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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    晶くんオンリー4展示その2。
    おしゃべりなローズネタと続いてます。恋人になった晶くん×ヒースクリフその後。ぶるぶるローズネタですが震えを止めてくれるのはカインです。(ネタバレ)

    初めての この世界には、少し口にする分には問題ないけど、分量を間違えると恥ずかしい目に遭う食べ物というのがいくつか存在する。その内の一つが《おしゃべりなローズ》で、俺はつい最近まさに大変な目に遭ったばかりだ。結果的に、片思いだと思っていた人と実は両想いだったことが分かったので、悪いことばかりではなかったけれど、それでも思い出せば顔から火が出るくらい恥ずかしい経験ではある。
     そして、やっぱりローズの種類で、《ぶるぶるローズ》という、食べ過ぎると震えが止まらなくなり、誰かに抱き締めてもらわなければ止まらないという、大変なバラがあるらしいと知ったのも最近のことだ。けれどそれも料理に使うと良いアクセントになるというので、同じ過ちは繰り返すまいと、念入りに分量を量り、もちろん自分の分は味見した量も計算して取り分け、ローズのテリーヌを魔法使い達に振舞った。中には止める間もなくたくさん食べて震えが止まらなくなったブラッドリー(対処法を伝えた後すぐにくしゃみでどこかへ飛んで行ってしまった)や、むしろ知った上でたくさん食べて笑いながら震えていたムル(ひとしきり震えた後、「あきた!」と言ってシャイロックに飛びついていた)もいたけれど、概ね問題はなかった、はずだった。オーエンが、俺の口元にフォークを押し付けるまでは。
    「食べてよ、賢者様」
     オーエンは不気味なほどににっこりと口角を上げて、俺の口元にテリーヌから丁寧にバラの部分を掬い取ったフォークを押し付けてくる。
    「で、でもこれはオーエンの分で」
    「知ってる。……聞いたよ? これ、食べると震えが止まらなくなるんでしょう? ひどいなあ賢者様……僕にそんなおそろしいものを食べさせようとするなんて」
    「それは食べ過ぎた場合で、ちゃんと、分量をはかって、」
    「じゃあ賢者様が食べても問題ないよね?」
    「俺はもう自分の分を食べてしまったので」
    「いいわけばっかり……北の魔法使いの手に渡ったものなんか、こわくて口に出来ません、って正直に言えば?」
    「そんなことは」
     は、の形に口が開いて、オーエンはその隙を見逃してはくれなかった。楽しそうに「えい」とフォークに乗ったものを俺の口に放り込んでしまうと、「遠慮しないで」と笑う。
    「みっともなく震えるところを、僕に見せてね」
     そう付け加えて。いいわけばっかりなのはオーエンの方じゃないですか、とか、それが目的だったんですね、とか、恨みがましく言うことはできなかった。口に入れられたものを吐き出すような行儀の悪いことはできなくて、そもそもそれは俺が作ったものなのでもったいないと思う気持ちもあり、咀嚼して飲み込んでしまったのだった。おかげで、「オーエン!」と言いたかったのに、テーブルに置いた手は既に震えていて、振動で「オォオオ」みたいな変な声が出ただけだった。慌てて口を押さえるものの、押さえる手も、体も小刻みにぶるぶると震えている。ムルが震えた時はとても楽しそうにしていたけど、勝手に体が震えてしまうのは、自分の体が自分のものじゃなくなったみたいでひどくきもちわるい。オーエンは顔を輝かせて俺を眺めていたけど、すぐに不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。と思ったら、「賢者様!」と後ろから声がする。
    「カ、カカカ、イ、」
     カインだった。後ろを振り向く前に、ふわりと見慣れた白いマントが見えて、前にがっしりとした腕が回された。ぎゅう、と椅子ごと抱きしめられている。これは、バックハグというやつじゃないだろうか。すごい。ドラマみたいだ。と思った次の瞬間には体の震えが止まっていて、俺は泣きそうになりながら今度こそ振り向いて、救世主の顔を見上げた。
    「カイン、ありがとうございます……!」
    「……あーあ、興醒め。バラみたいに青くなって、ぶるぶる震える賢者様をもう少し見ていようと思ったのに」
    「オーエン、お前な……! あっ」
     カインが伸ばした手をひらりと交わして、オーエンはあとはもうすっかり興味をなくしたように姿を消してしまい、後には食べかけのテリーヌだけが残されていた。
    「すまない、賢者様……守れなくて」
     震えから助けてくれたのに、カインは心底申し訳なさそうに眉尻を下げた。朝に挨拶のハイタッチをしていたので、食堂の入口から俺とオーエンがいるのは見えていたものの、和やかな雰囲気だったので、わざわざ声をかけてオーエンの機嫌を損ねたら悪いな、と感じて立ち去るところだったらしい。俺も、オーエンと二人きりだったけど、和やかに食事ができていると思っていたし、カインは何も悪くないのに。「それに」とカインは続ける。
    「震えを止めるためとはいえ、急に抱き締めたのもすまなかった」
    「あ、いえそれは、仕方ないですし、貴重な体験をしました」
    「? そうか? ならいいが……」
     少し不思議そうな顔をしていたカインは、俺が後片付けをするのを手伝ってくれた。片付けながら、俺は身をもってぶるぶるローズの効果を知ったので、今後使う時はますます気をつけないと、みたいな話をしたと思う。カインは朗らかに笑って「そうだな」と言いつつ「また震えが止まらなくなっても、俺が止めてやるさ」と胸を叩いてくれたので、俺はその頼もしさに心から感謝したのだった。



