら分かるって」
ユウの言葉にフロイド先輩を思い浮かべる。うん、わかってる。フロイド先輩は私が何か作ってあげたら、きっと喜んでくれる。あの綺麗な左右で色の違う瞳を柔らかくして、きっと嬉しそうに笑ってくれる。
「……でも、やっぱりあげるなら美味しいものが良い!!」
「んんっ、ブレないな~」
私の宣言にユウはコテンと首を傾け、紅茶の入ったカップに口を付けると心の中で『フロイド先輩なら絶対、確実にラキアが作った物だと言えば食べたがるに決まっているのに目の前のラキアは不安そうな顔をしているのが何だか可笑しい。』と小さく笑った。
「…でも、折角の初めてのバレンタインなんだから作ろうよ。私も手伝うから…ね?」
「ユウは、誰かにあげるの?」
「え…と…お世話になってる人にあげようかな~…なんて」
「ユウが作るなら…私も作ろうかな」
「うん、一緒に作ろ?」
ユウにそう言われ、私はコクンと素直に頷く。作ると決めたからには、何を作ろうかと二人でスマホを覗き込んでレシピを探す。向こうで言うクック〇ッドの人気検索を上から二人で眺めていく。
「…あまり甘すぎてもフロイド先輩苦手かなぁ?」
「そうだね、甘党な人は少ないと思うから…甘さ控えめカロリー控えめにしよっか」
「…カロリー?」
「あっ、ほら、やっぱりチョコってだけで嫌がる人とかいるかなぁって思ってね!?」
私が聞き返すとユウが焦った様にそう言う。その微かに赤らんだ頬を見て私は察した。
「…そうだねぇ、一日のカロリー摂取量を決めてる先輩もいるもんね~?」
「う、うん…だから甘さ控えめでカロリーも抑えた方が喜ぶかなって思って」
「そうだね~?」
ユウが誤魔化すように視線を泳がせながら言う言葉の数々に思わずニヨニヨとした笑みを浮かべるとユウは更に頬を赤く染める。
「ほ、ほら、ケイト先輩とか甘い物苦手だし!」
「うんうん」
「それに、ヴィル先輩とか美容に気を付けてる人はカロリー計算もしてるだろうし!?」
「そうだねぇ」
「うぅ…お願い、内緒にして」
私の表情で隠し切れないと悟ったのか、ユウはへにゃんと眉を下げる。まさかのアズ監の気配に私はニヨニヨが止まらない。そっかぁ、ユウはアズール先輩が好きなのかぁ、へーほーふーん…成程ねぇ。私がそんな風に考えてニヨニヨしてるとユウはソファに置いてあったクッションを私に投げつけてくる。
「ぶふっ!?」
「ラキアの意地悪!」
「暴力反対なんだが? だが?」
まあ、私がプレゼントしたモコモコのクッションなのでダメージ0なんだけどね!
