裏技コツコツコツ、と背後から足音が近づいてきた。
聞き覚えのある靴音のテンポが急に速くなったと思えば、ドーンと腕にしがみつかれる。
「おっ!? おやおやコレは珍しい」
人懐こい学生風の彼かと思えば、そこにいるのは黒い服に金の装飾を施している第二再臨の彼だった。
ただし表情は人懐こさとは程遠い、えらく真剣に眉を顰めた顔をしていたが。
「どんな風の吹き回し…っでっ!!イッ痛い痛い痛い!!!!」
掴まれた腕の、肘から下をゴリゴリゴリと力の限り揉まれて悲鳴を上げるほどではないが、かなりの痛みに襲われる。
「やめなさいってッ!!痛ったいから!痛いから!」
「アームレスリングで勝負だ」
「は? 人の話を聞きたまえ!!!」
腕を掴んで、すぐそこの自分の部屋に引きずり込まれる。そうそう、丁度私は部屋に帰ろうとしていたところだったので。
「唐突にもほどがあるだろう」
呆れ顔の私を無視して、若い彼はテーブルの上でがっしりと私の手を掴み、やる気満々である。
「では、Ready Go!」
「あっ?!」筋力は同じのだから、多少なりとも均衡するつもりでいた勝負に、一瞬で負けてしまった。腕の力が入らず、全く勝負に持ち込める気配もなかった。
「いよっし! 勝利ッ!!!」
当然彼は大喜びである。マスターの前ならすぐに取り繕って冷静を装うくせに、今回ばかりはよほど嬉しかったのか、手放しの大喜びだ。
「あー…、アレかネ。今思い出したが、一時的に筋力を低下をさせる方法か」
直前に強くマッサージされるとパフォーマンスが下がると聞いたことがあった。
「その通りだが、勝利は勝利だ!」
まーまー、絵に描いたようなドヤ顔とはこのことだネ。君は子供か?!可愛いな!けど、腹が立つネ?!
知ったばかりの知識を実証したくて仕様がなかったという辺りだろう。
「ハイハイ、確かに負けマシタ~」
肩をすくめて大サービスで認めてやる。
「しかし、珍しく君からくっついてくるから嬉しかったのだが、こんな理由とはネ」
ニマニマ嬉しそうにしていた彼がその言葉を捉え、黒い瞳を瞬いた。
「おまえは私にくっつかれると嬉しいのか?」
「そりゃあ嬉しいヨ? とりあえず<おまえ>呼びはやめようか」
「嬉しい…?」
「そうだヨ~」
「…そうか……そう……」
何故嬉しいのか、問われたなら答える準備があったのだが。
何事かを考え込み始めてしまった彼から、その問いが発せられることはなかった。
Raishi 20220817