     という昼間の話をヒースクリフにすると、オーエンにバラを食べさせられて、というくだりでは青くなっていたものの、カインが助けてくれた、という流れにほっとしてくれたようだった。

     ヒースクリフと両想いだということが分かって、いわゆる、お付き合い、というものを始めてから、時々こうして離れていたときに起きた出来事を夜に話すようになった。魔法舎の部屋が廊下を挟んで向かいという近さもあり、片思いしていた頃の俺が聞いたら信じられないだろうけど、今では気軽にたずね合う程だ。今夜は俺がラスティカに貰ったお茶を振舞いたかったので、ヒースクリフに来てもらっている。もちろん、任務とか、ヒースクリフが国に帰っていたりとかで毎日そうしているわけじゃないけれど、いない間こんなことがあって、とか、市場でこういうものを見かけたから今度一緒に見に行きたいとか、色んなことを話すから、前よりヒースクリフのことを知れた気がして嬉しかった。ヒースクリフも、俺の話を優しい顔でうんうんと頷きながら聞いてくれるので、俺はついついおしゃべりになってしまう。寝巻姿で髪を下ろしたヒースクリフが新鮮かついつもとは違った雰囲気でどきどきしてしまい、うまく話せなかったのが今では懐かしい。

     けれど、俺が一通り話し終わると、ヒースクリフはほんの少し眉根を寄せ、急に黙り込んでしまった。
    「……? ヒースクリフ?」
     そっと顔を覗きこむと、下ろした前髪の隙間から覗く綺麗な碧色が、なんだか不安げに揺れている。どうしよう。オーエンの話をしたから、怖がらせてしまっただろうか。
    「……賢者様、」
     揺れていた碧色が、急に俺を真っ直ぐに見つめたので、どきりとする。いつも、ヒースクリフにどきどきしているけれど、それ以上にだ。ぐ、とヒースクリフが身を乗り出すから、ベッドがぎしりと軋んで、腰かけているのがベッドだと意識してしまう。俺の部屋には二人掛けのソファとかがないから仕方ないとは言え、普段寝ている場所にヒースクリフが腰かけている、と意識しないようにしていたのに。
    「な、なんでしょう……」
    「あの、えっと……仕方のないことだって、分かっていますけど……カインに、抱き締められたってことですよね……?」
    「? そうです。すぐに駆けつけてくれたので、震えがすぐ止まったんですよ」
    「お、」
    「お……?」
     間近で、ぱちぱちと瞬きが繰り返される。瞬きの音が聞こえてきそうなくらい、睫毛が長い。
    「俺じゃ、だめですか……?」
    「え、でも、ヒースクリフ、昼間は市場に行っていたじゃないですか……?」
    「そうじゃなくて……」
    「?」
    「こ、」
    「こ?」
     ヒースクリフの声がどんどん小さくなっていって、俺は耳をそばだてた。
    「……っ、恋人じゃ、ないですか……」
    「えっと、はい……へへ」
     こいびと、と改めて言葉にされるとなんだか顔が熱くなる。きっかけは完全に事故だったけれど、おかげでヒースクリフと恋人になれて、俺は幸せだな、とも思えた。しかし、ヒースクリフはゆるゆると頬が緩んだ俺を見て、「もう」と拗ねたような顔になる。二人きりのときだけ、そういう表情を見られるようになったことも嬉しい。
    「今度は、誰かに抱き締められる前に、俺を頼って欲しい、ってことなんですけど」
    「はい……? ん? えっ?」
     全くその考えに至らなくて、ひっくり返った声が出てしまった。つまり、
    「ヒースクリフ……もしかして、やきもち妬いた……ってことですか?」
    「……」
