【欲と煩悩まみれの錬金術師】
ガムテープで閉じられた無地の段ボール箱。
練習着に着替えてワンダーステージに着くやいなや着ぐるみくん達から渡されたそれを、舞台上でバリバリと開封する。中身は今度のショーで使う衣装だ。次回はおとぎ話をモチーフにした内容なので着物が入っている。
……が。
中身を全部表に放り出して並べ終えたところで、僕はぎくりとした。頼んだ通りの数が入ってはいたのだが、鮮やかな色合いだったり、大きく花の模様が入っているような物ばかりだったのだ。
(……どう見ても女物しかないね)
僕や寧々、司くんは自力で衣装を用意することが多い。もちろん僕と寧々の分は瑞希に依頼して用意してもらった物で、司くんは自作だ。しかし、さすがの瑞希も着物に関しては──アレンジなら出来るんだけど──と消極的だった為に力は借りられず、司くんも不得手だというので珍しく全員分を発注したはずだったのだが、どうやら不慣れなせいで発注書の書き方を間違えてしまったらしい。着ぐるみくん達も、僕たちが度々自前で準備しているのを知っているから、男物がなくても不思議には思わなかったんだろう。
ともあれ。これは発注書を書いた僕のミスだ。寧々とえむくんの分は問題ないが、僕と司くんの分はまた頼み直さなくてはならない。
(念の為、早目に注文を済ませていたのが幸いか)
ため息をつきながら箱に元通りしまいかけた、その時。舞台の裏から小道具の箱を持ってきた司くんが駆け寄ってきた。
「お、着ぐるみ達の言っていた次の衣装だな!」
「あー……それがね、司くん」
まだ床に並べたままだった衣装を指差しながら説明し、謝罪の言葉を添える。僕の前に腰を下ろして黙って聞いていた司くんは、小道具を脇に置くと眉尻をわずかに下げた。
「オレも発注書に目を通して確認できていなかったからな……仕方がない、オレ達の分は改めて頼むとしよう」
「それしかないね。とりあえず、えむくんと寧々はまだ来ていないから、ここにしまっておいて後で試着してもらおう」
段ボール箱に注文通りだった衣装を収め、残った衣装──さぞかし身丈が長いだろう橙色と桜色の二着だ──に手をかけて。つと、僕の中でひとつの欲望がむくむくと頭をもたげた。
桜色の方を手にして、司くんににっこりと笑いかける。
「ねえ司くん。ちょっと試着してみないかい?」
すると本能で何かを察知したのか。飴色の瞳が怪訝そうに細められる。
「だがそれは誤発注なんだろう?」
「そうだけど、サイズの確認は出来るだろう? これが合えばサイズは前回と同じ記入で済むし」
「む……なるほどな。では軽く羽織ってみるか」
──チョロい。
口からもれかけたそんな本音をぐっと飲み込んで、お願いするよ、と着物を手渡す。司くんはすっかり納得してしまったようで、立ち上がると何のためらいもなくそれを広げて袖を通した。
サイズはぴったりだ。司くん自身もそれは満足だったらしい。ぱっと顔を輝かせたかと思うと前を重ね合わせて手で押さえて留め、紅色のグラデーションが入った裾を翻してその場でくるりと一回転したり、身体を捻ってみたりと色々なポージングをしてくれる。動きによっては合わせ目から足がちらりと見えて僕の股間をひどく刺激してきたりもするが──その姿は、あまりにも可憐で可愛らしく。僕の心臓は勢いよく弾んだ。恋人同士としてのあんな行為やこんな行為の最中に感じるのとはまた違う、初々しいドキドキ感だった。
──出来るならずっと眺めていたい。
切実に願いながら見惚れていると、
「どうだ?」
似合っていないわけがない、と言いたげな自信満々の笑顔で尋ねてきた司くんに、僕はびっと親指を立てて断言した。
「さすがだね、かわいいよ……!」
「…………は? かわい……?」
笑顔にヒビが入るように眉間へシワが刻まれ、僕ははっと我に返った。いけない。うっかり心の声の方を口に出してしまった。
「フフ、それはさておき……寸法だよね。うん、問題はなさそうだ」
「そうか。動きにも問題なしだ」
そう言うと、さっさと着物を脱いで手早く畳んでいく。せめて準備の間くらいは着ていてくれてもいいのにと内心肩を落としながら、畳まれた桜色を大人しく受け取った。
「じゃあ前回と同じにしておくよ。申し訳ないけれど、発注書を書いたら確認してもらっても構わないかい?」
「わかった。ではオレは先に他の準備をしておくから、そちらの作業が終わったらストレッチを手伝ってくれ」
「ああ、承知したよ」
踵を返して、また舞台裏の方へひらり駆けていく蝶々のような後ろ姿を、僕はついついにんまりとしたまま手を振って見送った。
──今度は着物プレイをしてみよう。
そう、強く心に決めながら。