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    nekodamashii12

    @nekodamashii12
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    nekodamashii12

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    現世転生パロで探偵の門倉と助手のキラウシ。記憶ありですが、まだくっついてない2人がくっつくまでのお話。

    名探偵門倉と100年目の答え合わせ名探偵門倉と100年目の答え合わせ


    シャーロック・ホームズ、金田一耕助、明智小五郎…
    頭脳明晰、犯人をピタリと当て難事件も直ぐに解決。
    探偵っちゃあ、男が1度は憧れる職業だった。
    その憧れを100年前から抱きづけていた(真似事してただけか?)俺は、現世になって1度だけでよかった憧れを定職と選んでしまったのだから馬鹿な男だということを知って欲しい。

    そう、俺は令和の名探偵門倉利運なのである。真実はいつもひとつなのである。


    名探偵門倉と100年目の答え合わせ





    「もう最近定時になっても帰ってこなくて、残業が増えたなーくらいに思ってたんですけど、なんでか旦那の体重が去年よりどんどん増えてて。ほら浮気してる奴は浮気相手と食事してバレないように帰ってきてからも食事を摂るから体重が増えるから浮気のサインって言われるじゃないですか?最近なんてスマホの扱いも慣れてないくせにロックなんてかけちゃって…絶対これ浮気してますよね!!!…探偵さん、聞いてます?」

    本日の依頼人は、どうだろう厚化粧の割には結構歳を食っているし身なりの割には仕草が下品。所謂背伸びしたおばさんってやつか。彼女はうちの事務所の扉をくぐるとぺちゃくちゃぺちゃくちゃと言いたいことだけ重機関銃のように話し出す。案内もしていないのにソファにドカりと座った様子を見るに怒りが収まらないのだろう。
    まず証拠やらなんやらをと言っても、断固として浮気を決めつけているようでまぁたまにいる厄介なというか面倒な相手だ。
    名前はなんだっけかな…
    ちらりと机の角に置いた最初に不躾に渡された名刺を見る。
    松任谷鷙(まつとうやあらい)さん。え、ユーミン?

    「あら」

    さっきまで止まりそうになかった依頼人のマシンガントークを止めたのは、キッチンから粗茶のコーヒーを持ってきた助手だった。
    依頼人はさっきまでとガラリと雰囲気を変え、髪の毛なんか整える。どうやらうちの助手は依頼人のお眼鏡にかなってしまったようだ。
    まぁうちの助手、体も鍛えてるし整った顔してるしな。目深に巻いたタオルとアウトドア系のブランドの服を着ていも様になっているのだからいい男という部類なのだろう。
    俺は少しきつくなってきたスーツの上から自分の弛んだ腹をひとつまみする。

    「えと…話を止めてしまったか?」

    そうとは知らず助手は話を止めてしまったと申し訳なさそうにしていた。

    「いえ!大丈夫ですわ。えーと、こちらは?」
    「うちの助手のキラウシです。捜査に協力もしてくれますし、雑用やらなんやらしてもらっててね。しっかり者なんです。珈琲で?」

    キラウシを依頼人に紹介しながら、目配せをする。キラウシはこちらの意図に気がついたのか軽く挨拶を済ませ手に持つ珈琲を依頼人の前に置いた。
    依頼人は外国の方かしら?と助手を上目遣いで見ながらちびちびとキラウシのいれた珈琲を飲み始めた。
    これ幸いと俺は浮気調査の概要を話し始めた。こういうのはとにかく証拠勝負だ。浮気をしているであろう旦那さんの行動をある程度把握するために幾つか職場や良く行く場所について聞いていく。ドライブレコーダーのデータやスマホのLINEのデータ等も証拠になるだろうから気になるところがある場合はデータを取ってきて欲しい旨を伝えた。
    淡々と話す俺の前に珈琲をことりと置くと、キラウシは俺の隣に座った。
    依頼人はキラウシを見つめてばかりいて、やつが動くと小さくため息を吐いた。見惚れるってのはこういうことか。てか、俺の話を聞けよ…。






    「はぁ…」

    依頼人が帰った事務所で疲れきった俺は大きなため息を吐いた。

    「疲れたようだな。まだ依頼内容を聞いただけだぞ?」

    キラウシは先程帰った依頼人に出した食器を洗いながら俺の疲れに呆れた様子で話しかけてきた。

    「おいおい、あんな怒り狂ったマシンガントーク聞かされたらそりゃ疲れんだろ。」
    「ジジイだからじゃないんだな。」
    「まぁ昨日健康のために試しに腹筋10回したから筋肉痛なのもあるけどよ。」
    「ん…ジジィ〜」

    そう呆れながらもキッチンから出てきてことりと静かに俺の好きな温かいココアを置く。そういう奴なんだうちの助手。

    キラウシと組んで早100年。
    何言ってんだと思うだろう。いやそれがホントなのよ。前世ってやつ?明治時代からの記憶をお互い持ってるわけで現世で再会したやつ。よくあるやつね。
    まぁそこら辺の話はまた今度ということで。
    なんやかんや前世からの俺の運の悪さが相まって、なんやかんや事件に巻き込まれて探偵稼業はまぁぼちぼちという所だ。ドラマや映画のように殺人誘拐事件解決なんてことにはならず、紛失物捜索だったり今回みたいな浮気調査だったりだが。


    「それにしても浮気調査、今月は3件目だな。」

    キラウシは自分でいれた冷めた珈琲を飲みながら今月の依頼をまとめたファイルをペラペラと捲りそう言った。確かに今月は珍しく依頼が多いが、浮気調査ばかりでちと面倒くさい。

    「まぁ春だからなー。」
    「春だからなんだ?」
    「人間も発情の季節だってことだよ。」
    「……」
    「キラウシ君、そんな蔑んだ目で見るなよ。」

    実際春は浮気が多い。浮ついているヤツらが多いからか。離婚が多い季節も春だと言うしな。実際今世でも前世でも俺は春に嫁と娘に逃げられたしな。

    「そういやよ、キラウシ。お前さん今世ではいい人いねぇ?」
    「は?」

    キラウシはふと思いついた俺の質問に怪訝そうに眉をひそめた。

    「前世でもお前未婚だったろ?今世ではなんか良い奴とか出会わなかったのかなぁと思ってよ。そういう話したことねぇだろ?」
    「……」
    「なんだよその顔。もしかしてナウで居ちゃったりする系?」
    「ナウとか古いんだよケツ穴掘りジジイ。」
    「え、ナウって古いの?」

    結局そこまで深入りせずに別の話題に変える。キラウシの少し睨みの利かした目が少し気になったが、この事件未解決ということにしておいてやる。まぁ良い奴がいたら今度紹介してくれるだろう。なんせ100年来の相棒だからな。









