実は意識はしっかりあります※キャプ読了後推奨
気温がぐっと下がり、世間は年末進行真っ只中。勿論ここ、ナックルジムも世間と同じ様に業務の締め作業に終われていたが、元々歴史あるジムだ。業務もマニュアルがしっかりしているし、土地柄挨拶に行かねばならない場所も多いがそれも例年決まっている。今年は緊急要請も無く、忙しさはあれどしっかりと予定通りの日にちに仕事を納め、ジムの戸締りをトレーナー達と分担して行い、最後に一年のお礼の言葉をスタッフ達に伝えつつ、街の老舗お菓子店にこっそり注文しておいた焼き菓子のギフトを配る。皆最初は恐縮しつつも、最後は顔を綻ばせながら受け取って貰えたので準備して本当に良かったと思う。
明日はいよいよカウントダウン。今年もライバルであり、友人でもあるダンデと一緒にあいつのマンションから年越し花火を見る予定だ。あいつがチャンピオンになってから2年目位に始まったこの恒例行事も、とうとう片手では数え切れないほどの回数となる。
「今年も君と一緒に過ごせるよう、年末進行頑張るぜ!」なんて通話画面越しに言ってはいたが、今年のダンデはリーグとタワー、両方を纏めなくてはならない。もしかすると、流石に今年はキャンセルされるかも…不思議にひゅうと寒くなる胸の内に首を傾げながら乾いた石畳を歩いた。
いよいよ31日、仕事は無いのでゆっくり寝てても良いのだが、つい習慣で早く起きてしまった。久しぶりに慌ただしくない朝を満喫しつつ、時々スマホを確認するがダンデからのキャンセル連絡は無い。
『今日、何時頃集合する?』
昼頃にメッセージを送って見るが既読は付かず。
『スーパー寄ってくけど食べたいのある?』
と夕方頃にも送るがやはり反応は無かった。一度着信も入れてみたが繋がらず。今年の忙しさは自分の想像を上回っているのかも知れない。あいつ大丈夫?息してる?なんて気になってしまうともう駄目だった。会えなかったとしても、勝手知ったる場所だし、ツマミでも作りながらのんびり過ごさせてもらおう。なんて色々言い訳をしながらスーパーで食材を買い込み、気付いたらヒトカゲのストラップがついた合鍵を持ってダンデのマンションまで来てしまった。
呼び鈴を鳴らすがやはり反応は無かった。
「お邪魔するぜー。」と一声かけて中に入ったが、玄関ホールに落ちている何かに足を取られる。
「…服。」
服の塊だった。まるで人が倒れて、その後中身だけが消えてしまったかのような形で上着からズボン、靴下までが床に伏されて置いてある。その服の中心、腹部分辺りが不自然に膨らんでいる。なんだこれ。あいつの仕事着だよな。なんでこんなとこ落ちてんだ。
とりあえず、服を回収しとこうと手を伸ばすと。
「きゃん!」
と、服の下から紫色のコットンキャンディみたいな塊が飛び出してきた。
「うおっ!なになに!なんだこのちっこいの!」
飛び出したかと思えばチャカチャカと足音をたてながら毛玉はボールのように俺の周りを楽しそうに走り始める。見たことない生き物だし、踏みそうで怖い!
「ちょっと!ちょっと落ち着けって!ほらほら、止まれって!」
しゃがんで抑えようとすると、遊んでもらえると思ったのか膝の上にぴょんっと乗り上げて顔を舐め始めた。
「ちょっと!っくすぐってぇから!もぉー!お前元気いっぱいだなぁ。」
勢いよく突っ込んできたのと、ふわふわした毛のくすぐったさに耐えきれず笑いながらそのまま毛玉を撫でくりまわす。手のひらで撫でられるのが嬉しいのか、くふくふ鳴きながら千切れんばかりに尻尾を振って擦り寄ってくる。どうやら犬型のポケモンのようだが、見たことのない種類だ。ずっと玄関にいるわけにもいかないので、とりあえず毛玉を両脇から掬うように抱え上げ、腕の中に納めれば、機嫌良く自分で収まりの良いところを探して体重を預けてきた。
「懐っこいなぁ。」
リビングルームでの道すがら、ふわふわの手触りが気持ちよく、耳の後ろ側を指で掻いてやると「もっと!」というように手のひらに鼻を押し付けてくる様子が可愛らしく、思わず目尻が下がってしまう。
「…やっぱり誰も居ないな。」
「キュウン…。」
「ははっなんでお前がそんな声出すんだよ。」
まるで申し訳ないと言っているような声色に笑いながら部屋を見渡すが伽藍としており、ここ暫く人が過ごしてきたような形跡が無かった。
「ダンデ、帰って来れるかねぇ。」
「わふ!」
「おっどうした。」
