2人だけの秘密と俺だけの秘密.「茨好きです」
耳元で囁かれるその言葉のせいで思わず同じ気持ちを伝えてしまいたくなる。俺だってジュンが好き。大好き。言われるたびに胸が苦しくて抑えている気持ちが溢れてきてしまう。ジュンには幸せになってほしい。自分には釣り合わない。突き放そうとしているのに日に日に締め付けられるこの心を満たしたい。そう思っているせいでずっと突き放せないままだ。俺を抱きしめて何度も囁く言葉に耐えようとジュンの服を強く握りしめた。
「オレ茨が好きです」
「…はい?」
撮影の休憩中。控え室でタブレットを操作していると隣に座るジュンに突然そう言われた。端末を操作していた手を止めてジュンを見ると、俺を真っ直ぐ見つめて真剣な表情をしている。ここには俺とジュンしかいないから暇を持て余した何かの冗談なのだろうか。冗談だとしても普通に嬉しい。頬が緩みそうになるのを我慢して端末に目線を戻した。
「自分のこと暇潰しの道具みたいに扱わないでもらえます?自分は暇ではないので」
「いや、冗談じゃないですけど…」
「は?」
再度ジュンに目線を向けると、頬を少し赤らめて見つめてくる。本当にこいつは何を言ってるんだ。冗談が過ぎる。
「じ…冗談が過ぎますよジュン!まだ続けるならさすがにキレますからね!」
なんとかして冷静を保とうとジュンから顔を背ける。自分が照れたりなんかしていたら馬鹿にされるだけだ。このまま隣にいれば表情を保つことができないだろう。後ろにあるソファーに移動しようと立ち上がる。すると、引き止めるように腕を握られた。
「本当に冗談じゃないんです…その、聞くだけでいいので、」
「っ…!いいから離して、ください!だから冗談もいい加減に、!」
これはジュンが冗談でも本気でも俺にとったらやばいやつだ。顔が熱い。こんな顔見られたくない。顔を背けてソファー側に逃げようとするが、強く握られていてビクともしない。この筋肉野郎。足に力を入れてなんとか後ろに下がれたが、バランスを崩してソファーに倒れる。
「いっ…てぇ…」
目を開けると、目の前にジュンがいる。先程俺の腕を握っていたからそのまま覆いかさばってしまったのだろう。待てよ。めちゃくちゃ距離が近い。絶対顔赤くしてるの見られた。最悪だ。ジュンとの間に両腕を入れて顔が見えないように隠した。
「ジュン、退いてください…」
「…茨、オレ本当にあんたのこと好きなんです。冗談とかじゃないんですって」
好き?ジュンが俺のことを?全く信じられない。自分は今夢を見ているのではないか。全身が暑くなって心臓が酷くうるさい。嬉しい気持ちと信じたくない気持ちが入れ混ざる。ジュンのことが好きだ。俺はジュンに釣り合うわけがないし、俺が幸せになる価値なんてあるはずがない。これが本当でもこいつに同じ言葉を返してしまえば、今後ジュンが幸せになれない。ジュンには釣り合う人と幸せになってほしいんだ。なんと答えればいいか分からず黙っていると、両腕を掴まれソファーのサイドに押し付けられた。真剣な表情をするジュンと目が合う。顔赤くしてるの確実に見られた。見られてしまった。
「っ…ぁ…ジュン…あのっ…」
「何で顔赤くしてるんですか?…茨もしかして照れてる?」
そう言って頬を優しく撫でられる。真っ直ぐ見つめられ耐えられずに目を逸らした。
「こ、これは…あれです…!そのっ…他人に好意を寄せられること自体あまりありませんでしたから…!こういうのは誰でも照れてしまうものでしょう!?」
「…ふ〜ん?そういうもんすかねぇ?」
「そうであります!!と、とりあえず暑苦しいので退いてもらえます…?」
「茨は?オレのことなんとも思ってないんですか?」
「へ…?」
覆いかさばるジュンを押し退けてスタジオに戻ろうとしたものの、話を戻されてしまいまた先程のように真剣に見つめられる。
「…ジュンは……俺の友だち…です。だから、ジュンのことは…」
「…そう、っすよねぇ……あの、1つだけわがままいいですか?」
「な、なんですか…?」
「オレ、茨が思ってる以上に本当に大好きなんです…だからもう言っちまったわけだし、定期的に好きだって言ってもいいですか?」
「…それくらいなら別に、いいですけど…でもさすがに周りに人がいる所では…」
「本当っすか!?そりゃもちろんっすよぉ。茨の立場もあるわけだし。したいときはオレから伝えますね」