    「あー。ここか?浮気してるってやつの職場は。」

    ビジネス街のビジネス街。働いてでもなけりゃ近寄りもしないような場所だ。
    どこにでもあるワンボックスの愛車を道路の脇に留め、中からそびえ立つビルを眺める。記載された資料の依頼人の旦那の職場の住所と、隣でキラウシがカーナビで現住所を出した画面を見合わせて確認する。

    「まぁでっけぇ会社だこと。」
    「松任谷って結構有名な会社だろ?確か海外の物流だったか…そこの社長さんだって。」
    「へ〜」

    よく知ってるねぇキラウシ君と言えば、依頼人のことくらい知っておけって軽く罵られた。

    「えーと確か旦那さんの行動パターンはだいたい午前7時半出家…」
    「修行みたいに言うな。会社に行くだけだろ」
    「で、会社には大体30分で到着。8時間勤務で定時が18時半で…」
    「奥さん最近は残業ばかりで帰ってくるのは日付が変わる前って言ってたな。」
    「世の中忙しいもんだねぇ。で、今何時?」

    18時半前だ。

    「このまま旦那さんが出てくるまでここで待つか。」
    「だな。」


    何時間かかるか分からないこの張り込み。まぁ探偵らしくていいんじゃない?会社の入口を見ながらそうごちた。
    後部座席に置いた帽子を深深とかぶり新聞を読むふりをしながらまるで現場作業員の休憩かのように装った。

    「門倉、腹減ってないか?」
    「あーそういや腹の減る時間だな。」
    「にぎりがある。鮭と肉そぼろ。どっちだ」
    「ありがてぇ」

    張り込みっていやぁアンパンってイメージがあるかもしれねぇ。現に俺は1人で張り込んでいた時は例に習ってアンパンばかり貪り食っていた。しかし、キラウシが菓子パンばっかり食うな!と怒りながら握り飯を握ってくれるようになったのでいつの間にかこの習慣が出来た。まぁ何だこいつの作る料理はうめぇ。前世じゃ土方一派の炊事担当みたいなこともしてくれていて、アイヌの郷土料理を振る舞う時には和人の味付けに変えて上手くアレンジしてくれて作ってくれていたもんだ。現在でもこいつの料理の腕は1級品だ。独り身の俺に哀れんでほぼ毎日飯を食わせてくれる。美味いもんなんだぜ。

    「お前昔っから料理得意だったな。」
    「得意というわけじゃない。生きるためにしてるだけだ。」
    「とにかく今でもお前の握り飯はうめぇもんだだ。」

    そう言って受け取った鮭握りを口に放り込んでいく。キラウシも同じく持ってきた水筒に入ったお茶を飲んでいた。その横顔にふと過去の記憶が蘇る。





    『お、今日は白米か』

    土方の隠れ家として知り合いのツテを使って使用していた家に炊きたての米の匂いが立ちこめる。
    先程まで囲炉裏の前でうつらうつらとしていた門倉は、帰ってきた牛山の声に目をパチリと覚ました。炊事を行っていた夏太郎とキラウシは大所帯となった仲間たちの分の白米をよそいながら自慢げにニコリと笑う。

    『いや、今日ねキラウシさんがとった鹿の皮を売りに行ったら農家のおじさんが猫車が壊れたって困ってたんですよ。それを直してあげたら野菜と白米くれちゃって。』
    『今日は味噌汁と白米だ』

    大鍋で作った味噌汁をのぞき込むとまぁ具沢山に野菜が入っている。つやつやとてかった米がまた美味そうに輝いている。
    キラウシが来てから食事がいっそう煌びやかになった気がする。キラウシが入る前は狩猟するやつもおらず、その日の食事はありつけるかありつけないか、各々が町で食べてくることが多かった。面倒臭がりの門倉は酒さえあればとその日食事を食べずに過ごすことが多かった。
    しかし、キラウシが来てからはアイヌの狩猟と料理の技術を用いて毎日食事にありつけるし、尾形も練習を兼ねて鳥を打ってくるし。面倒臭がりの門倉も皆で食べるとならばと毎日きちんと食事をとるようになったのだ。

    『沢庵はあるか?』
    『ちゃんと町で買ってきましたよ。』
    『美味そうだなぁ』

    各々にそう述べながらそれぞれの定位置に座った。先程までピクリとも囲炉裏の前を陣取り動かなかった門倉ものそりのそりと自分のいつも座る食事の席に移動した。
    それぞれの席に置かれた並々の味噌汁と白米。門倉はゴクリと喉をならした。1日何もしてない日でも腹は減るものだ。
    が、自身の席の前に置かれた白米を見た門倉は眉間に皺を寄せる。隣に座ったキラウシの分の米と見比べる。明らかに門倉の前に配膳された米が少ないのだ。

    『いや、なんか俺のだけ半分少なくない?』

    その一言に、キラウシがビクリと肩を揺らす。

    『じ、ジジイは最近腹が出てきたから、お、俺が半分食べといてやったんだ』
    『え〜なにそれひどくね?』

    門倉はそう抗議するが、キラウシは目を合わさず少し耳を赤く染めていた。周りを見ればニヤニヤと笑みを浮かべているし、面倒臭がりの門倉はそれ以上文句を言わず目の前に出された半分だけ減っている米に手をつけたのだった。




    前世の記憶があるとたまにこうして思い出す。
    そんな100年の前の日常の1幕を思い出しながら俺は現世でキラウシに問うてみた。

    「アイヌ…で思い出したけどよ。」
    「?」
    「お前さん前世じゃ俺の飯を半分だけ勝手に食ってきたことあったよな」
    「ぶっ!!ゲホゲホッ…」
    「おわっ、何してんだよ!大丈夫か?」

    突然キラウシがお茶吹き出し、慌てて俺はティッシュを探した。キラウシは大丈夫だからと手で静止しながら会社の入口から目線を外すなと指で指示してきた。仕方なく俺はまた目線を会社の入口へと移す。

    「ゲホッ…」
    「大丈夫かぁ?」
    「大丈夫、ゲホッ」
    「まぁアイヌの文化なんてお前さんと出会うまではからっきしだったしよ、何かのしきたりだったんだろうけど…なんか意味があったのか?」
    「…うるさい、ジジイ!おしり探偵!アホ!!」
    「え、えぇ……てか、それはN〇Kに怒られるからやめよ?」

    おじさん、野暮っだった?
    なんの意味があったのか、結局わからずじまいだが、今度調べるかそれとなく聞いてみるかしてみよう。他の文化に口出しするほど野暮じゃないからこれ以上は突っ込まないでおいた。



