喫茶店と居酒屋1 出逢い
俺は高杉晋助、二十七歳。
大学を出て普通に就職をし、仕事が評価されたようで最近本社に転勤してきた。土地勘もまだ把握できておらず、お気に入りの店もない。
そんなある日の事だった。
外回りを済ませたものの。会社に戻るにはまだ少し時間が早い。少し休憩してからにするかと思い、手軽な喫茶店を探していると、たまたま目に入った『TIME』と言う名前の看板。
ドアには営業中の札がぶら下がっていて、こぢんまりとした喫茶店のようだ。老舗というよりはそこそこ最近開店したような外観も相まって、扉に手をかけた。
からんからんと来店の合図が鳴り、カウンターの奥にいた店員がこちらを向いた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「あぁ」
「ではお好きな席へどうぞ」
そう言われ、少し休憩するだけだった事もあり、カウンター席の端に座った。
「お冷どうぞ」
「ホットコーヒーを頼む」
そう言うと、店員は差し出そうとしていたメニューを引っ込めながらかしこまりました、と返事をする。
コーヒーが出てくるまで暇だったので、店員がコーヒーを作る姿を眺める事にした。
店員の容姿は俺より少し背は高そうで、ふわふわした銀色の髪をしている。多分天然パーマっぽいが、それを言ったら気にしそうだと思った。服装は白いシャツの上に黒のエプロンをした普通の喫茶店の店員の姿だ。
コーヒーを手で淹れているのをぼんやり眺めていると良い香りが漂ってくる。
店の雰囲気も悪くないし、会社からも程近い。コーヒーが美味かったらお気に入りの店にするか、などと考えている内にコーヒーが運ばれる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
早速コーヒーをすすった。
口の中にコーヒー独特の苦みと共に良い香りが広がる。
「……美味いな」
「ありがとうございます」
にこりと笑う店員。
その表情を見て少し、こいつの事が知りたいと思えてきた。
「ここはあんたの店か?」
「ええ」
「一人でやってんのか?」
「はい。あまり大きい店じゃないんで一人で回せています。お客さんはこの辺の会社にお勤めですか?」
この店で営業する気はないが、自己紹介するには手っ取り早いと思って名刺を差し出した。
「……この会社、有名じゃないですか。お客さん凄い人なんですね」
「俺は最近こっちに転勤してきたばかりでな、この辺の店とかあまり知らねェんだ」
「そうなんですね。じゃあ、また来てくれたら気に入ってくれたのかなって思っておきますね」
また明日来ようと思ってたところだぜ、とは言わないでおいた。今日は初めての来店だ。お喋りはこの程度にしておこう。
コーヒーを飲み終えて少しした後、席を立つ。
「ご馳走さん」
「ありがとうございました。あ、これどうぞ」
そう言って渡されたのは苺味の飴。
俺ァ、コーヒーしか飲まなかったんだがな。
「あんた、苺が好きなのか?」
「あはは、まぁね。違う味が良かったですか?」
照れながらそう言う表情を見てその飴を受け取り、鞄にしまう。
「いや、これでいい。ありがとよ」
「また来て下さいね」
そんな声を背に受けながら店を後にした。
**********
2 常連
その翌日。
今日は昼休みに来店してみた。
昼休みと言っても他人とはずらして取るから時刻は
十三時半を過ぎている。これくらいなら昼のピーク時も越えてるだろう。そう思い、店の扉を開ける。
案の定、店内は空いていた。
「いらっしゃいませー あ、」
目が合うと一瞬目を見開かれたが、すぐに嬉しそうな表情になり、それにつられて口角が上がった。
「空いてる席でいいか?」
「はい、お好きな席へどうぞ」
そう言われ、昨日と同じ席に座るとすぐにお冷が置かれる。
「今日は昼休み中ですか?」
「あぁ、ランチメニューはあるか?」
「はい、こちらになります」
受け取ったメニューを眺める。
「決まった頃にまた伺いますね」
「あぁ」
店員が去った後、上から下までメニューを見る。
オムライスにナポリタン、ハンバーグ定食まであるのか。結構色々やってんだな。ここは最初に目についたヤツを選ぶのが良さそうだ。何事も直感は大事だから。
メニューから顔を上げて店員を見ると、目が合い、こちらに寄ってきた。
「お決まりですか?」
