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    kemeko_hina

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    kemeko_hina

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    降風webオンリーで公開しました、あむひだしてないあむひだです…
    いろいろ設定考えてたんですがほぼ作中で説明しきれてない…書きたいところだけです…

    #あむひだ
    #降風
    (fallOf)Wind

    On the day of flowers bloom その日飛田は、事務所の切らしてしまった洗剤を買うために、近くのスーパーまでやってきたところだった。普段は立ち寄らない時間帯に訪れる店内はやけに活気づいていて、なんだかやけに新鮮な気持ちになって自動ドアをくぐる。カートやカゴがずらりと並べられた一角をちらりと見遣ったが、洗剤だけならカゴはいらないかとすぐに結論づけた。視線を戻してまっすぐニ番目の自動ドアをくぐろうとしたとき、ふ、と視界の隅に鮮やかな色彩が映り込んできたのだ。
    「あ…………」
     なんてことはない、切花売り場。きっといつもなら仏花に紛れて見落としてしまっていたに違いない。季節柄置いているのであろう赤やピンクのチューリップの切花に埋もれるようにして活けられている、一本だけ色の違うそれ。なぜかこのときの飛田には、その色だけが目についてしまったのだ。
     出入口で立ちすくむ飛田に、エコバッグを片手に下げた女性がすれ違いざま視線を向ける。それにはっとして、慌ててその場を退く。ただでさえ上背のある飛田がこんなところに突っ立っていれば何事かと思われるのは当然だろう。
     そうだ、洗剤。洗剤を買って帰らなければ。なにせ今は業務中なのだ。多少戻りが遅くなったとしてもあのひとは何も言わないかもしれないけど、なんとなく飛田のほうが落ち着かない。飛田はやや早足で店内の日用品売り場へと足を向けた。


    「それで、買ってきちゃったんですか?」
    「えぇと、はい、そうなんです」
     安室が大きな瞳をぱちくりと瞬かせるのに、飛田はなんとなく決まりが悪くなって眉尻を下げた。十数分後、事務所へと戻ってきた飛田の手にはしっかりと黄色いチューリップが握られていたのだから。
     花を包むなんの飾り気もない透明なセロファンには、スーパーのロゴの入ったテープが申し訳程度に貼り付けられている。数分の道のりとはいえ、背が高いうえに強面の成人男性ががこれを抱えて歩くさまはさぞかし視線を集めただろうと自分でも思う。袋、もらっておけばよかった。
     そんな飛田の気持ちを知ってか知らずか、安室はふっと微笑んだ。
    「いいじゃないですか。この事務所もまだまだ殺風景ですし、お花があると明るくなりますね」
    「そう言っていただけると……思わず手に取ってしまったんですが、僕みたいなおじさんにはちょっとかわいすぎたかなぁと」
    「あっはは。やだなぁ、お花を買うのにそんなの関係ないですよ。それに、飛田さんがおじさんなら、僕もおじさんですよ」
    「うーん……いまだに信じがたいです、まさか一つしか違わないなんて」
    「あ、なんです?飛田さんまで僕のこと童顔だって言うんですか?」
    「えっ?いや、童顔とまでは……若く見えるなぁとは思いましたけど」
    「それですよ。正直三十手前にもなってくると、あんまりありがたくないんですよねぇ」
     はぁ、とため息をついてみせる安室の顎の動きに合わせて、麦穂の色をした髪がさらりと揺れた。やや憂いを含んだ青灰色の瞳に、長いまつげが影を作る。それはどこからどう見ても紅顔の美少年といった風体で、羨ましさを通り越してもはや神々しくすらある。たとえ彼がどんなに世の女性たちを的に回す発言をさらりとのたまっていたとしても、だ。
    「あ、忘れていました」
    「へ?」
     先程までの憂い顔はどこへやら、ぱっと顔をあげた安室にはいつもどおりの快活な笑みが浮かんでいる。
    「うちにはまだ花瓶がないんですよ」
    「あぁ、そういえば……すみません、先走りすぎましたかね、僕」
    「いいえ。どちらかといえば……ふふ、まったくいいタイミングでした」
    「え?どういうことですか?」
    「ねぇ飛田さん、一緒に買いに行きません?今から」
    「今から!?え、安室さん、事務所はどうするんです?」
    「今日はもう閉めてしまいましょう。大丈夫です。僕の勘ですが、このあとはおそらくご依頼人はいらっしゃらないと思います」
     そんなことを堂々と事業主が言うのってどうなんだろう。胡乱げな眼差しを向けた飛田に向かって、安室はふふん、と胸を張った。
    「いけませんよ、飛田さん。話は最後まで聞いてくれなくてはね。あくまで『ここには』です。事件と依頼人は、待っていても来てくれないものですからね」
    「はぁ……?」
     ときどき、安室の言うことが飛田にはわからない。出会ってからまだ幾らも経たないが、普段は人当たりがよくて頭が切れて、なんでも器用にこなしてしまうこの青年のことを、飛田は密かに尊敬している。年下だというのに、自分よりもずっと頼りになるのだ。けれど、ふいに悪戯めいたような、少し捻った物言いをするときがあって、そういうときの安室は、なんだかとても――。
    「さぁ、行きましょうか、飛田さん」
     気づけば、安室はすでにチャコールグレーのスプリングコートを羽織っていた。手には事務所の鍵をちらつかせている。
    「準備万端じゃないですか」
    「ふふ、時間は有限ですからね。タイミングもまた然り、です」
    「……なるほど?」
     首を傾げながらも、飛田は脱いだばかりのジャケットに再び袖を通した。いまだセロファンに包まれたままのチューリップは、瑞々しく咲いている。
    「あ、とはいえこのままではお花もかわいそうですから、水揚げだけしておきましょうか」
    「みずあげ……?」
    「切花は買ってきたあと、少し茎を切ってから水に浸けて置いておくといいんです」
    「安室さんってそういうことも詳しいんですねぇ。すみません、買ってきておいてなんですが、僕全然お花とかわからなくて」
    「たまたまですよ。僕にも知らないことはたくさんあります」
     本当かなぁ、と飛田は胸中で独りごちた。短い付き合いだが、安室がやたら博識なことは嫌というほど理解している。彼の数少ない欠点はいついかなるときでも蘊蓄を挟んでくることくらいだろうから。
     安室に指示されるまま水を張ったバケツの中でチューリップの茎を切る。園芸はさみなんて探偵事務所ではさすがに用意していなくて、今度はそれも必要ですね、なんて言って安室が笑っていた。
     
