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    とうた

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    とうた

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    #Novelmber で幽蔵。
    幽蔵←飛(無自覚)です。

    #幽蔵
    kura

    26.窓 その窓を叩くのは決まって真夜中だった。
     ガラス一枚割るくらい飛影にとっては造作もないことだが、部屋の主を怒らせると後々厄介なので毎回律儀に窓を叩く。
     室内の彼はすぐに気付いて、窓を開ける。飛影は夜風と共にするりと入る。
     用件は大抵、傷の治療か情報収集だ。特に前者において彼はとても有用で、毎回症状に合った薬草を配合してくれる。
     相手が寝ていても構わず叩いていたが、
    「こちらも一応暮らしがあるんだから、起きている時にしてくれないか?」
     と生欠伸を噛み殺しながらチクリと注意されてからはその意を汲んで遠慮してやることにした。
     飛影が訪れる時、彼は机に向かってノートに何かを書き綴っていることが多かった。尋ねると、高校数学だよと微笑む。
     何が面白くてそんなことも含めて人間の真似事をしているのか、飛影にはさっぱり分からない。
     やがて甘さを含んだ沈丁花のような香りが室内に漂い始める。と同時に飛影は心地よい睡魔に手招かれ、うとうとと意識を手放しそうになる。
    「人間界と魔界の花を配合してみたんだ。飛影がよく眠れるように」
     彼――蔵馬の部屋で飛影は与えられた毛布にくるまって眠りにつく。そして夜が明ける前に部屋を出ていくのが常だった。まだ眠っている蔵馬をよそに、薄暗がりの街に繋がる窓を開けて。
     
     ある夜、窓の向こうに蔵馬がいないことに気付いた。家族は変わらず住んでいるようだが、彼の部屋は大型の家具だけ残してもぬけの殻になっている。人が生活している痕跡が見当たらない。
     邪眼で探し出すと、人間の足で数日はかかりそうな遠くの街に姿が見つかった。人家の屋根の上や雑居ビルの屋上を飛びながら、夜の街を駆ける。
    「ああよかった、見つけてくれた。連絡せずに引っ越して悪かったよ」
     ベランダに入って前の家と同じように窓を叩くと、蔵馬は開口一番そう言いながらやはり同じように開ける。
    「いい加減一人暮らししようと思ってね」
     彼の新しい住処は小綺麗なマンションの四階の一室だった。
    「よー、飛影! 久しぶりだなあ、今何やってんの?」
     広々としたリビングに入った途端、幽助の騒々しい声に迎えられる。彼はテレビの前のソファーに我が物顔でふんぞり返っていた。
     ――何故こいつがいる。
     僅かな違和感が一瞬生まれたが、彼らの関係性ならたまたま遊びに来ていてもなんら不思議ではない。
    「これ今日買ってきた格ゲー。おめーもやってみね?」
     テレビの中では何やらキャラクター同士が闘っている。蔵馬とこのゲームで遊ぶためにやってきたわけか、と納得して、蔵馬の方に歩み寄る。
    「くだらん。それよりこの右腕をなんとかしろ、蔵馬」
    「ああ、また無茶したな」
     包帯を巻いてもらっていると、ゲームを中断して幽助が覗き込んでくる。
    「おめー怪我するたびに蔵馬んとこ来てんのか? 魔界にも医者はいるだろ? 魔界で探せばよくね?」
     うるさい、と一蹴して黙り込む。幽助もそれ以上取り合わなかった。蔵馬は黙々と包帯を巻き続けている。
     幽助の問いに答えられなかった。何故、魔界から人間界の蔵馬のところまでわざわざ行くのか。邪眼で行方を探し出してまで。
     蔵馬の腕はいいが、医療を専門としているわけではない。近場で確かな治療を求めるなら、幽助の言う通り魔界の医者を頼る方が合理的なのだ。
     窓を開けてベランダに出ようとしたところで、蔵馬が小さな何かを投げてきた。咄嗟に片手で受け取ると、それは巾着袋だった。軽く握ると、中におがくずのようなものが入っているのが分かる。
    「匂い袋。眠れない時にでも使うといい。あと、ここはオレの一人暮らしだから、遠慮することはないよ」
     元から遠慮などはしていないが、最後に蔵馬が付け加えた、取るに足らないはずの一言は何故か飛影の意識に引っかかった。
    「大体幽助がいるけど」

     今度は脇腹を裂かれて、飛影はまた蔵馬のマンションを目指して夜の街を駆ける。
     隣のマンションの屋上までやってきた飛影の視界に、幽助の姿が入った。蔵馬の部屋のベランダで気怠げに煙草を吸っている。
     前回も前々回も彼と鉢合わせした。貴様には自分の家がないのかと飛影が悪態をつくと、半笑いでそうかもなあと彼にしては珍しく誤魔化したような態度だった。
     なんとなくその場に留まっているうちに窓が開いて、蔵馬が出てきた。幽助の隣に来て、和やかな表情で何事かを話している。
     会話の最中で、二人はキスをした。何度かそれは繰り返される。幽助と唇を重ねる蔵馬は、飛影が一度も見たことのない柔らかな表情をしていた。
     飛影には開けられなかった窓の向こうが、そこにはあった。
     二人は寄り添うようにして部屋に戻り、窓は閉じられた。窓はカーテンに覆われていて、室内の様子を窺い知ることは出来ない。邪眼を使えば当然見ることは可能だが、くだらないものが見えるだけだと分かり切っていたので、飛影は何もせずにその場を去った。
     夜の街を、再び屋上から屋上へ。来たルートを戻る途中で、ふと思い出して懐を探ると以前蔵馬からもらった匂い袋はまだそこにあった。とうに香りを失ったそれを、遠くへ投げつける。匂い袋はビルとビルの狭間に落ちて見えなくなった。そのまま朽ちていけばいい。誰にも見られることなく風化して、最初からそこに何もなかったかのように。
     脇腹の傷から再び血が滲み始める。腕のいい医者なら軀がよく知っているだろう。魔界で探せばいい――まったくもってその通りで、飛影は跳びながら一人くつくつと笑う。ビルを一つ越えるたびに、窓は遠ざかる。
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    みおみお

    DONE以前、イラストで描いたモノを、小話にしました。
    幽ちゃん曰く、蔵さんが子ども扱いしてくる!というイチャイチャ話?
    今は、甘んじてやるからな。「おいで」と柔らかな声で言われ、そのまま素直に蔵馬がいる場所へと体が吸い寄せられた。

    ✳︎ ✳︎ ✳︎

    今日も蒸すな。と思いながら垂れる汗を拭うと、じゃりっとした不快な感触。一応、玄関のチャイムを押す前にズボンの膝を叩くと、思っていた以上に細かい砂が舞った。

    日々の鍛錬。といえば聞こえはいいが、同じような趣味の奴と手合わせという遊びを楽しみ、汗に砂埃がくっついてどろっどろの状態で何も考えずに蔵馬の一人暮らしの部屋に寄れば、「とりあえず、シャワーでも浴びておいで」と回れ右の要領で浴室へと行くよう指示を受けた。
    シャワーを浴びている間に、蔵馬は…置いたままにしてある…オレの服を持ってきてくれた。脱いだままの服は、洗っておくよ、と洗濯機を回し始めるのだから、相変わらず手際が良い。「わりぃな、さんきゅっ」とシャワーの音にかき消されぬよう大きめの声で蔵馬に返事をして、オレは頭から爪先まで泡だらけの体をシャワーで洗い流した。汗も砂も落ちるとさっぱりして、気分は良い。
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