博物館のひと【ホワイトデー番外編】「ほい…」
テレビを流し見している時に、ぞんざいに渡されるそれ。
でもその頬の赤みから、それが照れ隠しだと分かる。
ほんとに、分かりやすいオジサン。
「なんですか?」
あえて聞いてみせれば、視線がこちらに向かないまま、ひとつ咳払いをする。
「…あー、だから、そのぉ…お、お返し…」
「お返しですか?何の?」
ニヤニヤと笑いながら、つんつんとお返しとやらを突く。
「ああ!もう!ホワイトデーとかいうやつの…あれだよ!」
もうここまできたら、素直に言えば良いのに。
まあ、及第点かな。
オジサンにロマンチックな言い回しなんて、端から期待していない。
「じゃあ、まあ、貰っときますよ」
「うん…」
ぽりぽりと頬を掻く仕草。
ふにゃっと笑う顔。
何それ。
ほんっとに…もう!!
この場で押し倒してやりたい!
貰った物をほっとくのもアレなので、ラッピングを解く。
中からは、色とりどりで少し歪んだ丸い物が、瓶詰めにされて複数入っていた。
その可愛らしさと門倉さんのギャップに、思わず笑う。
「ずいぶんとファンシーな包装に……中身はキャンディですか。しかも手作り?」
「うん…時間なかったんだけど…その、いちおう」
相づちを打ちながら、胸がモヤモヤする。
お菓子作りを門倉さんが1人でするわけがない。
きっと、敬愛するあの方が背後にいる。
そういう事だ。
「…鶴見さんと作ったんですか?」
「……うん」
その申し訳なさそうな返答にイラつく。
でも慣れた。
だからって許容できるわけでもない。
仕方が無いとはいえ、鶴見さんと門倉さんが親友だなんて、とんでもない世界だと思う。
でも鶴見さんが幸せそうだから、何も言えない。
この鬱憤は、目の前のオジサンで晴らさせて貰おう。
「じゃあ門倉さん。食べさせてくださいよ」
「へ?…ど、どういうこと?」
ぽかんとしてる顔。
鈍い。ほんとそういう所…
瓶の蓋を開け、中からピンク色の飴を取りだすと、門倉さんの開けっぱなしの口に放り込む。
「ほら…」
ちょんちょん、と己の唇を突いてみせれば、流石に気付いたようで、顔が真っ赤に染まる。
「え!?いや…」
飴を口に入れたまま、モゴモゴとしている姿は中々そそるが、それが目的ではない。
キスは何回もしているが、門倉さんからして貰ったことが無い。
ベタな方法だが、こんな機会はそうそう無いだろう。
「ほらほら」
ぐいっと、手を引いて目の前に連れてくる。
ソファに座る僕の前に、オロオロしながら膝をつく門倉さん。
「飴、溶けちゃいますよ?」
ニコニコと笑って見せれば、観念したらしく、両頬を門倉さんのカサカサな手の平が覆った。
合わさる視線。
近づく唇。
だが一向に触れない。
…このオジサン、妙なところが乙女だよね。
流石に焦れて、ぺろりと舌で相手の唇を舐めれば、薄らとイチゴの味がする。
…少しけしかけてみたいと思った。
上目遣いで笑って見せれば、ムッとしたような表情になる。
舌を食まれた、途端に相手の腔内に引き込まれる。
ザラつく舌の表面が上顎を擽り、硬い飴の感触が舌の上に感じた。
首の後ろを手が撫で擦る。
舌の上の飴が攫われ、歯に当たって硬い音がした。
ほとんど溶けて、欠片のようになったそれを、相手の舌に押し付ける。
甘い。
今更だけど、イチゴミルク味だったんだな、なんてボンヤリ思う。
片手で瓶の中の飴を摘まむ。
「っん…はぁ…積極的ですね?」
「…お前のせいだろ」
ギラギラした目に、思わず笑う。
良かった。
僕に対して、そんな顔できるんですね。
まぁ、でも…
色なんて見ずに、自分の腔内に放り込んだ甘い塊。
奥歯で噛みしめて粉々にしてから、門倉さんをソファに引き倒す。
「ちょっ…と…!!」
先ほどの雄の顔は何処へやら。
すっかり何時もの狸に戻る。
「…お返しです」
薄く開いた唇を割れば、その舌を絡めて吸い付く。
ザラザラの飴の残骸を、その舌の上に乗せて、擦り込むように擦ってやれば、分かりやすく身体が震えた。
ほんとうにかわいい、このオジサン。
僕の与える快感に従順で素直で。
お互いの唾液が口の端から溢れる。
飲み込めばイチゴとレモンの、何も言えない甘さが喉を焼いた。
門倉さんの着ていたニットをシャツごと捲り上げ、その柔らかい腹に手を乗せる。