     バケツのチューリップを留守番させている間、飛田は安室に連れられて、とある店舗までやってきていた。昔のアニメ映画で見たようなやけに古めかしいその佇まいは、安室の探偵事務所からは徒歩でもそう離れていないのに、どうして今まで気がつかなかったのかと不思議に思うくらい、独特の雰囲気を放っていた。
     扉の格子窓は年月を隔てたせいか、磨りガラスのようにぼんやりと曇っていて、そこから橙色の明かりが漏れている。飛田ひとりではとうてい入れないであろう店内へ、安室が涼しい顔で足を踏み入れるのを慌てて追った。
     ガラン、とドアベルの音が重く響く。先程よりもはっきりと見える夕暮れ色の照明に照らされて、そう広くはないスペースいっぱいに商品が並べられていた。椅子や柱時計、陶器の食器から人形、果ては使い方の分からない箱のようなものまでが一見無造作に詰め込まれている。
    「安室さん、ここって……アンティークショップ?ですか?」
    「素敵でしょう?事務所の備品も、ここで買わせていただいたんです」
    「あぁ、そう言われてみれば」
     飛田が入る数ヶ月にできたばかりだと言う安室探偵事務所は、ほとんどが木目のうつくしいアンティーク調の什器で取り揃えられていた。当初はいかにもホームズやポアロの世界だなぁ、なんてのんきな感想を抱いていたものだ。
    「花瓶もここで買うんですか?」
    「えぇ。それからもうひとつ、用事があります」
    「え?」
    「謎は、解き明かされるものですからね」
     どういうことですか、と聞き返す前に、安室は店の奥に向かって狭い通路をすいすいくぐり抜けていく。
    「こんにちは、安室です」
     甘やかなテノールが店内に響いた。ややあって、小さく衣擦れの音がする。
    「……あら、あなたなの」
     ベルベットのカーテンの向こうから、やわらかく、どこか深い海のような声が聞こえた。緩慢な動きで現れたのは、五十代くらい、だろうか。きれいに巻かれた髪が、ゆらゆら揺れる。
    「ええ、その節はどうも」
     安室が微笑む向こうで、女性はまったく顔色を変えなかった。推し量るように彼をじっと見つめていたが、やがてその瞳がゆっくり閉じる。
     ふ、と小さく聞こえたため息は、どちらのものだったのだろうか。
    「お時間を、いただいてしまいましたね」 
    「……わかっちゃった?」
    「はい」
    「予想よりずっと早かったわ。さすがね」
     ふいに、女性の瞳が飛田へと向けられる。
    「今日はお友達もご一緒?」
    「え、」
     ただひとり、事情の飲み込めていない飛田は固まってしまう。そもそも、自分がここにいてはいけない気すらしているのだが。
    「彼は僕の助手ですよ」
    「あら、よかったわね。ひとりは寂しいもの」
    「まったくです」
     ふふ、と微笑み合うふたりの間には、ほんの少し、心が重くなっていくような空気が流れている。安室の言っていた謎が何なのか飛田にはわからないけれど、なにかが起こる予感だけが、じりじりと肌のうえを灼く。
    「飛田さん」
    「は、はいっ」
    「ご紹介しておきますね。こちらは、この店のオーナーさんで……僕のクライアントでもあります」
    「……クライアント?」
     安室はスプリングコートのポケットから小さなビニール袋を取り出した。その中には、手のひらの半分にも満たないような紙片が入っている。
    「先程、事務所の備品をここで購入したと言いましたね?」
     確かめるようなその言葉に、風見はうなずいた。
    「そのとき、ご依頼をいただいたんです。この写真に映る、あるものを探してほしいと」
     どうやら安室が持つ紙片は写真だったらしい。しかし、それは本来の大きさの四分の一にも満たないだろう。切り口がいびつに裂かれて、大部分が失われている。
     安室から差し出されたビニールの小袋に目を凝らす。フィルムカメラで撮られたのであろう写真は、現在のものとは違ってすべてを鮮明にはしておらず、ところどころ色もとんでいる。
     ちぎられた一片は、左下のあたりを写したもののようだ。しかし、それだけだった。
    「……これは?」
     第一印象では、布のようだな、と思った。波打つかのごとくたぐり寄せられた、光沢のある布地だと。
