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    Manatee_1123

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    Manatee_1123

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    ひろまの らくがき

    子守唄 今回は、俺が悪い。
     宇海さんの仕事が順調に進み、俺自身も愛車のメンテナンスを終えて気分が良かったので、二人で近所へドライブついでに安くはないが高くもないワインを買ってきて、つまみという名の夕飯の時に開けた。
     トリガーになったのはおそらく、その時に俺が何気なく昔の話をしてしまったせいだ。まだ妹が生まれる前、ばあちゃんが元気だった頃。家族仲良く、楽しかった頃の話。
     ――いいなぁ……。
     そう呟かれてハッとした。今にも泣きそうな震えた声だった。夢中で喋っていたせいで、彼の顔が赤くなっているのに気づかなかった。なんて情けない。パートナー失格だ。
     それなりの時を共に過ごしているうちにわかってきた。この人はただ寂しくて泣いているという単純なものではなく、手に入らなかったものを永遠に探し求めて彷徨っているんだ。過去で得られなかったものを今更手に入れたところで、あの頃と同じ満足感はきっと得られない。永遠に宛てのない暗闇に閉じ込められているんだ。
     宇海さんは時々、弱い子供に戻る。
    「おとうさん……っ」
     繰り返し父を呼びながら、わんわんと声を上げて泣き出した。酒を飲んで涙腺が緩くなる人だとは知っていたが、こんなに派手に泣いているのは始めてで動揺した。
     彼の元に駆け寄ると――酷い悪酔いだ――俺を父親と見間違えたらしく、飛びついて抱きしめられた。
     横隔膜が痙攣している。ヒックヒックとしゃくりあげる声が悲痛で、絡みついてくる体を抱き上げて寝室へ運ぶ。横たわらせると両腕を伸ばし大粒の涙を流すので、彼の隣に潜り込み、頭を乗せられるよう腕を差し出した。
     俺の肩に顔を埋め、小さくなってまた泣きだす。
    「ううぅ……お父さん……どこいってたの……ぼく置いてかないでよ……」
    「…………」
    「お母さんはやだ……お父さんがいい……どこにも行かないで……」
     これは俺のせいでもある。俺の責任。そしてこの人を愛していくと決めたのも俺自身。
     こういうときどうしたらいいのか、答えを一つずつ探していくのは、俺の役目だ。
    「あかい実がひとつ、あおい実がふたつ、しろい実はいくつ――」
    「……ヒック……」
    「しろい実がみっつ、あかい実がふたつ、あおい実はいくつ――」
    「ヒッ、ク……なにそれ」
    「……俺が海外にいた時に教えてもらった子守唄だよ」
     日本に残る伝統的な子守唄は、きっとどこかで聞いたことがあるはずだ。それでまた余計につらい記憶を呼び起こしてしまうよりは、知らない唄で新しい思い出を作った方がいい。
     俺といれば、そしてこの唄を聞けば安心だって、思い出せるように。
    「……もっとうたって」
    「もちろん。宇海さん酔っちゃったでしょ……目を瞑って聞いていてね」
    「ん……」
    「あかい実がひとつ、あおい実がふたつ、しろい実はいくつ――しろい実がみっつ、あかい実がふたつ、あおい実はいくつ――さあ、おやすみ、愛しい子よ――サンメリーダ、サンメリーダ――おまえの好きなサンメリーダの森で、ふくろうが鳴いた――」
    「…………」
     一番も二番もない、とても短い子守唄。でもたったそれだけで寝息が聞こえてくる。泣き疲れてしまうなんて、本当に子供みたいだ。いつもは俺より大人びていて、俺より難しいことを考えて生きているのに。
     この人が安心して眠れる場所になりたい。父親と見間違えるのではなく、俺自身を信用してくれるようになるまで。
    「おやすみ」
    「……っと……うたって、ださ……うんが、く……」
    「えっ……?」
    「ス――…………」
    「…………あかい実がひとつ、あおい実がふたつ、しろい実はいくつ――」
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