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    餅@94

    @Oh_moti94

    遥か昔に成人済みのお腐れ。 拳ミカがメインで官ナギ、ロド、ヨモサテ、真ヘル辺りが偶に出てくるかもしれない。相手左右固定の民なので逆やリバ、上記のキャラの他の組み合わせ等が出てくることはありませんがモブは気軽に出てくる。

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    餅@94

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    2024/3/17開催合わせで発行予定の花吐き病ネタ拳ミカ小説本のサンプルです。
    入稿したので増量しました。

    「愛という名の花を吐く」文庫/80P/全年齢

    透君視点の「花の形の愛を想う」、拳兄視点の「花の形の愛を吐く」の二本を収録。
    サンプルは拳兄視点の「花の形の愛を吐く」の冒頭になります。
    いつも通り、何もかも好き勝手捏造した何でも許せる人向け小説です。
    よろしくお願いします!

    #拳ミカ
    fistMicas

    花の形の愛を吐く 暦の上では春とは言え、冬の気配をまだ色濃く残す冴えた空気の中、煌々と輝く月明かりに照らされ、おどろおどろしい廃病院の朽ちた中庭で一人口から薔薇を吐き続ける吸血鬼———。

     シチュエーションだけなら耽美ロマン系のホラーだな。まあ、残念ながら吐いてる俺自身の見た目が褞袍着たハゲって時点で耽美とは程遠いんだが。
     これが上の弟なら、さぞ絵になったろうに。
     どれ、試しにちょっと想像してみるか。
     
     眦から真珠のような涙を幾筋も流し、赤い唇から血よりもなお濃く深い紅の花弁を滴らせる、苦痛に歪んだ白皙の美貌。
     煌々と冴える青白い月が、花を吐く苦しみに震えるビキニをまとったしなやかな背を浮かび上がらせ———……。

     ……うん、ダメだ。どれだけ首から上が美しかろうが首から下がビキニって時点で全部台無しだ。耽美もクソもあったもんじゃねぇ。
     いや、まあ、そもそもの話、ミカエラに花なんて吐いてほしくねぇんだが。
     こんなしんどい思いは可愛い弟にはしてほしくないよなぁ。
     それより何より、きっと俺が耐えられない。
     
     ———想い人が自分じゃない誰かを思って花を吐く姿なんて。
     
     ああ、全く。慣れってやつはコレだからいけねぇ。
     ゲェゲェ花吐いて苦しい息の下でもついついそんなくだらねぇ事を考えちまう。
     
     吸血鬼だけがかかる奇病。花吐き病。

    『恋の苦しみを体内で美しい花に変え、それを口から吐き出す』なんて、この上なくロマンチックな症状とは裏腹に、花を吐くたびに死にそうなぐらいの苦痛を患者にもたらす極めて厄介な病。
     基本的にこの病に罹っている奴は罹患している事を隠す傾向が強く(曰く、『自らの恋心を想い人でもない奴らに見せたくないから』らしい。その気持ちは解る)、そのせいか未だに判明している事も少ない。
     吐いた花に触れると感染する事。感染している者が片想いを拗らせると発症する事。そして唯一の治療法は想う相手に想いを返される事。
     はっきりわかっているのはそれだけだ。
     そして、完治するとその証に白銀の色をした百合を吐く、らしい。
     吐いた白銀の百合は、『食うと若返る』だとか、『凄まじい効果の媚薬になる』だとか、『どれだけ時間がたとうとも枯れることは無いが、結ばれた二人が破局を迎えると一瞬で花が枯れ散ってしまう』だとか色々言われているが全部都市伝説の域を出てはいない。
     その理由は、そもそも完治する事自体が稀な上に、花吐きを隠すのと同じ理由から完治した奴らは吐いた白銀の百合を決して他人に見せようとしないから、と言われている。
     俺がこの病に罹ったのは今からかれこれ百年以上前のこと。まだまだ青臭いガキだった頃だ。
     当然、トオルもまだ生まれていなくて、酷い難産の末に産月よりもかなり早く生まれた事から、父のルーツの一つである極東の島国にある、子どもが丈夫に育つまじないにあやかって『ミカエラ』と女性名を与えられた弟が特に大したトラブルも無く、すくすくと育って無事に三つを超えたぐらいの時の話だ。
     夜の街を遊び歩いていたら「貴方もいつか、この苦しみを味わえばいいんだわ‼︎」と言うヒステリックな叫びと共に軽い何かが背中にぶつけられた。
     クセのない艶やかなブルネットを翻して走り去る女の後ろ姿に既視感を覚えてボリボリと頭を掻きながら記憶を探った結果、犯人はしばらく前に関係をこちらから一方的に切った所謂『お友達』の内の一人だと思い当たる。
     当時俺らが住んでいた所は人間が多く、そんな中で出会った数少ない同胞の女だった。
     物珍しさから手を出したはいいものの、何を勘違いしたのか俺の本命を気取って纏わりついてきたから面倒になってバッサリ関係を切ってそれっきり、すっかり存在自体も忘れていたその女をわざわざ追いかける気にもなれず、投げつけられた物を拾い上げて確認する。
     俺の背中にぶち当たって地面に散らばっていたのは小さな束にされたシロツメグサだった。
     刃物で刺してくるんならともかく、なんだってこんな雑草をわざわざ束にして投げつけてきたのやら。
     女の考えることは解んねぇなぁと首を捻りつつ、まあ雑草投げつけてくるくらいで済むなら別に良いか、と暢気に笑っていたその時の俺は全く気がついていなかった。
     
