芸能パロ石乙 乙骨がかつての相方と仕事場で遭遇したその日、石流も仕事でとある撮影所に来ていた。
その日の撮影を終えて、帰宅前に一服しようと喫煙所に向かうと、そこで見知った顔に遭遇した。
「……家入さん」
「ああ、石流くん、久しぶり」
長い黒髪の女性が紫煙を吐き出しながらそう言ってきた。彼女は女優の家入硝子、時代劇にもちょいちょい出演しているので、石流とは見知った仲だった。年齢を考えたら石流の方が年上なのだが、劇中では家入の方が立場が上だったり尻に敷かれることも度々あるので、普段もその辺が微妙に逆転していた。
「今日は撮影?」
「ああ、今日の分は終わった帰りだ」
「へぇ~~例の刑事ドラマをきっかけに時代劇以外の仕事も増えているみたいだし、よかったね」
「おかげさまで」
石流もタバコを手に取り、火を付けて吸い込む。ふぅと紫煙を吐き出せば、家入がじっとこちらを伺っていることに気付いて「ん?」と眉を捻る。
「…なんだよ?」
「いや、ちょっと気になることがあって。でも聞いてもいいものなのかなと思ってね」
「そこまで言われると逆に気になるんだが…」
石流が呆れたようにそう言えば、家入は「それなら」と言葉を続けてくる。
「乙骨くんとの仲はその後どうなの?」
「う、ぐっ……」
思わず煙に咽せるかと思った。
「……なんで、乙骨のことが出てくんだよ」
「例の刑事ドラマで随分と仲良くなったようだし。インスタグラムにも写真あげていたでしょう?」
「……でも最近はあげてないだろ」
付き合い自体は続いているがな、と内心付け足しながらタバコを口に持っていけば。
「一緒にいる写真はあげてないが、匂わせはしているでしょ?」
「ブッ」
今度は明確に噴き出した。思わず「におわせ!?」と素っ頓狂な声をあげれば、家入は目をキョトンとさせている。
「あれ、もしかしてそっちは気付いてないとか?」
「なんだよそれ…」
「じゃあ乙骨くんの独断なのかな」
「いやだから何の話だよ」
家入の言葉の意図が分からない。石流がそう問えば、家入はおもむろにスマホを操作しその画面を見せてきた。画面には2つの写真が出ていて、片方は石流がインスタグラムにあげたもの、もう片方は乙骨があげたものだ。
「背景に同じものが写り込んでる」
そして家入が付け足した言葉になるほど、確かに言われてみれば、石流が投稿した写真に写り込んでる変な人形が、乙骨が投稿した写真にも写り込んでいる。ちなみにそれは乙骨が海外ロケだかに行った時にお土産とか言って渡してきて普通に不気味で趣味が悪ぃなと思ったけれど、まぁせっかくだしと飾っておいたものなのだが。
「…………気付いてなかった」
確かにこれは所謂隠れてお付き合いしている人間の匂わせと取れなくもない、敢えて言及せずさり気なく置いてあるのが特に。というか、乙骨のやつ何やってんだよ、と呆れたように息を吐いた。
「……こんなことしてバレて困るのはあいつの方だろうがよ」
石流はそこそこいい歳だし、結婚も経験しているし、今更熱愛だの何だの言われてもそこまで痛手に感じないのだが、乙骨はまだまだ売り出し中の俳優だし、折角売れてきているのにその状況にチャチャを入れたくない。
石流がそんなことを考えていれば、家入が「ん?」と反応する。
「…………その言い方だと、乙骨くんとの関係がガチってことになるんだけど?」
「…………」
しまったと、思った時にはもう遅かった。石流の顔を覗き込むように見た家入は「へ~~~~~~」と面白そうに言った。
嫌な相手に知られてしまったな、と思いつつ、石流が家入からそっぽを向けば、家入はスマホを確認しながらまだ「へぇ」と唸ってから。
石流にとって聞き捨てならないことを言った。
「てっきり私は、乙骨くんのいつものBL営業かと思ってたのに」
石流は思わず家入に向き直った。
「……BL営業…?」
「知らない?男同士でイチャイチャして、そういうのが好きな女の子たちを取り込む手法だよ」
なんかそういう営業方法があるのは何となく知っていたが『BL営業』なんて名前が付いているのは知らなかった。
