本能のまま"そういうこと"は、もっと大人になってからだと思っていた。視線はもうずっと離れず、離さず、交わったまま。伸ばした指先を、すーっと頬から首筋を流れるように撫で上げ、それにいちいちビクリとさせていて、それを見たと同時に口角が上がる。
「なぁ、まだダメなのか?」
「えっと…」
「おれは、もう待てない。だから逃げても追いかける」
もう、数年も待ち続けた。随分我慢したのだから、そろそろご褒美が欲しい。彼女は黙ったまま動かない。同意をとみなした。
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高校に入ってからだろうか?精神のコントロールがままならないことが増えてきた。特に未夢といる時がそうなることが多くなり、熱が篭もりやすい。神経を尖らせて、無理やり押さえ込んで来た理性に幾重にもなる鍵を掛けて来たはずだったが、ついに自覚してしまった。欲に飢え始めていることに。血液を欲す吸血鬼のように、日に日にどんどん強くなるのを感じていた。頭の中の想像を無理やり消したくて、バカみたいに水を被って。でも、治まらない。
「あー…」
朝起きれば特有の生理現象が増え、ゴミ箱のゴミも無駄に増えた。本当にアホじゃないかと思う。
「ヤバい…」
この状況を打破する方法なんか結局1つしかないが、その一線は簡単に越えられる訳ではない。一時のやり方で治めても、そんな事じゃ耐えられなくなっている。
「はー……」
ぼんやりする頭が眠気を誘い始めて、一度寝てしまおうとした。それは今会っちゃダメな人間に見つかってしまった。
「彷徨いたー!もうっ、声かけてたのに全然返事しないんだもん」
「な、何だよ…」
「ほら、明日何処に行くかって話!」
昼間、確かにそんな話けれど、今はそれどころでは無かった。変わっちゃダメなスイッチに切り替わりそうだからだ。如何わしい事ばかりになる想像が滝のように流れてきているのに、そんな事つゆ知らずな彼女はズカズカと部屋に入って来ている。最近話題のショップが載った雑誌を持って来てどっかりと隣に座る。最近使い始めたと言っていたボディミストだろうか、ほんのり甘い匂いが鼻を掠めて流れ込む。
(あぁ、もう、ダメだ)
ダンッと額をテーブルに叩きつけた。
「きゃーな、何してんのよ彷徨!」
額の痛みより、身体中に流れて集まる熱の方が痛い。
「なぁ…」
「な、何?」
「いい加減、したいんだけど?」
言ってしまった。まだ、我慢出来るほどの様な大人じゃないのだから。
「え…何を」
耳元で、ネタばらし。
「セッ……や、あ、あのっ、あのっ……」
案の定耳まで真っ赤にして。
「こっち来て」
返事を待たずに引っ張って畳んであった布団にそのまま突き飛ばした。座り込んでいる未夢は睨み上げて来た。そんなの恐怖ですらない。
「な、何すんのよ!」
「何って…さっき言ったじゃん」
全て言い切らずに、その綺麗な髪を寄せて、目に入った首筋を噛んだ。
「いっ……や、やだ何して…」
伸ばした指先を、すーっと頬から首筋を流れるように撫で上げ、それにいちいちビクリとさせていて、それを見たと同時に口角が上がる。
「なぁ、まだダメなのか?」
「えっと……」
「おれは、もう待てない。だから逃げても追いかける」
もう、数年も待ち続けた。随分我慢したのだから、そろそろご褒美が欲しい。彼女は黙ったまま動かない。同意をとみなした。
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「ね、ねぇ…どうしたの…?」
あの後は雪崩込むように、本能のままソレに及んでいた。もう、隠しきれない自分をさらけ出して。冷静な判断はしていたかどうかすら記憶がない。ただ、欲しかったものが手に入った悦の方が強かった。甘い匂いが身体を纏わってクラクラする。名前を呼ぶ声も、艶やかな姿も、この熱を受け入れてくれた事も、たまらない。全て貫ききった後、思考が覚醒した。
それからはただ後悔した。こんなの同意でもなんでもない、ただ自己満足を満たすだけだったじゃないかと。もう、顔すら見れないじゃないか。
「はは……1回ぶん殴ってくれた方が目ぇ醒めるかもな」
「わ、わたしは…嬉しかった、よ?び、びっくりはしたけど……」
「ごめん、怖がらせて」
だったらするなよと自分に苛立ちすら覚える。最低にも程があるじゃないか。
「い、いや…わたしも、彷徨が、こんなに思い詰めてたなんて、知らなくて…ごめんなさい」
「未夢のせいじゃねぇよ…」
「彷徨ってば!もーそんな弱々しくしないでよ!」
細い腕で頭を抱え込まれた。
「は…?」
「わたしは!彷徨が大好きだから、いいの!だから、受け入れたかったの!そんな顔しないで」
「…」
「ね、大丈夫!大丈夫だから!」
落ち込んだ子どもを慰めるように、その手が頭をずっと撫でている。母親がいたらこんな感じなんだろう。
「泣いてる?」
「泣いてねえ」
「あ、復活!」
「うるせー!じゃ、もう次から容赦なくさせて貰うから覚悟しとけ」
「ひ、ひー…」
彼は本気だと言うことを覚悟した未夢だった。