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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    「ひかる星々の名前を教えて2」で展示したフィガ晶です。

    両片思いのフィガ晶+シャイロック「あ、」

    (好きです)
     声に出なくてよかったと思った。好きだと、自覚すると同時に胸の奥がぎゅうと痛んだ。いつかいなくなる自分が、賢者である自分が、魔法使いに恋をするなんて。罪悪感で頭も体も重くなる感覚があって、行き場のない、あってはいけない感情を抑えるのが精一杯だった。

    (フィガロのことが、好きです)

     柔らかそうな癖っ毛に触れたいと思った。穏やかな錫色と目が合うと、微笑まれて胸が高鳴った。年長者然としておきながら迷子の子供のように見えることがあって、かと思えばやはり大人の、それも千年単位の余裕を見せつけられては彼が分からなくなることもあった。それから、それから、とフィガロのことを想う度に、ああ、だからこそ、とか、だけれども、と前置きはあっても、結局(好きだなあ)に帰着してしまう。自覚してからは特に顕著で、自分の中の想いをどうにか表に出ないよう押し込めることに必死になるしかなかった。賢者としての役目すら果たしているかどうか危うい自分だ。この感情はどう考えても余計でしかない。だから、


    ***

    「最近、賢者様に避けられてる気がするんだよね」
    「おやおや」

     バーカウンターを挟んだ向こうで、妖艶な笑みを浮かべたシャイロックは相槌にも感嘆にも聞こえるような声を漏らした。南の兄弟は任務で魔法舎を空けており、今宵何杯目になるか分からないグラスを傾ける彼――フィガロを咎めるものはいない。

    「聞いてくれる?」
    「話したいのでしょう?」
    「あはは」

     ふわふわと笑ったフィガロにわざとらしく眉を顰めて見せたシャイロックだったが、迷惑であればとっくに追い出している。そうしないのは、面倒事の予感に心惹かれたからだった。視線で先を促すと、フィガロはゆるまった口角を上げたまま話し出した。

     いつからだったかな。気付いたら、賢者様の様子がおかしかった。体調が悪いとか、知らない内に厄介なことに巻き込まれているとか、そういう悪い状態ではないんだけど。ただ、極端に目が合わない。合わないというか、合う前に逸らされているというか。随分前、賢者とその魔法使いとして出会った頃は確かにそういうこともあった。パーティでの一件は少し迫り方を間違えたっぽいな、と反省もした。けれどそれから時間も経ったし、賢者様とは良い関係性を築けているという自負があった。それどころか、目が合うと彼は照れくさそうにはにかんでさえいたのだ。声をかければ嬉しそうに応えてくれたし、他愛ない会話も楽しんでくれていたと思う。もちろん、彼は誰に対しても分け隔てなくそうだったけれど、警戒されていた時期を思えば、俺にとっては格段の変化と言って良かった。それが最近はさっぱりだ。話しかけてもそそくさと逃げられるし、食堂でも席を外していることが多い。いそうな場所に行くといないか、立ち去った後ということばかり。これはもう、気がする、を通り越して明白だった。知らない内に何か気の障ることを言ったか、してしまったか、そうならごめんねを言いたいけど、避けられてるんじゃそれも出来ない。まあ機会をうかがわなくても、何かしらの任務のタイミングで一緒に行動することもありそうだけど、そういう不可抗力じゃなくて、きちんと賢者様と話をしたいんだよね。

     そんなことを話して、ぽつりと付け加える。
     
     ――だって、あまりにも、

    「寂しいじゃない? ……あ、いま、鼻で笑った?」
    「まさか」
    「そう? 別に怒らないけどなあ。美人に鼻先で笑われるなんて、ちょっとドキドキしちゃうしね」