     それが刃物で刺される事よりもよほどタチの悪い『呪い』だったのだという事に。
     
     
     美しいが癇癪持ちで気難しい高等吸血鬼の母と、そんな母を溺愛し、甘やかす人間の父。
     両親、特に母親はあまり過去を語りたがらなかったから、俺は種族の違う二人がどんな風に出会って結ばれたのかは知らない。
     けれどもどんな経緯があれ、二人が真っ当に愛し合っているのはガキだった俺の目にも明らかだった。
     俺が十五になる年、初めての弟が産まれて俺の世界は一変した。
     予定よりもだいぶ早く産まれた弟はとても自分と同じ生き物だとは思えないくらい小さくて弱々しくて、こいつは俺が守ってやらなければと、どこもかしこもフニャフニャの体をおっかなびっくり抱き上げながら固く心に誓ったもんだ。
     七つになるまでは女子の格好で育てられたミカエラは母譲りの美貌を差し引いてもそれはそれは愛らしい子供で、初めての弟にすっかり舞い上がった俺は熱心に小さなお姫様の世話をした。
     だって考えてもみてほしい。
    「にいさんだいすき」と無邪気にただひたすら一心に自分を慕ってくれる無垢な存在というものがどれほど得難いものかを。
     母さんに「可愛がるにも度が過ぎている」と嗜められても、父さんに「ばあやかよ」と揶揄われても知らんぷりだ。こんなに可愛らしい存在に夢中にならない方がどうかしている。
     あまりの可愛らしさに、外に出かけるだけでミカエラを狙うヤバい変態やら崇拝者やらがわらわらと湧いてくんのは困りもんだったけども。
     おかげでなんかあった時に他人を庇いながら立ち回るのが妙に上手くなっちまった。
     七つを過ぎると俺の小さなお姫様は小さな王子様に身なりを変え、その小さな王子様もやがて美しい貴公子へと成長したけれども、見た目がどれだけ変わってもミカエラの中身は何も変わらない。
     泣き虫で気弱で繊細な、可愛い俺の弟のままだ。
     俺が三十を超えて、もう一人弟が産まれたのにはミカエラ共々驚いたが、新しい家族が増えたことは素直に喜ばしいことだった。
    『トオル』と名付けられた初めての弟に夢中になるミカエラを見て、母さんは「既視感が強い」とこめかみを押さえ、父さんは「二代目ばあやだ」と笑う。
     俺の方は二人目って事でさすがにミカエラほど舞い上がりはしなかったが、単純に小さな命は可愛らしくて愛おしく、なにより不器用ながらも懸命にトオルの世話をするミカエラと一緒に『兄』をするのは楽しかった。
     
