黒歴史笑うないつか来た道「――ですよね、そう思いませんか、先輩!」
「んぁ、何、なんて?」
いい塩梅に酒が入り、部屋の暖かさもあってうとうとしていた俺は肩を強めに揺すぶられ、強制的に覚醒させられた。馴れ馴れしく俺の肩を掴んでいる青年は首まで赤く、呂律は若干あやしいものの目は据わっている。何この酔っ払い。誰か面倒見てやれよ。あたりを見回すものの、俺とその青年の周辺にだけ見えない壁がある感じにやや遠巻きにされている。いつからこうなっていたんだろう。そもそも誰だこいつ。同じテーブルについているといことは近いエリア管轄の審神者だろうけど。俺を先輩、と呼ぶが、見た目はそう変わらなそうな年に見える。
「だから、経験値とレベルの話ですって。あんなもんは、飾りっつうか、ただの数字に過ぎないんですよ。だってそうでしょう、ね、ね」
うわー、めんどくさそう。
だから飲み会って嫌なんだよなあ、と俺は近くにあるピッチャーを引き寄せてそいつのグラスコップに注ぎながらこっそりと溜息をついた。
ここ数年、年に一度くらいの頻度で開かれるようになった審神者交流会だった。戦況が見えない中、審神者同士も連携が必要だとか、なんとか。はい馬鹿。飲み会で交流をはかれるなんて考え方は平成か令和序盤あたりで捨てておけっての。心の中では発案者を呪ったものの、年に一回ぽっちのタダ飯タダ酒なら、まあ、いいか、などとのんきに考えたのが運の尽きだった。酒が入って無礼講になるのはどの時代のやつも同じで。飲み会開始から数時間も経てばそのへんで潰れてるやつ、饒舌になって意識高めの演説を始めるやつ、護衛に連れてきたはずの刀といちゃつき始めるやつ等々で混沌としていた。座席表が意味をなさなくなったあたりで姿を消したやつも数人おり、俺ももう少し判断が早ければ、と悔やむもののもう遅い。
「あんなんは、ね、審神者に都合よく、視覚化された数値に過ぎなくて、実際のところ、そりゃあ、出陣を重ねれば刀は強くなりますけど、じゃあレベルがカンストしたらそれ以上強くならないのか、ってえ話じゃないすか、ね、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
すっかり冷めた唐揚げを小分けにしながら俺は頷いた。
「刀はぁ、昨日より今日、今日より明日の方が強いでしょ、僕らだって、失敗から学んで、成功を活かして日々審神者をやってるわけじゃないですか、な、そうだよな長谷部」
「はい、主のおっしゃる通りです!」
青年の脇に控えているへし切長谷部もにこやかに頷く。審神者が本丸の外に出るとあれば当然護衛が必要だ。会議なんかの場合は部屋の外に控えてもらうことがほとんどなんだが、酒の席だと審神者同士のトラブルも多いので一振りに限り伴うことになったのだった。かわいそうに、向かいの席では蜻蛉切と日本号に挟まれる形になった審神者が圧縮されている。ますます、交流とは、って感じではあるよな。
長谷部に元気よく肯定された青年は機嫌よく俺に向き直り、「長谷部もこう言っています!」と拳を握った。へし切長谷部による審神者の肯定は他者に対して何の説得力もないと分かっていないあたり、若いし酔っ払いだな、と思う。
冷めた唐揚げの細切れを口に運ぶ。味が濃くて、冷めてても旨い。もう一つ摘まんで振り向いた。
「食べる? あーん」
「! あ、ありがとうございます……」
後ろに控えている俺の長谷部の口元に唐揚げを運んでやると、青年は歯を剥いた。
「イチャイチャしてるッッッ!!!!! 何甘やかしてんですかッッッ!!!!!!!!!」
「うるさ……」
そういうお前は長谷部に甘やかされているのが丸わかりなのに。
「それで何だっけ? 経験値の話?」
空になったグラスに再び水を注ぎ、促すと、青年は再び拳を握った。