     空になったグラスの横に、新たな一杯を置いたシャイロックは確かに笑みを浮かべてはいた。

    「なんとも、初々しいような、甘酸っぱいような素敵な状況に置かれているようで、微笑ましく感じただけですよ」
    「それってつまり、鼻で笑っ、あれ、これお酒じゃないね」
    「そろそろ明日に響く量でしょう? 二日酔いで苦しむのは自業自得ですけれど、苦しむ貴方を見て心を痛めるのは、ミチルや、他でもない賢者様ですから」
    「はは、手厳しいなあ。いや、優しいのかな? この場合は」

     苦笑いを零しつつ新しい一杯に口を付けたフィガロは、それでもまだ饒舌な唇で続ける。

    「まあ、人間の心っていうのは移ろいやすいしね。良い関係になれたと思っていたのは俺だけで、賢者様の心はそう感じる前に変わっちゃったのかも」
    「……フィガロ」
    「なんてね。止める人がいないから飲みすぎちゃったかな。君の言う通り、明日に響きそうだし、これで最後にするよ」

     それからフィガロは言葉通り、最後の一杯を飲み干すと、少しふらつきながらもバーを後にした。それを見送った後のシャイロックは空いたグラスを片付け、カウンターを拭き、それから新たに背の低いグラスを二つ取り出す。ルージュベリーとレモンを少し入れて、作りかけの鍋を温めると、中身をゆっくりと注いだ。これもアルコールは入っていない。準備が出来ると、足元に目線をやった。
    「さ、こちらをどうぞ、今宵最後のお客様。私もご一緒しても?」
     その声で、カウンターの下で膝を抱えて縮こまっていた人物が顔を上げる。
    「シャイロック……」
     蚊の鳴くような声と共によろよろと立ち上がった彼に、シャイロックは向かいの席を示す。先程までフィガロが腰かけていた椅子の隣だ。彼――賢者は力なく頷くと、誘導されるままそこへ腰を下ろす。乾杯、とグラスを傾けると、シャイロックはしょんぼりしている賢者をあやすように優しく声をかけた。
    「だから言ったでしょう。困りますよ、と」
    「あれ、シャイロックが、って意味じゃなくて俺が、って意味だったんですか……」
     勧められるがままに腰かけた賢者がこのバーを訪れたのは、フィガロがやってくるほんの数分前だった。その時点で随分と夜は更けていて、シャイロックがいなければそのまま部屋に戻るつもりだった賢者はほっとして足を踏み入れたのだ。誰かと、もしかしたら他でもないフィガロと鉢合わせる可能性も考えないでもなかったが、魔法舎の廊下はしんと静まり返っていたし、こんな時間に他の誰かに会うこともないだろう、と高を括っていたのが運の尽きだった。ちょっと眠れなくて、おや、ではノンアルコールのホットワインでもいかがですか、などとやり取りしているところに、
    『シャイロック、いる~?』
     そんな声が聞こえて、コツコツと靴音も続いたものだから、賢者は咄嗟に「匿って下さい、少しだけ」と両手を合わせ、シャイロックは「困りますよ」と言いながらも、賢者が椅子の並んでいるカウンターから回り込んできて、狭いスペースへ滑り込んだのを止めなかった。シャイロックが立っている側のカウンターの下には空き瓶や木箱を置いてあるだけで、賢者一人であればすっぽり収まることが出来た。身動きが取りづらいとはいえ、フィガロがお酒を嗜んで立ち去るまでならその場しのぎになるだろうと踏んだのだったが、こんなことならフィガロに軽く挨拶をした後、入れ違いに出て行った方が良かったと反省する。ただ、さっきは本当にフィガロと顔を合わせるのを何としても避けたい、という気持ちが勝っていたのだ。
    「……寂しい、って、言ってましたね」
     シャイロックが準備してくれたホットワインは、冷たくなっていた指先を温めてくれた。ふう、ふう、とさましながらゆっくりと喉に流し込むと、体の内側もじんわりと温まっていき、ようやく言葉がするりと零れていく。
    「俺、フィガロを傷つけるつもりじゃなくて、ただちょっと、色々と、自分の気持ちの整理がついていないというか、それで……あー、えっと……」