     ふいと顔を逸らされたが、僅かに覗いた耳が真っ赤になっている。陶磁器のように白い肌だから、赤くなった部分がとても目立っている。愛しさがこみあげてきて、俺は思わず腕を広げ、ヒースクリフをしっかりと抱き締めてしまった。わ、みたいな小さな悲鳴があがったものの、抵抗はなく、俺の腕におさまってくれている。
    「あの、俺、もしもまたぶるぶるローズを食べ過ぎてしまったら、絶対ヒースクリフを探します」
    「……俺がいなかったら?」
    「その時は……誰か他の人に抱き締めてもらうかもしれません」
     それは、仕方のないことだった。元々、お互いに毎日魔法舎にいるわけではないし、今日だって昼間たまたま食堂にいたのは俺とオーエンとカインだけで、魔法使いの半分程は外出や任務で不在だった。
    「でも、」
    「……でも?」
     ぎこちなく、ヒースクリフの腕が俺の背中にまわる。
    「ヒースクリフは、こ、こいびと、なので、何もなくても、だ、抱き締めたい、です」
     間近からするいい匂いだとか、密着した胸から伝わる鼓動だとかにどきどきしてしまって、みっともなく声が震えたけれど、俺がつっかえながらそう言うと、耳のすぐ近くで息を詰める気配があって、それからやっぱり震える声が「俺もです」と返してくれたので、堪らなくなって、ヒースクリフを抱き締めたままベッドに倒れ込んだ。
    「わっ」
    「あ、ご、ごめんなさい、つい……」
     二人分の体重を受け止めたベッドが軋む。慌てて起き上がろうとすると、背中に回ったままのヒースクリフの手が、引き留めるようにぐっと力を込めた。見れば、至近距離にある綺麗な碧色の瞳が、訴えるようにじっとこちらを見つめている。
    「……抱きしめたい、だけですか?」
     そんな大胆で挑発的なことを言ってくるのに、
    「……顔、すごい、真っ赤ですよ……」
    「い、言わないでください……」
     心底恥ずかしそうなヒースクリフが益々可愛くて、俺はそっと、その唇に自分のそれを重ねた。


    おしまい
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    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
    1820

    recommended works

    Lupinus

    DONE男審神者×五月雨江(主さみ)の12/24
    つきあってる設定の主さみ クリスマスに現世出張が入った話 なんということもない全年齢
    「冬の季語ですね」
    「あっ、知ってるんだね」
    「はい、歳時記に記載がありましたので。もっとも、実際にこの目で見たことはありませんが」
    「そうだよね、日本で広まったのは二十世紀になったころだし」
     さすがに刀剣男士にとってはなじみのない行事らしい。本丸でも特にその日を祝う習慣はないから、何をするかもよくは知らないだろう。
     これならば、あいにくの日取りを気にすることなくイレギュラーな仕事を頼めそうだ。
    「えぇとね、五月雨くん。実はその24日と25日なんだけど、ちょっと泊まりがけで政府に顔を出さないといけなくなってしまったんだ。近侍のあなたにも、いっしょに来てもらうことになるのだけど」
     なぜこんな日に本丸を離れる用事が入るのかとこんのすけに文句を言ってみたものの、12月も下旬となれば年越しも間近、月末と年末が重なって忙しくなるのはしょうがないと押し切られてしまった。
     この日程で出張が入って、しかも現地に同行してくれだなんて、人間の恋びとが相手なら申し訳なくてとても切り出せないところなのだが。
    「わかりました。お上の御用となると、宿もあちらで手配されているのでしょうね」
     現代のイベント 1136