「ナポリタン定食で」
「お飲み物は?」
「ホットコーヒーを食後に」
「はい、かしこまりました」
そう言ってメニューを下げて厨房に入る店員をまた眺める。
まずは手際よくサラダを盛り付け、すぐにドレッシングと共に持ってきた。それを食いながらまた店員を眺める。てか、このドレッシングうめェな。自家製か後で聞いてみる事にしよう。
フライパンに玉ねぎとピーマンとウインナーを入れて炒め、火が通ったらあらかじめ茹でてあるパスタを入れてあえる。パスタが馴染んだらトマトソースを入れて炒める。
そうして手際良く調理されたナポリタンはあっと言う間に俺の目の前に提供された。
「お待たせしましたー」
「手際良いな」
「そうしなきゃ一人で昼間回せないんで。ではごゆっくりー」
店員が去った後フォークを取った。
出来立てのナポリタンは熱い事を主張するかの如く湯気が立っている。フォークでクルクルと巻きつけたパスタを口に入れた。
「……!」
あんな数分で作ったとは思えないような味が口に広がった。これなら毎日食ってもいいくらいだと思える。
夢中になって食べ、あっと言う間に空になった皿を店員が片づけに来た。
「コーヒー、すぐに出しますね」
「今まで食ったナポリタンの中で一番うめェ……」
無意識でそれを告げた後、俺は我に帰る。
「あ、変な事言ってすまねぇ」
「いえいえ! 変な事なんかじゃないですよ、とても嬉しいです」
そう言って嬉しそうに笑う店員を見た俺はまた我を忘れかけた。
+++
食後のコーヒーが置かれ、心が落ち着いてきた。
食後の一服も美味いが、この料理を食べた後に一服するのは勿体ないと思える。もう少しゆっくりしたい気持ちではあるものの、昼休みには限りがある。
財布と伝票を持って渋々立ち上がった。
「ランチなので五百円です」
「あの内容でそんな安くていいのか?」
そう言いながら俺は五百円玉を手渡す。
「従業員雇ったら厳しいだろうけど、今のところは一人でできてるから大丈夫ですよ。それに、ワンコインの方が互いに楽ですから」
店員は昨日と同じ飴玉とと共に小さな紙を渡してきた。小さな紙は店と目の前の人物の名前が書かれた名刺だった。
「高杉さん、今日も来てくれたからお気に入りの店になれたのかなーと思って」
お気に入りどころか大分胃袋つかまれた感はあるがな……と言うのは言わないでおいて、名刺をじっくり見る。
「坂田銀時……銀時か」
髪の色も相まって良い名前だと思った。
「うん。年近そうだし、タメ語で良いよ」
「じゃあその言葉はそのまま返しとくぜ。あと高杉でいい」
「高杉……午後も仕事頑張れよな」
「ありがとよ」
そう言いながら店を出る。
名刺は定期入れにしまった。
店に行って二回目で名前が知れた上にタメ語まで許されるとはなァ……
こんなくすぐったい気持ちになったのは久しぶりだ。
そういやドレッシングの事聞き忘れたな……
ま、明日も行く予定だし、近い内に聞ければいいか。
**********
3 居酒屋発見
銀時の喫茶店を見つけてから少しの日数が流れた。
タメ語で友達のように話し合える仲にはなれた。
だが欲は深くなり、その先に進みたいと思えてきたある金曜の夜の事だった。
仕方なく、本当に仕方なく残業をし、夕飯をどうするか考えている時にその店は現れる。
よろずや
場所的に喫茶店の真裏。
これも何かの縁だと思い、営業中と書かれた店の扉を開く。カウンター席に相席がいくつかあるこぢんまりした店内だ。
「いらっしゃいませー……あ、」
声をかけられた方へ顔を向けると、そこには昼間見る見知った顔があった。
「……銀時?」
「とりあえず、お好きな席へどうぞ」
そう言われて銀時と話しやすそうなカウンター席へ座ると、銀時はコホン、と咳をしてから温かいタオルを差し出してきた。
「ついにバレちまったか……」
「バレるたァ、一体どういう事だ?」
「とりあえずビールでいい?」
「あぁ」
「ちょっと待ってて」
そう言って離れた銀時はビールとお通しを持って戻ってきた。
「お待たせしましたー」
「……それで?」
さっきの、早く答えろと目で訴える。
「あはは、実はここも俺の店なの」
「テメェ、何でさっさと教えなかった?」
そう言いながらビールを勢い良く飲む。
「高杉、最近ここに来たって言ったから、いつバレるかなって」
「俺で遊ぶんじゃねェ」