「そう!だから、経験値とか、レベルとか、数字の話なんて意味がないって話なんですよ」
「へえ」
「やれ何周年だの、レベルだの、カンストだのでいちいち祝う界隈に、俺はついていける気がしないんですよ。戦争中ですよ? 祝ってる場合かってんですよ。しかも、政府が勝手に決めた数字を、ね」
「へえ」
相槌を打ちながら、段々俺は口元がにやけていくのを感じる。
「君、審神者いま何年目くらい?」
「は? 一年……ちょっとかな? だよな長谷部」
「はい、一年二か月と三週間です」
「そう」
若いなあ~~~ たまらんな~~~! 審神者業務ってやつに慣れてきて、周りを見る余裕が少し生まれて、政府のやり方ってやつに疑問が出てくる頃合いだ。こんなやり方はどうなんだ、情報伝達が遅いんじゃないか、俺達は本当に正しいことをしているのか、等々。そういう時代が、俺にもあった。多分。
「とにかく、僕はそんな、記念だとかカンストだとかをいちいち祝うような、」
「え、カンストうれしくない?」
「うれしくないでしょ、別に。ただの、システム上の数字ですよ」
「だとしても、節目というか、達成感あると思うけどなあ」
「ないない。ありません」
「カンストしたことあるんだ? 何振りくらい?」
「……しては、ないですけど」
青年の勢いは段々弱まっていた。水を飲ませ続けた甲斐があるというものだ。
「別に、そんなことどうでもいいでしょう。な、長谷部」
「はい、かんすと?していようがいまいが主はご立派なお方です」
「ほらね!」
二人してドヤ顔をするな。もっと水飲ませないとだめだこいつ。俺は追加でピッチャーを頼むと、懐から財布を取りだした。会費置いてさっさと帰ろ。
「……まあ、今はそう言ってるけどね、なんだかんだ、カンストとか就任記念日とか、重ねていくと感慨深いもんだよ。っていうか、感慨深く感じるタイプだよ、君」
「はあ~?」
思いっきり怪訝な顔をされたけど、俺には分かる。そんな風に長谷部に何度も話しかけて甘やかされてるタイプは絶対にそうなる。俺みたいに。
「……あれ、そういえば、先輩は何年目なんですか? 審神者。というかどこのエリアの方ですか?」
「知らずに話しかけてたんだ……?」
てっきり俺が忘れてるだけで知り合いかと思ったのに。おもしれー男すぎるなこいつ……酒が抜けた時に改めて話してみたいものだ。
「俺は相模エリアで……えっと、何年だっけな、六十年?くらいやってるよ」
「は……?」
ぽかんとした顔に、そうだよなあ、と思う。交流会みたいなものに参加したところで、審神者システム開始初期から審神者をやっている古参の人間なんて、ジェネレーションギャップを感じるどころの話じゃない。俺に話しかけてきた時点でおかしいと思うべきだった。
「主、主」
立ち上がると、同じく後ろに立った長谷部が遠慮がちに俺の耳元でごにょごにょと囁いた。
「……え、そうだっけ」
「はい……一昨年、節目だということで盛大に本丸で宴をやったじゃないですか」
「忘れてたわ……時が経つのは早いなあ」
俺は青年に向き直り、訂正する。
「ごめん、サバ読んだわ。審神者歴七十二年だった」
「ななじゅ……?」
「十年も二十年も、カンストもあっという間だよ~。祝えるうちに祝っておきなさいって」
などと、先輩風を吹かせてみたものの、時既に遅しという感じがする。幽霊を見るような目で見ないで欲しい。新鮮な気持ちにはなるけど。俺も来年からは、同期と同じように金だけ置いてさっさと帰ることにしようかな。少し軽くなった財布を懐に戻し、俺は宴席を後にした。
「……本丸で飲みなおそうかな。な、長谷部」
振り向けば、長谷部は甘やかに笑い、「お付き合いしましょう」と俺の望む答えをくれるのだった。