仮初めルームメイト(4)■四 目撃
事前に説明を受けていた通り、寮の部屋は二人部屋で、ウィルとガストは同じ部屋を割り当てられた。いくら同じ日に転入できたとはいえ、流石に揃って入寮というわけにはいかず、先にウィルが入り数時間後にガストが入る、という形を取るそうだ。ウィルの入寮が滞りなく済んだという情報を受けたガストも寮を訪れ、入寮手続きを終えた。連絡は主に、タワーを出る前に渡された透明なインカムを通して行うという。いつサブスタンスと遭遇するか不透明なため、常に身につけておけるようにと、以前ヴィクターが別の任務で使用したインカムをまた使用することになったらしい。
部屋に入ると、ウィルが待っていた。
「……手続き、終わったか」
「……あぁ、終わったぜ」
互いに少しぎこちなく挨拶を交わす。それからウィルは、自分が部屋の片方のスペースを指し示してみせた。
「そっちが、お前のスペース」
どうやら部屋は現在タワーで共同生活をしている形に似ていて、部屋を半分に区分けしデスクやベッドをそれぞれに配置しているようだった。
「了解。ありがとな」
ガストはウィルに礼を言い、示された方の床に荷物を置く。それから改めてウィルを振り返った。
「えぇと、改めて……よろしく?」
「なんで疑問形になるんだ」
「いや、なんとなく……」
再びのぎこちないやり取りの後で暫しの沈黙。さてどうしたものかとガストが思っていると、先にウィルの方が口を開いた。
「……心配しなくても、任務として共に過ごすんだし、嫌だとか、そういうことは思ってない」
「そ、そっか」
「ただ……ちょっと俺もこういうことに慣れないし、いきなり付き合い方を変えるのは難しいから……少し、時間が欲しい」
ウィルはウィルで、精一杯譲歩してくれようとしているのだ。このままずっと微妙な距離感だったらどうしようかと思っていたので、今のガストにはそれを知ることができただけで十分だった。
「ありがとな。でも、ウィルのペースで良いから。困るようなことがあったら、言ってくれよ」
そう言うと、ウィルは少しだけ目を険しくする。
「……お前に言われるまでもない」
「そ、そうだよな。はは……」
どうやらいつもの癖で少し余計なことを言ってしまったらしい。だがそれ以上険悪になることはなく、ウィルはすぐに頷いて部屋の説明に入った。
これからこの場所で任務と、ウィルとの共同生活が始まるのだ。ヴィクターの補佐が入るとはいえ、主体で動くのはルーキーである自分達二人になる。任務を無事に達成できるのか、ウィルと上手く生活できるのか、自分の好意が伝わってしまわないか――。
様々な思いを抱えたまま、任務は開始された。
*****
翌日の、潜入一日目。授業に出るのは必要最低限で良いと言われていた。調査を進めるためだ。だが全く出ないのも怪しまれるため、最初に割り当てられた授業くらいは出るか。そう思い授業に出席したガストだったが。
何故、こんなことになっているのか。ガストはショートしかけている頭で辛うじてそれだけを思った。
参加した授業は問題なく終わった。それは良い。問題は授業直後、早速敷地内を調べに行こうと立ち上がったときのことだ。同じ授業を受けていたらしい女子学生数人に囲まれた。突然のことに目を白黒させるガストに対し、どこから来たのか、ここに来る前は何を学んでいたのか、彼女はいるのか――など、次々に質問をしてきたのだ。
ガストは女性の扱いを不得手としている。その原因となった出来事はガストの勘違いであったことが発覚したため、もう苦手に思う必要はないのだが、急に克服できるかというと、それは流石に難しい。つまり、今のこの状況も、ガストにとっては非常に困った状況で。
(……どうすりゃ良いんだこれ……)
女子学生達から矢継ぎ早に質問をされるが、何にどう答えるのかが正解なのか全くわからない。困り果てていると、不意に女子学生達の背後に新たな気配が出現した。目を向けると、そこには。
(ウィル……?)