「ごめんって。お通しタダにするから許して」
そんな事で怒るわけでもないというか、むしろ俺が銀時にとって遊んでくれるような存在で嬉しい。
タダになったお通しを食う。
普通の金平ごぼうだが、銀時の味付けとごぼうが相まって美味い。これは日本酒が欲しくなる。そう思い、ビールを飲み干した。
壁に貼られた手書きメニューを見て次の注文を決める。
「刺身盛り合わせとたたき胡瓜と日本酒」
「日本酒はどれがいい? 多分高杉は辛口が好きそうだから銘柄はこれなんかどう?」
そう言って見知った銘柄の瓶を掲げる銀時。
「わかってるじゃねぇか。ついでに俺は温燗が好きだ」
「了解。少し待ってな」
鼻歌混じりに調理を始める。
昼間とは違い、和服姿の銀時は新鮮だ。似合っている。
温燗を温めている間にたたき胡瓜が出てきた。これも店によって味が違うが、銀時のは口に合って美味い。
胡瓜を食いながら銀時を見ている内に温燗と刺身が一緒に提供される。
「お待たせしましたっと」
「あァ。で、結局どっちが本業なんだテメェは」
「ん? うーん、どっちも本業だよ。昼間のあっちも俺の店だし」
「余程接客が好きなんだな」
「接客もだし、料理するのも好きだから」
話をしながら温燗を飲み、刺身に箸をつける。
温燗の温度はちょうどいいし、刺身も美味い。
「でも両方切り盛りするのは大変だろ」
「そうでもねぇさ。高杉気付いてるかわかんないけど、ここは喫茶店の真裏だ。つまり、厨房は喫茶店と繋がってんだよ」
なるほど、それなら家賃は一つで済むって事か。
「そいつは楽だな」
「洋食も好きだし、和食も好きだから両方できたらいいなって」
「厨房が繋がってんならあっちのメニューも出せるのか?」
「出せるよ。あとはメニューになくても作れるもんなら作る。できるなら何でもやるのが店の名前の由来だから」
そいつは確かに『よろずや』だな。
「じゃあメニューになさそうなの頼んでいいか?」
「お、何?」
「俺は腹が減っててなァ、ツナマヨのおにぎりが食いてェ」
「ん、わかった。ちょっと待ってな」
テキパキと調理する銀時の姿を見ながら刺身を食う。そうこうしている内に温燗も無くなってきた。次の酒も決めとくか。
「はいツナマヨ」
「ん。追加でレモンサワー頼む」
「はーい」
ツナマヨおにぎりを食べているとレモンサワーが置かれる。
「お、生搾りだ」
「レモンサワーつったら生搾りだろ」
「たまーにそうじゃねぇ店もあるからよォ。ツナマヨ美味いぜ」
「口に合ったなら良かったよ。高杉、ツナマヨ好きならテリヤキバーガーとかも好きそう」
「あぁ、好きだぜ」
「やっぱり。今度用意しといてやる」
「んなもんも作れんのか」
「言っただろ、何でもやるって」
そんな会話をしながら腹も満たされ、程良く酔いも回ってきた。時計を見ると二十二時を回っている。
「銀時ィ、そろそろ帰るぜ」
「ん」
そう言ってトレーで差し出された伝票を見る。相変わらず金額が安いこった。
書かれた金額をトレーに入れるとレジに向かい、打ち終えてお釣りを持ってくる銀時。
「はい、お釣り」
釣りなんかいらないくらい楽しいひと時だった。
「今日もいい店を見つけたぜ」
「お気に入りになってくれたら嬉しいんですけどねー」
喫茶店でも聞いたような台詞が聞こえてきて口角が上がる。
「ここは金土日限定か?」
「俺が体調悪い時以外は毎日やってる。不定休ってヤツ」
「わかった。また来る」
「お待ちしてまーす」
少しふざけた声で見送られ、また心が満たされた。
**********
4 喫茶店の看板注文
今日も昼休みを銀時の店で過ごす。
銀時の飯を食って、銀時の働く姿を見る癒しの時間って、
……俺ァ、いつからこんな馬鹿になっちまったんだろうな。
女ができたってここまで馬鹿になった事なんざなかった。全部あいつのせいだ。
「高杉」
「……」
「なあ、高杉ってば」
気付いたら目の前で呼ばれていて目を見開いた。
「っ、銀時……」
「すげーぼーっとしてたけど、午後は重い会議でも控えてんのか?」
お前のせいだ、とは言えず黙る俺。
「ま、木曜だし、疲れもたまってるよな。あんまためんなよ」
「あァ」
その返事に苦笑する銀時。しかしすぐに普通の表情に戻る。
「あのさ、お前んとこデザイン会社だよな?」
「あァ」
「看板のデザインとか頼めんの?」
ん? こりゃァなんだ、仕事の話か?
