こいのぼりと柏餅の思い出銀時が子どもになっていた。おそらく4〜5歳程だろうか。
俺が万事屋を訪れたら社長椅子に子どもが座っていたんだ。机には怪しい菓子袋があり、送り主の名前を見た瞬間深いため息を吐いた。そして携帯で菓子の送り主であるあの馬鹿に電話をかける。数日で元に戻る事を聞いたものの、どうしたものか……と考えていると、腹の鳴る音が聞こえてきた。俺のものではない。
「……」
一瞬小さな赤い瞳と目が合ったがすぐ逸らされた。俺の知る銀時はこっちが喋らなくても勝手によく喋るヤツだったが、この頃の銀時は口数が少なかったのだろう。それに敵かもしれない見知らぬ男がいるとなると警戒心しかないと思われる。
「腹が減ったのか」
そう尋ねながら馬鹿が送った菓子を遠ざける。流石に赤子の面倒を見るのは御免だからな。
「ここは俺の家じゃねェんだが、何か食える物を探してみよう」
そして目を離したら逃げ出しそうだと察したので銀時に近づき、片手で抱き上げた。案の定抵抗されたが、この程度なら抑え込めるのでそのまま台所へ行ってすぐに食えそうな物を探す。炊飯器は空だったが、冷蔵庫にプリンがあった。とりあえずこれでいいだろう。プリンとスプーンを取ってさっきの部屋に戻る。銀時が抵抗しているので床に胡座をかいて上に銀時を座らせ、その状態でプリンの蓋を開けた。抵抗していた銀時もプリンの匂いを嗅いだ瞬間、そちらに興味津々になったようだ。
「これはプリンだ」
「ぷりん」
初めて声を聞いた。俺の知ってる銀時が子どもの頃の声だ。
「このスプーンで掬って食べる。ちなみに今開けたばかりだから毒なんか入ってねェぞ」
それを聞いた銀時は俺が掬ったプリンを一口食べると、ふわふわの髪から花が散るような表情を見せてくれた。
「うまい」
「そうだろう、お前が買ったプリンだからな」
よくわからなそうな表情をしていたが、自分で食いなと言ってスプーンを渡した。
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プリンを食い終えた銀時に現状を説明する事にした。
「信じられないかもしれないが、お前は大人だったがわけあって子どもになっちまった」
「おまえがそうした?」
「違ェ……そういや名乗ってなかったな、俺は高杉晋助だ」
「しんすけ」
銀時からはあまり呼ばれない下の名を言われて少しむず痒い気持ちになった。
「お前、自分の名前は知ってるのか?」
「ぎんとき」
「銀時、俺は大人のお前と……仲良くしているんだ」
俺達の事を表すのは恋仲だろうか。だが男女でないのに恋仲と伝えても通じないと思い、咄嗟に出たのがこれだった。
「だから俺はお前の敵ではない」
一番伝えたかったのはこれだ。信じて欲しいので目を見て伝えた。銀時はまばたきを一つした後口を開いた。
「……しんすけはぷりんをくれたから信じる」
そう言ってもらえてほっとした。
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時間が経てば戻るとは言え、このまま待っているのもな……と思い、外へ出た。
手を繋いで街を歩く。今日は晴天で程よく風もある。散歩するにはちょうど良い気候だ。
俺は良くも悪くも一応顔が知れてる事もあってか、色んな人間に声をかけられる。真選組に遭遇した時はこんな事があった。
「高杉テメェ、その子どもをどこに連れてくつもりだ」
俺を睨んでくる土方にこれは銀時だと伝えようと思ったところで手を繋いでいた銀時が俺の前に出た。
「しんすけはぷりんをくれたからわるものじゃない! あっちへいけわるもの!」
プリン一つでこんなに慕ってくれるたァ、嬉しいこった。こんな状況、笑わずにはいられなくて堪えるのが大変だった。
「あららー、嫌われちまいましたね土方さん。しかしプリンで釣られるたァ、この子どもは万事屋の旦那の隠し子ですかィ?」
土方の後ろにいた沖田がそう尋ねて来た。
「隠し子じゃねェ。こいつは銀時だ。諸事情で子どもになっちまってな。時間が経てば戻るから、そん時また喧嘩でも何でもしてくれや。ほら銀時、行くぞ」
そう言って銀時の手を引き、その場を後にした。
しばらく歩いていると、こいのぼりが空を泳いでいるのが見えてきた。
「さかなが空をとんでる」
「あれはこいのぼりだ。この時期になると男児が健やかに成長するよう願いを込めてああやって飾る」
説明してわかったのか、しばらくこいのぼりを見つめたまま歩く銀時。そういやこいつはガキの頃、こいのぼりよりアレの方が好きだったな……などと昔を思い出していると、都合良く見えてきたのは甘味処ののぼりだった。