    結論から言うとそれから待てど暮らせど件の被疑者は会社の入口を通ることは無かった。なかなかターゲットが現れず、いつの間にか隣のキラウシが吸うタバコの吸殻は山盛りになっていたし、くだらない冗談を話していた俺の口も喋り疲れてさらにしゃくれて、キラウシの指で弾かれて笑われたほどだ。
    本当に浮気せず、残業頑張っちゃってる系のいい旦那さんなんじゃねぇの?と思うが、こういうのはよくあることで粘り強くが探偵のモットーというものだろう知らんけど。
    暫くすると車が何台か会社の前に止まった。 どうやらひとつは下水清掃の車らしい。今から会社の清掃に入るのだろう。1人の清掃員が出てきてポンプやら専用の道具を片手にインターホンを押して中へ入っていく。
    暫くすると入口から同じ清掃員が出てきて外の配管をチェックして車を出して出ていった。それぐらいの時間経ったと言うことだろう。


    「もしかしたら浮気してるターゲット見逃してるかもしれねぇな。」
    「そうだな。隠れて帰ったのかもしれないな。もしくは門倉が壮大に車内で小銭を落とした時に見逃したかもな。」
    「わ、悪かったな。あと1時間してなんもなかったら明日に回すかー。」
    「そうだな。」

    そう言って2人で大きなため息を吐いたのだった。



    その時だ。


    「きゃーーーーーーーー!!」
    「「」」

    被疑者の会社のビルから女性の叫び声が聞こえたのだ。キラウシと俺は慌てて車内から上をのぞき込む。確かビルは8階建てだ。数階にあかりが着いていてやはり中に誰かいるのが伺える。どこから声が聞こえたのか。
    その時、ビルの最上階の窓から何か落ちてきているのがわかった。

    「な、なんだ!?」

    何かを理解するには落下速度が早すぎた。
    いや、分かっていたのかもしれない。窓から飛び落ちてきた何か。
    嫌な予感は的中するわけで。
    それはグチャりと折れ曲がり、勢いよくバウンドし、ずるりと地面を濡らした。
    隣のキラウシがそれを理解すると口元を抑えて目を見開いた。

    「嘘だろ…」

    それはどう見ても人だった。
    名探偵門倉、ここに来て最悪な事件に巻き込まれたようだった。











    「やや、これは門倉元巡査部長じゃないですか〜」
    「げ」

    あまり感情を出さない奴だとよく言われてきたが、嫌な奴に会うと表情に出てしまうらしい。キラウシが俺の顔を見て、普通の顔しろと静止してくる。
    いや、こいつ前世から俺に付きまとって俺を殺そうとしてきた奴だからね。遺体には近寄らず速攻警察に連絡し、駆けつけたのがそんなやつだ。そりゃ嫌な顔ぐらいする。
    やつは宇佐美警部補。前世は…言わずもがな元俺の部下で第七師団のスパイだったやつ。んで、現世では…あぁそういや言ってなかった。現世じゃ俺門倉も警察なんて身の丈にあってもねぇ仕事をやっていたわけよ。若い時は。
    そっから色々あって探偵稼業を始めたわけだけどそこはいい。
    警察の時に部下として宇佐美が配属された時は心臓が止まるかと思った。何の因果かヤバいやつと再会しちまったと。俺の運を恨んだよね、いつも通り。
    幸い宇佐美には、俺とキラウシのように前世の記憶がないように思える(それも演技かもしれないが触れないことが吉だろう)。と言っても結局何かとこいつには警察時代には振り回されたのはまた別の話。
    サイコパスな宇佐美はことある事件にその才能を開花させ警部補まで上り詰めたやつだ。あまり関わらない方が良いのだが、現場を目撃してしまったのだから逃げはできない。


    「警察をやめて探偵になったとは聞いてましたが…まさか殺人をするまでに落ちぶれてしまうとは…おいたわしや、門倉元巡査部長…」
    「おい、俺らは目撃者なだけだ。勝手に殺人鬼にするな。そもそも飛び降り自殺じゃ…」
    「刺傷があった」
    「え?」

    俺の言葉を遮ったのはキラウシだった。

    「おや、えーと貴方は?」
    「門倉の助手のキラウシだ。」
    「あぁ。よく門倉部長が酔っ払うと話してた方ですね。空想上の生き物かと思ってました」

    おい、なんだその話は。初めて聞いたぞ。酔っ払って俺何話してたんだ?
    いやそんなことはどうだっていい。

    「『彼女』が落ちてくる時切り傷が見えたんだ。胸に刺傷がいくつか。」
    「ほーん。よく見えましたね、そんな傷。遺体もよく女性とわかりましたね。遺体には近寄らなかったと聞いていましたが…正解です。」
    「元々猟師で目はいいんだ。」

    キラウシはそう真面目に答える。誠実な奴だ。率直にそう答えたのだろうが、宇佐美の顔を見てみろ。完全に疑ってる顔してやがる。そりゃそうだ。
    俺達はすぐに警察に連絡をしたし、遺体に近寄ることは無かった。野次馬が大勢来ていたからだ。現に俺はキラウシがそう言うまで空から落ちてきた仏さんが女だったなんて知りもしなかったし、ましてや刺されたあとがあるのも知らなかった。そういうことは言ってよね、キラウシくん。

    「まぁいいでしょう。謎を解くには証拠が必要ですから。」

    そう言ってメモ帳にきっちりと容疑者の目星をつけたのだろう宇佐美は取調べとして俺たちをビルの中に招き入れたのだった。






    ビルに通された俺とキラウシは別々に取り調べを行うと言うことでキラウシは別室に。先に会議室の一室で俺の取調べから始まった。


    「やっと二人きりになれましたね。門倉部長」
    「その言い方やめてくんない?」

    事件の資料を机に広げながらそう冗談めかした(本気かもしれんが計り知れん)宇佐美。その手元をちらりと覗き見る。キラウシの言う通り、殺人事件で被害者は女性のようだ。

    「まぁ1番に聞かなきゃいけないので聞きますけど、なんであんな時間にこんなところに?」
    「う…」

    痛いところをつかれてしまう。厄介な事になるのは目に見えていたが。探偵稼業で大事なのは客との信頼関係と、探偵であることがバレないことだ。
    既にこいつには探偵であることはバレているので、俺がなにか調査しているのは一目瞭然だった。

    「まぁどうせ浮気調査とか何とかでしょう?」
    「ぐ…」
    「あの時間に会社に残っていたのは大学を卒業したての新人の女性と、その他独身の男性数名。それから既婚者の社長。社長さんの奥さんからの依頼ですかね?」
    「ぐぅ…」

    ぐうの音が出たわ。

    「ちょうどいいです。定時の時間から張り込みしていたですけど、会社の出入りしていた怪しい人物とか見てないですかね?」
    「あーまぁ会社員くらいしか…いなかった気がしますはい。」

