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    Orr_Ebi

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    2年間会えないまま恋人になった沢深が、空港で再会するまで。深津大2、沢北🇺🇸大1。プレップスクールとか留学システムとか全部無視。スマホ出てくる現代設定。今回のスーパーグッドアドバイザーは松本さんです。三リョと同じ工場で生産しているので、ほんのりリョ匂わせの三井も出てくる。

    #沢深
    depthsOfAMountainStream

    積もる、走る大学の寮の食堂でたまたま付けていたテレビに映ったニュースだった。
    ほんの一瞬、NBAの日本人選手の短い特集コーナーの最後の1・2分、「アメリカでは大学バスケのシーズンも始まります」というナレーションと共に映ったのが沢北だった。
    アメリカ大学バスケリーグには、現在日本人が3名。深津より2歳年上の日本人と、湘北出身の宮城リョータ、そして沢北栄治。
    その中でも注目選手として、沢北の名前とプレーをしている映像が流れた。
    大学のユニフォームを着てバスケをしている沢北を見るのは初めてで、深津は一瞬固まってしまった。
    「今の、沢北じゃないか?」
    ガタ、と椅子を引いて隣に座ったのは、朝食定食Aをお盆に乗せた松本稔だった。
    「さあ、見てないピョン」
    「いや見てたぞ」
    いらんことを言うのは深津の目の前に座って、朝食定食Bの味噌汁を啜っていた三井寿だ。
    「コイツ、食べかけたニンジンを落としてた」
    「落としてないピョン、食べるのやめただけピョン」
    「珍しいな深津、食わず嫌いしないのに」
    どこかズレてる松本の言葉を流しながら、深津は一度落ち着こうとグラスの水を一口飲む。
    「沢北と連絡取ってんのか?」
    三井という男は、空気が読めないのかなんなのか、聞かないでほしい事を真正面から聞いてくるから面倒だ。
    三井の言葉を聞いた松本が、少し身を固くして身構えるから更に良くない。そういう時は何食わぬ顔をしてほしいのに、松本はそれができない男だった、と先ほど落とした煮物のニンジンを齧った。
    沢北と深津が、深津の高校卒業と同時に付き合い始めたのを知っているのは、身近だと河田と松本だけだ。
    沢北が渡米してから一度も連絡を取っていなかったのに、突然「もう耐えられないので言います。好きです」と半べそかきながら電話で言われた。
    その時の深津は、沢北への想いを自覚しながらも相手はアメリカ、自分は日本という環境で連絡もとっていなかったので、もうこれ以上の進展はないの思っており、この気持ちはそっとしまっておこうと心に決めたばかりだった。
    降ってわいたような嬉しい出来事に、珍しく深津は動揺して、電話を受けた翌日に河田と松本に打ち明けてしまったのだった。
    もう2年前のことである。
    「連絡は、取ってないピョン」
    「ーーー嘘だな、しょっちゅう沢北が電話してるって宮城が言ってたぞ」
    コイツ宮城リョータと繋がってんのか、と深津は心の中で舌打ちする。
    「最近電話したのは?」
    「昨日だピョン」
    「ほらな」
    ここまで来ると変に取り繕うのもおかしいだろうと、いっそのこと素直に認めたら三井は満足げに微笑んだ。
    昨日、というかもうほぼ今日の夜中だったので、深津としてはついさっきみたいなものだ。
    通話アプリで2時間も喋っていた。
    実は付き合ってからまだ直接会えていない2人だが、電話やメッセージは欠かさずしている。
    まるで会えない分を埋めるかのように、1日も欠かさずずっと、だ。
    電話のほとんどは、沢北が最近あったアメリカでの出来事を話すのだが、最後はいかに深津のことが好きか、どんなに深津を恋しく思っているかを話して、むず痒くなった深津が「もう切るピョン」と言って強制的に終わらせることが多い。
    日本は夜中の2時で、時差16時間のロサンゼルスは朝の10時。
    沢北は昼から練習だというから少しだけのつもりで電話をしたら、なかなか切るに切れず、2時間近く通話してしまい、そのおかげで今朝の深津は若干寝不足だった。
    昨夜の「聞いてくださいよ、深津さん」という沢北の声がまだ聞こえてくる気がする。
    「仲良いんだな、お前らって」
    その言葉、宮城とお前にそっくり返すピョン、と言おうとしたが、これ以上掘り返されるのも嫌だったので何も言わずにおいた。
    松本だけが気まずそうに深津を見たが、この話は終わりだとばかりに、深津は食べ終えたお盆を持って席を立った。

