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    そういうブネ記念に既刊全文公開③です。
    短編集です。
    紙の本はまだあるのでよかったらboothを覗いてください。→ https://yoyu-no-aru-asa.booth.pm/items/5296739

    秋のたゆたい目次

    九月(魔法舎軸)

    十月(フォルモーント学園設定)

    十一月(芸能パロ)





    九月(魔法舎軸)



     ネロは、黄金色の波の中にいた。
     これから夜を運んでくる太陽が今はまだ地平線にいて、たっぷり実った穀物を輝かせている。
     吹く風は優しく穏やかで、この畑の表面を撫でていく程度だ。
     ネロの先に光がある。まぶしいと思ったその矢先にネロがゆっくり倒れて、まっすぐな夕焼け自体はそれほどまぶしくないことを知った。
     俺にはなじまないその景色の中で、倒れ込んできたその顔を伺う。今更気付いたかのように頤があがってこちらに目線が投げられた。
    「いたんだ、ブラッド」
    「おう」
     俺と目が合って、ぼおっとしていた表情が笑みを含む。かき分けるように前に進み、ネロの隣に腰かけた。
    「どうしたんだよ、マナエリアなんか来て」
     昼をとうに過ぎ、ちっちゃいのたちのおやつも済んだころ、くしゃみで飛ばされた先からようやく帰ってきてキッチンを覗くとネロはそこにいなかった。
     片隅に俺にだけそうとわかるように作り置きがよけてあるのを見つけ食べたはいいが、魔法舎の中に気配がない。
     買い出しかと思って市場を覗いても姿はなく、暮れてきた陽にもしかしてと思って向かったのがここだった。中央の少しはずれにある麦畑。この時間なら、ネロのマナエリアになる。
    「そろそろ戻らねえと腹すかせたやつらに探されるんじゃねえの?」
    「あんたとか?」
    「俺はもう魔法舎に戻らなくても晩飯にはありつける」
    「あはは、確かに」
     てめえがいるから、と顔を指さすと気安く笑い声がこぼれる。
    「晩飯ってことは昼食ったな? よかった」
     ぐーっと伸びをしたネロは、頭の下で枕替わりに手を組み、眠たげな視線で穂先を眺めている。
    「なんかさあ」
     いつにもましてぼやけた喋り方はリラックスしているからだろう。実際に眠いのですと言われても頷ける様子だった。
    「今、九月じゃん」
    「そうだな」
    「みんなそわそわしてて、落ち着かないんだよな」
    「ああ、てめえの誕生日か」
    「うん……」
     困ったように笑っている。実際に、困った気持ちもありそうだ。
    「笑って受け止めてやれよ」
    「そうなんだけどさ」
     ネロは魔法舎の食事事情をつかさどっていることもあってか、ちっちゃいのをはじめ色んな魔法使いに目を掛けられている。今月どころか、中央の騎士さんの誕生日が終わってひと段落したあたりから、さあ次はネロの誕生日だと意気込む気配があった。
    「俺がいたらできないこともあるだろうしって出てきたはいいけど、なんかそれも自意識過剰みたいで恥ずかしくってさ……」
     難儀なやつだと思う。他人からの好意を受け取るのが下手すぎる。その好意がまっすぐであればあるほど居心地が悪そうな顔をする。
    「……別に、昔だって祝ってただろ」
    「昔は、それにかこつけて飲みたいって気持ちが半分だっただろ」
    「そうだが、残りの半分はてめえを祝いてえって気持ちだ」
    「そっ、んなこと、昔は言わなかったじゃん」
     そんなに肩身を狭そうにすることはないだろうと昔を引き合いに出せば、なんてことなさそうに笑うから反撃してやった。
     無防備にそれを受けてひっくり返った声も、拗ねたようにとがる口も心をくすぐる。
    「あんまりやりづらそうにするからだろ」
     ずっと昔、ネロの誕生日を祝い始めたばかりのころ、ネロはしきりに「そんなことしなくていい」「俺なんかのために」と言うようなことを繰り返していた。
     だから、「酒の場が欲しいだけだから好きに祝わせてやれ」と言ったのだ。まさかずっと真に受けていたわけではあるまい。
    「本当にわかってなかったか?」
     拗ねる顔を覗き込む。表情に驚きの色はないから、答えは聞くまでもなかった。俺の目線から表情を読まれたことが分かったのか、一層唇を尖らせてから、大きく息をついて視線を空に送った。