◇
そんなこんなでバレンタインデー前日の夜となりました。
「はいっ、という訳で明日渡すバレンタインチョコを作ろうと思います!」
「はーい!」
「オメーら、夜なのに元気なんだゾ…」
「グリム君は味見よろしくね?」
エプロンを装着してやる気満々の私達を見ながらキッチンの椅子に大人しく座っているグリム君にそう言うとグリム君はコクンと頷く。
「まずかったら怒るからな」
「そうならないように頑張りまーす。さて、それでは早速作っていきます。まずはユウの方から!」
「何で説明口調…というかまるで料理番組みたい」
面白そうにユウがクスクス笑って言うので私もニッコリ笑って返す。
「その方が楽しいかな~って思って、では今回ユウが作る低カロリーを目指したチョコはこちら!」
「お豆腐を使った生チョコです!!」
「あはは、そうそうその調子!」
二人で料理番組風に話しながら作る準備をしていく。
「つーか、トウフって何なんだゾ?」
「豆腐はね、極東食だとメジャーな食材だね。豆から作った食材で色んなアレンジが出来るのが特徴かな~豆腐自体には味はあんまり無いからね」
「それって美味いのか?」
グリム君は『豆』と聞いて残念そうな表情を浮かべるが、豆腐ステーキとか、揚げ出し豆腐とか結構ボリュームあって美味しいと思うんだけどな。
「まあまあ、まずは出来てのお楽しみってことで…材料の説明!」
「はい! まずは豆腐、絹ごし豆腐を使ってくださいね。先に裏ごししておくといいですよ。あとはチョコ、板チョコで十分です。そしてココアパウダー。なんとたったこれだけです!」
「材料が3つだけ! 簡単ですね~」
私が相槌を打つようにそう言うと堪えきれなかったのかユウがクスクスと口元を押さえて笑いだす。
「ふふっ、ほ、本当に料理番組みたい…!」
「え、これ動画に撮ってマジカメにアップする?」
「あははっ、それも面白そうだけど…先に作ろうよ」
「ですな。では早速…まずは板チョコを湯煎に掛けて溶かしていきます。その際、湯煎の温度が高すぎるとチョコが分離してしまうので注意してください。だいたい50度~55度くらいが目安かな」
私がそう言うとユウがチョコを湯煎に掛け始める。
「ゴムベラ使ってまんべんなく熱を通す感じで…そうそう上手。溶け切ったら湯煎から外して、裏ごしした絹ごし豆腐をボウルに加えます」
「はーい」
「滑らかになるまで混ぜ合わせて…」
私が読み上げるレシピ通りにユウがボウルを混ぜていく。ボウルの中を覗き込んだが、結構緩い感じになるんだなと思った。
「混ぜ合わさったら、ラップを敷いたバットに流し入れます」
ユウはボウルの中身をバットに流し入れると、何も言っていないのにトントンと空気を抜く様にバットをテーブルに打ち付ける。
「そうしたら、切りやすい固さになるまで冷凍庫で冷やします。大体30分から1時間が目安かな」
「了解です!」
「ふなっ、すぐ食えるんじゃねーのか?」
「完成したら味見してもらえるから、待っててね」
私が宥める様にそう言うとグリム君はしぶしぶと言った様子で椅子に座り直した。
「じゃあ、次はラキアの番だね。さて、何を作りましょう?」
「私は簡単パウンドケーキにしまーす!」
「パウンドケーキ?」
「うん、ココアパウダー混ぜて焼くの。しかも材料はホットケーキミックスを使います!」
「それは…簡単だねぇ」
家で何回か焼いた事のあるパウンドケーキなら失敗しないだろうという私の考え。
「ではでは、早速作っていこうと思います! まずは材料の説明~ホットケーキミックス、卵、牛乳、バター、ココアパウダー!」
「普通にホットケーキ焼くときとあんまり変わらないね?」
「増えたのはココアパウダーとバターかな。甘さを控えめなので今回は入れないですが、甘いのが好みだったらお砂糖を足してください」
「わかりました!」
私の説明にユウがふんふんと頷きながらメモを取る。
「卵と牛乳をボウルで溶いたら、ホットケーキミックスとココアパウダーを一緒に振るいながら入れます。振るうのが面倒だったら先にボウルに両方入れて泡だて器で混ぜてもOK」
「牛乳と卵を混ぜるのはどうして?」
「何となく、先に混ぜといたらダマになりにくい…気がする。特に根拠は無い」
