娘のパンを寝かしつけてから、ビーデルはキッチンに戻った。
シンクに下げた食器を洗おうと水を出してスポンジに洗剤を含ませたが、リビングのほうにまだ気配があることに気付く。
夫の悟飯は数日間、遠くの街まで学会にでかけている。ピッコロが夕食後もリビングに留まっているのだろう。
「ピッコロさん、何かご用ですか?」
ビーデルはきっと自分に話でもあるのだろうと察して、そう声をかけた。
「ああ…大したことじゃない。皿を洗ったらここに来てくれると助かる」
ビーデルは自分の手に泡だらけのスポンジを握っていることを思い出した。
「大したことじゃないなら、今聞いちゃおうかな。コレ、置いてきますね」
リビングに戻ると、ピッコロはやや神妙な顔で言った。
「サタンのことなんだが、最近、おかしなことはないか?」
「パパに? おかしなこと? このあいだ会った時は、別にいつもと変わらなかったけれど……」
ビーデルが日曜日に格闘技教室の生徒を連れて遠征に行った時、一日だけパンを預かってもらったのだった。
「ならいいんだが」
「何かあったんです?」
ピッコロは、んむ、と唸るような声をであいづちを打った。
「この前、サタンからオレのスマホにメールが来たんだが、なんだか様子が変でな」
「パパがピッコロさんにメールを?」
ビーデルは少し妙だと思った。サタンはメールより電話を好む。
「ああ、急に食事に誘われたんだ。オレは水しか飲まないと念押ししたんだが、どうにも話が噛み合わない」
「というか、パパってピッコロさんのアドレス知ってたんですね」
「お前が教えたわけじゃないのか。じゃあ悟飯だろうか」
それも違和感がある。
「悟飯くんが勝手にそんなことするなんて思えないけど……」
「そのアドレスとやらを誰かに教えるのは良くないことなのか?」
「ピッコロさんだって、ほかの人に家の場所を勝手に吹聴されるのは嫌でしょう? それと同じです」
「いや、オレは構わんが。そもそも地球にいる知り合いはほとんどがオレの気で居場所を把握しているだろうしな。うるさくされなければ、今さら家がどうということもない。」
ビーデルもさすがに最近は、この人間離れした人たちに驚かされることはあまりなかった。しかし、今でもふとした時にこの近しい人たちが住んでいる世界を新鮮に感じる時があって、そして、その感じが嫌いではなかった。
悟飯に、人の居場所を気で探るクセを考えたほうがいいと言ったのは付き合い始めたころ。少なくとも気などないかのように振る舞わなければ奇妙に思われると言ったところ、最近は本当に気を探らないのが当たり前になってしまったようだ(そのせいでピッコロからお小言をもらっていたけれど)。
だから当たり前のように他人の居所を気で確かめるという発言は、ビーデルに悟飯と付き合い始めた頃を思い出させた。
「ふふ、まあとにかく、アドレスを無断で他人に教えるのはマナー違反ですよ」
「そうなのか。わかった」
「パパには私から直接話してみます」
「すまんな」
【ピッコロに届いたメール①】
やあ。元気にしていたかな?
夏の格闘技番組で私がゲスト出演した時以来だろうか。
しばらく連絡もできずにすまなかった。
最近、またトレーニングや新技の開発に忙しくてな。
約束した通り、今度食事に行こう。
いい中華レストランを見つけたんだ。
Mr.サタン
【ピッコロが送ったメール①】
おれはみずしかのまない だからしよくじにいけない
【ピッコロに届いたメール②】
どうやらアドレスを間違って送っていたようだ。
驚かせて申し訳なかった。
しかしここで繋がりができたのも何かの縁だ。君の名前を教えてもらえないか?
Mr.サタン
【ピッコロが送ったメール②】
まちがつては
いない おれはびつころだ
【ピッコロに届いたメール③】
ありがとう。君はびつころと言うのか。
私のような世界チャンピオンともなると、交友関係も有名人ばかりになりがちでね。
しかし地球を守るヒーローとしては、もっと幅広い人々の話を聞くべきなんだ。
ぜひ、これからも私とやり取りをしてほしい。
このアドレスは仕事用だから、私がプライベートで使っているサイトを紹介する。そちらに移動してくれないか?
https://.......
Mr.サタン
【ピッコロが送ったメール③】
ちきゆうは しんばいするな
おれとはなすなら
ごはんのいえに くればいい