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    ニキ誕2022

    #あんさんぶるスターズ!!
    ansamburuStars!
    #Crazy:B
    #椎名ニキ
    manini
    #天城燐音
    amagiPhosphorus

    月の味は知ってる 一番好きなのはやっぱりショートケーキ。十月はいちごの旬ではないけれど、たまごの黄色とふわふわの白いクリーム、シロップで艶やかに化粧をしたいちごの赤は見た目だけですでに優勝していると思う。発明した人はノーベル賞をもらうべきだ。あれ、ノーベル賞ってなんだっけ? 化学賞とか平和賞とかは聞いたことがあるけど、さすがにケーキ賞はない気がする。芸術賞とかならあるのかな、あるならそれをあげればいいんじゃないかな。だってこんなにため息が出るほど美しいんだもの。
    「……オイ、そんなに見つめたら切りづれーだろォ」
    「だって、本当に切っちゃうんすか? 僕のケーキなのに? 一年に一度の特別な日の、僕のためのケーキっすよね?」
    「お前は腹減った~つって普段からよくホールで食ってるんだから特別もクソもねェだろ……。それに、除けておかないとHiMERUくんやこはくちゃんにあげる分まで食べちゃいそうだから燐音くんカットして~! って、ニキきゅんが言ったんでちゅよねェ? 一個歳とったんだからいい加減相応に賢くなったらどうでちゅかァ」
    「うう、そうっすけど……。僕にはこんな綺麗なケーキを切り刻むなんてむごいことできないんで……」
     ごねる僕を、燐音くんはため息をついてめんどくさげに見た。彼の手にはホールのショートケーキが載ったお皿とナイフ。ケーキは燐音くんが買ってきてくれたものだ。大きめの駅のそばには必ずあるようなチェーン店に一年中並ぶ、ありふれたいちごショートケーキ。燐音くんが初めて僕に買ってくれた誕生日ケーキがこれだった。一緒にスーパーで夕飯の買い出しをした帰りに、「ニキは今日が誕生日なんだろ。それで、誕生日はケーキを食うもんなんだろ? 俺が買ってやるから選べよ」と袋から長ネギをはみださせたままの燐音くんに唐突に言われ、驚きながら目についたケーキ屋で選んだものだ。蠟燭を立てたケーキを気味悪げに見て「ウワッ、儀式みてぇ……」と呟いた、まだあどけなさの残る燐音くんの顔を今でもたまに思い出す。あの日から燐音くんは毎年同じケーキを誕生日に買ってきてくれる。
    「そんなに独り占めしてェならこれはニキが食えよ。もう一個買ってくっから、それを分けたら良いっしょ」
    「いや、これは僕のみんなに対する感謝の気持ちの表れなんで。ケツイヒョーメーってやつっすよ。これをわけることに意味があるような気がするようなしないような、あぁ考えてたらお腹空いてきたっす、とりあえず上のいちごだけでも食べちゃっていいっすかね? いやでも……!」
    「バカのくせに何の決意を表明しようとしてんだ。小難しいこと考えてんじゃねえよバカなんだからよ」
    「バカバカって何回言うんすか!」
     燐音くんは僕にデコピンをくらわすと、財布を持って立ち上がった。本当にもう一個買ってきてくれるらしい。HiMERUくんたちと約束した時間まであと十五分。プレゼント持っていくから待っててな! と昨日のレッスン終わりにこはくちゃんが嬉しそうに言っていたっけ。
    「間に合わなかったら先始めてていーから」
    「ま、待って燐音くん!」
     思わずナイフをつかみ、驚いて振り返った燐音くんに見えるようにケーキの真ん中に差し入れた。ああ、やってしまった、完璧なケーキだったのにもう取り返しがつかない。でも、これで良いんだという思いも同時に湧いた。
    「おい、良いのかよ」
    「こ、これはみんなでわけるって言ったでしょ。あー、もう、こうなったら世界一綺麗に四等分してあげますからね、ショートケーキちゃん!」
     一度ナイフを抜いて、ポットのお湯を刃にかけた。温めたナイフでカットすると綺麗に切れるからだ。お湯を拭くついでにべっとりと付いたクリームも布巾で拭う。それを見た燐音くんは財布を放り投げてまた椅子に座った。ふーん、とご機嫌な様子で頬杖をつく。ちょうど切り終えたタイミングぴったりで、部屋のドアがノックされた。