    元部下といえど立場はもう逆転してしまった。仕事のできる宇佐美の淡々とした質問に肩身を狭くして答えるしかできなかった。

    「それにしても本当に警察時代から門倉部長は凶運に取り憑かれてますね。辛気臭い顔もそこから来たのですか?」
    「どういう意味だよ」
    「殺されたの、社長の奥さんですよ?」
    「なに!?」

    宇佐美はトントンと事件のファイルをペンで叩く。資料を覗き見ていたことがバレていたらしい。そこには被害者『松任谷鷙』の文字。間違いなく俺たちの依頼人の名前だった。

    「これで門倉元巡査部長も被害者との関係がわかった訳ですし、れっきとした被疑者ですね」

    ニッコリと胡散臭そうに笑った宇佐美に、俺は顔を歪めて苦笑いしかできなかった。





    「門倉〜飴貰った〜」

    俺の後から宇佐美に取り調べを受けていたキラウシはコロコロと口の中で飴を転がしながら嬉々として会議室から出てきた。先程死んだ顔で取り調べを終えた俺とは対照的だった。なんでだよ。

    「あんなやつから貰った飴なんてペッしなさい。ぺっ。」
    「なんでだ?いい人じゃないか。門倉がこの前猫追いかけてペンキに頭突っ込んた話をしたら事件の概要教えてくれたぞ。」
    「事件の概要聞いたのかよ。情報ガバガバかよ。」

    いやその前にあいつにそういう話すると何されるかわかんないからね?
    キラウシは待機場になっているベンチに座る俺の横に腰かけると概要を話し始めた。

    「被害者、依頼人だったらしい」
    「らしいな。そこだけは俺聞いたわ。」
    「で、夕方頃に旦那の社長に用事があって会社に来たらしい。けど、社長が会議とかで色々忙しいからずっと別室で待ってたらしい。」
    「長い時間待たされてたみたいだな。まぁあの奥さんのことだ早とちりでもして旦那に浮気を問い詰めようとでもしたのかもな。」
    「で、残業していた社員達が帰宅しようと施錠チェックしている時に、新人の女性がとある部屋に訪れた時に奥さんが窓から落ちていくのが見えたらしい。」
    「そりゃトラウマもんだな。可哀想に。だがおかしくねぇか?」
    「そうだ。遺体には俺が見たように胸に刺傷がいくつかあって、死因は刺傷による失血死だったらしい。」
    「どうやって、あのビルから仏さんが飛び降りたって話だな。」
    「それに殺人に使われた凶器も見つからないらしい」


    ふむふむ、なるほど。
    自ら飛び降りた刺傷した遺体。
    凶器は見つからず…この事件名探偵門倉、わかったぞ。

    「この事件は迷宮入りだっ!!」
    「お前か!私の事を探ってたってやつは」

    いや、せっかく俺が立ち上がってかっこつけて決め台詞は言ったのに割り込まれてしまった。
    割り込んできたのは、お高めのスーツにお高めの靴、厭らしく指に光る高そうな指輪に、セットされた髪に髭。小太りな中年の男だ。
    どこかで見たことがある顔だと思ったが、そういえば俺達が今日こいつを待って張り込んでいたのを思い出した。
    この会社の社長兼被害者の旦那だった。
    名前は松任谷というのだろう。やつは凄い剣幕でこちらに近づいてくると俺を睨みつけてがなる。

    「お前だろ!俺を調査してたって探偵は!」
    「え、いや、え?」

    なんで知ってんだ?と思うが、取り調べを行っていたであろう部屋からニコニコと最上級の笑顔を見せた宇佐美がこちらを覗いていたので合点がついた。

    「私が浮気していただと!?そんなこと有り得んだろう!この時間まで仕事を熱心にこなしていたというのにあの女!」
    「ま、まぁ落ち着いてください…」
    「いくらだ!?いくらあの女から積まれたんだ!?」

    慌ててたしなめようにも、社長は怒りが沸点を超えてしまっているようでまるで沸騰したやかんのように金切り声をあげる。俺のか細い声なんて聞こえちゃいないのだろう。
    呆れたキラウシは、俺の代わりに制止してくれた。

    「待ってくれ。今はそういう話をしてる場合じゃないだろ。」
    「なんだお前……は……」

    ん?
    割り込んできたキラウシを睨みつけた社長は、キラウシの顔を見るとすごい剣幕だった顔をみるみると緩ませていく。
    そんなことある?いくら浮気を疑う冷えた夫婦といえど、好みの顔は同じという似た者夫婦ということか。キラウシも罪な男だ。
    そんなことは露知らず、キラウシは社長に語り掛ける。

    「俺はこのへぼおしり探偵の助手のキラウシだ。あなたをこそこそ調べ回っていたことは謝罪する。しかし今はそんなこと言っている場合じゃないだろ?」
    「あ、あぁそうだな。」

    社長は一気に落ち着きを取り戻したようだ。
    なんだか気に食わないが、まぁ落ち着いたならいいだろう。しかし、キラウシをジロジロと品定めするように見つめる瞳に寒気がする。俺はスっとキラウシと社長の間に入り込んだが、社長は気にもとめなかったようだ。

    「キラウシ…と言うのはアイヌの名前ですかね?」
    「よくわかったな。和人の名前もあるが、こちらを名乗ってる。」
    「えぇ、誇り高きいい名前だと思いますよ。意味は…角?」
    「角がついているという意味だ。」
    「えぇ。少しアイヌの文化に興味がありましてね。ふふ、貴方の耳たぶを見て分かりましたよ。」

    と、社長はキラウシの耳朶を摘む。何普通に触られてんの?セクハラだよ?と思うが、キラウシは少し小さく声をもらしたが社長の手を払うことはしなかった。俺は何故かいい気がしなくて、キラウシの耳を触る社長の手を振りほどいた。

    「えと、松任谷さんと、とにかく俺達は探偵であなたを調べていましたことは謝罪します。キラウシが言うように今はそんなこと言ってる場合じゃないですし、貴方の潔白は今日張り込んでいて理解しました。」
    「ふんっ、そう言っただろう。」

    社長は振り払われた手が不愉快だったのか、俺を見る目をまた軽蔑の眼差しに変え、続けた。

    「あの女は私を浮気するヤツにした手上げて慰謝料を請求しようとしたに違いない。あの女せっかく養ってやっていたのに恩を仇で返しよって。」

    冷めた夫婦関係だったのは、その口振りで凡そ予想は出来た。社長はきりりと親指を噛む。
    相棒と目があい呆れたように少し肩を竦める。
    社長はドカりとベンチに座ると、キラウシの方を見てニヤリと笑う。