「できるぜ。どの看板だ?」
「外のヤツ。昨日倒しちまって……」
「見せてもらってもいいか?」
「うん」
銀時に連れられて見た看板は外に置くタイプのもので、確かに端が割れている。
「このタイプだったらデザインから完成品を納品するところまでできるぜ」
「マジか! ちょっとお願いしたいなあ〜なんて……」
銀時から仕事の依頼なんて、思ってもいないサプライズだ。今なら他の仕事も落ち着いてるし、優先度を上げられる。
「銀時、また後で来てもいいか?」
「うん。二時以降なら余裕ある」
「わかった。今度は休憩じゃなくて仕事しに来るから待ってな」
「おう」
その後、生き生きとした足取りで職場に戻り、パンフレット数冊をもぎ取り、急いで資料を作ってから再び銀時の喫茶店に行った。
「よう」
「あ、高杉! 待ってたぜ。いつもの席でいい?」
「ああ、そこでいい」
いつものカウンター席に座ってPCを開くと、銀時がコーヒーを二つ持って来て隣に座った。
「で、あの看板と同じのがいいか、別のに変えるかとか、何か思ってる事があれば言ってほしい」
「んー、あの看板に不満はないけど、折角だから少し変えようかな」
そう言われて持ってきたパンフレットを開いてペンを取る。
「デザインの希望は後で聞くから、まずは看板の形を決める。予算は?」
「そりゃあ、なるべく安く済ませたいよね」
「じゃあこの辺とか、これも比較的安い部類だ」
説明しながら付箋と丸を付けていく。
ある程度提案したら銀時の好きにさせようと、少し黙って様子を伺う。
「あ、これいいな」
そう言って指差す看板を見る。
「確かに、これならこの店に合ってんな」
「俺、直感を大事にするタイプだからこれに決める」
銀時は直感を大事にするタイプ、と。
これは心のメモに記しておこう。
「形が決まればデザインだな。どんな感じがいい?」
「今のがシンプルに文字だけだもんな。もうちょい何か欲しい」
「例えば? モチーフとか、枠とか、お前が欲しい物を何でも教えてくれ」
このデザインは全部俺がやると決めている。発注なんぞ誰にもしない。だからお前の口からどんなものがいいか聞きたい。
「そんな自由にできんの? あの看板作った業者は提案したら渋られたんだよ。だから面倒臭くて文字だけにした」
「その業者は三流以下だな。もうやめとけ」
そうあしらってやると、銀時は苦笑しながら話し始めた。
「店の名前の由来、ここに来たら良いひとときを過ごして欲しいって気持ちを込めてる」
「へぇ、そいつは合ってると思うぜ。俺ァここの雰囲気も料理も、店主の人柄も含めてここに来てる」
「そりゃ嬉しいよ。いつもありがとな」
そう言ってふわりと笑う銀時に一瞬心が持ってかれる。だが今は仕事中だからと言って心の中で頭を振って我に帰った。
「これはオマケだけど、自分の名前もかけてるんだぜ」
「なるほどねェ。でもそれはお前の名前を知ってるヤツにしかわかんねぇよなァ?」
「わかる人にだけわかりゃいいし、わかんなくてもいい」
一旦会話が切れたところでこの店に合いそうなものを考える。
「……流水」
「え?」
「この店にいる時はゆっくり流れる水のようなひとときが過ごせる」
「へーぇ、いいんじゃねぇのそれ」
「銀時が良ければこのイメージでいくつかデザインを作ってくる」
「なんかトントン拍子で進んでてこっちとしては嬉しいけど、高杉はこんな仕事が急に割り込んできて平気なの?」
今はこの仕事を最優先にしてるからな、などと言えるわけもなく、
「今はちょうど手持ちが落ち着いてるんだ」
「そっか。じゃあデザイン楽しみにしてる」
笑顔でそう言われ、弾む心をぐっと落ち着かせる。
そして話がトントン拍子で進んだものだから、来店してからそんなに時間が経っていない。
会社にも営業で外出って報告済みだし、折角だからもう少しゆっくりしていくか。
