純愛.22
最近、どうにも何かがおかしい。
いつもの宵の口に起きると妙に体が怠かったり、打った覚えのない身体の痣であったり、着た覚えのないビキニが洗濯にでていたりと、些細なことではあるが、己の記憶と整合性が取れない気持ち悪さがあり、ひどい違和感を感じている。
はじめはただの気のせいであると思った。兄に言わせると繊細である自分は神経質なきらいがあるようで、些細なことにもこだわってしまう為、何でもない日常の度忘れに敏感になりすぎているだけだと。
しかし、そう思い過ごすにはもはや無理がある程何かがおかしいと感じ始めたとき、ある種決定的な違和感を見つけてしまった。
末弟と妹との記憶違いだ。
不調和を抱え、それが日常にも支障をきたし始めた時、御殿へと遊びにきていた義妹の心配の言葉に「昨日、飲み過ぎたせいだ。」と答えれば、「珍しいね。誰と?」なんて、昨日一緒に居たはずのトオルが言うのだ。
「昨日は鍋パーティーだっただろう?」
「…昨日はやってないけど…え、ミカ兄、大丈夫?」
噛み合わぬ記憶に、血の気が引いたのはそれに覚えがあるからだ。覚えどころか、お家芸であるのだから余計である。
催眠をかけられている。
いったい、いつからなのか、誰からなのか、皆目検討もつかないがそれは確かなのだろう。そう思えば全てが腑に落ちた。
ああ!なんという屈辱か!
ぎりっと奥歯を噛み締め、鏡に写った自分と目を合わせると、奥へ奥へと意識を集中させる。悔しいことに、自分には弟のような強固な催眠耐性がない。しかも今の今まで同じ催眠術使いだというのに気づけなかったということは、相手は相当な手練れであろう。早急に対策をうたねばならない。
催眠術や魅了は、吸血鬼の能力の中でも特に繊細なものである。二重に掛ければ効力が薄まることはあの忌々しい竜一族関係の騒動で実証済みで、そしてミカエラは催眠使いだ。今は吸血鬼が容易に写り込める鏡もあり、こうして能力を自身に使うことも可能になった。ミカエラの能力の本質は支配と操作であり、それをマイクロビキニをアンテナとして使い安定させている。常々礼装たるビキニを着用しているミカエラには己に軽い催眠をかけることは簡単であった。
自身の脳を弄る不快感はあったが、それよりも不届き者への怒りが勝ち、耐える。
「首を洗って待っていろ…!」
必ず、後悔させてやる。と、まだ見ぬ敵への殺意を高ぶらせ、鏡のある部屋を出ると同時にスマフォにRINEの通知がきた。見ると、ピースのスタンプとその下に『今日泊めてくれや』と実に簡潔な文字が送られていた。ふざけるな、私は忙しい。と打ち込む前に玄関口のほうからあのふざけた掛け声が聞こえ、イラつきのままに大股でドカドカと歩き出す。催眠の精度は多少の違和感はあれど概ね問題ない。これならかけられても対抗策となりうるだろう。
明日にでも、不埒者を捕まえてやる!
そう意気込み、また1人下僕を解放した愚兄を怒鳴り付けた。