    Norskskogkatta

    PAST主こりゅ(男審神者×小竜)
    主刀でうさぎのぬいぐるみに嫉妬する刀

    小竜視点で自分の代わりだと言われてずっと考えてくれるのは嬉しいけどやっぱり自分がいい小竜
    「ね、みてこれ! 小竜のが出たんだよー」
    「へーえ……」
    我ながら冷めきった声だった。
    遠征帰りの俺に主が見せてきたのは俺の髪の色と同じ毛皮のうさぎのぬいぐるみだった。マントを羽織って足裏には刀紋まで入ってるから見れば小竜景光をイメージしてるってのはよくわかる。
    「小竜の代わりにしてたんだ」
    「そんなのより俺を呼びなよ」
    「んー、でも出かけてていない時とかこれ見て小竜のこと考えてるんだ」
    不覚にも悪い気はしないけどやっぱり自分がそばにいたい。そのくらいにはこの主のことをいいなと感じているというのに本人はまだにこにことうさぎを構ってる。
    今は遠征から帰ってきて実物が目の前にいるってのに。ましてやうさぎに頬ずりを始めた。面白くない。
    「ねぇそれ浮気だよ」
    「へ、んっ、ンンッ?!」
    顎を掴んで口を塞いだ。主の手からうさぎが落ちたのを横目で見ながらちゅっと音をさせてはなれるとキスに固まってた主がハッとしてキラキラした目で見上げてくる。……ちょっとうさぎが気に入らないからって焦りすぎた。厄介な雰囲気かも。
    「は……初めて小竜からしてくれた!」
    「そうだっけ?」
    「そうだよ! うわーびっくりした! 619

    Norskskogkatta

    PASTさに(→)←ちょも
    山鳥毛のピアスに目が行く審神者
    最近どうも気になることがある。気になることは突き詰めておきたい性分故か、見入ってしまっていた。
    「どうした、小鳥」
     一文字一家の長であるというこの刀は、顕現したばかりだが近侍としての能力全般に長けており気づけば持ち回りだった近侍の任が固定になった。
     一日の大半を一緒に過ごすようになって、つい目を引かれてしまうようになったのはいつからだったか。特に隠すことでもないので、問いかけに応えることにした。
    「ピアスが気になって」
    「この巣には装飾品を身につけているものは少なくないと思うが」
     言われてみれば確かにと気づく。80振りを越えた本丸内では趣向を凝らした戦装束をまとって顕現される。その中には当然のように現代の装飾品を身につけている刀もいて、大分親しみやすい形でいるのだなと妙に感心した記憶がある。たまにやれ片方落としただの金具が壊れただのというちょっとした騒動が起こることがあるのだが、それはまあおいておく。
     さて、ではなぜ山鳥毛にかぎってやたらと気になるのかと首を傾げていると、ずいと身を乗り出し耳元でささやかれた。
    「小鳥は私のことが気になっているのかな?」
    「あー……?」
    ちょっと 1374

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    軽装に騒ぐ主を黙らせる大倶利伽羅

    軽装に騒いだのは私です。
    「これで満足か」
     はあ、とくそでかいため息をつきながらもこちらに軽装を着て見せてくれた大倶利伽羅にぶんぶんと首を縦に振る。
     大倶利伽羅の周りをぐるぐる回りながら上から下まで眺め回す。
    「鬱陶しい」
    「んぎゃ!だからって顔つかむなよ!」
     アイアンクローで動きを止められておとなしく正面に立つ。
     ぐるぐる回ってるときに気づいたが角度によって模様が浮き出たり無くなったりしていてさりげないおしゃれとはこういうものなんだろうか。
     普段出さない足も想像よりごつごつしていて男くささがでている。
     あのほっそい腰はどこに行ったのかと思うほど完璧に着こなしていて拝むしかない。
    「ねえ拝んでいい?」
    「……医者が必要か」
     わりと辛辣なことを言われた。けちーと言いながら少し長めに思える左腕の袖をつかむとそこには柄がなかった。
    「あれ、こっちだけ無地なの?」
    「あぁ、それは」
     大倶利伽羅の左腕が持ち上がって頬に素手が触れる。一歩詰められてゼロ距離になる。肘がさがって、袖が落ちて、するりと竜がのぞいた。
    「ここにいるからな」
     ひえ、と口からもれた。至近距離でさらりと流し目を食らったらそらもう冗談で 738