「銀時、ケーキが食いてェ」
「えっ、珍しい」
「普段この時間に来ねぇからな。それに、甘味は人並みに好きだ」
そう言うと、銀時がしまわれていたメニューを取り出して広げた。
「今日のケーキはこの三種類だ」
写真付きのメニューには美味しそうなケーキが写っていて、銀時の指が三つのケーキに触れる。
「ショートケーキだな」
「定番だし?」
「それに、俺も直感を大事にするタイプだ」
そう言って笑うと、銀時の頬が少し朱に染まる。
ん?
……これはもしかして脈アリ、かもしれねぇのか?
「……飲み物は? ケーキなら紅茶がオススメだけど」
「じゃあ紅茶にする。ストレートでいい」
「了解」
メニューを元の場所に戻した銀時は何事もなかったかのようにカウンターの奥に行って紅茶とケーキを提供する準備を始める。
俺は自分に提供されるまでその姿を眺めていた。
「お待たせしました」
写真と同じケーキと紅茶が目の前に置かれる。紅茶の茶葉がいい匂いだ。一口啜ると口の中にその匂いが広がる。
「紅茶も美味いな」
「良い茶葉使ってるから」
そしてケーキを一口に食べる。
甘すぎないクリームとまた良い匂いのスポンジ、そして甘めの苺が絶妙にマッチしている。
「このケーキは……」
「え、何か変な味する?」
焦りだす銀時。
「ケーキ屋のよりうめェ」
笑ってそう言う俺。
それを聞いた銀時はほっとした後また頬を赤くしている。
「そ、そりゃあ、俺ケーキ好きだし、好きなもんはこだわって作りたいし、美味いに決まってるだろ」
本当に可愛いヤツだ。
コロコロと変わる表情をもっと見ていたい。できるならばもっと近くで。
「特にこの苺が甘くて美味い。良い所から仕入れてるんだな」
「うん、知り合いの農家から。俺もそこの苺が好きでさ。好きだ好きだって言い続けてたら定期的にくれるようになった」
つまりタダで貰ってるって事か。
スポンジの間にもたくさん苺を入れて提供してるのも納得できる。
皿の上のケーキはあっという間に無くなった。むしろもう一つくらい食いてえくらいだ。
「ごちそうさん」
そう言いながらカウンター越しに皿を渡す。
「ん。高杉はショートケーキが好きなの?」
「甘すぎるの以外なら何でも食える」
「じゃあチョコレートケーキは駄目っぽいよな」
銀時が作ったケーキなら何でも食いたい。
さっきのショートケーキを食べてそう思った。
「今度食ってみる」
「え、無理しなくていいし」
「無理なんかじゃねェ。俺が食ってみたい」
真っ直ぐな目でそう言ってやる。
「じゃあ、用意しとくよ」
「あぁ、頼む。で、もう少し仕事していくから紅茶のおかわりも頼む」
そう言ってティーカップをソーサーごと渡すと、かしこまりましたと返事をされた。
**********
5 看板完成と名刺作成
あれから数日と経たない内に銀時にデザインを見せ、あっと言う間に実物が納品された。
俺のデザインした看板。
それが今日から銀時の店に置かれる。まるで常に俺が監視しているようで少しの優越感を得る。
昼過ぎの空いた時間に看板を持って来店した。
「あっ、高杉! 待ってたぜ〜」
看板が納品される事を知っていた銀時は嬉しそうに近づいてくる。
そして看板をじっくり眺める。
「うんうん、いい感じじゃん」
「いい感じじゃなくて、いいだろ?」
「ははっ、自信満々だな。確かにこのデザイン好きだ。名刺もこれでいきたいな」
銀時の口から思わぬ仕事の依頼が。
「できるぜ」
すかさずそう返事をした。
「えっ」
「名刺はリピート率が高くてなかなか良い商品なんだ」
「それじゃあお願いしようかな」
「看板の納品の件も含めて店で話していいか?」
そう言いながら二人で店内に入る。
いつものカウンター席に座った。納品の件でパソコンを開いて話す事を知ってか、銀時は控えめに水を置いた。それを一口飲んだ後、話を始める。