    「それにしても、キラウシ…ニシパと言うんだったかな?」
    「あぁ、アイヌ語で殿、旦那とかいう意味だな。」
    「ふふ、そうだね。キラウシニシパはアイヌマキリを持っていたりするのかな?」

    アイヌマキリ…前世でキラウシが父から貰った大事な物だと腰に引っ掛けていたやつか。関谷との交戦で俺がやつの足にぶっ刺しちまったあれか。懐かしい記憶だ。

    「あぁ、先祖が持っていたのを」
    「そうですかそうですか!いやぁね、私アイヌマキリの装飾が大変気にいっておりましてな。いくつか模造品を収集していて…良ければ本物を見せて頂けないでしょうか?」
    「あぁ構わない。ただ今持ち合わせてはいないが。」

    おい、それはまた別日に会うってことかよ…。ニヤニヤと社長の口角がさらに上がる。こいつ、嫁さんが殺されたってのに気楽なもんだ。

    「それはそれは。本物を間近で見る機会なんて滅多にありませんし、とてもありがたいです。実は私も真似て自分でもマキリを作るのを最近凝ってましてね。」
    「そうか。アイヌではかつてマキリの出来で男性の技量を測っていたんだ」

    キラウシはかつて自分が経験したようにそう言った。まぁ前世で経験してるんだから嘘ではない。俺も前世でそんな話をやつから聞いたことがある気がする。きっと資料などで読んだ社長はうんうんと同調する。

    「よろしければ…私の作ったマキリをひとつ受け取って貰えないだろうか?」

    社長はそうキラウシに詰め寄るように言った。
    その言葉に俺は前世のことを思い出した。そうだこんなことがあったな。






    『悪かったな。親父さんから貰った大事な物に。』

    門倉が関谷の腿に突き刺したそれは赤黒い色に染まっていた。門倉は丁寧に宿舎の井戸の水で水洗いをしてそれを綺麗な布でぬぐい取る。
    キラウシは肩を竦めてその様子を見ていた。

    『構わない。お前と土方ニシパの命を守ったならそれでいい。』
    『あー、んー、気がついたらぶっ刺してた的なやつだけどまぁその通りだわ。』

    歯切れの悪い門倉の言葉にキラウシはなんだそれと呆れた様子を見せ、マキリを洗い流す門倉の横に屈むと、手を差し出した。

    『変わる。かせ。』
    『え、いやいい。俺が汚したんだし。』
    『手、』
    『あ』

    北海道の寒い冬だ。雪もつもりきっている。釧路も例を見ず凍えるような寒さだ。
    そんな中で井戸の水を使って洗っているのだから、手も微かに震え真っ赤に染まるわけだ。
    ほぼ奪い取る形でマキリを奪われた、いや返したと言うのが正しいのか。キラウシはマキリを手に取って汚れをしっかり拭く。

    『そもそもスルクを飲んだようなジジイにさせたくない。早く休め。』
    『いやだからなんか大丈夫になったんだって。なんか知らねぇけど。』
    『顔も青白い陰気な顔なくせによく言う。』
    『それは元々だ。こいつ…』

    キラウシはそう言うと、少しだけ頬を緩ませる。少しほっとしたように感じ取れて、門倉は大事なマキリを汚してしまったが彼が怒っていないことを実感した。

    『門倉は土方ニシパの為に命をはるんだな。』
    『まぁな。土方さんのお役に立てるならなんでもするさ。』

    そう門倉の吐き捨てるように呟くと、キラウシは少し寂しげに門倉を見た。

    『…でも…』
    『男ならわかるだろ?それも生き様だ。』
    『…和人のことはわからんな。』

    アイヌだとて男の生き様というものに理解はあるはずだろうが、キラウシはあえてこの言葉を選んだのだろう。自然と共に生きて死ぬ。それが彼らなのだから。
    お互いにそれ以上は踏み込まなかった。しばらく沈黙が続いた。その間にキラウシはマキリを綺麗にふきあげる。この後乾燥すれば大丈夫だそうだ。なら早く宿舎に戻ろうと立ち上がったのは門倉だ。

    『んじゃまぁ早く部屋に入ろうぜ。あー寒い寒い』
    『門倉。』

    宿舎に戻ろうとする門倉の背中にキラウシが呼びかける。門倉は歩みを止める。

    『せめて、武器は持つべきだ。』
    『あーまぁそうだけどよ。物騒なもんは持ち慣れてねぇんだよな。』
    『土方ニシパを護るためだ。そして、お前を護るためだ。』

    ほんと、お節介なやつだよなこいつ。
    門倉はまだ出会って日が浅いキラウシをそう思っていた。勿論悪い意味ではない。だが、良い意味でもない。この黄金剥奪物語には優しすぎる奴だと思っていた。

    『武器っつたってな。銃は得意じゃねぇし。刀なんて俺が持ったら自分のブツまで切っちまいそうだ。』
    『俺が門倉のマキリを作る。』

    キラウシは何故か照れたようにそう言った。門倉には何故彼が頬を赤く染めて目を合わさずにそう言ったのか理解できなかった。

    『お前が?』
    『い、嫌か?』
    『いや、嫌ってわけじゃねぇけど…面倒じゃねぇの?』
    『道具さえあれば…。』

    ならばいいよ。作らなくて。
    とは言えない雰囲気を門倉は分かっていた。

    『マキリは人を刺したりするためのものじゃないが、今回みたいに何かあった時に門倉を守る事も出来るだろう。ジジイには持ちやすいサイズだろうし。』
    『あーそーね。』

    門倉はそう言って、キラウシにニヤリと笑みを返した。

    『なら頼むわ。急がなくても良いけどよ。待ってる。』

    その言葉にキラウシも同じように笑みを返したのだった。

    『で、結局俺のマキリはどこに隠してたんだ?』
    『さぁ〜今日の飯はなんだろうな。』
    『おい、どこに隠してたんだ』





    「受け取れない。」
    「いや、そんなこと言わず…」

    ハッと過去のことを思い出していると、キラウシと社長の押し問答で目が覚める。
    社長がどうやらキラウシにどうしても自分の作ったマキリを持っていて欲しいと言っているようだ。珍しく人から貰ったものはなんでも疑わず受け取るキラウシだが、この件に関しては断固受け取らないという意思が見える。まぁナイフだもんな。そうこの現代社会では易々と受け取れるものでは無いか。

    「受け取れない。アイヌにとってマキリは大事なものなんだ。大切な相手に…」
    「ええ、知ってます。だから貴方に受け取って欲しいんですよ、キラウシニシパ。」

    キラウシの言葉に畳み掛けるように社長はそう答えた。どういう意味だかわからないが、ニヤついた社長の顔が何か意味深に見て取れる。
    キラウシは少し怯えたように体を強ばらせた。こりゃ流石に割り込まなきゃならんわな。

