地獄で〇〇を ほとんどの刀に嫌われていたと思う。
最低で最悪の主だった自覚があった。そもそもなりたくて審神者になったわけではない。本丸は、俺にとっては刑務所の役割を果たしていた。審神者として政府に尽くせば、最低限の生活は保障される、そういう仕組みだ。死刑か労働かを強いられ、若かった俺は死ぬのが恐ろしくて、後者を選んだ。永遠に続くものとも知らずに。気付いた時にはもう遅く、俺の身体は人の理から外れ、ただただ同じような毎日を閉じられた空間で過ごすしか道はなかった。あんなに死にたくなかったのに、死にたい死にたいと日々願い、けれど自分で自分の命を断つことは出来ないよう縛られていた。だから、最悪の主になることを選んだ。暴力は疲れるし、人間の力で屈強な刀剣男士を傷つけられるとは思わなかったので、彼らを別の方法で辱め、傷つけることを選んだ。そちらの方が慣れていたし、楽だった。可哀想だと思う心は残っていなかった。そんなものがあったら俺は最初からここにはいない。
刀剣男士は長く耐えたが、或る日、ついに謀反を起こした。やっとか、と思った。ほとんどの刀に嫌われている、と述べたが、一振りを除いてすべての刀に良く思われていなかった、という方が正しい。本丸は焼かれ、寝室から裸足で庭へ下りた。刀剣男士達は既に俺の支配下になく、主でなくなった俺の終わりを望んでいた。やはり、ただ一振りを除いて。
お前はあっち側だろう、と俺を睨む刀達の方を指差した時、へし切長谷部はきょとんとして俺を見上げるのみだった。主命があって、従っていたわけではないのだとその時初めて知った。だってお前、口を開けば主命とあらばって言うから、俺はてっきり、命令には逆らわず汚れ仕事だろうが閨の供だろうが何でも言うことを聞く、使いやすい刀なんだなと思っていたのに。ああでも、思い出してみれば従順すぎる臣下にしては、眼差しがいやに熱いことが、あったかもしれない。どうだろう。今となっては、思い出したところで何が変わるわけでもないが。
ひどい人だと、長谷部は笑い、俺もまた、想像していたのと違う結末になんだかおかしくなってしまった。刀剣男士達は、戸惑ったように動かないままだった。長谷部が、抜いた刀を俺に向けても。
「待っていてくださいね」
そういえば、閨でもそんな眼差しを向けられていた気がする。蕩けるようなじっとりと濡れた瞳を、初めて真正面から見つめた。
「……はは、いつもと逆だな」
そう答えた次の瞬間には、軽い衝撃と共に、じわりと胸のあたりが熱くなる感覚があった。国宝で貫かれた感想を、声に出せたかどうかは分からない。ただ、長谷部は満足そうに笑っていて、俺も、やっと終われる、と安堵していた。
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「……あいつ、待ってろ、って言ってたか?」
ふと、後ろを振り返ってみる。
やっと終われる、と最期の瞬間に思ったものの、気付いたら俺は先の見えない道を歩いている。途中で川っぽいものを渡った気がするが、あれって三途の川だったんだろうか。無意識にここまで来てしまったが、唐突に最後のやり取りを思い出してしまった。しかし、すぐに、まあいいか、と思い直す。死後の世界というものを想像したことがないわけではない。生前、褒められるようなことは何ひとつしていない俺と、付喪神のへし切長谷部。審神者である俺が死ねば、長谷部も当然人の身を保ってはいられなかったはずだが、その魂が同じ場所に行きつくとは到底思えなかった。死んで終わり、ではなかったのは少々面倒だが、俺はただ向かうしかない。この先の―――
「――るじ、主!」
突然、背後から腕を取られ、一人きりで歩いていたとばかり思っていた俺はさすがに驚いてつんのめった。振り向けば、そこには息を切らしたへし切長谷部が、死ぬ前と変わらず人の姿で立っていた。
「よかった……間に合って……待っていてくださいと言ったのに、どうして先に行ってしまうんですか」
「ああ、悪い……んん? なんでこっちにいるんだ、お前」
ほっとしたような表情から一転して拗ねた顔になる長谷部に、俺は首を傾げる。長谷部は、今度は呆れたように首を振って、やはり笑って言った。
「この先も、お供します。当たり前でしょう?」
「……お前、どこまで従順な……、あ、いや、違うのか」
ついてこいと、命じた覚えはない。けれどもう、命じることはないし、命じなくても、この刀は。
「ずっと一緒ですよ、主」
そうか、と俺は笑った。拒む理由が見つからない程度には、俺もこの刀を好いているのだろう。
--地獄で待ち合わせを 完--