28個食べました金萬のcm
深津が変な物好き、というのは有名な話で、とにかく普通だったらあまり気にしないものや、特徴的な物を愛でては嬉しそうにしているのは、周知の事実だった。
中でも最近ハマっているのは、某秋田県の有名な焼き菓子土産のcmで、見かけるたびに口ずさんではずっと歌っているので、周りに「頭おかしくなるからやめろ」と言われていた。
でも、俺は結構好きだった。
「イチノだけピョン、俺の金萬の歌を聞いてくれるのは」
厳密には金萬の歌は深津の歌ではないけれど、嬉しそうだったから何も言わなかった。
しかしそこは強豪バスケ部、テレビをゆったりと観る時間もくつろぐ時間もないほど練習に追われていたから、深津があのcmを妙に流暢に歌えることは、ほとんどの人は忘れてしまっていた。
例に漏れず俺も。
そんな折、俺は盲腸で病院に運ばれた。我慢のしすぎが祟ったのだ。
入院中はやることがない。
みんな気を遣って雑誌や本や、学校の宿題などを届けてはくれたが、それでも余るほど時間があった。
病室にはテレビがあって、ぼんやりそれを眺めながら貸してもらった漫画雑誌を読んでいる時だった。
そのcmは鮮烈に俺の耳に入り、そして驚かせた。
呆気に取られたまま見守って、いてもたってもいられなくなった俺は、急いで病室を抜け出し、山王工業バスケ部の寮の固定電話に電話をかけた。
深津を、と言うと、深刻な俺の声に電話をとった寮母さんは何かを察してすぐに代わってくれた。
「どうしたピョン」
「深津、落ち着いて聞いてほしい」
「盲腸またぶり返したピョン?」
「違う、もっと大事なことだ」
すぐに言ってしまいたいのをグッと堪えて、言葉を選ぶ。
「もう、金萬のcmでダニー・リベラさんの歌声は聴けないんだ」
ヒュッ、と息を呑む音がした。深津は無言だ。
それもそのはず、あんなに気に入っていたのだから。
そして、俺も深津があの歌を口ずさんでいるのが大好きだったのだから。
「ディオスミオ…」
深津が何か言ったが、意味はわからなかった。でも、スペイン語だ、きっと。
ちょっと興味持ち始めて、スペイン語の勉強始めたばっかりだったのにな、深津。
それから数日が経った。
「リコ」
夕飯をみんなで食堂で摂ってる時に、突然深津が言った。
「は?」
「なんて?」
「今全然違う話してたのに」
同じ卓を囲っていた河田、野辺、松本が、それまで楽しくおしゃべりしていたのをやめて、一斉に深津を見る。
当の本人は、口に入れたおかずをもぐもぐと咀嚼している。終わってから、静かに口を開く。
「今日の新しいおかず」
そう言って、深津の皿に乗ったほうれん草の白和えを箸で指す。ちょっと行儀が悪いが、親も監督も見ていない男子寮での食事風景では良くあることだ。
あ。とその時俺はピンときた。
「美味しかったんでしょ」
深津が嬉しそうに俺を振り返る。
「イチノ、正解ピョン」
やったーいえーい、とハイタッチ。
深津は、今日限定のおかず、ほうれん草の白和えを食べて美味しいと言ったのだ。
いつもは無いおかずなのでどんな味なのかわからないのと、今日のメインの煮込みハンバーグがあまりに輝きすぎていて、他のメンバーは誰も取らなかった。
ヒントは、例のcm。耳に残るあのリズムと印象的な映像だ。
「なんの話だ…」
「知らないピョン?新しくなったんだピョン」
「ああ、金萬」
「ああ〜、深津好きそうだもんなあれ」
河田と野辺が納得している横で、松本が複雑そうな顔で「あれか…」と顔を曇らせた。
「最初見た時全然意味わからなくて引いちゃったんだよな」
「松本はダニー・リベラさんの時から引いてたピョン」
「そうそう、今の何ってすごい顔してたよね」
「あれは深津が横で完璧に歌い出したから引いたんだよ…」
みんなでテレビを見ていたら流れ始めた金萬のcmに、松本だけ困惑していたのが懐かしい。ついでにその後流れた修学旅行安否連絡のcmにも「こんなの流すのか!?」とでかい声で驚いていた。
「てっきり深津だば、ダニーさんのcm見れねくて拗ねてると思ってたけどな」
先に食べ終わった河田が、お皿を片付けながら言った。確かに。あの時深津は、電話の向こうで驚愕していたはず。
「気づいたんだピョン」
「なにを?」
フフ、と深津は得意げな顔をする。いつもは表情の変わりにくい深津も、好きなものの話となると表情豊かだ。
「新しいcmも!ダニーさんの歌声だピョン!」
高らかに宣言した。が、バスケ部特有の腹からの声量だったので、食堂に響いた。
隣の一年生のテーブルの後輩たちが、キョロキョロと深津を不思議そうに見ている。
「そんな事だろうと思った」
「イチノならわかってくれると思ってたピョン」
「良かったね、深津」
分かり合えてついニヤニヤした。不思議なものを好きな深津がまた見れて、俺は嬉しくてたまらなかった。
「明日買いに行ってみんなに配るピョン」
「え〜いらないなあ」
「あれパサパサして口の中の水分持ってかれんだよな」
「というか、食べた事ないかも、実は」
「あーオレも」
「なんという事だピョン、ダニーさんに失礼だピョン」
「いや、ダニーさんじゃなくて金萬の会社にだろ」
そもそもお土産用でしょあれ、など口々に言いながら、山王工業バスケ部の夜は更けていく。
翌日、金萬を押し付ける深津とともに牛乳を配った俺は、受け取った部員から「ナイスアシスト」と感謝された。