    あの映像はいつのだろう。
    沢北が同じバスケ留学のブラジル人と喧嘩したあたりだろうか?
    それともJAPとバカにされて食ってかかったあたりか。
    たまたまチームメイトと立ち寄ったスポーツバーで度数の高い酒を飲んで酔い潰れた頃のだろうか?
    なんにせよ、アメリカと日本の遠距離が始まってから、深津が沢北のプレーする姿を見たのは、その朝のニュースコーナーが初めてだった。
    そう、会えていないのだ。
    電話の告白から2年、一度も会っていない恋人。
    だからたった一瞬でも、自分の沢北が活躍している映像が、全国ニュースで取り上げられたのが嬉しく、誇らしい。
    そして、若手注目選手の沢北が、あの映像で何食わぬ顔をしてアメリカ人たちに混ざっていた沢北が、どんな風に悔しがり、どんな気持ちでアメリカにいるかを1番よく知っているのは、日本では自分だけだろうという優越感が、深津の心を満たしている。
    本当に、ただそれだけでこの2年間やってきた。
    今日も深津は、沢北に会いたくてたまらない。



    「アメリカまで見に来ます?」
    そう沢北が言ったのは、ニュースを見た3日後に電話をした時だった。
    「…そんな事は言ってないピョン」
    たまたまニュースでお前の映像が流れたぞ、という話なだけだったのに、現地朝8時の恋人は電話の向こうで上機嫌だ。
    「オレに会いたいって話じゃないんですか?」
    「会いたいとは言ってないピョン」
    「じゃあオレが大学のユニフォーム着てカッコいい姿が見たい?」
    「それも言ってない」
    ちぇ、と拗ねる沢北の声を聞いて、深津は口角が上がるのを抑え切れない。
    まぁ、一人暮らしの部屋にいるのだから誰を気にするわけでもないのだが、大学の友人達には絶対に見せれない顔をしている自覚がある。
    「深津さん、全然オレに好きとか会いたいとか言ってくれねぇし」
    どうやら沢北の地雷を踏んでしまったらしい。
    いつもは沢北自身が深津への愛を話し続けるので誤魔化されていたが、確かに沢北の言う通り、深津はあまり沢北への愛情を言葉にしてこなかった。
    「…ほんとにオレの事好きなんすか?」
    ちょっと甘えた声が、スマートフォンによって電子化されて流れてくる。
    「急になんだピョン」
    「付き合ってるんすよね?オレって深津さんの彼氏なんですよね?」
    「うん、まぁ…そう、ピョン」
    「ええ〜歯切れ悪いなぁもう」
    言われたい、表現して欲しい、愛して欲しい、をど真ん中でいく沢北だ。
    そういう点では、アメリカという風土がよく合う男だと思う。
    深津自身は、週3以上も電話しているのだからそんな事を確かめようとするなと思うのだが、付き合った当初から沢北は、深津の愛情表現を欲しがるタイプだった。
    確かに告白してきたのは沢北の方からで、深津はそれにただ「分かった」と言っただったし、付き合いだしてから深津の方から「好きだ」と言った事はほぼ無かった。
    「好き、愛してる」と世間のメロドラマの恋人たちは簡単に伝え合っているが、深津はそんな風に気持ちを伝える方法をまだ知らないし、恋人としての沢北に触れたことがないから、きっと出来ないと思うのだ。
    少しでも会えない恋人の期待に応えてやりたいと思いはするのだが、こんな事にだけ不器用な深津は、結局何もできなくて、いつも誤魔化して終わってしまう。
    だからたまには、言葉で伝えてみようか、と思考を巡らせる。
    「…テレビで見る沢北は、俺にとってはただの沢北じゃなかったピョン」
    はい?と沢北の怪訝そうな声。
    この話の流れで珍しく深津が話し出したから、戸惑っているのだろう。
    「みんなにとっては、ただアメリカの大学でプレーしてる日本人3人のうちの1人でしかないかもしれないが、俺はこの2年、沢北が苦しんだり踏ん張ったりしてるの知ってたから」
    電話の向こうは静かだ。
    深津が自分の感情を言葉にしようとする時、しっかりと聞こうとする沢北のこの姿勢が心地よくて好きだった。
    「だから、ほんの一瞬だけ、俺はいろんな沢北を知ってるんだぞ、って誇らしかったピョン」
    言い切ってから、数秒の沈黙。
    ちょっと恥ずかしいな、と深津は思ったのだが、沢北は一言も発しない。
    「……………オレの事大好きって事ですか?」
    たっぷりの沈黙の後、バカみたいに素直な言葉が返ってきて思わず吹き出した。
    「まぁ、そういうことにしておくピョン」
    深津さんわかんねーー、と言いながらも沢北は、どことなく嬉しそうにしていたから、深津の伝えたい事が少しでも伝わったのではないかと安心した。
    やっぱり難しい。
    でも、100の言葉で愛を伝えるより、こんなふうに君のことを考えて心が温かくなる瞬間があったのだと伝える方が、深津自身に合っていると思うのだった。