     それにしては、なにか違う気もする。首をかしげた飛田に、安室が察したように微笑んだ。
    「一見、僕も布地かなにかだと思いました。しかし、この写真も新しいものではないですし、なによりこの大きさです。判別は難しかったですね……ここを、見ていただけますか」
     そう言いながら伸ばされた指が、写真の一部分を指し示す。桜色の爪の先に、件の赤いなにかがあって、そのほんのわずか下、写真の縁ぎりぎりにぐるりと赤を囲うような線があった。
    「これ、わかります?」
    「いえ……?」
    「花瓶だったんです」
    「へ?」
    「そもそも、最初に聞いたんです。どうしてお探しなんですか、と」
     頭に疑問符を浮かべた飛田を置き去りにして、安室はくるりと女性へと向き直った。
    「あなたは言いましたね。『これがなんだったのか思い出せない』……大切だと思っていたことでも、忘れてしまうことはあります。ましてや、断片的なものなら無理はない。でも、違いましたね?あなたは、ずっと知っていたんです。忘れてなどいなかった」
     どこまでも穏やかな安室の口調に、彼女はまた、ゆらゆらと髪を揺らした。赤いリップの引かれた唇が、笑みの形に歪む。
    「……うん、そうね」
     くるり、同じように赤い爪の乗った指に、髪が巻き付く。どこか遠くを見るような瞳のまま、彼女はゆったりと口を開いた。
    「忘れないわ。でも忘れたかった。どうしたら忘れられるかしらって、ずっとそればかり考えていたの」
     ぽつり、雨のように落ちた言葉にはおおよそ感情なんて乗っていないみたいで、それが却って寂しげだった。
    「あのひとがくれたの。私は赤が好きだからって。ひらひらしてるところが珍しくて、きみの好みだと思ったんだ、って……ふふ、わかったみたいなフリしてね」
     なにも、しらないくせに。
     長いスカートがはためいた。カツ、と硬い踵の音がする。彼女は安室の横を通り抜け、飛田の手から小袋を抜き取った。
    「未練がましくこんなものを残しておく、私が嫌いだった。だから、試したの……自分を。たまたまここを訪れたあなたが、もしこれがなにかわからなかったら、今度こそすべて捨ててしまおうって。ごめんなさいね、私の悪ふざけに付き合わせてしまって」
     安室は、静かに首を振った。
    「悪ふざけなんて思いませんよ。あなたが、見ず知らずの僕にそれを託すほど……苦しまれていたことはわかります」
     でも、と続く声が彼女と同じくらい寂しそうなことに、飛田は密かに驚く。いつも、笑っている顔しか知らなかったから。
    「諦めてください。あなたは、これをお持ちでいようといまいと……きっと忘れられません。だから、思い出と一緒に生きてください。そこにしあわせがあったと、思い出せるまで」
     女性の肩が、小さく震えた。手のひらで抱えた小袋を、大切そうに胸にあてる。
     それは、どんなに破ってしまっても、最後まで捨てられなかった彼女の思いそのものなのだろう。
    「……ありがとう……ねぇ、どうしてわかったの?こんな紙切れじゃ、あなたにもわからないと思ったのに」
    「あぁ、それは」
     安室が飛田に目線を移したことに、首を傾げる。え、僕ですか、と目線で返すと、彼はいつものようにふっと笑った。
    「このお店に、花瓶がなかったからです。飛田さんがお花を買ってきてくださらなかったら、僕もうっかり気づかないところでした」
     その言葉に、思わず飛田はたくさんの物に溢れた店内をぐるりと見渡した。たしかに、それらしきものの姿はない。言われてみれば、こういった店には必ずありそうなもののひとつなのに。
    「ふふ、飛田さんのおかげでしたね」
    「え、いや、ほんと僕たまたまなんで……」
    「なるほど、僕の目に間違いはなさそうです。偶然も必然のうちですから」
    「ええっとぉ……」
     なにがなるほどなんだろう。にこにこと微笑む安室にひたすら恐縮の姿勢をとっていると、やりとりを見ていた女性がそうだ、と声を上げた。
     その顔には先程までの寂寥感が少し薄れていてほっとした。実のところ、飛田にはまだ話の半分くらいしか飲み込めていないのだけど、それでもよかったと思うのは、自分が単純なのだろうか。
    「花瓶、探しているのよね?それなら……」


