雨宿り「今度はね、別の島に行くことになったんです。ボクのメインの研究じゃなくてお手伝いみたいなものなんですけど、結構楽しみで」
悟飯は部屋の隅に寄せてあった鞄から地図を取り出すと、テーブルの上に広げた。
ピッコロはその地図をちらりと見て、それからまた窓の外に視線をやった。
「例の蟻を見つけたのがこの島で、今度はこっちの島なんです。こんなに近いのにかなり生態系が違うんですよ。地質学の研究を見ると、もともと別の大陸の一部だったらしくて」
そこまで言って、悟飯はあくびを噛み殺した。
朝からこの渡航の打ち合わせに行って、家には帰らずここに来たのだ。
悟飯はあのレッドリボン軍の一件から、こうして時間を見つけてはピッコロの元にトレーニングに来ていた。
「いつ頃止むんだ、この雨は」
ピッコロは悟飯の話には耳を傾けていたが、同時に天気を気にしていた。
ピッコロが返事をしなくても悟飯の話を聞いていることは、悟飯もよくわかっている。
「さぁ、雨の予報は出てなかったので。夕立ならすぐ止むでしょうし。それに別にボクは雨の中で組手続けたって…」
「だめだ」
悟飯が言い終わらないうちに、ピッコロはピシャリと遮った。
ある程度訓練はしてほしいとは思っているが、風邪でもひかせたいわけではない。サイヤ人がいくら物理攻撃には強くても、病気にはそうでもないことは経験上知っている。
「そう言えば悟飯、お前、雨雲を晴らせたんだったな」
「えっ、ボクが?」
「この前の戦いでも、覚醒した時に空が晴れた」
「ああ…」
ピッコロはガンマとの戦いで悟飯が界王神に潜在能力を引き出された姿に覚醒した時、軍の施設を隠すホログラムと一緒に雨雲が吹き飛んだことを言っている。
悟飯もすぐにそのことを思い出したようだ。少し考えるような表情をすると、眉をほのかに寄せた。
「あの、それ、今やりますか?」
悟飯はおそるおそる尋ねてきた。
きっと自力で確実に覚醒できるのかとか、もしかしたらうっかりそれよりさらに上の力を呼び出してしまうかも知れないとか(最近一度そういう失敗をした)、そのうっかりを今やってしまったら昨日地球に帰還した父親が現れて質問攻め(だけで済めばいいがおそらく手合わせ)を受ける羽目になることなどを、心配しているに違いない。
「いや、いい」
「でもせっかく来たからなあ。ボク濡れても大丈夫なんで、ピッコロさん、続きやりましょ? 超サイヤ人になれば眼鏡も置いていけるし」
ピッコロは湿気でいつもより広がっている悟飯の頭をくしゃりと一度握ると、床を指した。
「座れ」
そう言って自身も床に脚を組んで座った。
悟飯は少し怪訝な顔をして、ピッコロに向かい合うように座った。
「瞑想しよう。」
「えっ」
「お前にはあまり馴染みがないかも知れんが、たまにはいいだろう」
幼い頃から命のやり取りをするような戦いを強いられ、生きるため殺すための戦闘を叩き込まれてきた男。
「瞑想って、何をすればいいですか? イメージトレーニング?」
「いや、何もするな。」
真に無駄にも思える時間に、この男が何を感じるか、ピッコロは少し興味が出た。
自然を観察し、それを知性と理性をもって描くことを生業とするこの男が。
「雨の音でも聴いておけ」