-あの頃の月と君と今夜-てんてけてんてん、にゃーん、にゃーん
聞き慣れた着信音。
だが、画面に映し出された名前は珍しい相手だった。
「悟飯」
『あ、ピッコロさん。こんばんは』
悟飯は頬を掻きながら目線を逸らす。
「どうした?というか、用があるならそちらに行くが」
『あ!や、いいんです。ただ、ちょっと、声が聞きたくて』
そんなものかと椅子に腰を下ろした。
何も言わず、悟飯の次の言葉を待つ俺に、悟飯はへへ、と嬉しそうに笑う。
『今、外ですか?』
「いや。部屋だ。さっきまで外にいたが」
『そうだったんですね。もう見ましたかね?今日、綺麗な満月ですよ』
画面の悟飯は窓枠に肘をつき天を仰いだ。
その言葉につられるように窓へ顔を向ける。
見上げた夜空に浮かぶ白い月。
すぐそこにあるような大きな円形の光は不思議な力に溢れていた。
「見てなかったが、綺麗だな」
その月を見上げながら20年以上昔のことを思い出した。
『最近、お月様無くなっちゃったなぁ』
『………それがどうした』
『すっごい綺麗でおっきいんです!ピッコロさんと見たかったなぁ』
目の前の男がその月を消し飛ばした張本人とも知らずに、寂しそうに呟いて膨れる幼子。
それを思い出してふ、と笑みが溢れる。
今、笑いました?と落ち着きなく騒ぐ様子もあの頃から変わらないなと考えながら、満たされていくようなこの感情を今夜だけはもう少し感じていても良いかもしれないと思った。
-あの頃の月と君と今夜-
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論文も一区切りついた頃、
窓の向こうの大きな満月に気づいた。
2人きりの荒野で虫の声しかしない夜を越えたあの日々を思い出す。
あの頃見た大きな白い月を、あの人と分かち合えなかった。
今なら、そんなこと、いとも容易く出来てしまうのに。
ちょっとの切なさを胸につなげた電波の向こうで、意地悪くも楽しそうに笑う師匠と
あの頃に戻ったようにはしゃいでる自分。
こんな夜も悪くないと思った。
-変わらないもの、変わったもの-