    アメリカまで見にきます?と言ったのは沢北の方だったが、実際問題、日本の大学生である深津は課題だゼミだ夏休みだバスケだと忙しく、時間もなければお金も無いのでアメリカ行きはすぐには難しい話だった。
    そもそも休みが取れないし、アメリカまでの航空券はちょっとそこまで、という気持ちで取るには高すぎる。
    単発バイトでもしようかと思ったのだが、そうすると部活に時間も取れなくて、本末転倒だなと思ってやめた。
    沢北も付き合い始めた当初から深津に会いたい、日本に里帰りしたいとよく言っていたものの、新しい環境に慣れるのに必死で、バスケに英語にと食らいついているうちに帰国できずに一年以上が過ぎた。
    「深津さんに会いたくてしょうがない時は、いつも外に走りに行くんです」
    ある日の電話で、沢北はそう言っていた。
    沢北の大学寮がある地域はアメリカの地方都市で、ある程度都会とはいえ、日本ほど治安が良くない。
    夜などは危険だと聞くから、心配になってしまった深津は「門限とか大丈夫ピョン?」と思わず聞いてしまったのだが、「ええっ、そこ?」と逆に沢北に驚かれた。
    懐かしい、確か付き合って半年ほど経った頃の話だ。あ、多分言うべきこと間違えたんだなと気付いたのはその電話の翌日だった。
    いまだに沢北は、深津のことを考えてしょうがなくなってしまう時は走りに行くらしい。
    筋トレにもなるし頭もスッキリするしちょうどいいんですよ、と言ういじらしい恋人の言葉に、深津はつい微笑んでしまった。
    そんな中、沢北から「今年は日本に帰れそうかも」と連絡があった。
    深津にとっても嬉しい報告であると同時に、いつも沢北が来てくれてるな、と思った。
    高校時代のアプローチも2年前の告白もなにもかも、深津自信はしたいと思っても出来ないことの方が多かったのに、沢北はいとも簡単に飛び越えてくるからいけない。
    「1番最初は深津さんに会いたいから、空港まで迎えに来て」
    沢北は甘え上手なので、さらに困った。
    年上の余裕を見せていくらでも甘やかしてやりたいのに、なんだかんだで甘えているのは自分の方なのではないかと深津はいつも思う。
    「しょうがないから行ってやるピョン」
    口から出るのはこんな可愛くない言葉ばかり。
    どうしてもっと素直に言葉にできないのか、と自分にうんざりする。
    せっかくもうすぐ会えるのに。
    それでも沢北は「しょうがなくでもいいよ、嬉しいです」と答えてくれたから、あぁまた自分の方が甘やかされていると切なくなる。
    実際に会った時は、偏屈な事ばかりじゃなくて素直に好きだと伝えてやりたい。