    「松任谷さん、すみませんねぇ。こいつ1度決めたらっう頑固もんでね。今回は…ね。」
    「…そうですな。また次回の時にでも…」

    否が応でも、渡したいらしいな。
    するとタイミングよく社内に残っていた社員の1人が社長を廊下の先で呼ぶ声が聞こえた。
    社長はそれに応えると、ふんと大きく鼻を鳴らして「それでは、キラウシニシパ。スイ・ウヌカラ・アンロ」と言い、その場を去っていった。アイヌ語らしいがどういう意味かはわからなかったが、キラウシの嫌悪感を示す表情があまり奴にとって良い言葉ではないのだろう。

    「…飴、いるか?」
    「…いる。」

    この後ハッカ飴だったことに怒ったキラウシにジジイ!とペシリとケツを叩かれた。






    それから堅苦しい現場から開放されたのは朝方だった。
    結局犯人はわからずじまいで、長期戦になりそうだとイラついた様子の宇佐美に開放されたのだった。
    ビルに出て外の空気を吸った時に先程まではさほど感じなかった眠気がドバっと襲いかかる。キラウシもどうやら同じだったようで、大きく欠伸を落としていた。そして、対抗するように俺は腹を鳴らした。

    「こう夜勤明けってなんで満腹中枢ぶっ壊れんだろうな。」
    「疲れた脳が栄養を欲してんだろうな。」
    「俺の脳は牛丼を欲しているみたいだわ。」

    オフィス街に必ずと言っていいほどあるそのオレンジの看板の牛丼屋は俺たちを呼んでいた。
    キラウシは俺と目が合うと何も言わずにゴクリと喉を鳴らしたので、決まりだな。その足取りのままその店のドアをくぐったのだった。
    そこから朝食を食べた俺たちはふらふらとしながらも無事に(駐禁切られてたけど)お互いの自宅に帰ることが出来たのだった。




    次に俺が目を覚ましたのはスマホの着信音だった。夜勤明けってのはどうしてこう腹も下すし頭痛が出てくるんだろうね。充電するのも忘れて眠っていたようであと少ししかない充電に焦りながら、液晶に記されている助手の電話に出た。

    「っつー、すまんキラウシ。寝てたわ。」
    「だと思った。ジジイだしな。今何時だと思ってる。」

    キラウシの問いにあーと言いながらカーテンを開けて窓の外を見る。綺麗な夕陽が輝いていて、丸一日を寝て過ごすところだったと少し身震いする。慌ててカレンダーのスケジュールを見て今日の日付を確認する。

    「あーもしかして今日なんか予定あったっけ?浮気調査も…今日は依頼人と面会もなかったし…」
    「門倉、ちょっといいか」

    電話の先でキラウシが改まった様子で聞いてきて、俺はその話に耳を傾けた。

    「昨日、取調べの時俺たちが張り込みをしている間会社の人以外誰も玄関を通らなかったと証言したか?」
    「え、あぁそうだな。」
    「俺もそう証言したけど、今思い返したら1人だけいたんだ。みんなが帰った後に1人だけ。」
    「…下水清掃だ。」

    1人だけいたのだ。
    下水の清掃員が。

    「っつ、宇佐美に早いとこ連絡しねぇと。あいつの事だ。虚偽の証言しただなんだでいちゃもんつけられかねん。すまん1度切って宇佐美にすぐに連絡する。」
    「ま、待ってくれ。」

    宇佐美に連絡しようと1度通話を切ろうとした時、キラウシの珍しく弱々しい声で止められた。

    「どうした?」
    「……」
    「キラウシ?」
    「…例の社長に今日会えないかと言われた。」

    例の社長って…松任谷か。いやいつ連絡先交換したんだよお前。

    「お、おう。しつこく昨日もお前を誘ってたな。」
    「うん…あの後電話番号聞かれて答えたんだが…」

    やはりいつもと違いどこかか細い声に門倉は辟易する。あいつ…社長キラウシが嫌がっても自分が作ったマキリを渡そうとしてたしな。下心が丸出しで部外者の俺でも寒気がしたほどだ。

    「嫌なら断りゃいいだろ」
    「…門倉、やっぱり気にならないか?」
    「あぁ。まぁ。なんかあのおっさんお前を見る目がいやらしくて下心丸出しだったしな」
    「っつ!!そういうことじゃない!!」

    ピシャリと言われて俺は受話器を少し話した。

    「あの社長、奥さんが死んだのに全く何も感じてなさそうだった。」
    「まあ冷めきった夫婦関係にしてもありゃちょっとな。」
    「それに…俺に求婚してくるし、やっぱり何かおかしい。」
    「きゅ、求婚!?どういうことだ!?」

    求婚!?昨日会ったばかりのやつにお前そんなことされてたの?俺なんて100年前から合ってるんだぜ!?てか、いつ?昨日そんなことしてた?どうやって?
    キラウシの突然の告白に色々な疑問に出てきて頭が回らない。しかし、キラウシは慌てたように続けた。

    「とにかく門倉、俺は今から社長に会ってくる。カドクラは清掃員のこと警察に伝えておいてくれ。」
    「いや、お前そんな危ねぇやつのとこに行くのか!?」
    「でも、探偵の助手としてなにか掴めるかもしれないだろ?事件解決したってなったらお前の事務所も有名になるかもしれないし。」
    「そんなことどうでもいい!お前に何かあったら…」
    「心配してくれるのか?」
    「当たり前だろ!何されるかわかんねぇぞ!」
    「門倉…」

    そう言ってキラウシはゴクリと喉を鳴らした音が聞こえた。何かを伝えようとしているのは感じ取れ、俺も同じく奴の言葉を待った。




    「…俺、100年前から門倉の事が…」




    ブチッ…………




    「あ?」

    充電が切れた音だった。
    ほんっと、前世でも現世でも俺ってそういう星の下に生まれた男だわ。

    「くそっ!」

    慌てて俺は充電器にスマホをぶっ刺して充電する。
    その間に昨日脱ぎ散らかした服をそのまま来て、松任谷の依頼人の資料をめくる。やつの住所。これだな。キラウシはここに向かったんだ。

    フォン
    それと同時にスマホの充電が微かにディスプレイを光るほどまでに回復したことを知らせる電子音が聞こえる。慌ててコードに足をひっかけて転けそうになりながらもキラウシに再度電話をかけ直す。
    しかし、繋がらない。これから社長宅に向かうと言っていたし、もしかしたら運転中なのかもしれないな。そのままメッセージアプリを開き、「電話、また折り返しせ」とだけ送る。その時、手に持っていたスマホが揺れ、電話がかかってきた。