ウィルが、呆れたような表情でガストを見ている。ガストの視線が背後に向いていることに気付いた女子学生達も後ろを向いた。視線が外されたことにほっとする。
「先生に呼ばれてる。行けるか?」
「お、おぉ。行く行く」
会話の内容を聞き、女子学生が道を開ける。ガストはありがとな、また今度、と女子学生達に挨拶すると、歩き出したウィルに続いて早足でその場を離れた。人気のない通路まで出たところでガストがウィルに問いかける。
「えっと、どこに行くって?」
「いや、特には」
「……え?」
ガストは思わず足を止めた。先程ウィルは、先生に呼ばれていると言ってなかったか。
「……困ってたみたいだったから」
ウィルが小声でそう言う。つまりは。
「助けてくれた、のか?」
更に尋ねると、ウィルはガストから目を逸らして答える。
「あんなところで手間取って、調査の時間が削られるのは勿体無いだろ」
明確なイエスという回答ではなかったが、助けてくれたということだ。ガストは嬉しくなって笑う。
「ありがとな、ウィル」
「別に、お前のためじゃ……」
そこまで言ってから、一度ウィルはガストに目を移し、溜息をついた。
「なんでお前みたいなのがモテるんだか……」
「いや、ウィルの方がモテてるだろ」
確かに自分も女性から声をかけられやすいのかもしれないが、それはウィルも同様で。先程ウィルに目を移した女子学生達が、ウィルを見て目を輝かせていたのはガストも気付いている。それに、ヒーローとしても少しずつ女性ファンが増えているらしいということを、アキラから聞いていた。密かにウィルを想っている身としては、本音を言うと少し落ち着かない気分になるが、どうしようもないこともわかっている。
「んじゃ、これからどうする? 少し一緒に歩いて、それからそれぞれ気になるとこ調べに行くか?」
「……そうだな」
すぐに別れるのは不自然だしと、二人で暫く校舎内を見回ってみることにした。任務のことや他愛もない雑談をしながら歩く。昨日生活を共にし始めてから、これほど長くウィルと二人だけでいたことはない。様々な理由からまだ緊張は抜けないが、少しずつ慣れていかなきゃな、とガストは思った。
そのうちに、また学生達が多く往来する通路に出た。この辺りでさりげなく別れれば良いだろうか、そう思った時だった。
透明なインカムから聞こえる、アラーム音。
「……出たのか?」
「みたいだな」
小声でそう言葉を交わす。程なく二人の耳に、ヴィクターの声が聞こえてきた。ヴィクターは臨時講師として所定の講師控室にいるはずだ。
『二人共、アラームは聞こえましたね?』
「聞こえたぜ、ドクター。どこで検知されたんだ?」
『検知された場所と、お二人がいる場所を確認しました。すぐ近くです』
「近く……?」
『何か、周辺で異変はありませんか?』
ヴィクターの言葉にウィルとガストは周囲を見回す。視線の先では学生達が何事もなく往来を続けているだけだ。何もない、そう答えようとしたガストだったが、ふと『それ』が目に入った。
「…………?」
一人で歩いていた男子学生が、消えた。
「消えた……?」
「どうした、何かあったか」
「いや、今あそこにいる奴が……あれ?」
ウィルの問いかけに一度視線をウィルに移したガストだったが、また先程の場所に視線を戻すと、消えたと思っていた学生は、そこにいた。
「あの学生が、どうした?」
「いや、いきなり消えたように見えたんだけどさ、気のせいか――」
そうガストが言いかけたときだった。
突然、その男子学生が走り出した。少し前にいる二人組の女子学生に向かって。
「おい、まさかこれ……」
ウィルがそう言うのと同時に、ガストが地を蹴った。男子学生の後を追いながら、叫ぶ。
「避けろ!」
周囲の学生達がその声に振り向いた。目標と思われる女子学生も、男子学生の様子がおかしいことに気付き、慌てて通路の端に避けていく。男子学生は更に追いかけようと方向転換しようとするが。
「待てって!」
ガストが素早く男子学生の前に滑り込んだ。男子学生が振り被り下ろしてきた手を下から腕を出して払い、そのまま背後に回って羽交い締めにする。
「おい、落ち着けって」
暴れられることを覚悟していたガストだったが、その学生は突然動きを止めた。そのままがくりと項垂れる。
「おい、大丈夫か?」
声をかけるが答えはない。既に意識を失っているようだった。
『どうしましたか? 何がありました?』
インカムからヴィクターの声が聞こえる。騒ぎの中心にいるガストは答えられないため、ウィルが人混みから少し距離を取り、答えた。
「男子学生が、急に暴れ出したんです。アドラーが止めたんですけど、すぐに意識を失って」
『それは……例の現象ですか?』
「そう見えます。ただ、周囲にサブスタンスは見当たりません」
『先程反応が消えました。そちらが騒がしくなる直前です。恐らくもうそこにはいないと思います』
一瞬出現したサブスタンスが、この学生に影響を与えたというのだろうか。ガストはウィルとヴィクターのやり取りを聞きながらそう思った。
『何か、気になることはありましたか?』
「気になること……そういえば、学生に異変が起こる前に、アドラーが何かに気付いたようでした」
『ガストが?』
「はい。そうだよな?」
ウィルが離れた場所からインカムを通して問いかけ、ガストに視線を送る。ガストはそのウィルに向かって小さく頷いてみせた。
『わかりました。その場が一段落したら、私の控室に来てください。少し今の出来事について、振り返りましょう』
「わかりました」
ウィルの答えを最後に、通信は切られる。それとほぼ同時に、騒ぎを聞きつけた教師が何人か到着したようだった。
周囲の学生は『バーサーカー現象』だと、しきりに囁き合っている。サブスタンスの反応が出たということは、やはりこの現象とサブスタンスは関係があるのかもしれない。
ウィルとガストは、離れた場所から視線を交わした。