    「無理に応えようとしなくてもいい気がするなぁ」
    呑気に答える松本は、手元に目線を落としたままそう言った。
    大学のカフェラウンジ、同じ授業の課題をこなしながらなんとなく自分たちの事情を知っている松本に相談した。
    沢北は、言葉で愛を伝えて欲しいのだと。そして自分はそれができないと。
    「そうこうしてるうちにアメリカのイケイケギャルに沢北を取られるピョン」
    「イケイケギャル?沢北はそんなのタイプじゃないだろ」
    「いやあいつはどうせギャルが好きピョン」
    「あぁ見えて清楚な美人系が好みだと思うけどな、深津と付き合ってるんだし」
    女の好みのはずなのになんで俺が出てくる、と眉を顰めると、自覚なしかと松本は笑ってまた目を伏せた。
    「言葉で愛情表現できないって話だったか?」
    「そうピョン、言うタイミングと言い方が分からないピョン」
    「言わなくていいんじゃないか?」
    「は?」
    話聞いてたか?
    何のためにこんな小っ恥ずかしいことをお前相手に相談してるんだと思い松本を睨めば、人の良い顔をして松本は声のトーンをわざと落とした。
    「2年ぶりに会うんだろ?その時に、言葉じゃなくて態度で示せばいいだろ」
    深津の頭の中で懐かしいメロディが流れた。
    幸せなら手を叩こ 
    幸せなら手を叩こ
    「態度で…?」
    「そう、頭を撫でるとか手を繋ぐとかハグするとか」
    幸せなら態度で示そうよ 
    ほらみんなで手を叩こ
    「手をたたこ…」
    「ん?手を叩けは言ってない」
    「アメリカ民謡の話じゃないピョン?」
    「深津の頭の中はどうなってるんだ」
    またいつもの癖で誤魔化してしまったが、松本の言う事は一理ある。
    電話などで言葉にするのは出来なくても、会えた時にたくさん触れて構ってやれば深津の不器用な愛情も理解してくれるのではないか。
    果たしてそれが、2年ぶりに再会する沢北を前にできるかどうか、だが。
    「松本はいつも恋人にそうしてるピョン?」
    俺のことはいいだろ!と一瞬で顔を真っ赤にして松本が言う。
    深津もそれくらい分かりやすく顔に出たらいいのにと羨ましくなった。


    沢北の帰国まで長いな、と思っていたのに、体感だとあっという間だった。
    日本時間の午後に到着するというから、朝はゆっくり準備してから寮を出発した。
    空港までの電車の中で、流れる景色を眺めながら、会ったらなんて言おうかと頭を巡らせる。
    ずっと会いたかった、会えて嬉しい、などと素直に言えたらいいのだが、それを沢北に面と向かって言っている自分の想像がつかなくて、きっとうまくいかないなと考えるのをやめた。
    空港で沢北を見つけて走って駆け寄って、ハグでもすれば感動的な再会にでもなるのだろうが、そんな事はしたこともないし、なにより人目が気になる。
    結局いつもの自分らしく、「おつかれ」とかで軽く流してしまいそうだ。2年ぶりなのに。
    それでもいいか、それが1番自分たちらしい、とぼんやり思って、深津は電車を降りる。
    やはり少し緊張しているらしい。指先がちょっとだけ震えた。