     俺も同じように空を見上げる。そのまま流すように視線を向けると、ここに着いた時よりも夜の気配が近付いていた。
    「……でもさ」
     ふと風が吹く。さきほどよりも強い風がネロの前髪を乱していったから指先で払うと、ネロは眉を下げた。表情が気になって、その手を残したまま顔を見下ろしていた。
    「もうずっと、こんな風に大勢に祝われることはなかったからさ」
     すぐに、飯屋をしていた時の話だとわかった。こいつの話通り各地を転々としていたのなら、今のようにはいかなかったろう。
    「正直魔法舎に来て初めて祝われた時は、なんで俺なんかって本当に思ったけど。段々、そういやこんな感じだったなって思ってさ」
     目線は交わらなかった。ネロはずっと、遠くを眺めている。
     俺はそんなネロの表情をつぶさに眺めて、憂いがないことだけを確認した。語調には湿り気があったが、悪いものではなさそうだ。
    「そろそろ、素直に喜べそうだよ」
     そりゃあ、気恥ずかしいけどさ、とネロは目を伏せた。沈む間際の陽が、ネロの顔の陰影を濃くする。黙ってその顔を見つめていると、次第にゆっくり瞼が持ち上がって、ようやく目が合う。
    「なに」
    「なんでもねえよ」
     前髪をはらって露わになった額に口づけを落とす。ネロの体のこわばりが伝わって、体を離してみると目が丸くなっていた。それもすぐに不機嫌そうに取り繕われる。
    「ほんとに、なに」
    「なんでも」
     損な性格のやつが、少しでも自分に差し出されたものを受け取れればいいと思う。それだけだった。
    「あんた、何しに来たの」
     俺から訳を聞き出すことを諦めたネロは、俺の体を押して自分も上体を起こした。素直にどかされてやり、俺は立ち上がって服に着いたものを手で払う。
    「ああ、そうだ」
     そうだった。何も俺は親鳥についていく雛のようにただネロがいないというだけで探していたわけではない。
    「今日飛ばされた場所、南の農村だったんだよな」
    「げ、周りなんもなさそう」
    「なんもねえよ。しかもあの国の人間は容赦ねえからあれ手伝えこれ手つだけってうるさくて」
    「手伝ってきた?」
    「恩赦もねえのに?」
    「あはは、そうだよな」
    「そうだろ」
     本当に困った挙句にこのブラッドリー様にすがっているのであれば態度によっては考えないこともないが、ああいう手合いの頼み事の大抵は俺でなくともよいことだ。
    「けど、その村にいいもんがあってよ。簡単なことはしてやった」
    「いいもん? 何? 鶏とかもらった?」
    「いや」
     通りすがりの魔法使いに家畜をやるほど裕福でもなく、またそのようにしてまで頼みごとをするほど困っている様子もなかった。
     ただ、ひとつだけ、手伝ってやってもよい理由があった。
    「麦畑があったんだよ」
    「え?」
    「結構広くてよ。後ろっかわは家だったが反対側はひらけてて、ありゃあちょうどてめえのマナエリアになるぜ」
     そこにいたときはまだ陽が高かったが、ちょうど今頃、ここと遜色のない景色になっているだろう。
    「あんたそれで、南のやつら手伝ってやったの?」
    「おう、気分がよかったからな」
    「なんで、俺のマナエリアであんたの気分がよくなるんだよ」
     別にあんた、ああいう場所が好きなわけじゃないじゃん、とネロは言う。わかっているだろう。別に俺の好きな場所だから気分がよくなったわけではないと。だが今回は、あえて口にしてやることにした。
    「ネロのマナエリアだからだろ」
    「なに、あんた、そういう作戦……?」
    「そういうことにしといてやるよ」
     俺にチキン作らせようとしてる? と苦し紛れに言うネロに合わせてやると、その言い方は駄目じゃんと顔を覆うから面白い。
    「魔法舎、帰るか」
     何を言っても自分に不利な言葉が返ってくると思ったのか、露骨に話題を変えてネロは立ち上がる。確かにもうあと少しもしないうちに完全に陽が暮れてしまう。
    「先に行って、ケーキの試作とかがだしっぱなしになってねえか見てやろうか?」
    「いいってもう……」
     軽く小突かれて、大して痛くもないそれを受け止める。二人でほうきを出してふわりと高度を上げると、秋の風が強く吹いて気持ちがよかった。