     もっとも、そんな幸せはトオルが産まれて一年も経たずに父が病に倒れた事であっさり終わってしまったけれども。
     
     
     それはきっと、人間と吸血鬼の間に生まれたラブロマンスの終着点としては良くある話の一つなんだろうと思う。
     人間の伴侶との生きる時間の差に絶望した吸血鬼が無理矢理伴侶を転化させようとして見事に失敗する。
     そんな、どこにでも転がっているような良くある悲劇。
     最後の時、両親の間に何があったのかはわからない。
     余命いくばくも無い事を知った父が転化を望んだのか、それとも父を失う事を恐れた母の独断だったのか。
     今となっては俺達には知る術も無く、今更知ったところでどうしようもない。
     おそらく父であったであろう塵の上で意識を失い倒れていた母の姿だけが、俺とミカエラの知る二人の結末の全てだ。
     その翌日、意識を取り戻した母に駆け寄ると、寝台の上に身を起こした母は不思議そうに「母さん」と呼びかける俺をまっすぐに見て小首を傾げた。
     俺のすぐ横でトオルを抱いて俺と同じように声をかけているミカエラの方には見向きもしない。
     と言うより、ミカエラの声すらも聞こえていないような様子で、パチパチと瞬きながら、ただただ俺だけを見つめる二つの瞳に、母が目覚めた安堵よりも何か良くない事が起こっているのでは? と言う不安が胸に広がっていく。
     その不安は、「どうしたの? さっきから私のことを『母さん』だなんて。それは一体なんの遊びなのかしら?」と心底不思議そうな母の声で決定的なものになった。
    「かあ、さん……?」
    「本当に、一体なぁに? いつものようにガブリエラと呼んで。ねえ、———」
     真っ直ぐに目を合わせながら俺に向けられたそれは、父さんの名前のはずで。
     いや、ちがう。あれはおれの。違う。俺はケンで、だからあの名前は、ちがう。おれは。違う。ちがう。ちがわない。
     
     そうだ、おれは———
     
    「ぅぇ……ふぁ……んぇええぇえ!」
     突然響いたけたたましい赤ん坊の泣き声で正気にかえる。
     さっきまで俺を見つめていた母は、青い顔で立ち尽くすミカエラの腕の中で火がついたように泣くトオルを呆然と眺めていた。
     催眠がかかりきる前に母さんの視線がトオルに逸れたから解放されたのかと、うまく回ってくれない頭がなんとか状況を把握する。
     母の目が、泣くトオルからトオルを抱くミカエラに移動し、最後に強張った顔をしているであろう俺を見て「あ……」と吐息のような悲鳴と共に閉じられる。
     再び倒れた母に声をかける事もできず、俺もミカエラもただトオルの泣き声が響く部屋に立ち尽くしていた。
     次に母が目覚めた時、どうか正気に戻っていますように、と祈りながら。
     
     
     結論から言うと次に目覚めた時、母は正気に戻るどころかすっかり正気を失っていた。
     記憶は俺らが生まれるより前にまで退行していて、自分の中での記憶の整合性をとるためなのか、俺を父と、ミカエラは住み込みの使用人の一人でトオルはその子どもだと認識しているようだった。
     無理があるだろうに、それが母親の中では真実になっちまってるんだから思い込みってヤツは恐ろしい。
     何より恐ろしいのは俺が自分を父だと思い込むよう常に催眠を掛けてくるようになった事だ。
     正直、当時の事はあまり思い出したくは無い。
     両親は本当に仲が良くて、父さんが生きていた時は年甲斐も無くベタベタしている両親の姿を呆れながらも微笑ましく思っていた。
     心の底から二人が愛し合っていたのを俺は良く知っている。そんな伴侶を自らの手で終わらせた母の後悔と悲しみは筆舌に尽くしがたいだろう。
     でもだからって手前のガキを忘れる奴があるかよ! って話だ。 
     お前にとって俺達はそんな簡単に忘れ去ってしまえる程度のものだったのかと腹が立って仕方がなかった。
     ましてや催眠まで使って俺を父さんに仕立て上げようとするなんて! ふざけんな‼︎
     
