そんなくだらない争いをするなっ!そんなくだらない争いをするなっ!
先手
白組キラウシ
〜門倉利運のNight routine〜
テッテレ、テッテレレテッテレー、テッテレーテー(オールナイトニッポンのあの曲)
酒に酔っ払ってご機嫌良い時はそう口ずさみながら帰ってくる。アパートの階段と廊下で機嫌よく歌うもんだから、きっとアパート中に響き渡っているのだと思う。この前隣のおばさんとたまたま買い物中に会った時に「あなたのパートナーさんが帰ってくると、ハガキ職人の血が騒ぐわ」って言われたし。
そして門倉の帰宅と共に「たっでーまー」と大声を出す。ヘラヘラと笑いながら部屋に入ってきて、キッチンで料理をする俺のケツをパシンと叩く。
「よ、キラウシ!今日もいいケツしてんな〜!」
まるっきりのケツ好きオヤジである。
冷めた俺の目線にも気づかず、そのまま冷蔵庫に向かう。どうやら飲み足りなかったのか中からビールを取り出して、「金麦が待ってるからぁ」と独り言をヘラヘラをこぼす。ちなみにうちのビールは金麦じゃない。アサヒだ。というか医者に控えるように言われてるはずだが、ココ最近のビールの消費量が激しいのが腹ただしい。
「門倉、飲んできたんだろ?」
「キラウシ。飲んできたっつたって、仕事で飲んできたからアルコールが足りてねぇんだわ。」
聞いて呆れる。しかし、いつもならば飲みすぎと取り上げるそれだが今日は取り上げない。
なぜならこれも門倉のナイトルーティーンを見越した一手二手三手ひとつ飛ばして五手をみこした作戦だからである。
そんなことも露知らず、門倉はご機嫌にビールのプルタブ(正式名称はイージーオープンエンドと言うらしい。12へぇ)を指に引っかける。
モユクが罠にかかったな。
プシュッ、
ッシュワーーーーーー!!!!!!
「うわーーーー!」
蓋から飛び出したビールの泡で泡だらけになる門倉。
それを見て俺は大きな笑い声を上げた。
先手必勝。まずは一勝だ。
後手
赤組門倉
キラウシは夜一通り家事が終わるとシャワーを浴びてソファに寝そべりながらアウトドアだったり、旅行雑誌を見るのが日課だ。なんかわかんないけど、あれが欲しいだここに行ってみたいだとよく言っているけれど俺にはよくわからん。全部同じに見えるし、旅行なんて無計画で行くもんだと思ってるからな。まぁ雑誌を見て欲しいもの行きたいものを色々思案するのが楽しいってのは分からんでもない。ほら自慰する時だっておかず探してる時のが高揚するってもんだしな。え、違う?
「門倉、次和歌山に行こう。」
「和歌山?白浜か?」
「エネルギーランドがある。」
エネルギーランド?なんだよそれ。
キラウシは機嫌よくソファで横たわりながら足をばたつかせてる。
「そういや明日は雨かな〜」
なんて言いながらソファから1番近いリビングの窓を開けながらなにげないふうを装ってそう言った。すると明日は晴れだ。とピシャリと即答される。流石だ。しかし俺だってそこまでは見越している。そこで俺は仕掛けた。
「うわっ!!」
「どうした〜?」
わざとらしく声を上げると、キラウシはのんびりとした様子でこちらに顔を向けてきた。
「へ、蛇だ!窓からヘビが…!」
「へびぃぎぃ!??」
蛇という単語を聞くと慌てて俺を盾に抱きついてくる。
「ぎぃや!!門倉!どっかやって!蛇!外出して!」
「いや、動き早くて無理だ!」
「ぎぃいい!」
ぎゅうと腕に抱きついてくるキラウシ。悪い気はしねぇ。俺はさらに追い打ちをかける。
「あ、やべ!足に昇ってきた!」
「え、ひ、ひぃ!門倉ァ!!!」
「く、ふふ…」
「何笑ってんだ!早く蛇を…って、え?」
さらに強く抱き締めてくるキラウシに俺は笑いをこらえるのが必死だった。その様子を見てキラウシは怒りながらも俺をさらに抱きしめてくるもんだから可愛いやつだ。
「あははは!」
「なんで笑って…あ!騙したな!!!」
あぁそうさ。お前の大嫌いなヘビなんて居ないさ。
そう大笑いして種明かしをしたら「アホ、ボケ、バカじじい!」とポカポカと叩かれながら罵られたが、本日はどうやら俺の一勝らしい。どんなもんじゃい。
先手
赤組門倉
プルル…プルルル…
「はい、どうした門倉?」
どこで習ったのやらなるべく3コール目に出てくる律儀なやつだ。今日は休みだと言っていたから家で家事でもしてくれてのんびりと好きなことして過ごしていたのだろう。職場からかけた電話だが、半日ぶりに聞くキラウシの声はどこか落ち着く。
「あー、なんつーか言いにくいんだけどよ。」
「なんだ?」
「ちょっと職場で階段から転けちまってよ…」
「え?大丈夫か?!」
「あーなんだ。俺も歳だからよ。落ちた時にグネって捻挫しちまってよ。」