「キュウン…。」
「よしよし、チビちゃん。トレーナーが居ないと不安だよなぁ。オレさまと一緒に待とうな。」
まあ、暫くしたら帰ってくるなり連絡くるなりするだろうと気持ちを切り替えて、自分の手持ち達をボールから出して自由にさせる。彼らも勝手知ったるライバルの家ということで、直ぐに定位置の場所へ各々動き出し、のんびりと過ごし始める。フライゴンは最後まで腕の中にいる小さな生き物を気にして覗き込んでいたが、離れて見守ってくれるようお願いすると素直にベランダの方へと遊びに行ってくれた。
「うわぁー!予想してたけどマジで冷蔵庫何もねぇ!!」
電源ついてるのが電気の無駄じゃないかと思うくらい何も入っていない冷蔵庫へと買ってきた惣菜を次々入れていく。チビがちょろちょろと駆け回って危ないので、途中抱え上げて、パーカーのフードにひょいと入れてみると案外気に入ったようで、暫くはモゾモゾしていたがやがて静かになった。
「ヘイ、ロトム。」
ロトムに頼んでフードの中を撮ってみると、チビは舌先を少し出したままスヤスヤと眠っていた。世界の平和を詰め込んだらこんな顔だろうな。
結局チビはその後全く起きることは無く、起こすのも忍びないと思って力を抜いて寝入っている小さな体をパーカーで包んでやる。そのままソファで寝かせてやろうとしたが、離れようとするとキュンキュン切ない声を出すので、仕方なく抱き抱えて自分もソファに座る。座る俺を見て、ヌメルゴンやコータスがゆったりと寄ってくる。大きなポケモンが寄ってきてもチビは起きることは無かった。
「お前、ここの模様ダンデの髭に似てるなぁー。毛の色も紫色で、まるであいつみてぇ…おぉ…やわこい…。」
こしょこしょと抱き抱えた温もりの顎の下を指先でくすぐってやると、くふくふ幸せそうにまた深く眠り始めた。羨ましがったヌメルゴンにも空いている片手でくすぐってやるときゃらきゃらと笑いながら遊びに戻って行った。
結局ダンデはこんな幼いポケモンを置いてどこに行ったのだろう。最近忙しかったことと、膝に暖かな温度を抱えているせいか少しずつ瞼が落ちてくる。コータスがそれに気づいて後押しするように寄り添ってくる。
少しだけ、少しだけ眠ったら夕飯の支度をしよう。そうしたら、疲れて帰ってきたダンデになんかあったかい物でも作ってやろう。花火も一緒に見たい。あいつが寂しく無いように、帰って来たらすぐにお疲れ様って言ってやるんだ…。そう、独りごちながらいよいよ眠りに落ちる瞬間。自分の名を呼ぶ慣れ親しんだ声を聞いた気がした。
「キバナ、キバナ起きてくれ。」
そう、声を掛けられながら揺り起こされて自分がすっかり寝入っていたことに気づき、慌てて起き上がった。ヨダレとか垂れてないよな。外はもうどっぷりと陽が落ちて見晴らしの良いリビングの窓からは光り輝く街並みが見え始めていた。
「あれっ!オレさま、ごめんダンデ!めっちゃ寝てた!」
「い、いや。俺もさっき帰って来たばかりだったから大丈夫だぜ。」
「そうなのか…あっ!お前チビすけひとりだけにして出掛けてただろ!」
「チビっ…あのポケモンはちょっと訳ありで…えっと、今はもう大丈夫だせ。心配かけてすまなかった。」
「そっか。まあ、お前に限って変なことしないだろうけどこれからは気をつけろよ。」
「ああ。そうだな、これからは気をつけるぜ。」
なんだかコイツにしては珍しく歯切れの悪い返答に首を傾げつつも、疲労困憊であろう大切なライバルへ労いの気持ちを込めてお疲れ様と声を掛けてやる。その言葉に、何故だかとても嬉しそうにくしゃっと目元を緩ませながら「ありがとう。」と返してくるダンデの顔を見て、何故だかオレの心臓はどぐりと音を立てて飛び跳ねた。
「どうした、顔が赤いぞ。」
「いや!なんっでもねぇし!!今何時だ。飯食おうぜ!ちょっとだけ惣菜奮発したんだよな。」
「あのチキン美味そうだったよな。」
「あれ、もうダンデ見てたのか。」
「えっと!あれだほら、実は俺もケーキを買ってきててな。冷蔵庫にしまう時に…。」
「マジか!ケーキめっちゃ楽しみじゃん!じゃあ、オレさま惣菜温めるから、お前グラス出しといてな。」
「任せろ!」
真っ赤になった顔を誤魔化すために勢い良く立ち上がってキッチンへと足早に入る。
年が変わるだけで無く、オレの中でも何かが大きく変わりそうな予感がする。そう漠然と思いながらオレは冷蔵庫の扉を開けた。