「な、なるほど…?」
私がスンッと真顔で言うとユウは目を瞬かせて頷いた。
「溶かしバターも入れて、全部混ざり切ったらパウンドケーキの型に流し入れます。市販の紙のやつなら直接流し入れてOK。
専用の型を使う場合はクッキングシートを型に合うように切って型にバターを塗ってからクッキングシート、その上から生地を流し入れます」
私はそう言って生地の入った型をトントンとテーブルに打ち付けて空気を抜く。
「これを180度に予熱したオーブンに入れて25~30分焼いていきます」
私はそう言ってパウンドケーキになる予定の生地をオーブンに入れる。時間をセットすると、冷凍庫を開ける。敷いたラップを少し引っ張ると切れそうな固さになっていることがわかり、バットを取り出す。
「ユウ、ココアパウダー準備するから食べやすい大きさに切ってくれる?」
「わかった」
私は空いているバットにココアパウダーを出すとダマになっていないことを確認する。
「切ったらこっちに頂戴?」
「うん。これくらい…かな?」
「小さめでもいいと思うよ、ほら相手はカロリー計算しまくってる人だし」
「うぅ…」
からかうように言えばユウは微かに頬を赤らめて生チョコを切ってバットに入れていく。私は上からもココアパウダーを塗して断面にもココアパウダーを塗す。
「グリム君、お待たせ。味見お願いしまーす」
「やっとか…待ちくたびれたんだゾ」
グリム君の口の中にポイッと生チョコを入れるとグリム君の青い瞳がキラキラと輝いた。
「ふなぁ~トロッとして舌の上から消えちまったんだゾ! これ、本当にトウフが入ってるのか?」
「入ってるよ、さっきグリム君も見てたでしょ?」
グリム君の太鼓判にユウは嬉しそうに頬を緩めてニッコリ笑った。うんうん、良かったね。グリム君の太鼓判があればきっと大丈夫なはず。
「ほら、ユウも味見」
「あ、ありがとう」
ポイッとユウの口の中にも放り込むと目をキラキラさせて「え、美味しい…滑らか触感」と小さく呟いた。どうやらうまく出来たようだと私は満足して頷くとユウにバトンタッチした。
「じゃあ、箱詰めとラッピング頑張って」
「う、頑張る…」
意外と不器用なユウが用意した箱に一つづつ丁寧にチョコを詰めていく姿を見て思わずニヨニヨと笑う。ユウは真剣に箱詰めをしていたので気付かなかったがグリム君が私のその笑みにジトッとした目線を送ってきた。だって、ユウが可愛いんだもん!
箱に詰め終えたユウはソッと大切そうに蓋をしてホッと息を吐いた。
「お疲れ様、ユウ」
「崩さないようにすっごい気を付けたよー…」
「ふふ、じゃあこれは私のお手伝いね」
マジカルペンを振ると生チョコの入った箱に『冷蔵』と『崩れ防止』の魔法を掛ける。
「これでよし。明日楽しみだね~?」
「お、面白がってるでしょ?」
「面白がってるというか…上手くいくと良いなぁって思ってる」
私がニッコリ笑いながら言うとユウはギュッと抱き着いてくる。
「ちょっ、ユウ?」
「…緊張して吐きそう」
「いや、だいぶ早いからね!?」
情けない声に思わずツッコミを入れる。そんなタイミングでオーブンからピーッ、ピーッと音が鳴る。
「あ、焼けたかな」
私がそう言ってオーブンを開けるとふわりと香ばしいいい香りが広がった。取り出すと用意していたシロップを刷毛で塗っていく。ジュワジュワ~と音を立ててシロップが染み込んでいくのを見るのが実は一番楽しかったりする。
「シロップ塗るのはどうして?」
「しっとりさせるため~割とパウンドケーキってパサついちゃうから私はいつもシロップ塗るかな。あ、グリム君端っこどーぞ?」
「ふな…んめぇんだゾ!!」
「それは良かった~」
シロップの代わりにキルシュとか洋酒でも良いけど…流石にまだ未成年なので。あ、久しぶりに飲みたい気分になってきたかも。
「シロップ塗って、粗熱取れたらラップに包みます。そして冷蔵庫へIN!」
「…完成?」
「うん、これで完成」
「お疲れ様」
「うん、ユウもお疲れ様」
ユウと二人で顔を見合わせてハイタッチする。これで準備は万全!
さあ、あとは出来上がったブツ(お菓子)を明日渡せるかどうかである!!