「おい、気をつけろよ!」
ほかは怪我してないか?病院行くか?本当に大丈夫なのか?俺、お前に何かあったら…
と本当に心配しているのだろう声色で問い詰めてくる。あー、ちょっとこれは頂けなかったかなぁ…。
「あー、まぁそれで今から帰ろうと思うんだけどよ。」
「分かった。迎えに行く。20分待っててくれ。」
「す、すまねぇな。」
スっと消された通話に、罪悪感にさいなまれた俺だけが取り残される。…ちゃんと謝ろう。
本当は怪我なんてしてないんだ。
ただキラウシお前に迎えに来て貰いたかっただけなんて言ったら怒られるだろうな。だってよ、俺お前と歩く帰り道が好きなんだよな。
帰り道なにか奢ろう。食べたがっていたケーキを買って帰ろう。そう決めて本日の勝負は俺のルール違反の負けという事で。
後手
白組キラウシ
「ただい…」バンッ!!!!「いってぇ!!!!」
こんな古典的なタライの罠に引っかかるなんて本当にモユクだ。
俺の勝ち。
先手
白組キラウシ
今日は取っておきの道具をアシリパから借りてきた。
きっとこれでやつもビビってこの争いから身を引くはずだ。そうすれば…。
「あーなんかおもしれぇテレビねぇかね。」
チャカチャカとチャンネルを変えながらテレビを気ダルげに見つめる門倉。見るものがないなら消せばいいじゃないか、電気代もったいないし。と思うが、酒を飲む時のツマミ代わりなのだろう。
「この前深夜にやってたトータル・リコール録画したぞ。」
「え、旧版?シュワちゃん版じゃねぇと胸が3つの姉ちゃんでないから見る気がしねぇんだよな。」
知るか。
結局またカチャカチャとチャンネルを変えながらビールをこくこくと飲んでいた。その間俺は仕事着をベランダに干しに行く。勿論、アシリパから借りたあれを忘れない。洗濯物を干すふりをしてあれを取りだし、門倉に見えないように身を隠した。そして、窓枠からあれを出す。
門倉め。今にみてろ。
「う"ぇろろろろろろろーーー!!!ごうろろろろああああーーーーー!!!!」
「え」
どうやら門倉には耳長お化けは効かないようだ。
畜生、今回は俺の負け。
後手
赤組門倉
金木犀の香るこの時期。
俺は大人になるまで金木犀の匂いを知らなかった。有名な曲やら小説の中でしか味わうことの出来ない空想上の生物というか植物なんだと思っていた。
生まれてからこの方北海道から出ることもなくって、旅行だ何だくらいしか本州には行かなかったし、大学を出ても直ぐに北海道で仕事に就いた。仕事も上手くいく…なんて言うわけでもなくこの歳までのらりくらりと過ごしていた。
そんな俺が金木犀の匂いを知ったのは、アウトドア好きなキラウシと出会ってからだと思う。
オレンジの花の色がキラウシが照れた時に染まる赤に似てるななんて思っているなんて知りもせず、キラウシは「な、独特な香りだろ?」って威張ったように言うもんだからなんだかおかしかった。
「キラウシ」
「なんだ?」
「お前さんが金木犀の花の色のように頬を染めた姿を隣でずっと見ていられるなら、俺は幸せなんだろうな。」
そんな告白だったと思う。旅行先で浮かれていたのかもしれない。でも仄かに感じていたキラウシへの想いはそんな言葉になってしまう。素直に伝えればいいのに、俺は臆病なんだ。なんだよそれって笑い飛ばしてくれればいい。そんな逃げ道を作ったのだ。だってよ、この関係が、キラウシとの関係が断ち切れるのが怖かったからだ。
「…ふふ、なんだそれ」
キラウシはそう言って笑い飛ばした。だけどその顔は耳まで金木犀の色に染っていて、俺の逃げ道はそこでとだえた。
「…いつまでもジジイのかっこいい姿見せて、惚れさせろよ?」
「そりゃ手厳しい。」
そんな始まりだったな。
この寒い地域に金木犀の香りがなくても、この時期になるとそんなことを思い出す。
俺は今でもキラウシを金木犀の色に染め上げられているだろうか?
「っ!ジジイ!!!変態!!離せって!!」
あ、なうでちゃんと全身真っ赤に染ってくれてるわ。
おじさんブイブイ言わせてるわ。
「これ取れよ!ジジイ!卑怯な手を使いやがって!」
「へーキラウシ君、そんな物言いでいいのかなぁ?」
「うっ…」
「秋の夜長だぜ?今日はしっぽり行こうぜ?」
「け、ケダモノ!!」
さて、今日は俺の勝ちということで。
お前さんの金木犀色に染った肌は俺だけのものということで。
「で門倉さんとキラウシさん、そんな争い1ヶ月続けてますけど、なんでそんな争い始めたんですか?」
「2人で住む家を買いたいんだけど、マンションにするか一軒家にするかって揉めてんだ」
「いや、そんな大事なことちゃんと話し合ってくださいよ!!!」
終