ここは噴水のある公園。ミカグラに着いたその日に爆弾騒ぎがあった場所だが、今は人々の憩いの場としての役割を果たしている。
辺りを見渡しながら一人歩く僕はさながらミカグラに着いたばかりの観光客に見えることだろう。
もう何回も来ているから地理はわかっているんだけど。
チェズレイがここにいると言っていたはずだけれど、見当たらない。
あれだけ人の目を引くイケメンなら軽く見渡すだけでも人の…特に女性たちに囲まれているだろうに、人だかりが出来ているのは路上パフォーマーや屋台くらいで、どの人物も違う。
公園を一周ぐるりと歩く。
カップルも、家族連れも、友達同士も、ひとりで休憩する人も笑顔が多くて平和を実感する。
ついでに目にとまった屋台でACEくん柄の人形焼きを買う。いろんな餡のものを全部紙袋に入れてもらった中身は口に入れるまでわからない。食べるのが楽しみだ。買う際にも店員さんにとんでもないイケメンを見なかったか聞いてみたが、特に情報は得られなかった。
別に明確に約束をしていた訳じゃない。もうここを離れたかもしれない。メールはしてみたけど返事はない。でも、どうしてかまだ離れがたくて、一度考えを整理しようと噴水の近くのベンチに見つけた空席に向かった。
「こんにちは。ここ、いいですか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
広めの二人がけのベンチの先客はミカグラが発展する前からの歴史を見てきただろう年代の女性だ。
今の流行とは違う上品な着物を着ているから昔からミカグラに住んでいる人だろうか。
お礼を言って隣に座った。もう一度辺りを見渡してみたけど人集りはなさそうだけど、視界に入る噴水はあの日と同じく水量を増やしたり減らしたりして辺りの人を楽しませている。
濡れるのを厭わず……いや、好んで濡れに行っている子供たちが楽しそうで目を細めた。
紙袋からACEくん焼きを一つ取り出す。かわいくて食べるのがちょっともったいない気もするが、香ばしい匂いに負けてかじりついた。ふわふわの生地に抹茶のクリームはほろ苦さと甘さが同居してとてもうまい。後でお代わりも買いに行こうか。
頭の流れ星のなくなった人形焼きから視線を公園で動く人に向けて咀嚼していると、隣の婦人から声がかかった。
「何かお探しかしら?」
「はい。人を」
「あら。今日はずっとここにいるから少しは力になれるかもしれないわ」
「そうですか? …じゃあ、お言葉に甘えて。僕と同世代の髪の長いイケメン、見ませんでしたか?」
「……そうね、何人か見たかと思うけれど」
「プラチナブロンドでさらさらのストレートで、アメシストの綺麗な瞳。クールビューティーって感じですかね。身長も僕より随分高くてすらっとした痩せ形。この辺りに蝶のような派手なメイクをしているので見れば分かると思うんですが」
自分の左目の辺りを指さしながら言うと、老婆はゆっくりと首を横に振った。
「ごめんなさいね、そんなメイクをした人は見ていないわ」
「そうですか…。今日は何時頃にここに?」
「11時頃かしら」
「ありがとうございます。」
チェズレイがまっすぐここに来たとして、同じくらいの時間か。公園に来るのは止めたのか、ここから離れたところに少しだけ顔を出しただけなのかもしれない。
「大事な方なのかしら?」
「いやぁ、分かっちゃいますか?」
「ええ。その人の事を思い浮かべるあなた、とても幸せそうな顔をしていたもの。そして私が知らないと言ったときの悲しそうな顔。」
「別に絶対に会うように約束していた訳じゃないので、会えなくても傷つくのはお門違いなんですけどね」
「まあ、そうなの? それでも会えたら素敵ね」
「はい。そうですよね。」
何人かの子供たちがかくれんぼを始めたようだ。場所を探す子の一人がこっちに駆けてきて、口に人差し指を当てて、僕のいるベンチの足のところに潜り込む。
コートを脱いで足下を隠すように垂らして、少しだけ少年の手助けをしてみた。
自然にしている方がいいだろうと、ご婦人に話を振ってみる。
「あなたは今日は何をしに?」
「何をしにという訳ではないのだけれど。ここは主人と来た場所だから」
「そうなんですね」
「ええ。初めてのデートをした場所なの。ふふ、懐かしいわ」
「わあ、初デートの場所なんですか。素敵ですね」
「ここで特別な約束をしたものだから、とても思い出深くて」
「素敵な思い出の場所なんですね。」
「ええ。」
「……あの、ところで今日はご主人は」
「別の用事があると言っていたわ」
「そうですか」
もう亡くなったの、なんて言われなくて良かった。
ほっと息をついたところでかくれんぼの鬼がこっちに来た。
ベンチの前は隠したとは言え、後ろから見れば丸わかりで、あっけなく少年は見つかって去って行った。
かくれんぼ、か。今チェズレイを探しているのもそうかもしれない。
微笑みをたたえた老婆の紫色の瞳がとても優しい。
とても、誰かによく似ている気がする。
「ところで、ものすごく見当違いのことを言うかもしれないんですが」
「なにかしら?」
「……会いたかったよ、チェズレイ」
ぱちぱちと目を瞬かせて、それまでの優しそうな老婆の微笑みがいつものチェズレイのものに変わる。顔の造形は変わらないのに別人になるのだからいつ見ても不思議だ。
「私もですよ、ボス」
とても楽しそうで嬉しそうだ。僕はだれかの表情をしているより、こっちの方が好きだ。
表情はチェズレイでも顔は年配の女性だけど。
「その顔から君の声がするの違和感すごいな…」
「先ほどまでの声に戻しましょうか?」
「いいよ。本当の君の声のが好きだ。」
「フフ。…ちなみに、いつお気づきに?」
「一番疑問を持ったのは初デートのくだりかな。この噴水、そこまで古い訳じゃないから」
「歴史に興味のあるボスには簡単でしたか」
「そうでもないよ。会話しててもしばらく気付かなかったんだから。君が手加減してくれなければ見つからなかったよ」
「変装には手を抜いていないはずなんですがねェ」
「隣の席、わざわざ空けてくれたんだろ? 方法は聞かないで置くけど」
無言の微笑みで肯定された。
「ねえ、あなた。せっかく思い出の場所で会えたんだもの。改めてデートしてくれるかしら?」
老婆の声で言う。
「……あ、もしかして主人って僕のことだった?」
「あなたは私のただ一人のボスですから」
「ボスだから、あるじ……主人…なるほど。」
「意味が一つだけとは限りませんがねェ」
「どういうこと!?」
「ボスならいつか見つけてくれるかもしれませんね」
「君が本気で隠すことなら見つけるのは難しいんじゃないか?」
「そうしたら、ボスは諦めてしまいますか?」
「……降参するつもりはないけどさ」
「では、問題ありませんねェ。次回はもう少しヒントを減らしましょうか」
「今日だって難しかったんだから、お手柔らかにな?」
「あなたが泣き出さない程度にしますよ。私ももう良い大人ですから」
変装の達人のはずなのに見つけられて喜ぶのはどうしてなのかと思わなくもないが、僕だってかくれんぼは見つかった時が一番楽しかったかもしれない。
「流石に泣かないけどな?」
僕が隠れる側なら隠れてもすぐに見つかりすぎて半泣きになるかもしれないが、それはそれとして。
「それはなによりです」