◇
「さて、という訳でやってまいりました。オクタヴィネル寮!!」
「あ、まだ続いてるんだ、その口調…」
私が元気よくそう言うとユウは少し困った様な笑みを浮かべる。そんなユウの背中を押して今日も営業しているモストロ・ラウンジに向かうと開店早々だと言うのに店の外まで行列が連なっていた。
「んぉ…? 何でこんな混んでるんだ?」
「…あれじゃない?」
ユウが指さした方に本日のオススメが看板に書かれていた。『バレンタインフェア実施中』と書かれたメニュー表を並んでいるお客さん(女性客が多い)が楽しそうに笑いさざめいていた。思わずユウと顔を見合わせてお互い「どうしようか?」と首を傾げる。幸いというか、今日は学園が休みだったためお互いに私服で、この学園の生徒だとは思われない恰好をしていた。お互いに女の子バレしない程度にはボーイッシュな恰好をしている。
「うーん…一応並んでおく?」
「そう…だね」
私とユウは長蛇の列の後ろに並ぶと女の子達の手に可愛らしくラッピングされた袋があることに気付く。これは…もしかしなくても…バレンタインのチョコですかねぇ。ユウもその存在に気が付いたのだろうソワソワとし始める様子に思わずニヨニヨと笑みを浮かべてしまう。
「な、何?」
「ん~ん、何でもない!」
私の笑みに気付いたのかユウが微かに頬を紅潮させて私を睨む。それすら可愛い。流石、監督生ちゃん。そんなこんなで店内に入る順番が回って来ると中は大盛況といった様子であちこちから女の子の可愛らしい笑い声やお喋りの声が響いていた。
「おー…大盛況だね」
「皆、忙しそう…」
「お次のお客様、お待たせ致しました。二名様…ってティアムじゃん」
「知り合いだからって急に接客態度を変えるの止めれ」
同じクラスのオクタヴィネル生が私達だと気付き、畏まった綺麗な笑顔から一気に身内へ向けた気の抜けた顔になる。それでいいのか、接客態度。
「いや、もう開店と同時にお客さんが押し寄せて来て…マジヤバい」
「まあ、大盛況なのは良いことなのでは?」
「まーそうなんだけど…二人だよな、カウンターでも良い?」
「私は構わないよ、ユウもいい?」
私がそう聞くとユウはコクンと頷いた。
「ティアムは専用席な」
「え、それまだ続いてたの…嘘でしょ」
「噓じゃないよ、カウンターのあそこはお前専用だから」
「オーマイガー…」
初めてラウンジにご飯を食べに来た、あのカウンター席が私専用だと言われていたが、まさかこんな混雑している時にも適用されるとは思わなかった。そんな私を苦笑しながらカウンターに案内するとコソッと耳打ちされる。
「フロイド先輩、忙しすぎてマジ機嫌悪いから治してから帰ってくれよ?」
「いや、私はメンテナンス業者じゃないんだが?」
「んじゃ、よろしく。本日のオススメはバレンタインフェアランチとなっておりますのでよろしければどうぞ」
私の言葉を華麗にスルーして、流れる様に言い置いてスッと踵を返して行った。その後姿を見送り、ユウと顔を見合わせてとりあえずメニューを開く。カウンターの奥の厨房では「さっさと4番テーブル持ってけ!」だの「下拵え間に合ってねェぞ、ちゃっちゃとやれ!」だの忙しそうな声が引っ切り無しに響いている。私とユウ以外にカウンター席に座っている客は居ないため、この声も聞こえているのは私達だけだろう。
「何か、すごく忙しそうだね…」
「これはもしかしなくても出直した方が良いかな?」
メニューを指さしながら小さく話しているとホールの方で「あのっ!」と誰かを呼び止める声が聞こえた。何となく視線をそちらに向けると可愛らしい女の子が給仕の生徒にラッピングされた小さな包みを渡している所だった。『まさかの公開告白か!?』と周囲の目が注がれ、あれだけ賑やかだったホールがシンと静寂を保っていた。