    十月(フォルモーント学園設定)



    「ふてーし? どーめーし? わっかんねー」
     小さなアパートの食卓に参考書を広げ、唸る。一度ならず聞いたことのあるはずの言葉はあいかわらず意味が解らない。自分が解いた問題の解答を一通り読んで、全く内容が頭に入らず通り抜けていった辺りでその参考書の上に突っ伏した。
     勉強は苦手だし、嫌いだ。全然意味が解らないし、将来俺の役に立つとも思えない。はあ、と一つため息をついて目を閉じる。
     なんだか眠くなってきたし、仮眠してもいいかな。
     そんな考えを蹴り飛ばすように玄関のドアが開いたのはその時だった。
    「ようネロ!」
     大きな声で、我が物顔をして部屋の中に入ってくるのはブラッドだ。玄関から歩みを止めず靴を脱いで上がってきて、驚いて突っ伏した体勢のまま半身を起こした俺の手元を覗き込む。
    「まあたお勉強か?」
    「うっせえ、見んじゃねえよ」
     バツだらけの参考書を見られたくなくて、あとは単純に揶揄う口調がムカついて、腕で参考書を隠す。
    「ま、集中してましたって様子じゃなかったけどな」
    「黙れよ」
     ギ、と睨むとブラッドは面白そうに笑う。俺はちっとも面白くないが、視線が外れたのをいいことに、勉強道具を乱暴に片付けた。
    「俺様が来て勉強をやめるのはいい心構えじゃねえか。昼寝するぐらいなら飯作れよ」
    「別にそんなつもりじゃねえし」
     図星を突かれて露骨に不機嫌な声が出る。へえ、と意味ありげに笑みを返されて、仕方ないというていを装って立ち上がるほかなかった。
    「なに食いてえの」
    「鶏」
    「あんたそればっかだな……。照り焼きは?」
    「食う」
     野菜を含まなければ大抵の料理に色よい返事をするとわかっても、嬉しそうに食い気味に肯定を返されるとつい嬉しくなってしまう。
     俺も甘いよな、と思いながら冷凍庫を開けると、甘さの象徴のように買い置きの鶏モモが現れた。結局、用意しておいてしまうのだ。
    「何飲む?」
    「麦茶」
    「はいよ」
     冷凍庫をレンジにかけている間にブラッドに飲み物を出してやる。そこでようやくふと追い返しても良かったんだよなと思い至ってためいきが出そうになった。
     いつもこうだ。当たり前のように迎え入れてしまう。
    「ありがとな」
    「……ん」
     スマートフォンをいじっていたブラッドリーが顔をあげて目が合い、小さく返事をしてから踵を返した。
     俺はさっき水を飲んでいたのにわざわざコップを出して麦茶を用意してしまったし、鶏肉だって二人分解凍しちまったし。そんな言い訳を頭の中でつらつらと並べてキッチンに戻る。
     そうして、鶏肉の他の材料を用意した。
     冷蔵庫から豆腐と、煮干しと昆布を突っ込んでいた水の入ったカップを取り出し、良い出汁になったそれを鍋にあけて火にかける。
     どうせ味噌汁に野菜をいれても残すので、今日は付け合わせの葉っぱで野菜を取らせることにした。葉っぱをちぎって皿に盛っていると何を聞きつけたのかブラッドが野菜はいらないと言うから無視する。
     皿を端によけて、レンジから鶏肉を出す。解凍できているのを確認して下処理をした。
     フライパンに油を回し、でかい塊をそのまま下ろす。じゅう、と言う音が立ってブラッドが口笛ではやし立てた。
     焼きあがるのを待っている間に、ぐらぐら沸騰している鍋の上、手のひらで豆腐を切って落とし、火を消した。乾燥わかめを適当に振って、味噌を溶いて、後は直前に温めるために蓋をする。