    沢北の乗った便は1時間ほど遅延していた。
    まだ機内の沢北は、先ほど『早く会いたいのにもったいない』というメッセージと共に機内食の写真を送ってきた。
    マメな恋人だ。自分が食べたもの、見たものを深津に知ってもらいたいと、沢北はよく写真を送ってきてくれる。
    会えない分、知ってほしいらしい。
    深津は、遅延しているならと時間潰しのために寄った空港内のカフェで、手元のコーヒーの写真を撮る。
    気まぐれに、その写真をメッセージにのせて送ってみた。
    『もう着いてる』
    送信ボタンを押してから、深津も早く会いたいと言ってるようなものだったかもしれないと少し照れ臭くなった。
    やはり自分も、少し浮かれているのかもしれない。
    『うれしい』
    すぐにこんな返事が来て、胸のあたりがぎゅっとなった。
    会いたいって意味だったのがバレてる、多分。
    まあいいか、本当に、久しぶりだし、なんでも言葉にして欲しい沢北に、少しでも素直になってあげるだけで喜んでくれるなら。
    でもやっぱりじわじわと恥ずかしくなってきてしまうから、深津はもう何も返せなくなって、そっとスマートフォンをポケットにしまった。


    到着ロビーはずっと賑わっていたが、アメリカ便が到着すると一気に人が溢れ出してくる。
    大きな旅客機だから乗ってる人も多いのかな、と飲みきったコーヒーのカップを捨てて、深津も出口付近へと向かう。
    ダメだ、やはり緊張している。
    2年ぶりの沢北、しかも恋人というアップグレード付き。
    こんな大勢の中で見つけられるだろうか。
    記憶の中の沢北は、高校生の中では背が高かったものの、人混みですぐに見つけられるほど飛び抜けていたわけではない。
    2年も経って変わってしまっただろう。深津自身ももう坊主ではないし、髪も伸びた。
    果たして深津だと気付いてくれるかどうか。今の深津を見て好きだと言ってくれるかどうか。
    人混みは途絶えない。
    帰国してきた日本人らしき人や、珍しそうにあたりを見渡す外国人観光客で、空港内はごった返していた。
    深津もつい、沢北を探してキョロキョロと目線を動かしてしまう。
    が、見つからない。本当に今日は人が多い。
    子供連れや大きな荷物を引っ張る人でなかなかゲートまで近付けない。
    こういう時は、動かずに電話だ。
    コール音が鳴って、機内モードは解除しているらしいと思いつつ、目で沢北の姿を探す。
    と、1人の男性がゲートを通るのに気付き、彷徨っていた深津の目が止まる。
    あぁ、いた。
    気付かないかもしれないなんて、そんな事あるわけがなかった。
    一目ですぐ分かった。
    あの日別れた最後の日よりも、ずっと逞しく大きくなったシルエットに、黒いキャップを目深に被って歩くその人は、紛れもなく深津が探していた沢北だった。
    目立たないようモノトーンで揃えたのだろうコーディネートだったが、その時の深津にとっては、誰よりも光り輝いて見えた。
    自然と目が惹きつけられて離せない。
    そうだ、沢北はそんな人だったと、深津はまるで美術品を鑑賞するような気持ちになる。
    直視できる太陽のような、手が届かないような、だけどずっとあったかいような、不思議な存在。
    このままずっと見ていたい。
    はやくこちらに気付いて欲しい。
    相反する気持ちが深津の中に一瞬で湧き上がって、どうすれば分からなくなり、耳元で鳴り続けるスマートフォンをぎゅっと握る。
    と、沢北が顔を上げた。
    手に持っていたらしいスマートフォンを耳にあて、キャップのつばを少し上げた。
    「ーーーー深津さん?」
    ブツ、とコール音が止み、深津の耳元で、沢北の声がした。
    その瞬間に、もうダメだった。
    胸がぎゅっと鷲掴みにされた感覚。一瞬だけ、無意識に下唇を噛んでやり過ごそうとしたものの、足が勝手に沢北の元へ駆け出した。
    ほんの数メートルがとても長く感じて、自分の足がものすごく遅くなった気さえする。
    抱きしめたい。
    顔が見たい。
    ほとんどその気持ちだけで走って、恥ずかしいとかなんて言おうとか2年ぶりで緊張するとか、空港までの電車の中でずっとぐるぐる考えていたことが全て弾け飛んだ。
    松本の言葉が響く。