    「随分シンプルなケーキなのですね」
     HiMERUくんは配られたお皿の上のケーキをしげしげと眺めて言った。
    「何だよメルメル、俺っち直々に買ってきたケーキに文句でもあんの」
    「いえ。椎名ならもっとこだわりがあるような気がしていたので意外だっただけです。どこどこのホテルの限定ケーキが良いとか、旬のフルーツをふんだんに使ったやつが良いとか……。何故ショートケーキなんです?」
     そう尋ねられ、コーヒーを入れていた手が少し止まる。深く考えたことはなかったからだ。言われてみると梨のタルトとかモンブランとかのこの時期しか食べられない美味しいものは山ほどある。
    「うーん。そういう高級なのも食べたいっすけど、物心ついて初めての誕生日からずっとうちはショートケーキなんすよね」
     定番っちやつか、とこはくちゃんが言う。定番。もちろんショートケーキは大好きだけど、その意味合いが強い。最初はお父さんとお母さんと僕で三等分して食べていたショートケーキだけれど、次第にお父さんが仕事で帰ってこなくなってお母さんと半分ずつするようになった。そのうちお母さんもお父さんの仕事についていくことになって、僕はケーキを独り占めできるようになった。成長期を迎えた僕はいつでも空腹だったらから、まるっとひとつのケーキを食べても許される誕生日が好きだった。食べても食べても満ちないお腹に生クリームとスポンジを詰め込めば少しは空腹が和らいだ。ひとりで食べるケーキなのだから何を選んでも良いはずだったけど、なんとなく両親を思い出しては毎年ショートケーキを買っていた。
    「そうっすね、定番! 大体みんなそうじゃないですか? 多分、ショートケーキってクリスマスと誕生日の季語っすよ」
    「誕生日の季語て何やねん。まあ、言わんとすることはわかるけども」
     コーヒーのカップを全員に配り終えて僕もお皿の前に腰を下ろした。金色のデザートフォークを手に取ってみんなを見る。
     ひとりぽっちだった毎日に燐音くんが転がり込んできて、ひとりじめしていたケーキは半分こにまた戻って――燐音くんはひとくちくらいしか食べないから正確には八分の七くらい僕が食べていたけど――、今日は今までの誕生日で一番少ない四等分。
    「ええんか、お祝いしに来たのにいただいてもうて……」
     こはくちゃんが申し訳なさげにお皿を手に取る。
    「どうぞどうぞ、僕ぁみんなで食べたいって思ったんすから」
    「そうか? ほな遠慮したらあかんな。いただきます」
    「いただきます。椎名、お誕生日おめでとうございます」
     ありがとうございますと僕が返したのが合図となり、それぞれが皿からひとさじ掬って口に運ぶ。室温に置いていた時間が長かったから、すこし柔らかくなったクリームが口の中でするりと溶けた。やっぱり最高に美味しい。夢中で咀嚼し、あっという間のふた口で全部胃の中に消えた。フォークをお皿の上に置いて甘さの余韻をかみしめていると、燐音くんが僕の肩を小突いた。
    「おいニキ、腹でも痛ェのか? それっぽっちで満足げな顔しやがって」
    「痛くないし満足もしてないっすよ。こはくちゃんたちがくれたケーキだって食べたいし、まだまだ山盛りのご馳走タイムはこれからっす。張り切ってフルコース作っちゃってるんで、燐音くんこそ自分のお腹の心配したほうがいいっすよ!」
     HiMERUくんとこはくちゃんがふたりで一緒に選んでくれたという有名店のロールケーキを、セロハンをむいて分厚く切り分ける。ひと切れそのまま口に放り込んでみせると燐音くんは胸焼けしそうっしょと呟いた。もったりと重たいクリームの中にぱりぱりのチョコが混ぜ込んであって食感までが楽しい。確かにかなり甘いけど、これで僕が胸焼けや満腹になれるわけがなかった。それでも。
    「でもね、ショートケーキはもうさっきので十分っす」
    「……そうか」
     じゃあこれは食っちまうぜ、と燐音くんは自分のお皿に残っていたいちごとスポンジをフォークで掬って僕に見せる。
    「うん。燐音くんにもたくさん食べてほしいっすから」
     そうかとまた同じ言葉を繰り返して燐音くんはケーキを平らげた。そして、目の奥で光を絞るようにしっとりと細めて、嬉しそうに笑った。

     チキンを手づかみで食べてHiMERUくんにたしなめられる燐音くんや、野菜のゼリー寄せをきらきらした目で観察するこはくちゃんを見ながら、僕はごちそうを食べ続けた。みんなを見ているとホットリミットのステージの夜を何度も思い出す。イベントの審査員だからたくさんの料理を食べたけど、それ以上にめちゃくちゃに歌って踊ったからお腹ぺこぺこなはずだった。それなのにどこか満ちた感覚があって、ぺこぺこなのにお腹いっぱいで不思議な感覚だと燐音くんに言った夜。みんなが僕のことを考えてくれて、いろんなもので満たそうとしてくれたあの夜のこと。「バカニキ、膨れたのは腹じゃねェだろ」と呆れたように僕を撫でた燐音くんの手のひらのこと。

    「よォニキ、さすがに満腹かよ?」
    「――いやいや、まだまだこれからっすよ~!」
     僕がみんなに返せるものが料理以外にあるのかはまだわからないけど。今は、満腹になれそうなこの仲間たちと囲むこの食卓をまだ喪いたくはなくて。
    「追加でピザ頼んでもいいっすよね、今日は燐音くんのおごりで!」
     呆れたように目くばせをしあうこの三人と、来年も再来年も何度でも、願わくば。
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    m_matane_

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     あの頃。僕らが生まれたてみたいに何も知らなくて、それでも赤ん坊とは呼べない程度には傷まみれだった頃。
     17歳の燐音くんはいつだって怒っていた。知識や常識がない故に納得できない事象が多く、それにぶつかるたびに怒った。周りにも、ものを知らなさすぎる自分に対しても。野菜の値段に怒り、電車の優先席に座る若者に怒り、ポイ捨てされているゴミに対して怒った。自分の常識と世間の常識の中でぐらぐらと揺れながら、プライドをすり減らしながら、それでも声を上げた。
     怒るといっても声を荒げて暴れまわるわけではなかった。かたちのいい目をしっかり開いて、青いくらいにひかる白目にぎらっと怒りを宿して、理解の範疇外の対象を見つめた。その様子を見るたびに僕は、彼の心に小さな傷がついていく音が聞こえたような気分になった。失望して、怒って、それでも赦したくて立ち上がり続ける燐音くんに、「きれいごとだけじゃ世の中は回らないっすよ」と言ってあげられたらどれほど良かったんだろう。とはいえ、そんな残酷なことを誰も言えやしなかったに違いない。少なくとも僕には到底無理だった。背筋を伸ばして、透き通った眼で物事を見る彼を曇らせたくなかった。
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