     父と一緒に『母』も死んだ。
     なら、俺の家族は弟達だけだ。
     
     だからトオルを連れて一緒にここを出ようとミカエラに向かって差し出した俺の手は、「あんな状態の母さんを一人置いて行けないから」と取ってはもらえなかった。
     じゃあお前が残るのなら俺も、と言えば「それはダメだ」と首を振る。
    「取り返しのつかない事になる前に兄さんはここを出るべきだ。……私は、兄さんが『父さん』になるのを見たくは無い」
    「でも、俺は……。嫌だ。お前と離れるなんて」
     だから一緒に、と訴える俺の頬にそっとミカエラの手が添えられる。
     俺を見るその表情は、まるで我儘を言う子供をなだめるような笑みだ。
    「私だって兄さんと離れたくはない。でも、今の母さんを放って行くのはもっと嫌なんだ」
     自分の事を忘れている母親の側に居たってお前が傷つくだけだろうに、身内に甘いミカエラらしい。
     よほど俺が酷い表情を浮かべていたのだろう。
     仕方がないな、とでも言うように小さくミカエラが息を吐いた。
    「まったく、なんて顔をしているんだ。別に今生の別れというわけでもあるまいし。大丈夫。母さんが治ったらまた家族みんなで一緒に暮らせるさ」
    「ミカエラ……」
     俺に心配をかけまいと気丈に振る舞うミカエラの姿に堪らなくなってきつく抱きしめる。
     腕の中におさまった体は自分と高さもほぼ変わりなく、体つきも細くともしっかりしていて、いつの間にかあの小さな弟が大人の男に成長していた事を俺に実感させた。
     そうだ。ミカエラはもうどこもかしこも柔らかで弱々しかったあの小さな子供では無い。
     最低限己の身は守れるだけの能力を身につけていることも知っている。いざとなったら下僕を使役して戦うことだってできる事も。
     けれどもミカエラを、弟を守るのは兄である俺の役割だ。誰にも譲れない、こいつの唯一の兄である俺だけの。
     もしも、俺が側に居ない間にこいつになにかあったら?
     そんな事になったら、俺は———……。
     
     ふいに、ずくりと胃の底が重くなる。
     唐突な嘔吐感に血の気が引いていく。
     
     俺の体が急に強張ったからか、ミカエラが「兄さん……?」と怪訝そうに体を離した。
    「どうしたんだ? 顔色が……」
    「あ……いや、なんでも無い。大丈夫だ。悪りぃ、ちょっと頭冷やしてくる」
    「あ、ああ……」
     必死で吐き気を飲み下し、何気なさを装って部屋を出る。
     一目散に向かったバスルームにたどり着いたところで限界が来て、冷たいタイルに膝をついた。
    「ングッ……⁈」
     胃から喉にかけて焼鏝を押し付けられたような痛みが走る。何かが喉に引っかかって息が詰まる感覚に、シャツの胸元をぐしゃぐしゃに握りしめながら俺はひたすら唾液をこぼし続けた。
     やがて栓をするように喉奥を塞いでいたその何かが出てくると、立て続けに固形物がいくつか吐き出されて床に落ちていった。
    「グッ……うぇ、ォエッ! ガ、ハッ! はぁっ、あ…………あ?」
     一通り吐き終わってまだ息も整わぬなか、涙の滲む視界で吐き出した物を確認して目を見開く。
     それは薔薇の花だった。ベルベットのような質感の花弁をもつ、深い深い、一見黒色と見紛うくらい深い、濃紅色の薔薇。
    (まさか、これ、俺が吐いたのか……?)
     信じられない思いで吐き出した薔薇を呆然と見つめる。
     何かの間違いでは? と思うも、こんな所にいきなり花が湧いて出るわけもなく。己が吐いたのだとしたら身の内から花を吐く病気なんて世界広しと言えども一つしか存在しない。
     けれども、花吐き病? この俺が? 一体いつ感染したんだ? と、そこまで考えたところで過去に背中にぶつけられた雑草の軽い感触を思い出した。
     ああ、そうか! あの時のアレか!
     じゃあ、この薔薇は一体誰を想って?