    「これ、ほんとによかったんですかねぇ?なんか……だいぶ高そうですけど」
    「うーん……依頼料のおつりが来るかもしれませんねぇ。まぁ、ご厚意ということにしておきましょう」
     お礼の代わりに、と女性から受け取った陶製の花瓶はずしりと重い。底に入った刻印は、飛田でも知ってるくらいの某メーカーのもので、抱える腕が震えたのも無理はないだろう。安室はどうか知らないが、こちとらそういったものには縁も免疫もない。
    「ここに挿すのがスーパーの一本二百五十円のチューリップ……申し訳なくなってきました……」
     せめて花屋で買ったものであれば、いやそもそもチューリップじゃなくてバラとか、などとぶつぶつ唸っていると、安室が小さく吹き出した。
    「ふっ、そんなに気にしなくても……お花はお花ですし、花瓶は使われてこそ、ですよ」
    「……あのひとも、そう言ってましたね」
     たったひとつ、店内からは見えない奥の奥に、隠されるように置いてあった花瓶。私はまだ使わないから、と微笑んだ彼女にも、いつかまた必要になる日がくるだろうか。
    「きますよ、いずれね……彼女にも」
     チューリップの花弁の先をやさしくつつきながら、安室が呟きを落とす。どこか独り言のようにも聞こえるそれにわずかな違和感を覚えながらも、飛田はそうですね、と相槌を返した。
    「そういえば、どうして黄色なんですか?飛田さんが買うなら赤とかピンクとか、そういうイメージだったんですけど」
    「僕そんなイメージですか……?すみません単純そうで……」
    「あはは、そういうわけでは」
    「まぁ実際なんとなく、ですけど」
     たった一本色の違うチューリップが、どこか寂しそうで、それから。
    「安室さんみたいだなぁ、とおも……え、なんですかその顔……僕変なこと言ってます?」
    「……いえ。いや、うん、変だとは思いますけど」
    「なんでですか!?」
    「あ、窓、開けましょうか。せっかくいいお天気ですし」
    「えぇ、あからさま……!安室さん、ちょっと!」
     慌てて追いかけた目線の先で、揺れるきんいろが春風に舞った。 
     
     
     
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