     そうすると鶏肉は良い頃合いだ。キッチンペーパーで油を吸って、フライ返しでぎゅっと押す。しばらく様子を見てひっくり返すと、綺麗なきつね色に焼けていた。
     反対側を待つ間に合わせ調味料を作って、周りにそっと流し入れる。沸騰したタレが煮詰まってくつくつ大きな泡を作るのを見るのが、俺は結構好きだった。
     スプーンを出して、とろみがついたタレを皮にかける。ずっとそれを繰り返していくと、よく味が染みてうまくなる。さっと作った料理だって美味しいし、そもそもこれだって別に手間というほどではないが、きちんと世話をした料理はその分うまくなる。
     俺はそれが嬉しかった。
     火を止め、一口大に切って皿に盛る。フライパンに僅かに残っていたタレをブラッドの皿にかけると、より香りが立った。
     それから味噌汁を温め、常備菜のポテトサラダを開ける。そうするとふらふらブラッドが立ち上がって寄ってきて、炊飯器の白米を注いだ。並べた味噌汁の椀と一緒に並べてくれる。
    「葉っぱも食えよ」
    「俺様はウサギじゃねえぞ」
    「知ってるよ」
    「……いただきます」
     箸を取ったブラッドが、迷わず一口目に照り焼きを選んで口に運ぶのを見届ける。
    「美味い?」
    「美味い、美味い」
     それを聞いて、俺も自分の皿に口をつけた。俺もなんだかんだ腹が減っていたようで黙々と食事が進む。つやつや光った鶏が半分になったところで、ふと気になることができて言葉を発するために口を開いた。
    「あんた、結構うち来るよな」
    「てめえが全然チームに顔出さなくなったからな」
    「だから来なくなると思ってたんだよ」
     ブラッドが頭を張るストリートチームに長年身を寄せていたが、ふとこのままではいけないような気がして次第に足が遠のいた。
     最初は最近付き合いが悪いと詰るように言われたが、勉強するからと繰り返し言い張るとそのうち、俺が勉強しているところに乗り込んでくるようになった。
     それは学園の図書館や屋上だったり、近所のカフェや俺の家だったり。俺の家に他人をあげることはないからそこではふたりきりだが、それ以外では誰がいようとおかまいなしだった。
     こんなつもりではなかったのだ。俺がチームを離れれば、チームに顔を出すブラッドに顔を合わせる機会は減るだろうと思っていたのに。
     勉強を始めてみたは良いものの好きでもないことは身に入らず、結局料理をねだってくるブラッドにほだされてしまう。これではよくないと思っていても、なかなか踏み切れなかった。
    「邪魔はしてねえだろ」
    「……確かに」
    「なんなら俺が勉強見てやろうか?」
    「それはいい」
     言われてみると乗り込んでくるブラッドはいつもそこにいるだけで、勉強の妨害をしてくることはないし、むしろ俺が間違えた問題に口を出してくることさえある。食事だって、家で勉強する俺の集中力はたかがしれているからほぼ毎回作っているだけで、たまに気が乗っているときは向かいで黙ってゲームをしたり漫画を読んだりしていた。
    「てめえがなんでチーム離れておりこうになろうとしてるか知らねえけどよ」
     肩をすくめたブラッドがこちらを見やる。淡い赤の瞳がギラリと光った気がした。
    「どうせネロは俺様からは離れられねえからな」
     まるで決まりきったことのようにブラッドは言う。そして最後の一欠片を口にして、食事を終えた。
    「……言ってろ」
     ブラッドのいつもの横暴な台詞が、なぜ胸に風穴を開けた。取り残された俺の食事を見つめるブラッドがどんな顔をしているのか、食事を終えるまでついぞ見上げることはできなかった。