     ———その時、俺の脳裏に浮かんだのは、濡羽色のまつ毛に縁取られた血よりも深く紅い瞳の無垢な美しさ。
     泣いて俺に助けを求め縋る細い指先。
    「兄さん」と俺を呼ぶ声の甘さと、花のような笑顔。
     整いすぎて無機質さすら感じさせる美貌に反し、くるくると良く変わる表情のアンバランスさが人を惹きつけてやまない、黒薔薇のような色彩を纏った美しい俺の初めての弟。

    「ングッ……、グッ、ゥゲェ……っ‼︎」
     再びの嘔吐。
     何度もえずき、その度に吐き出される薔薇。
    「そんな、まさか……っ」
     嘘だろう? と嗤おうとして、できなかった。
     だって、状況が物語っている。俺が恋をしていると。その相手が誰なのかも。
     ……いいや違う! そんな馬鹿な!  ありえない‼︎
     だって、あいつは、ミカエラは弟だ! 血の繋がった、実の弟。
     
     泣き虫で気弱で繊細な、可愛い、俺の、俺だけの弟。
     
    「あ……あ、あ」
     震える手で吐き出した薔薇を一輪拾い上げる。
     花は感染源だ。
     誰の手にも触れないように始末しなければ。
     ああ、それにあまりこんな所に長居していたらきっと不審に思ったミカエラが俺を探しに来てしまう。
     だから、早くここ片付けて、何事も無かったかのように戻らなければいけない。
     そう思うのに、身の内に渦巻く今まで気がつかなかった、気がつきたくなんてなかった感情に翻弄されて、ただ呆然と手の中の濡れて艶めく美しい黒紅を馬鹿みたいに見つめ続けることしかできなかった。
     
     俺が花を吐いた事をミカエラに気づかれるわけにはいかない。
     俺のこの想いをミカエラに気づかれるわけにはいかない。
     俺自身がミカエラの負担になるわけにはいかない。
     
     だったら、今俺がするべき事は———……。
     
     
     あの後すぐ、俺はトオルを連れ父の塵の一部を納めた小さな壺と共に日本に渡った。
     日本を選んだのは日系だった父さんが生前良く「一度で良いから行ってみたい」と言っていたからだ。
     生きている間は叶わなかったから、せめて塵だけでも連れて来てやりたかった。
     トオルを連れてきたのはミカエラの負担を減らすためだった。
     ミカエラは赤ん坊のトオルを母親と引き離す事に難色を示したが、「今の母さんではどうせまともに子育てなんかできないから」と無理矢理押し切って連れてきた。
     実際その通りだったろうしな。
     ミカエラから届けられる便りにはいつも「こちらは大丈夫だから心配するな」と言うような内容が綴られていたけれども、それが俺らに心配かけまいとする嘘だってのは丸わかりで、読み終わるたびにミカエラを想って花を吐いた。
     俺達がミカエラと別れてから十数年後に結局あの女も死んだ。
     どんな最後だったのかは敢えてミカエラから聞かなかったし、聞きたくも無かった。
     俺らを忘れた女の事なんてどうでも良い。
     知らせを受けて迎えに行った時、ミカエラは「何もできなかった」と泣きじゃくっていて、その姿に「俺の大事な弟を傷つけてやがって」とますますあの女に対する怒りが深くなった。
     ただまあ、ミカエラの強い希望もあって、あの女の塵を日本で作った父さんの墓に一緒に埋葬してやったのはせめてもの情けってやつだ。
     あの女が、かつて『傀儡女』と言う二つ名で催眠の一族と呼ばれた血族の頂点に立っていた強大な吸血鬼だったのだと俺が知ったのはシンヨコに移り住んできてからで、あの女にとって催眠能力ってのは末弟の下半身透明化のような、自分で意識してコントロールしない限り常時発動してしまう能力なのだということもこの街で知り合ったY談のおっさんに聞いて初めて知った。
     ああ、じゃあ俺を父だと思い込むよう催眠を仕掛けてきていたのは無意識の行動だったのかもしれないのか。
     ま、それを知ったところで俺らを忘れた事を許せるわけじゃ無かったけれども。
     でも、もしもあの世なんてものがあるのなら、そこで父さんと再会できるよう祈ってやるぐらいはしてやっても良いか、と思えるようにはなった。
     
