きっかけはあなたから私には一つ上に四人の先輩がいる。
最強のクズ二人に、傍観しながら面白がる反転術式使い、そしてクズ二人に勝るとも劣らないクズお嬢様。
この四人に高専時代散々遊ばれた。
灰原は何がいいのかクズの一人、夏油さんを崇拝しているので楽しい高専時代だったようだ。
それは卒業してからも変わらない。
クズ二人は何故か教師になった為、高専に居ることが多い。
任務終わりに高専に寄ろうものなら捕まってウザ絡みされる。
そこにお嬢様が加われば最悪だ。
お嬢様は呪術師のはずなのに良く遭遇する。
術式がお互い近接で合同任務なんて皆無なのに、だ。
彼女は五条家程では無いが、由緒正しい家系だ。
術式も一子相伝の物で、今は彼女しか使えない。
お嬢様の割には世間を分かっていて、空気も読めるし気も使える。
なのに私にはそれをしない。
むしろ敢えてやっているのかと思う。
本当に面倒臭い。
「ということで、七海よろしくねー」
「おねしゃーす」
今年入学した虎杖くんは宿儺の器だ。
その彼の面倒を見て欲しいと言われ、渋々了解した。
なぜ教師でも無い私がとも思うが、虎杖くんに罪は無い。
その日は、低級呪霊数体のみの討伐のはずだった。
しかし蓋を開けてみれば、低級を呼び寄せている特級が居た。
彼を庇いながらの戦いは困難を極めた。
身体中に傷を受け、血が滴る。
虎杖くんも軽傷だが傷を負っていた。
このままじゃ共倒れだ。
「虎杖くん、伊地知くんに応援の要請をしてきてください」
「でも」
「早く!!」
「分かった」
伊地知くんのいる方角へと走っていく彼を見送る。
これでいい。
彼は死ぬにはまだ早い。
その時、呪霊の拳が私目掛けて飛んでくる。
鉈で防御をするが、怪我のせいか受け止めきれず後ろにある瓦礫の山へと飛ばされ、同時に背中への激痛が走る。
「がはっ」
背中への衝撃で息ができない。
これで終わりか……。
全身への痛みと貧血で視界が歪む。
呪霊は私を痛ぶるのが楽しいらしく、口角を上げながらこちらに近づいてくる。
もう立つ力が残っていない。
「クソッ……」
諦めかけたその時、緋い閃光が走る。
「爆」
聞き覚えのある声と共に、目の前の呪霊が木っ端微塵に弾け飛んだ。
赤い雨が振る中、一人の女性がこちらに歩いてくる。
お嬢様だ。
「七海、死ぬ気?」
彼女は刀を振るい血を払ってから鞘に収める。
「応援要請が遅い。私が近くにいなかったら死んでたよ?」
そんな事わかってる。
だが、未だ痛みの残る背中のせいで声が出ない。
「子供を守るのは大人の仕事。それはいい。でも自分を守れないなら他人なんて守れないんだよ」
彼女は私の目の前まで来ると、屈んで目線を合わせる。
「あなたが死んだらどれだけの人が悲しむと思う?遺された人の気持ち考えて。今日死んだら虎杖くんは自分の非力さを責める。悟もあなたを行かせた自分を責める。私も……七海を助けられなかった自分を責める」
彼女は目を赤くしながら私を睨む。
「死を覚悟する時間があるなら死ぬ気で生き残ることを考えろ」
胸倉を掴み、鼻先が触れる距離で放たれた言葉は私の心に突き刺さる。
「クソ七海、死んだら地獄まで追いかけてやるから」
そう言って彼女は私の唇に自分の唇を重ねた。
「なっ……」
「立てる?」
動揺する私をよそに、彼女はいつもと変わらない様子で私に手を差し出す。
「はぁ……」
私は溜息をつき、彼女の手を取り何とか立ち上がる。
「帰ったら硝子の所行ってね。私は次の任務があるから」
私を立たせると、彼女はそれだけ言って帳を出ていった。
そのすぐ後に帳が上がり、伊地知くんと虎杖くんが私の元へ駆け寄ってくる姿が見えた。
お嬢様……夢野さんに助けられたあの日から彼女を見ることがめっきり減った。
