春風に吹かれて ヒュウ、と丘の上に追い風が吹く。山の先にある小さな丘に綺麗に施されている灰色の石と天城の字。今日で母が亡くなって数年。故郷でもっと大々的に行われるものの君主や一彩の都合によりまた後日執り行われる。
そう、一彩、俺と一緒にアイドルやって。
母上にも見せたかった。
この間、一彩が中心になって歌って踊って、スゲェかっこよくて。ユニットのリーダーとして胸張ってて。
でもメンバーの年下の子にこの間またポカポカ怒られながら都会のルールと相違してることで怒られてたよ。
俺も恩人のニキによく怒られてたけど今何とかまたアイドルしてるんだ。
一彩、そして自分のこと。空の彼方にいる母上に最近の出来事を、手を合わせて心の中で告げる。
故郷の者に帰ってくるとは一言も言ってないのでささっと帰らなきゃいけないけれど、久しぶりに合わせる顔には話し足りないものだった。
じゃあ、また来きます。
手のひらを離して、持ってきた花束を添え、目の前にある墓石をそっと撫でて足早に故郷に背を向けて山を駆け降りる。
***
都会の休日は休日というには明らかに忙しく人が行き交う。まぁ今から行くのは平日も休日も問わず騒がしく轟音の大人の快楽を求める場所だが。
「またこんな所で何してるんですか。」
店に向かっている最中でふと見知った低音の声が聞こえ、振り向く。
「ア?メルメル?何してんの?」
「HiMERUが聞いてるのですが。まぁ、野暮用です。」
「ふーん。俺っちも、」
首を僅かに傾げ返答を求めているところでふと過ぎる。
(今日はメルメルに賭けるか)
「今ちょおどスっちまってさァ~~~~、メルメルなんか飯奢ってよ」
いつものように肩を組めば鬱陶しいとすぐに解かれる。
「…………新台が入荷したパチ屋はこの先にあり足を進めている方向もこの先でこの時間にそのパチ屋に行ったとは到底思えないですが。食事を奢るつもりもないです。」
それにと小さく口を開く。
「今日、やけに家を出るのが早かったですし、大方故郷とやらに帰郷してたのでは。」
「……詮索は嫌われるぜ、名探偵?」
斜め下を見ながら別に、とものを言う姿は少し拗ねているようにも見える。
「悪かったよ何も言わずに出てったのは」
「別に、詮索するつもりも否定するつもりも無いです。好きにすればいいと思いますし」
その瞳が僅かに揺れたのは見逃していなかった。
「なんか飯食いたくなってきた」
「は?」
「この先にあるイタリアン、美味いよ」
「なに、」
「ってニキが言ってた、間違いねぇよ」
「ちょっと、ちょ、待って天城」
「今日は俺っちが奢ってやっからなんか食おうぜ」
そういうことじゃない!と掴んだ手首の先で言ってるがいーからいーからと進んでいく。
***
「えーこの日替わりパスタセットとー日替わりサラダ1つ、あとアイスティーで、セットのドリンクはコーヒーで食前で。おねしゃーす。」
昼時で賑やかになっている店内で向き合って座るも流されむすっとしている連れにくすりと笑顔が溢れる。
「ンな顔すんなよ、せっかくの美人が台無しだぜ?」
「誰のせいで…HiMERUはいつでも綺麗ですが。」
むすっとはしているが小さな声で注文ありがとうございますと言えば、ん。と答える。
「ほんとになんもいらねーの?」
「サラダで十分です。」
「そーお?」
今後のスケジュールや仕事の話、グループチャットに送られてきたこはくの今日のスイーツと一緒に写っていたKnightsの若きリーダーに微笑ましくなったり。話し込めばあっという間に料理がテーブルに並べられる。
「いただきまーす」「いただきます」
カトラリーを持って手を合わせ2人で挨拶をし食べ進める。
サラダをフォークに差し込んで小さな口へ入れ込む。時折邪魔そうな横の髪を耳に掛けて口に運ぶ絵面はどうも艶やかだったけど。
都会でのマナーでは利き手にフォークを持って利き手の逆でスプーンを持ち、スプーンを受け皿にフォークを回すんだと。小ぶりに巻けたパスタをスプーンに添えて向こう側の席に差し出すと一瞬嫌な顔をされるもカトラリーを受け取って一口、食べる。
「どう?」
「季節の野菜は甘みがあって良いですね」
口元に指先を当てながら春キャベツを満喫しているようだった。
「わかる、美味いよな」
しばらく食事を満喫しつつ、口を開く。
「今日だけど」
「はい」
「母上の、周忌でさ。」
「…」
「でも一彩が今日どうしても外せない仕事があって」
「あぁ。あの撮影ですか」
「そー。俺も昨日やっと一段落したところで日付がちゃんと合わせられないのはワリィけど故郷で執り行うのは明後日。」
「そうだったんですか」
フォークをくるくると回して、また口に含む。キャベツの甘みとオリーブオイルと塩っけが美味い。
「明後日は夜遅くなるか帰れないかも、ごめん。」
アスパラとじゃことレタスを一度に救い上げ、口を開いて入れる様は咎めることなく淡々と聞いていた様子だった。
「…貴方も、HiMERUも何を最優先にすべきか、きっと同じだと思っています。」
皿の淵をなぞりながら、丁寧にフォークに乗せていく。
「お母様に、色んなことを弟さんと報告してきてください。」
「メルメルと結婚しましたァ」
「してない」
「ひでぇ~」
ケラケラと笑いながらも最後の一巻きをしてメルメルの口元に持っていけばカロリーオーバーと言わんばかりのしかめっ面をされるが渋々といった様子で受け取りぱくりと口に含む。
「…美味しいですね本当。」
「良かった良かった」
ご馳走様でしたと口々にしてレシートをレジへ持っていき、折りたたみの財布から札を数枚取り出し店員に渡す。準備も程々に遅れてやってきた連れがちょっと、と文句を言いたげにこちらを見つめるが知ったこっちゃない。
小銭を受け取り、謝意を伝え店を出ると不服そうに口を開く。
「HiMERUは借りを作りたくないです、まして天城に」
「今回は天城じゃなくて黙って出て行き、さらに2日後には家にも帰らないダメ彼氏に奢られたことにして。」
「……。後から返せは受け付けないですよ」
「ンなこと言わねーっしょ」
「椎名には言ってます」
「ありゃ下僕だから」
可哀想になんて言いながらも店に入るまでの険しさはどこかへ消えていた。
「俺っちはちょっくら星奏館行くかなァ~」
「HiMERUは……野暮用…」
いいえと軽く首を振ると決めたように再度口にする。
「病院、行きますので。また。」
「ん、気をつけていけよ」
「はい」
じゃ、と互いに背中を向けながらも、会った時とは違う足取りで、各々が大切にしているなにかに、向き合う瞬間だった。