     日本に来たミカエラと再び一緒に暮らすようになってからも相変わらず花は吐いたが、いつも目の届く所に居る安心感からか、離れていた頃よりは随分と回数も量も落ち着いた。
     いつの間にやらミカエラに訪れた反抗期は寂しくもあったが、あれも甘えの一種だと思えば、素直じゃないあいつの態度も子猫が爪を立ててじゃれついているみたいで微笑ましい。
     ミカエラがいきなりマイクロビキニなんてもんに目覚めた時は「よりにもよってなんでそれぇっ⁉︎」と頭を抱えたし、あまりの露出の高さに、慣れないうちは悶々としては花を吐いたもんだが、でもビキニを身につけるようになった弟は目に見えて明るくなったし、あの特異な服装は人を惹きつけるあいつの美貌を隠す良い目眩しになるだろうと無理矢理自分を納得させた。
     結果として、より一層厳選された気骨のある変態や崇拝者共が寄って来るようになっちまって俺の苦労がむしろ増えたのは誤算っちゃー誤算だったが、何かトラブルがある度に涙目で「助けて兄さん」と頼られるのはミカエラにはちょっと申し訳ないが心地が良かった。
     繊細で人付き合いが苦手なミカエラが手放しで頼れるのは唯一の兄である自分だけなのだという優越感は、ほんの少しだけこの不毛な恋心を慰めてくれるから。
     ミカエラがどんな格好してようが、どんなに反抗期を拗らせようが、この恋が冷める気配は無かったし、俺にとってのあいつという存在も何も変わらない。
     俺にとってミカエラは、いつまでも泣き虫で気弱で繊細な、可愛い可愛い弟だ。
     まあ、吐く頻度が減った一番でかい理由は「好きなもんはどうしようもねぇ!」と開き直りの境地に至った事だろうけども。
     もうね、好きなもんはどう足掻いても好きなんだから花を吐くたびにいちいち悲劇ぶるだけ無駄だし面倒にもなってくるわけよ。
     だったらいっそのこと開き直った方が精神衛生上よっぽど良いってもんだ。
     もちろん、どれだけ開き直ろうともこの想いをミカエラに告げるつもりはない。
     一生花を吐き続ける覚悟はとっくにできている。
     いつか、あいつが誰かと恋に落ちて伴侶を得る日が来た時に兄として笑って祝福できる自信はいまだに無いが……まあ、その時が来たら何とかなるだろう。
     ミカエラが幸せなら、あいつが幸せそうに笑うなら、きっと俺も笑えるはずだから。
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    餅@94

    PAST以前にTwitterであげた眠りミカと小さな透君のお話に若干の加筆修正をしたものです。春なので再掲。
    うっすら拳→ミカ。


    数十年後、桜の下を元気にビキニで練り歩く儚さのカケラも無くなった次兄を見てこっそりため息を吐く透君が居るとか居ないとか。
    花守り 桜もそろそろ咲こうかとする頃、どこかから一通の手紙が送られてきた。
     その中身を読むなり、拳兄は大慌てで俺を隣のおばちゃんに預けてどこかへ飛び出て行って、それから数日経ってようやく帰ってきた。


     その腕の中に眠ったままの綺麗なお姫様を抱いて。

     ▼▼▼

     そのお姫様は実はお姫様じゃなくて、ずっと行方不明になってた俺のもう一人の兄ちゃんだった。
     名前はミカエラ。
     初めて拳兄からその名前を聞いた時は、この国じゃ馴染みの無い音だなって思ったけど、こうやって本人を前にすると舶来人形みたいに綺麗なこの人にはとても良く似合う名前だと思う。

     ミカ兄はずっと寝ていて目を覚さない。

     拳兄が言うには、ミカ兄は俺がうんと小さい頃に俺達とはぐれちゃって離れ離れになったんだって。拳兄はミカ兄を探してあちこちを転々としてたんだけど、たった一人で、しかも俺を連れてだから中々の上手く行かなかったらしい。
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