    十一月(芸能パロ)
    ※ほぼ本人不在、モブがたくさん喋ります。



    「わ! 見て、更新されてる」
    「ほんとだ! 美味しそ~」
     っていうかいい加減、自分の写真もあげて欲しくない?
     それぞれのスマートフォンで同じ画面を見つめながら、サークル帰りの二人の女性は肩を寄せ合った。視線を向ける先は、料理の写真。今日のメニューは、フライドチキンに、ミネストローネ、キャベツと人参それからブロッコリーのサラダだ。
    「めっちゃクリスマスだね……」
     女性たちが感じた通り、投稿文にはクリスマスも近づいてリクエストを受けたので、とレシピが一緒に載っている。
     アイコンをタップし、過去の一覧ページへと飛ぶ。並ぶのは様々な料理たち。いつも同じアングルで取られているそれだが、一度も献立がかぶっていたことはない。
     投稿者はネロ・ターナー。料理の写真しか投稿していない彼は、料理人ではない。彼の本職は、俳優であった。
    「インスタ始めたらオフ写真たくさん見られると思うくない?」
    「んね、料理好きなのは知ってたけど、こんなお料理インスタグラマーみたくなると思わないじゃん」
    「自撮りの一枚でもあげてほしい」
    「他撮りでもいいから……」
     ネロが写真の投稿をメインとするSNSを始めたのは、三か月ほど前のことだった。「ひとつぐらいは個人でSNSやれって言われたので始めます」という文言と共に深夜近く投稿されたのはエビとマッシュルームのアヒージョの写真。アイコンはカトラリーの写真で、一時ファンはざわめいたものだった。
     ――本当にネロくん?
     ――ネロちはSNSとか絶対やらないじゃん
     ――事務所に言われたのかな
     ――事務所の公式アカウント何も言ってないよ
     ――え、じゃあこれネロ・ターナーの偽物?
     そんな風に噂されたアカウントも翌朝には事務所が運営するアカウントで本人であることが認められ、ファンはしきりに喜んだ。
     事務所のアカウントからも出演情報と共にオフショットが上がることがまれにあるが、本人がオフショットを好まないらしく多くはない。出演作のメイキング映像でも、「俺はいいよ」といつもハンドカメラを回す役回りを請け負っている。
     ――これで彼のオフショットが見られるかもしれない。
     ――せめてふとした日常の隙間でも垣間見たい。
     そんな期待に胸を膨らませたのもつかの間、週に一回から三回の更新で投稿されるのは毎日料理、料理、料理。たまに酒とつまみで、また料理。
     そりゃあ食は日常だけどさ、と嘆きつつ、それでも投稿は必ずチェックしてしまうのがファンだ。そしてファンはその投稿を、じっくりしっかり、目に焼き付けるのだった。
    「え、てか待って」
    「そうそうそう同じこと思ってる絶対」
     過去の投稿を一通り眺めた彼女らが最新の投稿に戻ると、いつもとの違いに気が付いて目を見張る。具体的な言葉を一つも口にせず目を見あわせた二人は、SNSを短文投稿のアプリに移る。
    「えいっかいタイムライン確認しよ」
    「いやもう見てる。みんなも言ってる」
    「マジで? え、なにそういうこと?」
    「わかんないけどさ」
     二人の目に映るのはワイングラスのステムだ。手前に映るグラスとは別のものが、写真上部に、ほんのわずかに映っている。
     透明のそれを、しかし彼女らは見逃さない。
    「今まで誰かといたことないよね」
    「ない。しらない……」
    「ぎゃっ」
    「なに、なにどうしたの」
     突然悲鳴を上げた一方の腕を、もう一方が掴む。掴まれた腕が持っているスマートフォンを覗き込むと、そこには先ほどのレシピが映っている。
    「みてこれ。さっきなんでレシピちゃんと読まなかったんだろう」
     普段のネロの投稿文は、冒頭に一言、それからたまにレシピが付いてくるという構造だ。だから今回もそうだろうと、レシピは家でじっくり読むことにしていたのだが。
    『ファンのみんなも、大切な人に作ってやってください』
    「『も』ってなに!?」
     思わず声が大きくなり、ほかの乗客からの視線に体を縮ませる。それでも動揺はやまず、小さな声で会話を続けた。
    「『も』って、私の知ってる使い方で合ってる?」
    「ネロくんが間違えてなければ、俺も、ファンのみんなも、の『も』だよ」
    「お、俺も……?」
