りおわたSS「的場」
不意に、名前を呼ばれた気がして顔を上げた。そうしたら、台所で洗い物をしていた桔梗がじっと僕を見ていた。あっ、気のせいじゃないんだ、と思った僕はそのままの姿勢でまばたきして
「なに」
と、短く答えた。
「ちょっと、こっちに来てくれないか」
「え?」
なんで? と思っている間にも、桔梗は淡々とお皿を処理していく。数秒間、蛇口から流れる水がばたばたとシンクに叩きつけられる音と、陶器同士がかち合う音だけがこの空間に響き渡った。
……手伝えってことかな。
確かに、家事が当番制とはいえ、任せっきりは負担が大きいよね。配慮が足りなかったかも。後で謝ろうと思いながら、本に栞を挟んでテーブルに置いた。
いざ台所に立ち入ってみると、意外にも……というか、冷静に桔梗凛生という男のスペックを考えると当然とも言えるんだけど、片付けはほとんど終わっているみたいだった。水濡れたお皿は一糸乱れずという風に水切りラックに収められ、シンク自体も心なしかいつもよりぴかぴかと輝いて清潔感が増している。……ような気がする。
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