キッチンからの物音も消え失せ、バックヤードから顔を覗かせている生徒達がいた。格好からしてキッチン担当だなと思いながら顔を戻すとカウンターに張り付く様に鈴なりの生徒達に気付き小さく悲鳴を上げた。後ろを見て、振り返ったらいたもんだから、どこのホラーゲームかと。
バクバクと爆音を奏でる心臓を落ち着かせるように深呼吸をすると同時に「これをアーシェングロット様にお渡しください!」と女の子が言った。途端、ズシャアッと崩れ落ちる給仕の生徒にゲラゲラと笑いだす見物客(男子生徒)達。
「おっ、お預かり致しますぅ…」
そう言って受け取った給仕の生徒は「ですが」と言葉を続ける。
「あちらにチョコBOXがございますので…次回からは是非ご利用下さいませぇ…!」
「チョコBOXとは?」
思わずそう言うとカウンターに張り付いて笑い転げていた2年の先輩が笑いながら教えてくれる。
「リーチ兄弟と寮長は専用のチョコBOXがあんだよ。去年とかマジで大騒ぎだったかんね、混乱を避けるために今日は三人は完全裏方。チョコとかの贈り物はBOXで受け取るってなってんの」
「お三方だけですか?」
「そりゃあ、あの三人に比べたら俺らが貰える可能性は低いし~つか、監督生さん以外とシツレーね」
「あっ、すみません。つい…」
「んはは、マ、あの三人はラウンジの公式アカウントによく顔出ししてっし目立つからね~」
そう説明を受けている間にもチョコBOXにプレゼントを入れていく女の子が後を絶たない。引っ切り無しに三人の誰かのBOXにプレゼントが放り込まれていく。中には入れた後、祈る様に手を組む女の子もいて何だか複雑な気持ちになった。ソッとユウを伺うとアズール先輩宛てのBOXをジッと見つめていてそこにも大量のプレゼントが積まれていた。
「んで、注文決まった?」
「あ、えと…バレンタインケーキセット、飲み物は紅茶で」
「はーい、監督生さんは?」
「…えっ、あっ、わ、私も同じので」
「はーい、畏まりました。少々お待ちくださいませ」
声を掛けられビックリしたように肩を跳ねさせたユウを見て私は小さく声を掛ける。
「大丈夫?」
「…うん、直接渡すは無理みたいだから入れてくるよ」
ほんの少し寂しそうな笑みを浮かべるユウに私も一緒に立ち上がる。
「私もBOXに入れようかな」
「いいの? それフロイド先輩に直接…」
「今日は無理そうだし、それを言うならユウだってそうでしょ」
私はニッコリ笑うとユウの手を引いてチョコBOXに足を向ける。
「えっと、これがジェイド先輩、こっちがアズール先輩、これがフロイド先輩っと」
「フロイド先輩、ジェイド先輩…アズール先輩」
BOXを確認しながらラッピングしたチョコを入れる。こんだけ大量に貰っても食べきれるのかな~?と首を傾げながらカウンターに戻る。
「あの、ラキア…本当に良かったの?」
「ん?」
「フロイド先輩宛てのチョコ…直接渡さなくて」
「平気だよ、たぶん。それに今日メッチャ忙しいのに邪魔出来ないよ。ケーキ食べたら一緒に帰ろうね」
私がそう言うとユウは少し視線を泳がせて、それから小さく頷いた。
「はーい、お待たせしました。バレンタインケーキセットです」
「ありがとうございます!」
「わぁ…可愛い」
ガトーショコラに白い粉砂糖が掛かり、その上に小さなハートのチョコがあしらわれている、ケイト先輩が居たら「映える~」と言いそうな可愛らしいケーキだった。紅茶のソーサーに乗せられたスプーンの柄もハート型になっており、極めつけはお砂糖ですらハートの形だった。
「可愛いけど…何だろな、エースをこれから食べるみたいな…複雑な気持ち」
「んっ、ふふふ…」
私がそう言うと堪えきれなかったのかユウが吹き出して笑い、身体を小刻みに震わせた。クスクスと抑えきれない笑い声に釣られるように私もクスクスと笑った。