     わざとらしく声を震わせてしまうが、動揺は本物だ。
    「えまって無理無理。明日何限?」
    「三限」
    「次降りてファミレス行こう」
    「行く~~~~!」
     こうして二人は数分後に電車を降りる。向かったのは駅の目の前にある大きなファミリーレストランだ。ドリンクバーだけ注文して、メロンソーダとオレンジジュースを注ぎ、向かい合わせに顔を突き合わせる。
    「アンニュイな顔してクールなんじゃなくて抜けてるタイプで有名なのはギャップ萌えとして許すけどこれは話違わない?」
    「絶対本人無意識だって」
    「これ女かな」
     写真に映るワイングラスのステムと、投稿文の『も』を繰り返し見て、複雑な気持ちで早口を交わす。がっかりしているような気もするのに、内からあふれる高揚感に近い興奮はなんだろう。
     そんなことを考えていると。『も』に後から気付いた彼女の方に友人からメッセージが来る。
    「うわ」
    「なに?」
    「待ってわかんない嘘かも」
    「なにが嘘なの私もわかんないって」
    「なんかさ、え? ちょ、開いていい?」
    「いいけど何、ネロくん?」
     そりゃそうだよ、と言いながらメッセージを開くと、そこにはごく短い一件のメッセージと、一枚の写真。写真を視界に入れた二人は、メッセージの内容など何も視界に入らなかった。
    「なにこれ」
    「わかんないわかんないわかんないって」
    「えこれブラッドリー? ブラッドリーだよね?」
    「そう。っていうか逆にこれネロくん?」
     送られてきた写真は、タレント業もモデル業も俳優業もマルチにこなすことと、その顔とスタイルで人気のブラッドリー・ベインの自撮りだった。
     肩を組んで誰かと写っており、相手は少し顔を背けているが、それでもカメラを見ている瞳の色と、リビングらしき明るいライティングの下で明るく映る髪の色は、どう考えてもネロのものだった。
    「ほんとに?」
    「マジで一緒に映ってる? 合成じゃないよね」
     ブラッドリーを推す友人からの『これネロくんだよね?』とのメッセージには、『私が聞きたいぐらいだけどそうとしか思えない』と返す。
     これは何の写真なのか、と探す前に友人が投稿元を教えてくれて写真投稿メインのSNSに飛ぶ。
    『久し振りにネロんちでネロの飯食ってる』
     投稿文はそれだけだが、写真の中のブラッドリーは文章よりも雄弁に嬉しそうに笑っているし、隣のネロも顔を背けつつも嬉しそうだ。
    「こんな世界、あるんだ……」
    「ある、みたいだね……」
     ことりとスマートフォンテーブルに置く。すべてを理解した二人は、ドリンクバーのグラスを端に寄せ、生ビールを二つ頼む。その夜は、ブラッドリーとネロ、二人の再開を喜ぶ投稿であふれるタイムラインを見ながら飲み明かした。
     次の日の昼頃、珍しく朝食の写真を投稿したネロの文章はこうだった。
    『昨日なんか騒がせたみたいでごめんな。一緒にいたのはブラッドリーってやつで、昔同じ劇団にいたんだ』
     知ってるよ、とファンは思う。
     昔からネロを追っているファンがいるからという理由だけではない。ネロはバラエティに出ると時折『昔いた劇団で』とこぼしてしまうから。その発言にひとたび触れれば、ファンは必然的に調べて彼の過去を知ることになる。
     インターネット上では突然退団したと言うことしか明確になっていないから。劇団ではツートップを張っていた二人が共演する作品はネロが活動を再会してから一つもないから。だからきっと喧嘩別れをして共演NGになってしまったのだと、そう思っていたファンは胸をなでおろす。
    『なんだ、やっぱりネロは、昔のことしか匂わせしてこないんだ』と。
     その後実際、写真の中に二つ分の食器が構見えることが大幅に増えることを、SNSを勧めたのは事務所ではなくブラッドリーだったと発覚することを、料理しか上がらなかったネロのSNSにネロ本人の写真ではなくブラッドリーの写真が混ざるようになることを、その先で、二人の結婚報道が世間を騒がせることを、ファンはまだ知らない。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖👏👏👏👏👏💞💞💞
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    44_mhyk