「看板はあれで問題ないか?」
「うん。最初から最後までありがとう」
「これが請求書だ」
渡した封筒を開けて内容を確認する銀時。
目が見開かれる。
「え、これ……こんな安くていいの?」
本当はタダであげたいくらいだが、会社の事を考えると流石にそれはできない。
だが可能な限り安くした。
「平気だ。贔屓の店の看板だからな」
「今支払っていい?」
「手持ちあるなら受け取るぜ」
「うん。今日来るの知ってたから現金持ってきてる」
そう言って銀時は一旦奥に引っ込んでいき、袋を持って戻ってきた。
そして請求書に書かれた金額を差し出す。俺は金額を確認した後、丁寧に鞄にしまった。
「確かにいただいた。壊れて修理出す時も俺に言ってくれ」
「わかった。大事に使うよ」
それを聞いて少し笑んだ後、表情を戻す。
「看板の話は終わりだ。名刺の話に移るぞ」
「おう」
「ベース作るから少し待ってな」
そう言いながらパソコンを開き、名刺のベースを作る。
画面を覗きこんでくる銀時。
「ん、こんなもんか」
「すげー、早えぇ」
「で、名刺に入れる文字はどうする?」
「あーっと、今使ってるのと同じでいいや」
そう言って銀時は名刺を出してくる。
以前も貰った記憶のある何の変哲もない名刺。
そこに書かれている文字を打ち込んだ。
「これでいいか?」
「うん」
「じゃあこれで作る。何枚だ? 百枚からやってるけど、百枚じゃ金額が高いぜ。五百枚からを薦めるが」
「じゃあ五百枚でいいよ。何だかんだですぐなくなるから」
「了解」
やり取りをしながら名刺のデータを保存する。
帰社したら発注だな。
「さて、営業話は終わりだ」
そう言いながらパソコンを閉じて鞄にしまった。
するとすかさずメニューが差し出される。
「じゃあ今度は俺の営業の番な。本日のケーキはショートケーキとチョコレートケーキ、あとはさつまいものタルトだ」
笑いながらそう言う銀時と目が合った。
弾む心を抑えて平然を装う。
「へぇ、さつまいもか。じゃあそれといつもの紅茶で頼む」
「はーい。ちょっと待ってて」
程なくしてさつまいものタルトと紅茶が出てきた。
さつまいもの甘い匂いと紅茶の良い茶葉の匂いが心を癒してくれる。
紅茶を一口飲んだ後、タルトを食べる。
「ん、美味い」
「甘すぎなくていいだろ?」
「そうだな。けど、甘党のお前にしちゃ珍しい」
「そりゃ、俺の為に作るんだったらもうちょい甘くするけど、これはお客さまの為だから」
わかっててそう言ったんだ。予想通りの反応をしてくれて嬉しい。
「しかしさつまいもか。秋だな」
「こないだまで暑かったのにね。あ、秋といえば」
「何だ?」
首を傾げる俺に対してにやーと笑いながら俺を見る銀時。
「俺の誕生日」
誕生日、だと。
「……いつだ?」
「あれ、何だ誕生日かよって流されるかと思った」
拍子抜けする銀時に対し、心の中で『んなわけねえだろ!』と言う。
ったく、俺の気持ちも知らないでよく言いやがる。
「十月十日」
銀時は少し照れたようにそう言った。
可愛い、愛おしい。
最初に出る感情がそれだ。好きだと言う頃合いを伺っていたが、そろそろ良いだろう。
「へぇ、俺の二ヶ月後か」
「え、高杉はもう終わっちゃったのか」
銀時はそれを知ってしょんぼりしている。
「何で落ち込んでるんだ」
「高杉は常連さんだし、色々良くしてくれるし、祝ってやりたかったから」
俺の誕生日を祝ってやりたい気があるなんて、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。
「別に、必ずしもその日に祝わなくたっていいだろ」
「そうかな?」
「俺はな。お前もそう思うなら、十月十日の夜は俺に付き合え」
「え?」
「お前はこれからなんだろ? だったら俺が祝ってやる。それで俺の誕生日の事はチャラだ」
