甘えることを教えたのは、貴方だから 誰も来ないはずの場所に何故かその人はいて、やってきた遊馬を無言の微笑みで迎えてくれた。
満員のホームスタジアムでノーゴール、晴天にまるで似つかわしくない惨めな敗戦。またもや首位は遠のいた。向こうのシーズンが終わってすぐに、この試合に間に合うよう飛んできてくれた彼にも不甲斐ないところを見せてしまった。
何の数字も残せないまま八十分過ぎに下げられた自分が腹立たしくて、そんな自分を誰にも見られたくなくて、そっと群れを離れたのに、彼にはすべて見透かされている。オレもここで頭冷やしてたんだよ、と彼は笑う。
隠し事ができない。弱いところを見られている。
だけどさらけ出すことを初めて自分に教えたのは、他ならぬ目の前にいる彼。
同族だから分かり合える。こんな試合のあとの悔しさや昂ぶりも、もっとやらせろと叫ぶ内心の咆哮も、全部。言葉にしなくても。
――さらけ出した先の快楽まで、全部。
彼がエスコートするように右手を差し出す。
甘え方は教えただろう? ――涼しげな瞳がそう語りかけている。
大人になっても、プロの世界でいくつゴールを重ねても、未だに敵う気がしない相手。
だけどその腕の中で深呼吸をしたかったのも確かで、遊馬は観念して身を預けた。
見た目よりずっと逞しい腕に優しく抱き締められ、ぽんぽんと頭を撫でられる。
獲物を仕留められず燻っていた獣性がようやく成りを潜めてきた。息を二、三回吸って吐く。もう少し、もう少し落ち着けば、皆の前にいつもの遊馬の顔で戻れる。切り替えるだけっすよ、となんてことない風に笑いながら、落胆している先輩方に発破をかけるのだ。
もう少し、もう少し――懐かしいベルガモットの香りに宥められているうちに、遊馬ははたと気付く。
自分の方はつい先程まで午後の日差しの中を走り回って、シャワーも浴びていない。汗臭いっスよと遊馬は身を捩ったが、彼は離すどころか更に抱き寄せて、犬にそうするように遊馬の髪に鼻を埋めて囁いた。
日なたの匂いがするよ、と。