    SPOILERイベスト読了!ブラネロ妄想込み感想!最高でした。スカーフのエピソードからの今回の…クロエの大きな一歩、そしてクロエを見守り、そっと支えるラスティカの気配。優しくて繊細なヒースと、元気で前向きなルチルがクロエに寄り添うような、素敵なお話でした。

    そして何より、特筆したいのはリケの腕を振り解けないボスですよね…なんだかんだ言いつつ、ちっちゃいの、に甘いボスとても好きです。
    リケが、お勤めを最後まで果たさせるために、なのかもしれませんがブラと最後まで一緒にいたみたいなのがとてもニコニコしました。
    「帰ったらネロにもチョコをあげるんです!」と目をキラキラさせて言っているリケを眩しそうにみて、無造作に頭を撫でて「そうかよ」ってほんの少し柔らかい微笑みを浮かべるブラ。
    そんな表情をみて少し考えてから、きらきら真っ直ぐな目でリケが「ブラッドリーも一緒に渡しましょう!」て言うよね…どきっとしつつ、なんで俺様が、っていうブラに「きっとネロも喜びます。日頃たくさんおいしいものを作ってもらっているのだから、お祭りの夜くらい感謝を伝えてもいいでしょう?」って正論を突きつけるリケいませんか?
    ボス、リケの言葉に背中を押されて、深夜、ネロの部屋に 523

    cross_bluesky

    DONEエアスケブふたつめ。
    いただいたお題は「ブラッドリーを甘やかすネロ」です。
    リクエストありがとうございました!
    「ええっ! ブラッドリーさん、まだ帰ってきてないんですか?」
     キッチンへとやってきたミチルの声に、ネロは作業の手を止めた。
     ブラッドリーが厄災の傷で何処かに飛ばされたと聞いたのは、ちょうど五日前の夜だった。
     北の魔法使いたちが向かった任務自体はあっさりと片が付いたらしい。しかし、あろうことか帰る途中でミスラとオーエン、そしてブラッドリーの三人が乱闘を始めてしまった。そしてその最中にブラッドリーがくしゃみで飛ばされてしまったというわけだ。
    『いつものように少ししたら戻ってくるじゃろう』との双子の見込みは外れ、未だ魔法舎にブラッドリーの姿は見当たらない。余程遠くに飛ばされてしまったのだろうか。
    「まだみたいだな。どうした? あいつに何か用事でもあったのか?」
    「えっと……実は新しい魔法を教えてもらおうと思ってたんです。ブラッドリーさんは強いから大丈夫だと思うけど……あ、魔法の話はフィガロ先生には内緒にしていてくださいね?」
    「あはは、わかったわかった。まあ心配しなくてももうすぐ何でもない顔して戻ってくんだろ。ほら、口開けてみな」
     ネロは鍋の中身をスプーンですくってミチルの方へと差し 2029