「変な事言わないでよ、もうこのハートがエースにしか見えなくなってくるから」
「いやぁ、身近な人物でハートって言ったらエースしかいないじゃん」
「それはそうだけどね」
カウンターで顔を寄せ合ってクスクス笑いあっているとふとキッチンからの視線を感じて顔を上げるとジェイド先輩がこちらをジッと見つめていた。思わず目を瞬かせるとジェイド先輩は何も言わずにソッとオーブンの方を指差した。つられてそちらに視線を向けるとジト目でこちらを見ているフロイド先輩と目が合ってしまった。
「あれま…」
「あ、今日は三人ともキッチンなんだね…」
「だからカウンターに他の人案内してないんだね」
フロイド先輩に軽くヒラリと手を振るとフロイド先輩はパッと嬉しそうに笑いこちらに来ようとしてジェイド先輩に首根っこ掴まれて止められていた。カウンターまで出てきたら何のために目立つ三人が裏方に徹したのかが分からなくなるから仕方ないだろう。こちらを見ているフロイド先輩に向かって口パクで「あとで」と言うとフロイド先輩はスッと大人しくなった。
「んっ、素直か…!」
「あはは、フロイド先輩は本当にラキアの事が大好きだねぇ」
「今日も私の推しが尊い…」
「推しって…彼氏、でしょ?」
「……そうとも、言う」
「そうとしか言いませ~ん」
昨日散々揶揄った影響かユウにやり返されてる感否めない。ならばとアズール先輩を探すがキッチンに銀色の髪は見えなかった。そんな私の様子に気が付いたのかユウが「アズール先輩はVIPルームじゃないかな」と言った。確かにキッチンにフロイド先輩とジェイド先輩がいるなら回るだろうしホールに関してもアルバイトを雇っているのかいつもより人手がある。
勿論、サバナクローのブッチ先輩も先程からクルクルと一人分以上の動きで給仕しているのが見える。きっといつも以上の時給が良いのだろう。ブッチ先輩の笑顔がいつもより輝いている。
「…私もアルバイト探そうかなぁ」
「アルバイト?」
今までの収入減を失った影響で欲しいものを買えずにいる私が小さく呟くとユウはガトーショコラを頬張りながら首を傾げる。
「そ、お小遣い稼ぎたいなぁって」
「それなら購買は? 月末に棚卸するから人手が欲しいって言ってたよ」
「そうなの?」
そうか、わざわざ学外にアルバイトを探しに行かなくても学園内でアルバイトをするという手があったかと納得する。そういえばユウはちょくちょく購買部でアルバイトをして消費期限間近の食品を貰ってきたりしていたなと思い出す。棚卸なら前世で経験あるし良いかもしれない。
「帰りに購買寄ってもいい?」
「うん。私もグリムにツナ缶買って帰ろうって思ってたから一緒に行こう」
ガトーショコラを味わいながら二人で笑いあうとツンツンと肩を突かれる感覚に視線を向けると水で出来た小さなウツボが私の服を咥えて引っ張っていた。これは、たしかフロイド先輩の魔法だったはずだと思いキッチンを見るがフロイド先輩は忙しそうにフライパンと格闘していた。
「…わあ、ウツボだ」
「うん、たぶんフロイド先輩の魔法…かな」
「へぇ、そうなんだ」
ユウは興味深そうに水で出来たウツボを見ているとスイッとウツボが口を私の耳元に寄せた。
『ラキアちゃん、後で会いに行くから待っててねェ』
「……」
ウツボはフロイド先輩の声でそう言うとパシュンッと弾けて消えた。元々伝言用にしたのだろう。急に耳元で囁かれた声に自分の顔が赤くなっているのが見なくても分かる。だって顔が熱い。そしてそんな私を見ていたユウの視線が非常に生暖かい。
「ラキア」
「言わないで」
「えー、でも」
「言わないでったら」
「…耳まで真っ赤」
言わないで欲しいと頼んだのにユウは無慈悲にもそう告げてカップの紅茶を優雅に飲んでいた。