明日、写真を撮ろうか シュートシティを見下ろすマンションの最上階。大型のポケモン達が悠々と寛げる程の広さがあるその家の一室は今、大量の本達によって埋まっていた。
「自分達で言うのもなんだけど、すげぇ溜め込んだよな」
「ヨクバリスも真っ青な溜め込み方だぜ」
家主の一人であるキバナが、艶のある濡鴉色の髪を指で掻き混ぜながら唸る。応えるダンデも琥珀色の瞳を曇らせて、眉間に皺を寄せながら腕を組んで唸る。
二人が結婚し早片手の指を超える年数が立っている。このマンションを購入してからは、主に家具家電をキバナが主導して揃えてきた。ポケモンに関する物はダンデも考えて意見を出し、二人とポケモン達の居心地の良い場所を作っていけば、次第に物が増えていくのも自然な流れ。まあ、目の前の惨状は一緒に暮らしてきた軌跡の結果だといえば聞こえはいいが、結局の所怠慢による本の洪水だ。
二人が唸る、目の前のそう狭くもない部屋の本棚は、天井まで大部分が専門的な書籍で埋まっていた。二人とも読書家かつ紙の本を好むという事もあり、今や本棚から溢れ出た本達が床に侵食し足の踏み場も怪しい。忙しさを言い訳に、二人揃ってその惨状から目を背けていたが、いよいよもってマズイとなった二人は休みを合わせて一気に整理をしようと朝から意気込んで部屋の扉を開けて、そして現状少し尻込みをしているのだ。
「まあ、兎に角手を動かさないことには結果が出ないぜ」
「それもそうだな。ロトム!ビフォーアフターポケスタに載せたいから今の部屋の感じとオレ達の写真頼む」
「おまかせロトー!それにしても本がいっぱいロ!本屋さん開くロ?」
「あっはっは!そうならない為にも頑張るぜ!」
ロトムのブラックジョークとも捉えられるような言葉を、笑って弾き飛ばしながらダンデは両頬を叩いて気合を入れる。その姿を見て、キバナは何かツボったようで笑いながらダンデと同じように髪を上にギッと音がする位までキツく縛って気合を入れている。
そうして、ある意味負けられない戦いが始まったのだった。
◇◆◇
「ダンデ、手止まってるぞ」
「おっとすまない…うん?そういうキバナこそ、全然進んでないんじゃないか?」
「うっ。この棚、懐かしくなっちまうものばっかで困るな」
「あっ!これ公式戦のバトルスコア表じゃないか!?しかもこの技編成チャンピオンカップの六年目決勝戦のやつじゃないか!なんでここに?!」
「うわっ懐かし!オレさまがコータス初デビューさせた時じゃん!」
「ひでりを生かした戦法が凄かったぜ…あの時はガマゲロゲをメンバー入りさせてなかったら危なかった」
「最後の最後で押し切れなかったんだよなー!」
山積みの本達に囲まれながら二人揃ってスコア表を覗き込む。
「ここの技のタイミングが一手違ってたら変わってたんじゃないか?」
「いや、そこは絶対交代メンバーの為に必要な手だったね。それよりもここだ。このタイミングでこの技出しちまったのが迂闊だった」
「なるほど。いやっ!でもその後キミはこのターンで「ゴーキン!」…ジュラルドン?」
二人のバトル談義がヒートアップしてきたところで、後ろから聞こえてきたのは少し機嫌の悪そうなジュラルドンの声。ハッとして振り返れば、本を両腕に目一杯重ねた彼がジト目でダンデ達を睨んでいた。片付けを真面目にやれとお怒りのご様子だ。
「悪いジュラルドン」
「ごめんな」
仕分け済みの、纏めた書籍類を外の物置へと運ぶのを手伝ってくれていたジュラルドンが怒ってくれた事で、二人はもう一度本棚の整理へと戻る。戻ろうとするのだが、その後も別の年のスコア表に廃刊になったポケモン雑誌の特別号、一緒に暮らし始めたばかりの時の写真達が収められたアルバム。二人にとって思い出のある物が出てくる度に盛り上がって作業の手が止まるので、最終的にジュラルドンはいくら陽気な性格とはいえ大変お怒りで、一度「全てを吹き飛ばせば良いのでは?」とてっていこうせんを撃つ構えをした。ジュラルドンの本気を感じ取り、流石のキバナ達も猛省し、そこからはまるでこうそくいどうの勢いで作業を進めていく。
「終わった…疲れたぜ」
「マジ、こんなにどうしてオレさま達溜め込んでたんだろうな…」
「これからは、こまめに整理しようぜ」
「賛成…ジュラルドン、ありがとな」
「ゴーキン!」
最後は真面目に取り組んだのもあって、お礼を言われたジュラルドンも朗らかに「ご褒美、楽しみにしてるね」というような顔をして、ウッドデッキの方へと移動していった。どうやら日課の夕焼け鑑賞をしに行くようだ。
スキップせんばかりに浮ついて歩く白銀の後ろ姿を見送り、すっかりと夕暮れが近づいてきた空を、窓から眺めつつキバナは髪を解く。その顔には疲労感が見てとれる。同じように部屋の前に置いた段ボールの山を見て達成感を味わっていたダンデも疲れたのか酷使した体を労うように大きく伸びをする。
「思ったよりも思い出の物が出てきたな」
「オレも驚いたぜ」
「…ここまできたら、アルバム用の部屋作ろうか?」
「アルバム用の?」
「えっと、まあ…あれだ。オレさま達や手持ち達との思い出を飾る部屋ってこと。写真とか、記念の物とか」
キバナが提案したことは、実はずっと前から彼がやってみたい事だった。元々記録するのが好きな男なのだ。愛しいひととポケモン達。愛するガラルでの生活を刻んだ物達は、どんなに金を積まれたって渡せない宝物だ。キバナはそれを、これからも増やしていく気持ちが大いにある。それを時折振り返る場所があるなら、どんなに楽しい事だろう。
だが、ダンデはどうだろうか。元々キバナとこうしている事さえ奇跡的な事だと思うほど、ポケモンバトル以外に執着が薄い男だ。自分がその狭い執着の枠にめり込んでいるかと聞かれると、実はまだちょっと自信が無い。片手の指以上一緒に時を重ねてて、何を今更と思うこと勿れ。未だに感情が読めないところのあるダンデに、キバナの心は毎日これでもかと振り回されているのだ。トドメと言わんばかりに「そんなのいらないぜ」なんて言われたら、ちょっと。いや、かなり落ち込む自信がある。考え込むような仕草をしているダンデに、慌てて提案を取り消そうかと思った時だった。
「……いいなそれ」
「…ん?」
「オレ、その部屋に飾りたい物沢山あるぜ!」
キラキラと、まるで落ちてくるねがいぼしを見つけた子どものような顔だった。瞬きする度に星が流れていくように、輝きがキバナの方にも溢れてくる。
「初めてこの家に来た日に、みんなで撮った写真を飾っても良いだろうか?あっ…今部屋から取ってくるな!」
キバナの返事を聞かずに自分の私室へと走り出したダンデの背中を見送った。ジワジワと胸の奥から溢れ出てくるこの気持ちをどう名前を付けたら良いのだろう。暖かくてキュッとして、そして泣きそうで。
「あったぜ!この写真は絶対飾りたい!あとな…」
次から次へと飾りたい物が出てくるダンデは、写真をキバナへと見せながら興奮気味に話し続ける。
お前の不安、どうやら杞憂だったみたいだぞ。
少し色褪せ、角が丸くなった写真の中。緊張気味に写っている自分の姿へと、キバナはそう心の中で声を掛けた。