いつもなら高専に寄れば嫌でも会えるのに。
あれ以来彼女の事が気になって仕方ない。
突然されたキスもそうだがあの言葉の真意が気になっていた。
『死んだら地獄まで追いかけてやるから』
単に同僚としてなのか、それとも……。
日に日に自分の中で彼女の存在が大きくなっていることに自分でも驚いている。
それは先輩に対する尊敬などではなく、異性としての好意だ。
会えない程彼女に会いたくなり、少しでも彼女の姿をこの目に映したいと思えるくらい。
たかがキス一つ、言葉一つ。
それがあんなにも自分の心に刺さるとは。
普段巫山戯ている彼女しか見たことが無かったせいなのか、あの瞬間彼女を美しいと思った自分がいた。
赤い雨の降る中、刀を持ち、いつも見せない真剣な表情で私を叱るあの姿が忘れられない。
人知れず溜息をつきながら歩いていると、向かいから五条さんが歩いてくる。
面倒臭い人が来た。
そう思う反面、彼なら彼女が不在の理由を知っているのでは無いかと期待する気持ちが湧き上がる。
「七海~、おつかれ」
「お疲れ様です」
彼は私を見つけるといつも通りの軽いのりで声をかけてきた。
「最近よく高専で会うね。なんかあるの?」
アイマスク越しでも分かるほどのニヤつきで私の顔を伺う。
この顔を見ると本当に殴りたくなる。
「………最近夢野さんを見かけませんが……」
「あぁ」と面白い物を見つけたように笑う。
「最近あいつ任務詰めてるみたいよ。誰かさんの為に」
「誰かさん……?」
「そう、誰かさん」
ふふん、と楽しそうに鼻を鳴らしアイマスクから片目を出す。
「誰かさんが死なないように上級の任務は私がやるって言ってたよ。愛だねー」
「はぁ……」
誰かさん、とは誰なのか。
そこが気になるのに、この人はわざとそこを伏せる。
その時、五条さんの肩越しに踵を返す彼女が見えた。
久しぶりに見た彼女は左手に包帯を巻いていた。
行かなければ。
そう思って一歩前に出ると、五条さんに肩を掴まれる。
「彼女も一応良いとこ出のお嬢様だよ。生半可な気持ちならやめときな」
片方だけ出された目は真剣に私を見据えている。
それはそういう意味なんだろう。
彼には私の気持ちなどお見通しなのだ。
本当に嫌な目だ。
「わかってます。私の性格、ご存知でしょう?」
「まぁね。でも、ゆめは僕の同期だし、君が思ってるよりも僕は彼女達を大切にしてるんだよ」
「…………」
「中途半端に傷つけられたくないんだ。その辺、覚えておいてね。誰かさん」
五条さんはアイマスクを戻し、そのまま立ち去っていった。
そんな事わかっている。
五条さん達四人は、他の学年とと比べて同期の絆が深い。
高専時代に夏油さんが離反しそうになった事が理由だろう。
いつもお互いを支え合っている。
それは遠目で見ていてもわかる程で、それが少し羨ましく、美しく見えた事もあった。
彼女を好きになるという事は、彼らの見えない監視が常に着く事になるだろう。
それでも、私は彼女への気持ちを止められない。
私は彼女の去った方角へと踏み出した。
彼女が踵を返し曲がった先には医務室しかない。
私は迷いなくそこへ進み、医務室のドアをノックした。
家入さんの声が聞こえドアを開けると、そこには声の主ただ一人だった。
「夢野さんは?」
彼女は無言で開け放たれた窓を指さした。
「クソッ」
悪態を着いて窓を飛び越えようとすると、家入さんに呼び止められる。
「お前、わかっててやってんだな?」
「えぇ。もちろん」
「ならいい」
彼女は私に背を向けてパソコンに向かった。
本当に大切にされてるんだな。
窓に足をかけ外を見ると、既に小さくなった彼女の背中が見える。
私は思い切り外に飛び出し、そのまま彼女の元まで走る。