     話しながらも、どんどん背中が丸くなっていく賢者の言葉に、シャイロックは沈黙で先を促す。
    「自分勝手でした……明日にはいつも通りに、って思って……どんどん先延ばしになってしまって……」
    「……それで、眠れぬ夜が続いていた?」
    「そうです……」
     賢者の様子がおかしい、と感じているのは、フィガロに限ったことではなかった。シャイロックを含め、魔法舎で彼と顔を合わせる魔法使いであれば皆、彼にどうやら悩みごとがあるらしい、それで夜もきちんと眠れていないらしい、と気にかけてはいたものの、直接声をかければ彼は決まって「大丈夫ですよ」と笑顔で隠してしまうのが分かっていたので、いわば今は見守り期間であった。どうしたって彼は自分を軽んじる傾向にあって、気にかければむしろ気を遣って益々不調を隠すことすらあるのが分かっていたので、目に余るようであれば無理にでも休みをとってもらうことにはなっていた。他でもない、フィガロの提案だ。しかし原因もフィガロであったとは、何ともまあ、とシャイロックは賢者からは見えない角度でこっそりと苦笑いを零す。
    「すみません、シャイロックにも迷惑をかけて……」
    「迷惑だなんて、そんなこと思いませんよ。賢者様には。どうか気に病まないで」
     ああ、でも、と浮かんでいた微笑が悩まし気な表情に変わった。
    「少し癪なので、お教えしてしまいましょうか」
    「え?」
    「気付いていましたよ、フィガロ」
    「……え?」
    「棚の真ん中あたり、赤いラベルの瓶が見えますか?」
     ふわり、優雅な仕草で指が賢者の視線を誘導する。カウンターからちょうど斜め向かいに並んでいる酒瓶の内、確かに注ぎ口に赤いラベルが巻いてあるものがあった。並んでいるものはどれも綺麗に磨かれているが、それは黒っぽい瓶にラベル以外のものは何も装飾がないので、特に美しく磨かれているのが分かった。瓶に、鏡のような映り込みが見える程に。
    「あっ……」
     目を凝らさなければ見えないが、気を付けてみれば、瓶にはカウンターの下に並ぶ空き箱の輪郭がしっかりと映り込んでいる。それはつまり、先程まで賢者が丸まっていた場所が、今賢者が座っている位置からは丸見えだったということだ。
    「普段は、そんなところまで気にする方はいませんが……目線から察するに、まず間違いないかと」
    「う、うわあああ……」
    「それどころか、いると分かった上であのように話されたんでしょうね。全く、意地悪な方」
     赤くなったり青くなったりする賢者に、シャイロックは(そもそも貴方を追いかけてきたのでは?)と追い打ちをかけるのはやめた。賢者を気遣うに嘘偽りはない。言葉通り、気付いたことを隠しているのは癪だと感じたのはフィガロに対してのみだった。なので、立ち上がった賢者の肩をそっと押さえた。
    「シャ、シャイロック? すみません、俺、いますぐ追いかけて……」
    「おや、グラスの中身がまだ残っているのに?」
    「あ、え?」
     空になっていたグラスには、そっと鍋から移動させたホットワインがある。誠実な賢者は、首を傾げながらもすとんと再び椅子に腰かけた。
    「どうぞ、慌てずお飲みになって、賢者様」
     シャイロックは優しく囁いた。
    「暖まったら、今夜はもう眠ってしまいましょう。二日酔いの、意地悪な男とゆっくり話すのは明日起きてからでも遅くありませんよ」
    「そうでしょうか……」
    「そうですとも。さあ、今宵最後のお客様。貴方が今夜はゆっくりと眠れることを祈って」
     乾杯、と再びグラスを持ち上げる。今頃フィガロは、賢者が追いかけてくるかもという予想が覆って首を傾げながら部屋に戻っているかもしれないが、そのくらいの意趣返しは、相談料の範囲内だろう。賢者は申し訳なさそうに眉根を下げながらも、ようやくふにゃりと微笑んだ。