「…乙骨がそんなことしてたってのかよ?」
「そうだねぇ、乙骨くんは前からよくしてたね」
家入はあっさりと頷いた。
「石流くんだから話すけど、私は割と若手の子の活動に興味があって結構チェックしているんだ。若い子が頑張っているのを見るとこっちも元気になるしね」
「それって男限定か?」
「いや?女の子もチェックしているよ。スカートが短い子には腹巻きを差し入れしたりもするし」
おかんかよ、と石流が内心突っ込んだ。
家入は一度タバコの煙を吸い込み、フーッと吐き出した。
「乙骨くんも地下アイドルみたいなことをしていた時から知っていてね、コンビを組んでいた子とはそりゃあ恋人みたいな感じだったんだ。事務所を移ってから本格的に俳優として活動し始めた頃はまさかここまで売れるとは思わなかったよ」
古参のファンらしくしみじみそんなことを言う家入に、石流はフーンと返す。乙骨が本格的に俳優活動をする前のことは、石流も調べて知っていた。確かに漁って見つかった画像やら映像では、組んでいた相方とやたら仲が良さそうにベタベタしているとは思っていたのだ。
(まさかそれがそういう営業だったとはね…)
石流もそういう手法があることは理解している、しているのだが。
「おや」
石流が内心悶々としていれば、家入が何かを見つけたように、そんな声を漏らした。それからクスリと笑って石流に言ってきた。
「噂をすれば、その元相方と浮気しているようだよ」
「は?」
そして家入が見せてきたスマホの画面には、乙骨と元相方の男の写真が写っていて。
その元相方の男に、乙骨が頬にキスをされていて。
「ハァ!!!!???」
石流は思わずそんな声をあげていた。
乙骨が自分のことを好きなのは、石流もよく分かっていた。自惚れと言われようが、乙骨はわりと分かりやすいし、石流も自分に向けられる好意にはある程度慣れている。
ただ、それがいつから“そう”なったかは、石流も正直なところよく分からなかった。少なくとも最初、乙骨が自分に向ける好意は恋愛感情ではなかったと思うのだ。
(……そうだ、その頃から、コイツは)
石流がゆっくりと目を開いた先にいたのは、足を揃えて縮こまるように座る乙骨がいた。二人の間にあるテーブルの上にはスマホがあって、その画面は乙骨と乙骨の元相方がほっぺちゅーしている写真が出ていた。
「あ、あの……龍さん、違うんです、これは…」
青ざめた顔でそう言ってくる乙骨に、石流は眉を寄せてから「わーってるよ」と言った。
「男同士でイチャイチャしたらファンが喜ぶって、つまりファンサービスの一環なんだろ?」
「そ、そうです…!悠仁くんだって、そういう意味で僕を好きとか、ほんとないんで…!」
悠仁、というのは、乙骨の元相方である虎杖悠仁のことだ。今は確か、舞台をメインに活動しているはずだ。
「僕たちのファンが、こういうことすると喜んでくれるから……その、悠仁くんと会うのも久しぶりだったし、サービスしようって、その…」
もごもごと口籠もっていく乙骨に、まるで自分が苛めているみたいじゃないかと思って、石流は眉を寄せた。
「お前のファンが喜んでくれるから、ってのは、まぁそうなんだろうな。そういうファンサービスの仕方だってあることは俺だって分かってるさ」
言いながら、石流はテーブルの上のスマホを操作する。インスタグラムの自分のページを開き、それをスクロールしていく。そして、1つの投稿のところで、指を止めた。
「俺がお前に確認したいのは、俺にも同じことをしたのか?ってことだ」
それは石流が一番最初に投稿したものだ。SNSを始めることにして、最初の投稿はどうしようか?と乙骨に相談したら「僕とのツーショ載せましょ!」って言い出して、やたら顔を近づけて撮った一枚を投稿したら、それに乙骨のファンの子がめちゃくちゃ反応してくれて。
その時は、乙骨が写っていたから、って理由なのかと思っていたのだが。
でも、それは本当は。
「……どうなんだよ、ゆう」
静かにそう問いかける石流に、乙骨は目を見開きその瞳を揺らしていた。
※もうちょい続く