そう言いながらさつまいものタルトの最後の一口を食べる。
「わかった、空けとく」
嬉しそうにそう言い、空いた皿を片付ける銀時。
そんな後ろ姿を眺めつつ、俺はどうやって告白をするか考え始める。
十月十日まで、あと二週間。
**********
6 誕生日と告白
十月十日、夕方過ぎ。
銀時との約束の時間が近づいてきた。飲み屋は休みにしてくれるらしい。
つまり、俺の為に時間をくれた。この時間を有効に使わなければならない。
俺は今日、銀時に告白をする。
その為の準備もしてきた。
これまでの言動で脈はあるとは思ってるが、絶対に受け入れてくれるだろうとは思ってない。
男と男だ。
俺は好きになった奴の性別がたまたまそうだっただけだと思ってる。けど、世間的に見たらイレギュラーだ。受け入れてもらえなくても今まで通りの付き合いはしていきたいと思ってる。
とは思ったものの、告白するってのは緊張するもんだ。今までした事ないってのもあるか。
そんな事を考えていると、ふわふわした銀髪が近づいてきた。
「悪ぃ、待ったか?」
何だかどこぞの漫画のような台詞を言ってきた。
「そんなに待ってねェ」
「そっか。で、これからどうする?」
「お前、何かしてェ事あんのか?」
「え、俺?」
振られると思ってなかったのか、動揺する銀時。
「晩飯でもどうかと思ったが、今日はお前の誕生日なんだ。したい事あんなら優先するぜ」
「あーっと……じゃあ晩飯食いたい」
「本当か? 無理しなくてもいいんだぜ」
「だって、どっか当てがあるんだろ? 高杉のオススメの店とか?」
「まァな」
「じゃあそこ行きたい」
「了解。車出すからちょっと待ってな」
「車? 今日車で来たのか?」
「この辺はお前の店しか知らねえよ。俺ァ構わねぇがな、それじゃお前に働かせちまって意味ねぇだろ」
そう言って車の鍵を持ちながらその場を去った。
+++
美味い魚が食いたいから海沿いの道を走る。
適当な曲を流してBGMにしていたものの、こんな車初めて乗っただの、海なんて久しぶりに見ただの、自分は泳げないだの、銀時が勝手に喋ってくれたからBGMなんて必要なかった。
気付いたら一時間程過ぎていて、目当ての店に着いた。
「お、海の近くの店って事は魚が美味そう」
「あぁ、美味い魚が食いたくなったらここに来る」
そう言いながら店に入ると席に案内される。
そこは海の見える窓側の席だった。運がいいな。
俺は頼むものは決まっているから、メニューを開いてどれにするか考えている銀時を眺める。
「海鮮丼、刺身定食……悩むな〜 高杉はもう決まってる?」
「あぁ、いつもの刺身定食を頼む」
「刺身定食か、じゃあ俺は海鮮丼にしようかな。んで、食後のデザートは抹茶のパフェにする」
この店パフェなんかあったんだな……甘味のページは見ないから初めて知った。
その通りに注文して喋っていると食事が運ばれてきた。
「うわ、美味そう」
そう言いながらスマホで写真を撮っている。俺も自分のと銀時の食事が写るように撮った。
そして二人で手を合わせて挨拶し、箸を手にした。
+++
食事と甘味を食い、満足した銀時の表情を見てほっとする。
「銀時、あと一箇所だけ寄り道していいか? ここから近い場所なんだ」
「ん、今日中に帰れればいいよ」
その返事を聞いた後、海沿いの道から内陸に入って静かな場所まで車を走らせる。
「高杉運転上手いね。車好き?」
「人並みに、だな。銀時は?」
「俺も同じだよ」
「次があったら銀時の車にも乗せてくれ」
「いいけど俺の車、こんなカッコイイのじゃないふっつーの国産車だよ?」
「構わねェよ。さて、着いたぞ」
着いた場所は海が見える少し高台の場所。今日は天気が良くて星も綺麗だ。
言っておくが俺はそこまでロマンチストじゃない。静かな場所で雨が降らなければどこでも良かった。雨で車内だと声が聞きづらいから。