    プルルル
    「っ!キラウシ!!」
    「えー、宇佐美ですよー。残念ですねぇ。」
    「げっ」

    電話がかけてきたのはキラウシじゃなくて、宇佐美だった。

    「げっとは何ですか、門倉部長〜そんなに嬉しいですか?僕の声聞けて。」
    「そうだ。お前に言わないといけないことが!」
    「下水清掃員なら逮捕しましたよ?」
    「え?」

    宇佐美の一言に拍子抜けする。

    「あなた方が証言してなかったけど、社員の人がね清掃員が入ってたって証言してたんで今日の昼身柄が確保出来たんで容疑者として逮捕したんですよ。」
    「あーそうなのね。」

    電話するまでもなかったわ。我が国の警察の力は天晴れ。

    「凶器もどうやら下水に捨てたみたいでね。今それも捜索中です。」
    「あーなるほど。」
    「これで事件解決〜と言いたいところなんですが」
    「なんだ?」

    宇佐美はそこで含みを持たせた言い方で言い淀む。

    「実はねその清掃員、社長に会わせろ合わせろって喚いてましてね。なかなかガタイも良くて取り押さえるのが大変なんですよ。」
    「社長に?」
    「そうなんですよー。でもね、その社長今朝から連絡が取れないみたいで。通話記録をさらってみたんですけど、1度だけ門倉部長の助手に電話をかけてましてね。」

    合点が行く。
    キラウシの推理は正しいのかもしれない。
    社長と清掃員とグルで社長夫人を殺したとなれば…あの社長の態度も納得ができる。

    なら危険なのはその社長の元に向かったキラウシはどうなる?

    「すまん、宇佐美。キラウシがあぶねぇ。」
    「え、なん…」

    再びスマホの充電が切れたのがわかったが、そんなことはどうでもよかった。俺はそのまま事務所を飛び出した。









    閑静な高級な住宅街の先にある山の手にその家はあった。普通に何も無い時に見りゃただのでかい家だと思えるだろうが、こんな時に見りゃ悪趣味な家に見えちまうんだから不思議なもんだ。でかく周りを阻害させる塀に、中に見えるのは整えられた庭と、二階建てのひろひろとした日本家屋。
    表札に書かれた松任谷という名前が憎い。駐車場に停めてある車は見慣れたアウトドア向きなキラウシのバイクだ。ここにいることは確実だった。
    大きな塀のインターホンを鳴らせど鳴らせど出てこない。

    「っ、くそが!」

    俺は住居侵入罪なんて頭に浮かぶ余裕もなく塀を乗り越え庭に入り込む。年甲斐もなく太陽にほえろさながらのアクションだった。


    「もう無理…肩いてぇ…先に俺死んじゃう…」

    ん…ジジイ〜
    とキラウシが居たら言ってそうな気がする。そんな声すら恋しく愛おしい。

    愛おしい?




    庭の整備された木々の間を隠れつつ、玄関に向かう。鍵がかかっていてその場は諦める。

    「っ…ほかの入口探ってみるか。」

    そのまま身を隠しながらゆっくりと大きな窓の部屋を覗き見る。和室だろうか。中は様々なアイヌ文様の描かれた服や木彫、道具などが飾ってあるのが見えた。前世で見なれた道具達でお陰で使い方も覚えているのはキラウシのおかげだろう。
    社長はアイヌの文化に興味があると言っていたが、金にものを言わせて収集したのだろう。
    かつて家族や仲間のために祈って縫られたその刺繍達が泣いているように感じられた。
    窓枠を指でなぞりながら鍵を探る。しめた。空いている。ゆっくりと窓を開けて中に入る。


    「っ!!この野郎っ!」
    バチンっ!!!

    その時、奥の部屋から男の怒鳴る声と共に何かをはたく音が聞こえた。

    「てめぇらの文化を尊重してやって段取り踏んでやったのに、全て拒否すんのかよ!なんのためにここに来たんだ!」

    ゆっくりと怒鳴り声の響く方へと足を向ける。
    曲がり角の先からその声は聞こえ、衝動を抑えながら奥を静かに見やる。

    和室の一室に、怒鳴り声をあげている男の背中と、その奥に倒れ込んでいる男がいた。

    (キラウシっ!)

    そこに倒れていたのは、見間違うはずもない。キラウシだった。
    奴に殴られたのか、口から出血しており、いつもお気に入りだと言っていたシャツは胸までビリビリと破かれていた。俺は身を隠しながらギリリと歯を噛み締める。
    俺に背中を見せている醜いそれは、間違えるはずもない、松任谷社長だ。
    やつはイライラと拳を握りしめ足を揺すりながら、倒れ込みながら相手を睨みつけると再び蹴りつける。

    「ぐっ!」
    「なんだその目は!!せっかくお前のためにマキリを準備してやったというのに…お前はなんでそんな目をしてやがる!!」
    「っ!!」

    再びキラウシを蹴りつける。その蹴りはみぞおちに入ったのか痛みに顔を歪める。
    そして社長は痛がるキラウシ胸ぐらを無理矢理掴むと壁に押し当てた。小さく呻き声をあげたキラウシ。その顔面に社長は鞘から抜いたマキリを突き付ける。

    「ふん。本当に私好みのアイヌの顔をしている。いい顔だ。痛みに歪んだ表情も素晴らしい。図書館で見たアイヌ人の写真のままだ。」

    「私は昔から図書館で借りた本に書かれていたアイヌ人に恋をしていた。マタンシプを着け、その下に覗く鋭い眼光。狩りをする姿。勇ましいでは無いか、アイヌ人。そして私はそのアイヌ人の男をを愛していた。」
    「そして、将来その写真に似たアイヌ人の人間に会えたら私の作ったマキリを渡そうと。そう誓って生きてきた。」
    「家のために結婚したが、私の欲は満たされることは無かった。」
    「私に色目を使う男の作業員も抱いた。しかし満たされることはない!」
    「結局その作業員との関係に勘づいた妻が詰め寄ってきたが、私には妻に愛情なんてなかった。私の趣味に口出しをする邪魔なやつだとさえ思っていたさ。」
    「そこで作業員を唆して、妻を殺させた。下水を使って凶器と妻を流して証拠を隠蔽しようとしたさ。しかし、あの作業員凶器だけ持って途中で逃げやがったんだ。怖くなったんだろう。」
    「私はもうそこで諦めたさ。妻の死体をビルの上から投げ落としたんだ。愛しのアイヌ人に会えぬならば刑務所に行こうがなんでもいいと…」
    「だがそこでお前に会えた。キラウシニシパ。」
    「お前は私の理想のアイヌ人そのものだった。」