    おわり
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    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
    1820

    recommended works

    Norskskogkatta

    PAST主くり編/近侍のおしごと
    主刀でうさぎのぬいぐるみに嫉妬する刀
    主の部屋に茶色いうさぎが居座るようになった。
    「なんだこれは」
    「うさぎのぬいぐるみだって」
    「なんでここにある」
    「いや、大倶利伽羅のもあるっていうからつい買っちゃった」
    照れくさそうに頬をかく主はまたうさぎに視線を落とした。その視線が、表情が、それに向けられるのが腹立たしい。
    「やっぱ変かな」
    変とかそういう問題ではない。ここは審神者の部屋ではなく主の私室。俺以外はほとんど入ることのない部屋で、俺がいない時にもこいつは主のそばにいることになる。
    そして、俺の以内間に愛おしげな顔をただの綿がはいった動きもしない、しゃべれもしない相手に向けているのかと考えると腹の奥がごうごうと燃えさかる気分だった。
    奥歯からぎり、と音がなって気づけばうさぎをひっ掴んで投げようとしていた。
    「こら! ものは大事に扱いなさい」
    「あんたは俺を蔑ろにするのにか!」
    あんたがそれを言うのかとそのまま問い詰めたかった。けれどこれ以上なにか不興をかって遠ざけられるのは嫌で唇を噛む。
    ぽかんと間抜けな表情をする主にやり場のない衝動が綿を握りしめさせた。
    俺が必要以上な会話を好まないのは主も知っているし無理に話そうと 1308

    Norskskogkatta

    PAST主麿(男審神者×清麿)
    主刀でうさぎのぬいぐるみに嫉妬する刀

    今まで審神者の分は買ってなかったのに唐突に自分の時だけ買ってきて見せつけてくる主におこな清麿
    「ほらこれ、清麿のうさぎな」
    「買ったんだね」
    主に渡されたのは最近売り出されているという僕ら刀剣男士をモチーフにしたうさぎのぬいぐるみだ。面白がって新しい物が出るたびに本刃に買い与えているこの主はそろそろ博多藤四郎あたりからお小言を食らうと思う。
    今回は僕の番みたいで手渡された薄紫色の、光の当たり具合で白色に見える毛皮のうさぎに一度だけ視線を落としてから主の机の上にあるもうひとつの僕を模したうさぎを見やった。
    「そちらは? 水心子にかな」
    「ほんと水心子のこと好きな」
    机に頬杖を突きながらやれやれと言った感じで言う主に首をかしげる。時折本丸内で仲のよい男士同士に互いの物を送っていたからてっきりそうだと思ったのに。
    「でも残念、これは俺の」
    では何故、という疑問はこの一言ですぐに解消された。けれどもそれは僕の動きを一瞬で止めさせるものだった。
    いつも心がけている笑顔から頬を動かすことができない。ぴしりと固まった僕の反応にほほうと妙に感心する主にほんの少しだけ苛立ちが生まれた。
    「お前でもそんな顔すんのね」
    いいもん見たわーと言いながらうさぎを持ち上げ抱く主に今度こそ表情が抜け落ちるのが 506

    Norskskogkatta

    PAST主般/さにはにゃ(男審神者×大般若)
    主刀でうさぎのぬいぐるみに嫉妬する刀

    主に可愛いと言わせたくてうさぎを買ってきたはんにゃさん
    「どうだいこれ、可愛らしいだろ?」
    主に見せたのは最近巷で話題になっている俺たち刀剣男士をモチーフにしたうさぎのぬいぐるみだ。といっても髪色と同じ毛皮に戦装束の一部を身につけているだけだが、これがなかなか審神者の間で人気らしい。
    「うさぎか?」
    「そうそう、俺のモチーフなんだぜ」
    うちの主は流行に疎い男だ。知らないものを見るときの癖で眉間にシワを寄せている。やめなって言ってるんだがどうにも治らないし、自分でも自覚してるらく指摘するとむっつりと不機嫌になる。そこがこの男の可愛いところでもあるがそれを口にすると似合わんと言ってさらにシワが深くなるからあまり言わないようにはしてる。厳しい顔も好きだがね。
    そんな主だから普段から睦言めいたものはなかなか頂けなくて少しばかりつまらない。そこでちょっとこのうさぎを使って可愛いとか言わせてみようと思ったわけさ。
    主に手渡すと胴を両手で持ちながらしげしげと眺めている。耳を触ったり目元の装飾をいじったり。予想よりだいぶ興味を示してるなぁと見ているときだった。
    「ああ、可愛いな」
    主が力を抜くように息を吐く。
    あ、これは思ったより面白くないかもしれない。そ 874

