デイぐだ♀アイドルパロ「タイトル未定」弊社一番の稼ぎ頭である人気絶頂の男性アイドルグループ『クリプター』、リーダーのキリシュタリア・ヴォーダイムをはじめとした容姿端麗な彼らをメディアで街頭で見ない日はない。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことである。
スケジュールは分刻み、旬のアイドルには休みなど存在しない。そんな多忙な彼らを支えるのが事務所のスタッフであり、マネージャーである。
新進気鋭のアイドル事務所カルデア、シンプルな内装とインテリアの社長室中に響く声で藤丸立香は社長に抗議していた。
「無理です。無理ですよ。クリプターのマネージャーなんて! 私、まだ一年目の新入社員なんですよ。もし粗相があったら困ります」
「いやぁ、立香ちゃん、デイビットなら手のかからない子だし」
社長のロマニ・アーキマンが飼いやすい猫だから引き取ってほしいとでも言うような気軽さでのほほんと述べる。前社長が急逝したカルデアを立て直した辣腕家の社長には見えない。呑気で人の好い笑顔の青年である。これで海千山千の芸能業界を渡り歩いているのだから食えない人だと思う。
「い、一応、僕社長なんで命令ってことで。よろしくねー」
「え」
「はい、じゃあ、デイビットも挨拶して」
小さなノックと共に入室したのは長身の美丈夫、人形めいて端正な顔立ちは表情がなくクールな性格と話しぶりが人気のクリプターのメンバーである。彼は肩幅もあり立香の前に立つと威圧感がすごい。テレビで見るより、遠目に見るより身長が高く見えた。
「デイビット・ゼム・ヴォイドだ。頼む」
全く動かない表情、何が頼むなのかわからない。その瞳は吸い寄せられるほど凪いでいる。
「こっちが立香ちゃん」
「社長、ちゃん付けはやめてください。もう」
内定取り消しで生きるか死ぬかのところを近所のお兄さんである彼に拾ってもらった恩は忘れない。新人時代から何かと目をかけてもらっているけれど、仕事の時はちゃん付けはやめてほしいところである。
「藤丸立香です。不束者ですがよろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
立香が観念したように自己紹介をすると今までの経緯が聞こえていただろうに全く嫌悪も好意も浮かばない表情で淡々と挨拶をした。
「二人とも仲良くね」
「ああ」
「善処します」
芸能界に興味があって入った訳でもないのにこんな人気アイドルの担当をしていいのか、立香は釈然としない顔で引き受けることとなった。
「仕事について、俺はスケジュールを覚えたり、場所を覚えるのが得意ではない。人間もだ。申し訳ないが手間をかける」
打合せ室に入るなり、デイビットは自身の記憶障害について説明した。曰く、一日に持ち越せる記憶は五分だけ。ほとんどの記憶を翌日に引き継ぐことは難しく、スケジュールはおろかほとんどの人間について記憶を保持するのが難しいのだと言う。トーク番組への単独のオファーは不可、ほとんどの現場でクリプターの他のメンバーがそれとなくフォローしてくれているのだという。
「君に頼みたいのは朝に俺を迎えに来てもらうことと、当日のスケジュールやタスクを随時教えてほしい。仕事のオファーについては社長が決めてくれるので君はタッチしなくていい」
「本当に手間がかからないんですね」
社長の発言を思い出して苦笑した。
「あと、これだけは覚えておいてほしい。俺は君のことも忘れる可能性が高い」
無表情でありながらその言葉を言う時、申し訳なさそうに見えたのは気のせいじゃない。
「あ、メンタルが強いのは自慢なので、何度でも名乗らせてもらいますね!」
彼が覚えられないのは彼の落ち度ではない。仕事の仲間として最大限のサポートをしたいと思っている。秘密を明かして任されたからには頑張りたいと思った。