      態度で示せばいい。

    きっと今がその時だ。
    「えっ!?深津さーー、うわっ!」
    走って近付く深津に気付いた沢北が、驚いたような顔をしたのは見えたけど、それよりもなによりもその胸に飛び込みたくて、深津は腕を広げて沢北に抱きついた。
    懐かしい沢北の香りと温もり、ひとまわりも大きくなった背中。
    届かない身長にまた大きくなったのかと思いながら、深津は無言でぎゅっと力を込めた。
    「深津さん、深津さんだよね?よかった会えた」
    すぐに深津の背中にまわった腕と、耳元で聞こえた、電波を介していない沢北の声。
    あぁ帰ってきてくれたんだと、深津は少し泣きそうだった。
    ずっとこうしたかったんだ、と体中が喜んでいるのが分かる。
    「おかえり」
    絞り出したのはその一言だけで、でも深津にとってはそれで充分だった。
    自分はこれをずっと、沢北に伝えたかったのだ。
    「うん、ただいま。深津さん」
    深津の首元に沢北が顔を埋める感覚。さらに強くなる腕の力。
    周囲の人が、物珍しそうに見ているのが分かる。
    いつもならこんなことできない。
    だけどもう磁石のようにくっついてしまって、離れられない、
    深津は、沢北から体を離すことができない。
    だって、2年ぶりだ。2年も会えなかったのだ、恋人に。沢北に。
    「深津さん。好き。大好き。会いたかった」
    相変わらず沢北は、気持ちを言葉にするのが早い。
    深津は何も言えなかった。それでも、同じ気持ちだと伝わるように、背中に回した腕に力を込めた。
    「何も言わなくても分かるよ、深津さん」
    深津の伸びた髪に、沢北の吐息がくすぐったい。その刺激すらも甘く深津を痺れさせて、もどかしいような嬉しいような、絶妙な感覚。
    「心臓すごいね、オレに会いたかったんだね」
    やっぱりバレてた。
    でもそれで良い。気持ちを言葉にできない自分を、沢北がこうやって分かってくれるだけで良い。
    ドキドキする心臓と、火照る頬を沢北の体にすり寄せて、深津は2年ぶりの沢北の匂いをめいっぱい吸い込み、目を閉じた。
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    🍼💯💯😭👏👏👏👏💒☺💞💘😍😍😍💖💖💖💖👏
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    Orr_Ebi

    DOODLE3/1のうちにあげておきたかった沢深。
    沢への感情を自覚する深の話。※沢はほぼ出てきません
    ・深津の誕生日
    ・深津の名前の由来
    ・寮母、深津の母など
    以上全て捏造です!
    私の幻覚について来れる方のみ読ましょう。振り落とされるなよ。

    ※沢深ワンドロライのお題と被っていますがそれとは別で個人的に書いたお話です
    シオンの花束 同じ朝は二度と来ない。
     頭では分かっていても、慣れた体はいつもの時間に目覚め、慣れ親しんだ寮の部屋でいつも通りに動き出す。
     深津は体を起こして、いつものように大きく伸びをすると、カーテンを開け窓の外を見た。まだ少し寒い朝の光が、深津の目に沁みた。雪の残る風景は、昨日の朝見た時とほぼ同じ。
     同じ朝だ。けれど、確実に今日だけは違うのだと深津は分かっている。少し開けた窓から、鋭い冷たさの中にほんの少し春の甘さが混ざった風を吸い込む。
     3月1日。今日、深津は山王工業高校を卒業する。そして、奇しくもこの日は、深津の18歳の誕生日であった。