    Norskskogkatta

    PAST主こりゅ/さにこりゅ
    リクエスト企画で書いたもの
    小竜が気になり出す主とそれに気づく小竜
    夏から始まる


    燦々と輝く太陽が真上に陣取っているせいで首に巻いたタオルがすでにびっしょりと濡れている。襟足から汗がしたたる感覚にため息が出た。
    今は本丸の広い畑を今日の畑当番と一緒にいじっている。燭台切ことみっちゃんはお昼ご飯の支度があるから先に本丸にもどっていって、今はもう一振りと片付けに精を出しながらぼんやり考えていたことが口をついた。
    「小竜って畑仕事嫌がらないんだね」
    長船派のジャージに戦装束のときのように大きなマントを纏った姿に畑仕事を嫌がらない小竜に意外だなと思う。大抵の刀には自分たちの仕事じゃないと不評な畑仕事だけど小竜からは馬当番ほど文句らしき物を言われた記憶が無い。
    「いやいや、これで実は農家にあったこともあるんだよ?」
    これなんかよくできてると思うよ、と野菜を差し出される。まっかなトマトだ。つやつやして太陽の光を反射するくらい身がぱんぱんにはっている。一口囓るとじゅわっとしたたる果汁は酸味と甘さと、ちょっとの青臭さがあって我こそはトマトである!と言っていそうだ。
    「おいしい!」
    「だろうっ!」
    手の中の赤い実と同じくらい弾けた笑顔にとすっと胸に何かが刺さった気が 3868

    Norskskogkatta

    PAST主くり
    リクエスト企画で書いたもの
    ちいさい主に気に入られてなんだかんだいいながら面倒を見てたら、成長後押せ押せでくる主にたじたじになる大倶利伽羅
    とたとたとた、と軽い足音に微睡んでいた意識が浮上する。これから来るであろう小さな嵐を思って知らずため息が出た。
    枕がわりにしていた座布団から頭を持ち上げたのと勢いよく部屋の障子が開け放たれたのはほぼ同時で逃げ遅れたと悟ったときには腹部に衝撃が加わっていた。
    「から! りゅうみせて!」
    腹に乗り上げながらまあるい瞳を輝かせる男の子どもがこの本丸の審神者だ。
    「まず降りろ」
    「はーい」
    咎めるように低い声を出しても軽く調子で返事が返ってきた。
    狛犬のように行儀よく座った審神者に耳と尻尾の幻覚を見ながら身体を起こす。
    「勉強は終わったのか」
    「おわった! くにがからのところ行っていいっていった!」
    くにと言うのは初期刀の山姥切で、主の教育もしている。午前中は勉強の時間で午後からが審神者の仕事をするというのがこの本丸のあり方だった。
    この本丸に顕現してから何故だか懐かれ、暇があれば雛のように後を追われ、馴れ合うつもりはないと突き離してもうん!と元気よく返事をするだけでどこまでもついて来る。
    最初は隠れたりもしてみたが短刀かと言いたくなるほどの偵察であっさり見つかるのでただの徒労だった。
    大人し 1811