    Norskskogkatta

    MOURNINGさにちょも
    桃を剥いてたべるだけのさにちょも
    厨に行くと珍しい姿があった。
    主が桃を剥いていたのだ。力加減を間違えれば潰れてしまう柔い果実を包むように持って包丁で少しだけ歯を立て慣れた手付きで剥いている。
    あっという間に白くなった桃が切り分けられていく。
    「ほれ口開けろ」
    「あ、ああ頂こう」
    意外な手際の良さに見惚れていると、桃のひとつを差し出される。促されるまま口元に持ってこられた果肉を頬張ると軽く咀嚼しただけでじゅわりと果汁が溢れ出す。
    「んっ!」
    「美味いか」
    溺れそうなほどの果汁を飲み込んでからうなづいて残りの果肉を味わう。甘く香りの濃いそれはとても美味だった。
    「ならよかった。ほら」
    「ん、」
    主も桃を頬張りながらまたひとつ差し出され、そのまま口に迎え入れる。美味い。
    「これが最後だな」
    「もうないのか」
    「一個しか買わなかったからな」
    そう言う主に今更になって本丸の若鳥たちに申し訳なくなってきた。
    「まあ共犯だ」
    「君はまたそう言うものの言い方を……」
    「でもまあ、らしくないこともしてみるもんだな」
    片端だけ口を吊り上げて笑う主に嫌な予感がする。
    「雛鳥に餌やってるみたいで楽しかったぜ」
    「…………わすれてくれ」
    差し 588

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    花火景趣出たときにハイになってかいた。
    花火見ながら軽装姿の嫁といちゃつくだけ
    いつもの執務室とは違う、高い場所から夜空を見上げる。
    遠くでひゅるる、と音がしたあと心臓を叩かれたような衝撃とともに豪快な花が咲く。
    真っ暗だった部屋が花の明かりで色とりどりに輝く。それはとても一瞬でまた暗闇に戻るがまたひゅるる、と花の芽が音をなし、どんと花開く。
    「おお、綺麗だな」
    「悪くない」
    隣で一緒に胡座をかく大倶利伽羅は軽装だ。特に指定はしていなかったのだが、今夜一緒にどうだと言ったら渡したとき以来見ていなかったそれを着て来てくれた。
    普段の穏やかな表情がことさら緩んでいるようにも見える。
    横顔を眺めているとまたひゅる、どんと花の咲く音ときらきらと色があたりを染めては消える。
    大倶利伽羅の金色がそれを反射して瞳の中にも咲いたように見える。ああ。
    「綺麗だな」
    「そうだな、見事だ」
    夜空に視線を向けたままの大倶利伽羅がゆるりと口角を上げた。それもあるんだが、俺の心の中を占めたのは花火ではないんだけどな。
    「大倶利伽羅」
    「なんだ」
    呼び掛ければすっとこちらを見てくれる。
    ぶっきらぼうに聞こえる言葉よりも瞳のほうが雄弁だと気づいたのは付き合い始めてからだったかなと懐かしみながら、 843

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    徹夜してたら大倶利伽羅が部屋にきた話
    眠気覚ましの生姜葛湯


     徹夜続きでそろそろ眠気覚ましにコーヒーでもいれるかと伸びをしたのと開くはずのない障子が空いたのは同時だった。
    「まだ起きていたのか」
     こんな夜更けに現れたのは呆れたような、怒ったような顔の大倶利伽羅だった。
    「あー、はは……なんで起きてるってわかったんだ」
    「灯りが付いていれば誰だってわかる」
     我が物顔ですたすた入ってきた暗がりに紛れがちな手に湯呑みが乗った盆がある。
    「終わったのか」
    「いやまだ。飲み物でも淹れようかなって」
    「またこーひー、とか言うやつか」
     どうにも刀剣男士には馴染みがなくて受け入れられていないのか、飲もうとすると止められることが多い。
     それもこれも仕事が忙しい時や徹夜をするときに飲むのが多くなるからなのだが審神者は気づかない。
    「あれは胃が荒れるんだろ、これにしておけ」
     湯呑みを審神者の前に置いた。ほわほわと立ち上る湯気に混じってほのかな甘味とじんとする香りがする。
    「これなんだ?」
    「生姜の葛湯だ」
     これまた身体が温まりそうだ、と一口飲むとびりりとした辛味が舌をさした。
    「うお、辛い」
    「眠気覚ましだからな」
     しれっと言 764