「高杉、ここ何もないけど、何が始まるのかな?」
銀時の表情が少し不安げだ。
そりゃそうか、付き合ってるわけでもなく、友達になったのかもわからん奴にいきなりこんな場所に連れてこられればな。
「取って食ったり、殺したりしねぇから安心しな」
安心させる為に緩く笑うと、銀時は安堵した表情を見せる。
「だが、真面目な話をする。聞いて欲しい」
「うん」
軽く深呼吸をし、口を開いた。
「銀時、俺はお前が好きだ」
それを聞いて数秒経った後、銀時の表情が変わる。暗くてわからないがおそらく頬も赤くなっていると見た。
「本社に異動して間もない頃にお前の店を見つけて、あの場所で初めてほっとできる場所ができたと思っただけだったが、あっという間にお前に胃袋と心まで持ってかれちまった」
「……たかす」
「それが惚れ心だって気付くのは早かったが、同性だし、言うべきか迷ってな。だが心に留めておいたままも性に合わねぇ。万が一お前も同じ気持ちだったら嬉しいが、そうでなくても俺がお前を想うくらいは許してくれねェか?」
そう、あのカウンター席に座って想うくらいは許して欲しい。それだけでも充分なんだ。
と、ここまで言って口を閉じた。
俯いたままでいる銀時の返事を待つ。少しの時間でも長く感じる。
「……わかってるだろ」
「何がだ?」
「その、俺の気持ち」
「……言ってくれなきゃわかんねェ」
満更でもないのかもしれない、とは思っていたが、そこまで自信があるわけでもない。
だから、早く返事を寄越せ。
自分の心臓の音が煩くてかなわねェんだ。
「お、俺も同じだコノヤロー」
顔を上げてそう言った銀時の表情を見る。
それは見た事のない照れ顔だった。
「……コノヤローってなんだ」
「コノヤローは、コノヤローだよ」
照れているのか、モゴモゴと喋るのが可愛くて、愛おしい。
ともあれ、同じ気持ちだって事がわかってほっとした俺の心臓の音は落ち着きを取り戻していた。
+++
行きと同じ海辺の道を通り、教えてもらいながら銀時の家の前に着いた。
「高杉、送ってくれてありがとな」
そう言って笑う銀時に小降りの箱を差し出す。
「銀時、これやる」
「え、誕生日のプレゼントならもう充分……」
「俺と恋人になるなら、明日からそれつけて仕事しろ」
「へ?」
「俺みてぇな客、もう引っ掛けるんじゃねぇぞ」
そう言った後、車を走らせた。
+++
翌日、店に行くと銀時の左指にあげた物がついているのを見る事ができた。
「……ちゃんとつけてるから」
注文を聞く時にボソリと言ってくれた。
「それはフェイクだから安物だ。本物をやるにはまだ早過ぎるだろ?」
そう返しながらランチのオムライスを注文した。
届いたオムライスの端に小さくハートが描いてあるのを見て笑わずにはいられなかった。
-完-
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以下のプロットを元に書きました。
・喫茶店経営者銀さんとデザイン会社の会社員高杉の現パロ
・二人は面識なし。支店から本社転勤してきた高杉がたまたま入った店が銀さんの喫茶店。
・日中は喫茶店やってる。名前はTIME
→良いひとときを過ごして欲しい気持ちと、自分の名前をかけてる
・夜は喫茶店の裏側で居酒屋やってる。キッチンから繋がってる構造。酒とつまみがメインだが、言われれば喫茶店のメニューも出る。名前はよろずや
・最初は喫茶店しか知らないけど、たまたま裏側を通った時に銀さんの居酒屋の存在を知る
・徐々に距離が縮まっていき、最終的に告白して付き合うところまで書きたい
・高杉が銀時の店の外看板の注文を受けて、追加で名刺も注文される
・カプは高銀の予定
尚、筆者はデザイン会社の事はわからないので適当です…そんなもんやってねーよってのがあったらごめんなさい。