優しく揉んで、そのまま胸の方に向かったところで、やっと異変に気づいたらしい。
「…ん…ちょっと……馬鹿、やめろ…!!」
「ヤです、止まりません」
指先に感じる突起は、既に硬く起ち上がってある。
キスだけでこうなるように仕上げた身体。
堪らない。
押し潰して擦ってやれば、びくっと身体が震える。
「ウフ、かわいい。気持ちいいですか?」
「っ…ぁ…」
真っ赤に染まる首筋に唇を落とし、強く吸ってやれば直ぐにつく紅い痕。
「おいっ…んなとこに…つけんなっ」
「大丈夫ですよ。ギリギリ襟で隠れますって」
…たぶん。
別に見えたって構わないだろう。
只でさえ無自覚タラシオジサンだ。
これで変な虫が追い払えるなら、それはそれでいい。
「ま、まてって!」
「そのお願い、聞いてあげたら何かしてくれるんですか?」
そう言いながら、服を捲り上げようとしている手を、門倉さんの手が押さえつけた。
「その…今日は…約束があるから」
キレなかった僕を褒めて欲しい。
この状況で寸止めくらうのは、大体あの御方関係に違いなかった。
だから踏み止まれたのだ。
でもイラつくので、その肉付きの良い腹を引っぱたいた。
「いてっ!何すんだよぉ!」
涙目になる門倉さん。
そんなに強く叩いてないけど…
「オジサンって、脆いですね」
「それがオジサンなの!!」
その泣き顔見てると、ムラっとする。
もう一発、と手を上に上げた所で、門倉さんが口を開いた。
「今日!お前も行くだろ?!」
「は?」
何の事?
僕に今夜、門倉さんに会う以外に予定なんてあったか?
「ちょっとよく分かんないんですけど?」
「今夜は予定開けてくれってお願いしたよね?」
「ええ、ですから今日ヤらせてくれるのかなーって」
門倉さんは真っ赤になって首を左右に振った。
「違う違う!出かけるの!今夜!」
「はぁ?どこにですか?」
「鶴見んち…」
予想外の言葉に呆気に取られる。
え?
鶴見さんのお家?
「その…、何だかんだ俺、季節のイベントの度に鶴見と遊ん…いや、予定いれるだろ?」
「そうですね」
自分の声が1段オクターブ落ちるのが分かる。
少し怯える門倉さんだが、そのまま話を続けた。
「で、さすがに何か申し訳ないから、今回はお詫びも込めて、お前が喜びそうなのって、何かな~って思って…それで」
「まさか、鶴見さんに相談したんじゃないですよね?」
「してないしてない!たまたま、食事に誘われたから…」
たまたま、ではないだろう。
あの鶴見さんが、適当に計画立てるはずがない。
「折角だし、今年の実習生も呼ばないかって事になったんだ。鶴見から他の学生には声かけてて」
「僕は?呼ばれてませんけど」
目を泳がせながら、門倉さんが呟く。
「宇佐美は…お…俺が、連れてくから、連絡しなくていいって……」
門倉さんはモジモジしながら、ぽつりと言う。
「い、いきなり言ったら喜ぶかなって…」
オジサンのくせにサプライズ?!
「やっぱ、らしくないよな。俺がこんな事したって嬉しくないだろ?」
「そんなの…」
ガッと、門倉さんの肩を摑んで、体を起こさせた。
「嬉しいに決まってるじゃないですか!!」
そうと決まれば、うかうかしていられない!
「時間はいつですか!」
「え…6時だけど…」
古い壁掛けの時計を見る。
「もう2時間切ってるじゃないですか!!」
「いや、充分間に合うだろ」
「僕もアナタもこんな格好で行けません!!ほら!着替えてください!!」
「ええ~…」
さっさと風呂のスイッチを押し、タンスを開けて服を取りだす。
この家に服、何着も置いといて良かった~。
「はい、門倉さんはお風呂入ってくださいね!着替えは用意しときますから!」
「ええ~…」
ウキウキする僕の様子に、門倉さんは複雑そうな顔で呟いた。
「…嬉しそうで何よりだよ」
「はい!最高です!!」
はぁ、とため息をつき、風呂場へむかう背中をギュッと抱き締めた。
「帰ったら、僕からのお返しをあげますからね!」
どうやらピンときたらしく、再び大きくため息をつく門倉さん。
「ほどほどにしてくれよ…」
喉の奥に残る飴の甘さにほくそ笑む。
最高のお返しをくれたんだから、今日は思いっきり愛してあげます!
期待しててくださいね、門倉さん!