雨からなんとなくガンダムパロ「宙は海に似ています」
数光年先の星が煌めく展望ブリッジで、コーヒー片手に古論はそう言った。
「海?」
聞き返すと、古論は亜麻色の髪をふわりと翻して振り返る。
綺麗な瞳が輝いている。
「はい。雨彦は見たことがありませんか?」
海を?もちろん見た事はある。学生の時に図鑑や資料集などで。
本物を見たことはない。
宇宙の端でずっと生活している雨彦にとって、地球は遠く手の届かない場所だ。
「いや、地球には行った事がない」
雨彦の言葉を受けて、古論は目を伏せた。
「一度だけ、父の仕事に付き添って地球に降りたことがあります。10歳の時です。その時、初めて海を見ました」
着陸は夜だった。シャトルの窓から見た地表は、黒い漆黒の中に小さな光がいくつか灯るだけであった。
ただ暗いだけの地面だと思ったそれは、降りてみて初めて海だと知った。
図鑑の中の青い海とは違う。真っ暗で、月の光を反射し波打つ水平線。
その海中には、かつて何万とも何億とも知れない生物たちが暮らしていたのだという。
「夜の海は、想像していた青い海とは違って、全てを覆い尽くすような黒と、白い星の光で淡く輝くのですよ」
へえ、と雨彦は相槌を打ちながらぬるくなったコーヒーを口に含んだ。
「その時の光景が忘れられず、私はその後何度も母に海に連れて行ってくれと頼んだものです」
古論が遠い日を懐かしむように、分厚い窓の向こうの星を眺める。
その瞳の奥に、彼が幼少期に見たという海が見えそうな気がした。
「いつか連れて行ってやるさ」
不意にそんなことを言ってしまったのは、古論が窓の外を眺める横顔が綺麗だったからだろうか。
我ながら、突拍子もないことを言ったなと苦笑する。
だが古論は、馬鹿にもせずふざけもせずに、
「本当ですか?嬉しいです」
と微笑んだのだった。
「そのためにもまず、明日の作戦をしっかりと終わらせないとな」
「はい。やるべきことは、果たさないといけませんね」
少し疲れたように頷く古論は、言葉とは裏腹に明日の任務については不満に思うところがあるのだろう。
雨彦もそうだ。
無謀な戦いになるだろうとは、今回の命令を受けた時から思っている。
しかし、上からやれと言われた事を、「勝ち目がないのでできません」とは言えない。
いかに味方を殺さずに、上が望む戦いをしてみせるかだ。
この旗艦を任されている、雨彦の手腕が試されている。そして、MSに乗り戦場の最前線に出向く古論も。
「お前さんは大丈夫だと信じている」
気休めの言葉にしかならないと分かっていても、雨彦は古論にそう言わずにいられない。
「もちろんです」
もう冷たくなったコーヒーのマグを握って、最後の一口を流し込む。
窓の外では、幾億の星が煌めいている。
出撃まで、もう数時間と無かった。