穴の位置と大きさで速攻バレた「…退いてくれないか。」
「嫌だと言ったら?」
「ふざけている時間は無い。もう一度言う、退いてくれ。」
スタジアムからタクシー乗り場まで続く通路で立ち塞がるように立っているキバナの表情は険しい。いつもなら優しげに緩められている目元も吊り上がっており、穏やかでは無い。
「オレさま医務室で治療受けてから帰れって伝えたよな。」
「次の予定が詰まってるから移動先で治療するって伝えたはずだが?」
「はいアウト。お前それで治療受けに行った事ないじゃん。後で悪化したらどうするんだ。」
「腕にステルスロックが掠っただけじゃないか。止血もしているし、別に騒ぐ程の怪我ではないだろう。最後だ、退いてくれ。」
「お利口さんに医務室行ったら退いてやるよ。」
「…っ大体俺の怪我は君には関係のない事だろう!退けてくれ!」
何を言っても断固として譲らないキバナに業を煮やしたダンデは苛立ち気に声を荒げて無理矢理にでも通路を通り抜けようと怪我をしていない左腕でキバナを押し退けようとする。それが逆鱗となった。
「関係無いわけねぇだろうが!!」
キバナは牙を剥き出しにしながら大声で叫び、ダンデをその場に留めようと、逆に彼の胸倉を掴んで壁際に追い詰め、苛立つ思いのまま拳を叩き付ける。キバナが思い切り叩き付けた拳はダンデの顔面横の、生成色の壁へと思い切りぶつかり、ガァンッと思わず耳を塞ぎたくなるようなけたたましい音を立てた。
ついでに壁に穴も開けた。
「「あ。」」
暫くそのままお互い固まっていたが、キバナがそろりと拳を壁から離すと、丁度拳一つ分の歪な穴がぱかりと開いており、ポロポロと壁材の破片がリノリウムの床に散らばる。
「えっ!やべっ!どうしよ!?どうしよこれ!」
「いや、まずその拳ズレてたら俺の顔粉砕されてただろう!どんな馬鹿力なんだ!?」
「バカやろ!ズラすわけないじゃん!いや、マジでどうしよ!スタジアムの壁に穴開けたとか絶対ヤバいじゃん!この前うっかりロッカーの扉捩じ切っちゃった時も怒られたのに!」
「捩じ切った?!」
さっきまでの険悪な雰囲気は何処へやら。とりあえずなんとか誤魔化そうと、2人でアワアワと近場の壁に貼ってあるジムチャレンジ宣伝のポスターを剥がし、穴の上に貼り直し、床に落ちた壁の破片屑を拾い集めて廊下のゴミ箱へ入れた。
「…バレない?」
「うーん…まあ、ポスターに触られなければ。ギリ、セーフ…?」
「じゃあいいや…っいて!」
ホッとしたのだろう。キバナはいつもの癖で頭の後ろで手を組もうと動かしたが、途端に顔を顰める。
「君、拳の皮が擦り剥けてるじゃないか!」
「結構強い力でやったしなー。」
「血も出てる!早く医務室に行こう。」
「えー…ヤダ。」
キバナの手をまるで自分が怪我したかのように悲痛な顔をして掴み、通路を引き返そうとしたダンデにキバナは硬い声でそう返した。
「なんでだ!血が出てるんだぞ!」
「大した傷じゃ無いだろ?後で適当にやっとくし大丈夫だって。」
「何言ってるんだ!骨に異常があったらどうするんだ!」
「お前に関係無いじゃん。」
「…。」
そこで漸くキバナの言わんとしてることが分かり、ダンデは顔色を悪くして黙り込んでしまった。それでも何とかしようと考えているのか、キバナの手は握りしめて離そうとはしなかった。
「俺はなんて事を君に…つい、カッとなってしまって…酷い事を言ってすまなかった。」
一言ずつ絞り出すような声での言葉だった。
「うん…オレさまもお前に苛立って煽っちゃってごめんな。でも、お前の怪我はオレさまとのバトルの傷だろ?オレさまもだけど、技を出したギガイアスもずっと気にしてるし…何よりお前のポケモン達もお前が怪我した事で落ち込んでるはずだ。早く次の仕事に行きたい気持ちも分かるけどさ…ちゃんと自分も大切にして欲しい。」
その言葉を待ってましたとばかりにダンデのボールホルダーがガタガタと音を立てて震える。その音と振動を感じ、ダンデはハッとして泣きそうな顔になる。
「…ちょっと最近色々立て込んでて…気持ちに余裕が無かったかも知れない。」
君達にも悪い事をした。そうボールを撫で、キバナの腰にあるボールホルダーにも同じように声を掛ける。それからキバナの手を、傷を触らないようにもう一度握る。
「キバナ、医務室まで一緒に行ってくれないか?」
そう少し肩の力を抜いて伝えてきたダンデに対し、漸くキバナは目元を緩め嬉しそうに笑ったのだった。
因みに数ヶ月後、ポスターの貼り替え作業によって壁に大穴が空いていることが発覚し、キバナが大目玉を喰らったのは言うまでも無い。