可哀想な人ですね何件かある行きつけのコーヒーショップの一件で彼女と出会った。
いつも少し遠くの席から私の事を見つめては溜息をつき、コーヒーを飲み干すと帰っていく。
初めは鬱陶しく思っていたが、周りにいる女とは違う事に気づき少しだけ気になった。
そのうちそのコーヒーショップに通う頻度が増え、彼女が仕事の昼休みに来ている事に気づく。
いつもチョコスコーンとカフェオレを頼み、私を見つけると顔を綻ばせ、私の視界に入らない席に座る。
そして私を眺め職場に戻っていく。
服装からして近くの証券会社の受付でもしているのだろう。
いつしか彼女を探すのが癖になっていた。
そんなある日。
彼女がいつも通りの時間にやってきた。
今日はなんだかいつもと違う。
落ち着きがない。
何かあったのだろうか。
そう思っていると、珍しく私の隣に座った。
「あの……」
初めて聞いた声は想像通りの可愛い声だ。
彼女の方を向くと、顔だけでなく耳まで真っ赤にしていた。
「はい」
「私、夢野ゆめと言います」
「はい」
「あの……もし良ければ……連絡先を」
「いいですよ」
私が内ポケットからスマホを取り出すと、彼女は嬉しそうに口角を上げる。
「私は七海建人といいます」
連絡先を交換しながら告げると、彼女が私の名前を復唱する。
「素敵なお名前ですね」
ニコリと微笑む彼女に胸がキュッとなった。
「あの、七海さんはこの辺でお勤めなんですか?」
「えぇ、まぁ。そんな所です」
「じゃぁ近いですね!私もこの近くに務めてるんです」
「そうなんですね」
随分と純粋な心の持ち主なんだなと思った。
私の言葉を何の疑いもなく飲み込んでいく。
それから時間になるまで彼女は他わいも無い会話を楽しそうにしていた。
そして時間になると名残惜しそうに「ありがとうございます」と言って去っていった。
次の約束はしないのか。
何処かで落胆している自分がいた。
その日の夜。
クソみたいな仕事をこなし、終了の連絡をしようとスマホを見ると、メッセージアプリの新着を告げる通知があった。
見ると昼間の彼女からだった。
『今日はありがとうございました。もしよければ今度お食事でもいかがですか』
柄にもなく心が踊った。
きっとこれを送るのも勇気をだしたのだろう。
それを思うとまた胸がキュッとなった。
私は彼女にメッセージを返し、一つ上の先輩に仕事完了の連絡をした。
数日後。
彼女の仕事帰りに食事に行くことになった。
いつものコーヒーショップで待ち合わせ、彼女のお勧めの居酒屋へと向かっていた。
「お酒の種類も沢山あって、お料理もとっても美味しいんです。七海さんの好みに合うといいんですけど」
「貴女が選んでくれたお店なら大丈夫ですよ」
「だといいですけど」
嬉しそうに私の隣を歩く彼女は、私よりもだいぶ小さい。
頭ひとつ分くらい違うだろうか。
体も随分と細いな。
抱きしめたら折れてしまいそうだ。
手も随分と小さいな。
そう思った時には私は彼女のその手を握っていた。
「な、なみさん?」
「あぁ、これは失礼。随分可愛い小さな手をしているなと思いまして」
彼女は頬を真っ赤に染め固まっている。
可愛いな。
「駄目、でしたか?」
「あ、いえ……その、ビックリはしましたけど……嫌では、ないです」
消え入りそうな声で答える彼女。
私はその手の細い指の間に自分の指を絡ませる。
所謂恋人繋ぎだ。
「七海さんの手は、大きいですね」
「そうですね。貴女よりは大きいですね」
ギュッと彼女の手を握ると、彼女も弱々しく握り返してくる。
あぁ……愛おしい。
それは初めて感じる感情だ。
この人を手に入れたい。
自分だけのものにしたい。
湧き上がる醜い感情に笑いが込み上げてくる。
「七海さん?」
彼女をただ見つめる私を心配そうに見上げる。
「貴女は可哀想な人ですね」
「え?」
「こんな私を好きになってしまって」
私の言葉に困ったような顔をする。
「私は随分と貴女を気に入ってしまったようです」
「……え?」
「このまま貴女を何処かに連れ去ってしまいたいと思うくらいに」
握る彼女の手に口付けを落とす。
「な、七海さん」
顔を再び真っ赤に染めた彼女が、恥ずかしそうに空いた手で頬を抑える。
「私の家に来ませんか?貴女と二人きりになりたい」
「え、その……」
「貴女を抱きたい」
耳元で囁くと、首まで真っ赤にして今にも頭から湯気が出そうなほどだ。
「や、でも……まだ七海さんのこと、あんまり知らないですし」
「これから知っていけばいい」
「ま、まだ出会ったばかりで」
「貴女が随分と前から私の事を見ていたのを知っています。その分私も貴女を見ていました」
「え!?知って「知ってましたよ」
ニコリと微笑むと、彼女は観念したように黙って俯く。
「抱かせてくれますか?」
再度耳元で囁けば、彼女が小さくコクリと頷いた。
私は彼女の手を引き、タクシーを捕まえてマンションの住所を告げた。
家に入ると私は待ちきれず彼女にキスをした。
小さく抵抗しながらも私を受け入れる彼女が愛おしく、止めることが出来なかった。
雪崩込むようにベッドへ移動し、彼女の意識が無くなるまで抱き潰した。
初めて体を重ねたはずなのに、するりと馴染む体温が心地よかった。
久しぶりに生きている心地がした。
隣で静かに眠る彼女の寝顔を見つめる。
その小さな体も、直ぐに照れて真っ赤になる顔も、純粋な心も、何もかもが愛おしい。
もう誰の目にも触れさせたくない。
私だけのものにしたい。
あぁ……醜いこの感情を果たして貴女は受け入れてくれるだろうか。
受け入れてくれれば嬉しいが、もし受け入れてくれなくとも関係ない。
なぜならもう手放すつもりは微塵もない。
嫌われようと私は貴女を離せない。
こんなにも貴女を愛してしまったから。