    「キラウシニシパ、もう一度聞こう。俺の丹精込めて何年かけてつくりあげたアイヌマキリを受け取り、私と共に生きよう。愛している。ずっと、昔から。」

    長い間自分語りをしていた社長はうっとりと自分の掘ったマキリを見て、その刃を突き付けキラウシにそう聞いた。恐ろしい奴。
    しかし、キラウシの眼差しはそんなものには屈しない。瞬きもせず、社長を射るような瞳で答えた。

    「何度だって言う。俺はお前のマキリを受け取らない。俺には100年前から心に決めた人がいる」

    そこまで聞いた社長はマキリをキラウシの顔面に突き刺そうと振りかぶった。




    ガンッ!!!!!!
    その刃が、キラウシを突き刺すことは無かった。
    俺は近くにあったアイヌの道具なのだろうその棒を社長の背後から振り下ろしたのだった。かなり力強く棒を当てたからか、棒はグチャりと曲がり折れてしまった。当たりどころが悪かったのか巨漢の男が白目を向いてバタリと大きな音を立てて倒れ込んだのだった。
    目を見開いて驚くキラウシと目が合った。

    「あ〜、この棒折れちゃったんだけどアイヌのなんか祈りとか籠ってる系?折っちゃった罰当たり的な棒なわけ?」
    「カド…クラ…」

    俺がそう困ったように聞くと、キラウシは暫く驚いた口を動かさなかったが、突如緊張の糸が切れたのかスルスルとその場に座り込んだ。

    「き、キラウシっ!」

    慌てて俺が駆け寄ると、キラウシは涙を流して笑いだした。

    「ふふふふ…アハー!」
    「な。なんだよ。」
    「ふふ、それはストゥって言うんだ。アイヌで悪いことをしたやつに制裁を加える棒だ。」
    「あー、なら使用用途は間違ってないってことか」

    しかしまぁ今じゃ大事な文化遺産だろうに悪いことしたな。ポリポリと頭を書きながら座り込むキラウシと目線を合わせた。

    「…お前にもこのストゥってやつでポコりと殴りたいよ。」
    「…門倉」
    「俺を1人にするなよ。危ない目にあいにいくなよ。やっとお前、この世界でもお前さんと会えたんだから。」
    「…すまなかった。」

    謝るキラウシは安堵の息を零しながら、ゆっくりと笑った。口元に着いた血が、悔しくて俺は自分の手でそれを拭った。

    「…門倉?」
    「なぁキラウシ…」

    静かにその頬をさする。温かい。今度は俺が安堵する。

    「…キラウシ」

    そうか、俺はお前を失うのが怖かった。
    前世のお前と、そしてやっと今世で再び会えたことで俺はお前を失うのがこんなにも怖くなっていた。
    そうなんだ。
    俺もお前のことを…
    俺は静かにキラウシの唇に自分のそれを近づける。







    「観念しろ〜門倉部長〜お前は完全に包囲されているーーーー」


    しかし、その唇が合わさることは無かった。
    窓から宇佐美とその部下であろう警察の部隊が突撃してきて、それは不発に終わったのだった。









    「で、浮気を問い詰められ社長夫人を殺したあとは浮気相手の作業員と証拠隠滅を企てるも、作業員に逃げられて、あえなく逮捕って感じですね。」

    テレビドラマとかでよく見る事件が終わって大勢の車と警察に囲まれ、ココアを飲みながら茶色い毛布にくるまれてるやつ。それを経験するなんて夢にも思わなかったわけで。幸いキラウシの殴られた怪我も軽傷で少し応急処置で手当てをされただけで済んだ。
    状況の説明を宇佐美にしつつ、宇佐美も事件の概要を大まかに話してくれる。どうやら昨日のうちに目星はついたが、物的証拠が見つからなかったようだ。

    「ま、あなた達はたまたま巻き込まれたって感じですね。」
    「…あーまぁー昔っから巻き込まれることはよくある事だわ。」

    うんうんと隣で頷くキラウシ。納得すな。そして宇佐美は持っていたペンをクルクルと回しなが続けた。

    「この後署で少しだけお話を伺いたいのでしばらくこちらで待っていただくことになります。どうぞよしなに。」
    「へーへー。分かってますよ。」
    「先程の続きはおうちに帰ってから…お願いしますね。では。」

    そうニヤリと笑みを浮かべながら去っていく宇佐美。言うようになったなほんと。ちらりと横を見ればキラウシは耳まで真っ赤に染めていた。あーんー、可愛いやつ。

    「…しちゃうここで?続き」
    「ばっ、するわけないっ!!!」

    ペシりと頭を殴られて俺はココアをこぼしそうになる。
    あーほんと良かったって思えるのだから、きっと俺も自覚する。100年前に出会って相棒として過ごした日々から俺はずっとお前のことさ、好きだったんだと思う。
    お前もそうだったんだろ?
    耳まで赤くしてそっぽ向いたキラウシの顔を横目に見ながら自然と笑みが零れる。




    「…なぁキラウシくん。」
    「…なんだ」
    「この名探偵門倉、100年前からの謎、全て解けちゃったんだよね。」
    「100年前からの謎?」


    「キラウシ、お前100年前からずっと俺の事大好きだろ。」


    さて、解答はいかに。
    真っ赤に全身染るキラウシがその答えのようだ。

    名探偵門倉、これにて一件落着ということで。
    おそまつさんでした。


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    nekodamashii12

    MAIKING※書きかけ。ハロウィンな魔法で若返った門倉さんとキラウシくんな門キラ。続きが書けないの…ので置いておきます。気がついたら…
    あの素晴らしい若さをもう一度。「お前さんがよ、ほんとに俺で満足してんの?」

    事が終え、だらりと体をベッドから垂らした門倉は目も合わさずそう問うてきた。既にもう寝ていたと思っていたのでその横で本を読んでいたキラウシは眼鏡を外して本をベッドサイドに置くと、呆れた様子でそっぽ向く相手の鼻をつまんだ。

    「いてっ」
    「カドクラ、その質問は何度目なんだ。」
    「…ってよ…」

    膨れていじけるような年齢ではないことはわかっているが、これがどうしてやはり自分の年齢と若い恋人と釣り合っているのかというのは不安にはなる。
    先程の行為だって自分より若くそしてアウトドア系の相手が本当に満足してくれているのかさえわからない。行為の間も腰痛持ちの自分に対してかなり配慮してくれているはずだし、何より門倉は果てるとすぐに眠気が来るタイプだ。行為が終わり身を整えるとバタンキュー。そんな自分とは違い、恋人のキラウシは行為が終えると今のように本を読み始めたり、明日の支度や料理の下拵えなど始め出すのだから本当に満足しているのか心配にもなる。
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