     一成、という名前は、長い人生の中で何か一つを成せるよう、という両親からの願いが込められている。深津自身、この名前を気に入っていた。苗字が珍しいので、どうしても下の名前で呼ばれる事は少なかったが、親しい友人の中には下の名前で呼び合う者も多く、その度に嬉しいようなむず痒いような気持ちになっていたのは、深津自身しか知らないことだ。
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    Orr_Ebi

    TRAINING沢深ワンライお題「横顔」で書いたんですが、また両片思いさせてるしまた深は叶わない恋だと思っている。そして沢がバカっぽい。
    全然シリアスな話にならなくて、技量が足りないと思いました。いつもこんなんでごめんなさい。
    横顔横顔

     沢北栄治の顔は整っている。普段、真正面からじっくりと見ることがなくても、遠目からでもその端正な顔立ちは一目瞭然だった。綺麗なのは顔のパーツだけではなくて、骨格も。男らしく張った顎と、控えめだが綺麗なエラからスッと伸びる輪郭が美しい。
     彫刻みたいだ、と深津は、美術の授業を受けながら沢北の輪郭を思い出した。沢北の顔は、全て綺麗なラインで形作られている。まつ毛も瞼も美しく、まっすぐな鼻筋が作り出す陰影まで、沢北を彩って形作っている。
     もともと綺麗な顔立ちの人が好きだった。簡単に言えば面食いだ。それは、自分が自分の顔をあまり好きじゃないからだと思う。平行に伸びた眉、重たい二重瞼、眠そうな目と荒れた肌に、カサカサの主張の激しすぎる唇。両親に文句があるわけではないが、鏡を見るたびに変な顔だなと思うし、だからこそ自分とは真逆の、細い眉と切長の目、薄い唇の顔が好きだと思った。それは女性でも男性でも同じで、一度目を奪われるとじっと見つめてしまうのが悪い癖。だからなるべく、深津は本人に知られないように、そっと斜め後ろからその横顔を眺めるのが好きだった。松本の横顔も、河田男らしい顔も悪くないが、1番はやっぱり沢北の顔だった。
    3914

    Orr_Ebi

    TRAINING喧嘩する沢深。でも仲良し。
    なんだかんだ沢が深に惚れ直す話。
    とあるラブソングを元に書きました!

    大学生深津22歳、留学中沢北21歳くらいをイメージしてます。2月のお話。
    期間限定チョコ味 足先が冷たくなっていく。廊下のフローリングを見つめて、何度目か分からないため息をついた。
    「ちょっと頭冷やしてきます」
     深津さんにそう告げて部屋を出てから、15分は経っている。もうとっくに頭は冷えていた。爪先も指先も冷たくなっていて、暖かい部屋の中に入りたいと思うのに、凍りついたようにその場から動けなかった。
     なんて事ない一言がオレたちに火をつけて、すぐに終わる話だと思ったのに、想定よりずっと長くなって、結局喧嘩になった。オレが投げかけた小さな火種は、やがて深津さんの「俺のこと信用してないのか?」によって燃え広がり、結局最初の話からは全然違う言い合いへと発展し、止まらなくなった。
     いつにも増して深津さんが投げやりだったのは、連日の厳しい練習にオレの帰国が重なって疲れているから。そんな時に、トレーニング方法について何も知らないくせに、オレが一丁前に口出ししたから。それは分かってるけど、でも、オレがやりすぎなトレーニングは体を壊すって知ってるから、心配して言ったのに。
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