身長の差もあり、走るほど小さな背中はどんどんと大きくなっていく。
彼女が校門を出る手前で追いつき、右腕を掴む。
「夢野さん」
声をかけると彼女はピタリと止まった。
「何故逃げるんです?私の事、避けてますか?」
「避けて……る……」
認めるのか……。
私は「はぁ」と溜息をつき、落ちてきた前髪を撫で付ける。
「何故避けるんです?私が何かしましたか?」
「……私が……何かしたから……」
「それは先日のキスのことですか?それとも思わせぶりなセリフの事ですか?」
彼女の耳が真っ赤になっているのは、きっと走ったせいではないだろう。
「少なくとも、私はあの事を不快には思っていません」
「……ほんとに?」
「もっと不快なことは昔散々されましたが」
「ぐ……」
昔の事を思い出したのだろうか。
彼女が変な声を出して押し黙る。
「あのおかげで私はあなたの事が気になって仕方ない。あのキスの意味は?言葉の意味は?考えても答えは出ません」
「………」
「あれは私を好いてくれていると取ってもいいですか?」
彼女は俯いたまま何も言わない。
「私も……あなたを好きでいいですか?」
その瞬間、彼女がこちらを振り返る。
その顔は今まで見たことの無い女性の顔だった。
「あれは私に好意を寄せてくれていると、自惚れてもいいですか?」
「……いい、です……」
再び地面に視線を落とす彼女は、首まで真っ赤になっている。
「あなたが好きです。私の傍にいてくれませんか?」
「………はい…………」
俯いたまま返事をする彼女を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「でも」
腕の中からくぐもった声が聞こえる。
「私と付き合うとめんどくさいよ?家のこととか、悟達とか……」
「そんな事は百も承知です。ここに来るまでにも五条さんと家入さんに釘を刺されました」
「七海、そういうの好きじゃないじゃん。悟達に絡まれていつも嫌そうにしてるし……」
「確かに五条さん達は面倒臭いですが、それがあなたを諦める理由にはならない」
「家のことも……あるし……」
「なら結婚すればいい。それなら文句無いでしょう」
「なっ!」
彼女は驚いて私から離れようとする。
しかし離すわけない。
また逃げられでもしたら面倒臭い。
「あなたが良いところの家系なのも、術式が一子相伝なのも知ってます。それを考慮しても、あなたを諦める理由にはなりません」
「……本当に、いいの?」
「はい。もう覚悟なら決めました。死ぬまであなたを愛します」
「……七海、そういうの普通に言っちゃう人なんだね」
「えぇ。あなたが喜んでくれるならいくらでも言いますよ。あなたを愛してます」
「うぅ……」
彼女は恥ずかしそうに私の胸に顔を埋める。
「あなたは、言ってくれないんですか?ちゃんと聞きたいです」
私が言うと、彼女は少しだけ顔を上げる。
「七海、好きだよ」
「はい、私も大好きです」
腕を解き、彼女の顎を上げて目を合わせる。
「もう離せませんので、あなたも覚悟してください」
そう言って彼女の唇に自分のものを重ねる。
「うぅ……七海、グイグイくるぅ……」
彼女は恥ずかしそうに両手で顔を隠す。
その仕草ももう可愛い。
気持ち一つでこんなにも変わるのかと思う。
「先に来たのはあなたですよ?地獄まで追ってきてくれるのでしょう?」
彼女の両手を掴み、顔から外す。
そして再び彼女に口付けを落とす。
「愛してます。諦めて愛されてください」
「ぐぅ……はい……」
「言質、取りましたよ?」
私が言うと彼女は真っ赤な顔で私を睨む。
それさえも可愛いだけなのだが、それは言わないでおこう。
この彼女の可愛い顔をこれからも見ていたいから。