「…はい」
「はぁ〜…少しはスッキリしたぁ〜…あ、仕事には支障出さねぇんで安心してくださいねぇ。そろそろ休憩終わりだしオレ先にスタジオ戻っておきますね」
そう言ってジュンが楽屋から出て行く。答えた後にあいつが少し悲しそうな表情をしていることに気付いてしまった。本当のこの気持ちを伝えていたら今頃2人で笑っていたのだろうか。でも、そんなことしたら大好きなジュンが幸せになれない。自分の気持ちを少しは制御できた安心感と本当の気持ちを伝えられなかった圧迫感が入れ混ざる。
それから4日に1回ペースでジュンの部屋に呼び出されては何もしないままずっと抱きしめられたり、好きだと気持ちをぶつけられたりしている。部屋に2人きりの時にやってるもののジュンの同室である桜河氏が急に帰ってくるのではないかと内心凄く焦ってしまう。それでも大好きなジュンとこうできるだけで嬉しい。本当はしっかり突き放すべきなのに。
「茨、今日いいですか?」
撮影が終わって楽屋で着替えていると、ジュンにそう聞かれた。思えばこの間やった時から4日程経っている。
「あぁ、いいですよ。20時くらいならいいですけど。場所どうします?」
「了解です。サクラくん明日の朝に帰ってくるみたいなんでまたオレの部屋で大丈夫っすよ」
「分かりました。ではまた後で」
20時になり、ジュンの部屋の前に着いてインターホンを押す。すると、すぐに扉が開き出迎えられた。
「茨お疲れさんです。どうぞ入ってください」
部屋の中に入ると、ジュンが自分のベッドに腰を下ろした。今日はベッドでするのか。自分も同じようにベッドに腰を下ろす。
「…今日はどうするんです?」
「オレが寝るまで添い寝してほしいんすけど…あ、それはやりすぎですかね?」
「…いいですけど」
「え、いいんすかぁ!?あざっす!じゃあ布団の中一緒に入りましょ!」
嬉しそうに目を輝かせて布団を被るジュンの隣に自分も布団を被って向かい合うように横になった。
「あの…抱きしめていいですか…?」
「い、いいですけど早く寝てくださいよ…」
「じゃあお言葉に甘ちゃいますねぇ」
そう言って身体全身を包まれるように抱きしめられる。ジュンには好意は無いと伝えているのに勘違いさせるようなことを続けていていいのだろうか。このままだとジュンが他の人を好きになる可能性はないだろうし俺がジュンのことを諦められなくなってしまう。それでもこうやって自分も心を満たしておかないと胸が苦しくなるばかりだ。
「ねぇ茨…何でオレのこと好きでもないのにここまでしてくれるんですか…?」
「…え?…いや、早く寝てくださいよ」
「教えてくれたら寝ます!」
「本当かよ…何でって…ジュンが自分にお願いしてきたんじゃないですか…」
「それはそうですけど、こんなことして茨に迷惑掛けてるんじゃないかって思って…」
「まあ、そうですね…」
「そうっすよねぇ〜…」
「…ジュンは友だちだから、言い方おかしいですけど役に立ちたいみたいな…」
「はは、オレいい友だち持ちましたねぇ。茨大好きです」
「…ありがとうございます」
好きだと言われるのにはまだ慣れないし、ジュンと身体が密着しているせいで心臓の音がうるさくなる。この音がジュンに聞こえてしまうのではないか。毎回聞こえていないことを願って心を落ち着かせようとするが、もちろん落ち着くわけがない。俺なんかがこんなに幸せでいていいのだろうか。
「俺も好きです」
無意識に自分の口から出た言葉に驚いて口を塞いだ。今まで我慢してきたのに何で言ってしまったのだろう。ジュンに聞かれてしまった。先程よりも更に身体が熱くなる。
「…ぁ…その…ジュン…」
声を掛けるが、返事が返ってくない。抱きしめられていて顔を見ることはできないが、眠ったのだろう。
「よ、よかったぁ〜…!!」
もし聞かれていたら取り返しがつかなかっただろう。大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。もう寝たのなら自分の部屋に帰ろう。今まだこうしていると、これ以上制御できなくなりそうだ。次からは気持ちを緩めないようにしよう。身体を抱きしめる腕をゆっくりと解いてベッドから降り、電気を消して部屋を出た。
「……は…えっ……マジ…?…ええぇっ!!??」