「銀時、あそこで休憩しよう。甘い物あるぞ」
「あまいもの、食えるのか?」
「あァ」
「いく」
銀時を連れて店員に声をかける。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「あァ。外の長椅子でも良いか?」
「はい。お品書きとお茶を持って行きますのでかけてお待ち下さい」
二人で並んで腰掛ける。腰から刀を抜いて側に置くとそれをじっと見る銀時。
「なんだ、興味があるのか」
「しんすけは侍なのか?」
「さて、どうだろうな。まァ、これがないと落ち着かねェってところだ」
「しんすけは強そうだ」
「大人の銀時も強いさ。お前はこれから強くなる。あのこいのぼりのように立派な男になるぞ」
そう言ってふわふわの銀髪を撫でると、お茶と品書きを持った店員が来た。
「今は端午の節句が近いので柏餅がおすすめです。種類もお品書きに書いてあるのでご覧下さいませ」
そう、ガキの頃の銀時がこいのぼりよりも興味があったのは柏餅だ。品書きを見る限り、この店には普通の、よもぎ、味噌餡の3種類があるようだ。都合良く3種類のセットがあるようなのでそれを注文した。
元気に空を泳ぐこいのぼりを眺めて待っていると間も無く柏餅が運ばれてきた。
「銀時、柏餅だ」
「かしわ」
「この葉が柏だ。こいのぼりと同じ縁起物だな。この葉は食えないから、外してこうやって食う」
外してみせた柏餅を銀時に渡した。小さな両手で受け取って食べる姿は微笑ましいものだ。
「しんすけ、これうまい」
「気に入ったなら他のも食いな。味が少し違うぞ」
そう言うと銀時は今度はよもぎの柏餅を取って食べ始めた。よもぎを少し食べた頃、銀時が俺を見つめる。
「どうした?」
「食べないのか?」
「お前の方が腹減ってるだろ」
だが銀時は俺に柏餅を差し出した。
「しんすけも、えんぎもの」
そう言われ、差し出された柏餅をひと口食べる。
「美味いな、銀時」
「うん」
そよそよと風が吹く中で柏餅を食う。穏やかで良いひとときだった。
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土産に団子を買って甘味処を出た。
夕暮れのかぶき町を幼くなった銀時を背負って歩く。手を繋いで歩いている内に眠そうにしている事に気付いたからだ。腹も満足し、色々あって疲れたのだろう。やがて小さな寝息が聞こえてきた。
先生も、俺達に会う前はこんな銀時をたくさん見てきたのだろうか……
そんな事を思いながら歩き、万事屋に帰った。眠っている銀時を布団に寝かせる。銀時が心配な事もあり、その日俺は万事屋に泊まった。
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味噌汁の良い匂いがしてきて目が覚める。小さな銀時が眠っていた布団は空だった。その内下手な鼻歌が聞こえてきて口角が上がる。鼻歌の主の元へ行くと、桃色のふざけたエプロンをして料理するいつもの銀時がいた。
「よー、おはようさん。昨日は世話になったようだな」
「おはよう。昨日の事は覚えてンのか?」
「覚えてねーけど、なんとなく察した。今度一緒にあの馬鹿をこらしめに行こうぜ」
物騒な事を言いながら味噌汁の味見をする姿は面白い光景だ。
「船なら貸すぜ。だがあんな怪しいモン食うお前もお前だろうが」
「あん時は糖分が足りてなかったんだよ」
「そんなんだからあの馬鹿に遊ばれるんだろうが」
そのまま顔を洗いに行き、居間で銀時の飯を待っていると、炊きたてのご飯に味噌汁、卵焼きと漬物が出てくる。相変わらず美味い食事だった。
この朝食を毎日食いたいものだ。ならばそろそろ銀時と2人で暮らせる家を本気で探そうか。今回の事だって俺がいればあんな菓子食わせなかった。まァ、少しの間小さな銀時と過ごせた事は悪くはなかったが……とにかく、家が用意できたら共に暮らしたいと伝えよう。
「何ニヤついてんの? 面白いテロでも思いついちゃった?」
「テロじゃねェが、面白そうな事は見つけたぜ」
「へー、俺にも紹介できそうなヤツ?」
「いずれな」
「んじゃ、ちょっとだけ楽しみにしといてやるよ」
その時のお前の反応が楽しみだと思いながら、俺は煙管を咥えた。
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こどもの日に書き始めた高杉とこぎんちゃんのお話でした。
自分の見たい場面が書けたので満足です。
プリンで釣られるのはチョロすぎたかな?でも早めに釣られてくれないとお話が進まないのであのような形に…。。
しかし最後がまとまらず、UPが遅れてしまいました。