    Norskskogkatta

    PASTさに(→)←ちょも
    山鳥毛のピアスに目が行く審神者
    最近どうも気になることがある。気になることは突き詰めておきたい性分故か、見入ってしまっていた。
    「どうした、小鳥」
     一文字一家の長であるというこの刀は、顕現したばかりだが近侍としての能力全般に長けており気づけば持ち回りだった近侍の任が固定になった。
     一日の大半を一緒に過ごすようになって、つい目を引かれてしまうようになったのはいつからだったか。特に隠すことでもないので、問いかけに応えることにした。
    「ピアスが気になって」
    「この巣には装飾品を身につけているものは少なくないと思うが」
     言われてみれば確かにと気づく。80振りを越えた本丸内では趣向を凝らした戦装束をまとって顕現される。その中には当然のように現代の装飾品を身につけている刀もいて、大分親しみやすい形でいるのだなと妙に感心した記憶がある。たまにやれ片方落としただの金具が壊れただのというちょっとした騒動が起こることがあるのだが、それはまあおいておく。
     さて、ではなぜ山鳥毛にかぎってやたらと気になるのかと首を傾げていると、ずいと身を乗り出し耳元でささやかれた。
    「小鳥は私のことが気になっているのかな?」
    「あー……?」
    ちょっと 1374

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    寒くなってきたのにわざわざ主の部屋まできて布団に潜り込んできた大倶利伽羅
    秋から冬へ、熱を求めて


    ひとりで布団にくるまっていると誰かが部屋へと入ってくる。こんな時間に来るのなんて決まってる。寝たふりをしているとすぐ近くまで来た気配が止まってしまう。ここまできたんなら入ってくれば良いのに、仕方なく布団を持ちあげると潜り込んできて冷えた足をすり寄せてくる。いつも熱いくらいの足を挟んでて温めてやると、ゆっくりと身体の力が抜けていくのがわかる。じわりと同じ温度になっていく足をすり合わせながら抱きしめた。
    「……おやすみ、大倶利伽羅」
    返事は腰に回った腕だった。

    ふ、と意識が浮上する。まだ暗い。しかしからりとした喉が水を欲していた。乾燥してきたからかなと起き上がると大倶利伽羅がうっすらと目蓋を持ち上げる。戦場に身を置くからか隣で動き出すとどうしても起こしてしまう。
    「まだ暗いから寝とけ」
    「……ん、だが」
    頭を撫でれば寝ぼけ半分だったのがあっさりと夢に落ちていった。寝付きの良さにちょっと笑ってから隣の部屋へと移動して簡易的な流しの蛇口を捻る。水を適当なコップに溜めて飲むとするりと落ちていくのがわかった。
    「つめた」
    乾きはなくなったが水の冷たさに目がさえてしまっ 1160

    Norskskogkatta

    DONE主さみ(男審神者×五月雨江)
    顕現したばかりの五月雨を散歩に誘う話
    まだお互い意識する前
    きみの生まれた季節は


    午前中から睨みつけていた画面から顔をあげ伸びをすれば身体中からばきごきと音がした。
    秘宝の里を駆け抜けて新しい仲間を迎え入れたと思ったら間髪入れずに連隊戦で、しばらく暇を持て余していた極の刀たちが意気揚々と戦場に向かっている。その間指示を出したり事務処理をしたりと忙しさが降り積もり、気づけば缶詰になることも珍しくない。
    「とはいえ流石に動かなさすぎるな」
    重くなってきた身体をしゃっきりさせようと締め切っていた障子を開ければ一面の銀世界と雪をかぶった山茶花が静かに立っていた。
    そういえば景趣を変えたんだったなと身を包む寒さで思い出す。冷たい空気を肺に取り入れ吐き出せば白くなって消えていく。まさしく冬だなと気を抜いていたときだった。
    「どうかされましたか」
    「うわ、びっくりした五月雨か、こんなところで何してるんだ」
    新入りの五月雨江が板張りの廊下に座していた。
    「頭に護衛が付かないのもおかしいと思い、忍んでおりました」
    「本丸内だから滅多なことはそうそうないと思うが……まあ、ありがとうな」
    顕現したばかりの刀剣によくあるやる気の現れのような行動に仕方なく思いつつ、 1555