風の強い日 子どもの頃、ダンデは夜中に風に揺れて鳴る窓の音が怖くて仕方なかった。
耳を塞いでも枕の下に頭を捩じ込んでも耳に突き抜けてくる、まるで呻き声のような不気味な音は、風のせいだと聞いていても怖くて怖くて。そういう日はそろりと足音を立てないように両親の寝室まで行って2人のベッドに忍び込んだ。自分とは違う体温と、そっと撫でてくれる大きな掌に安心して夢の中に沈むことができたのだった。
鈍色の空の中を、揺れる木々からちぎり飛ばされた枝葉が低い唸り声をあげながら飛び回っている。与えられた伽藍堂の部屋の窓から見上げるそれは、ハロンの時よりも何故か恐ろしく感じて、毎回ポケモン達を全員ボールから出して一緒に雑魚寝をしてもらっていた。キャンプ用の寝袋を床に敷いて、臆病な性格なのにダンデのことを守るように横に寝そべった一番の相棒にしがみつき、その温かいザラザラとした肌を感じながら、何故か胸の中に吹き続ける隙間風には気付かないふりをして夜を明かしたものだった。
揺れる窓の音、叩きつける雨風に鈍色の空。あの時と同じような景色を、懐かしく思い出しながら同じ場所から見渡す。
「ばきゅあ……」
「よしよし、風が怖いのか?酷くなる前に今日は早めにボールに入ろうな」
不安げな声を出して擦り寄ってくる相棒に安心させるよう声を掛けるが、何故か不服そうな顔をして服の袖口をぐいぐいと引かれる。どうやら違うらしい。そう首を傾げていると、廊下から困惑したキバナの声が聞こえてくる。
「どうしたんだ」
「なんか、キャンプ道具出せっておまえのとこのポケモン達が…こらこら、寝袋出してどうするんだよ」
見ると、ドラメシア達が寝袋の端を咥えながら運んできている。その様子を見て、漸くダンデはピンときた。
「なるほど!ありがとうな。だけど平気だぜ」
嬉しいような、恥ずかしいような。胸の奥がむず痒くなりながらもポケモン達にお礼を言うと、「ほんとに?」「いや、絶対強がりだよ」というようにドラメシア達は頷き合ってそのままリビングの真ん中へ寝袋を置くと、そのまま両手一杯のランプとマシュマロの大袋を持っドラパルトの所へと戻っていく。
「ーで、結局ほんとにこれどういう状況?」
「どこから説明していけば良いのか……」
両方の手持ち達を出しても、ゆとりあるリビング兼ダイニングの真ん中。段々と夜の帳も落ちてきたその場所は、いつもなら間接照明によって柔らかな明かりに包まれるが、今日は二つ並んで置かれた寝袋の周りに、テカテカと輝く大小様々なランプ達が置かれ、床には大袋のマシュマロやスナック菓子が広げられて賑やかだ。ポケモン達はお菓子をつまんだりゴロゴロしたりと、少しはしゃぎながらも和やかに過ごしている。
敷かれた寝袋の上で未だに状況が掴めずにいるキバナに、ダンデは膝を抱えながらポツリ、ポツリと子どもの頃の思い出話をする。
「きっとオレが外の様子を確認してたのを見て、怖がってると勘違いしたんだと思う。平気だって言っても絶対信じてもらえないから今日は付き合って貰えるか?」
「それは全然良いけど。なんか、ここまで来たらもっと本格的にやりたくなるな」
「本格的?」
「なんかこれ、キャンプみたいじゃん」
「確かに。言われてみればそうだな」
「どうせなら、徹底的にやろうぜダンデ!テントも出してこよう。後、流石にここでカレーは無理だけど、簡易コンロでマシュマロ焼いてチョコビスケットスモアにしようぜ」
テント、マシュマロ、チョコビスケット、スモア
立て続けに聞こえてきた魅力的な単語の数々に、側で寛いでいた筈のポケモン達が途端にわぁっと賑やかになる。
「ははっ!みんなめっちゃ乗り気じゃん!」
「オレも部屋の中でテントを張るなんて初めてだ…なんだかワクワクしてきたぜ!」
さっきまで空の色と同じように鈍色だった瞳がキバナの提案でキラキラと琥珀色に輝き出す。その目元に堪らずキバナが口付けを落とすと、嬉しそうに笑いながらも同じ場所へと柔らかな感触が返ってくる。
「…今日は、ギュッとして寝てくれ」
「勿論。子守唄もセットにしてやるよ」
それは贅沢だ!と益々笑みを深めながらダンデは勢い良く立ち上がる。そのままポケモン達と競い合うようにキャンプ道具を入れてある部屋へとルームシューズを蹴飛ばしながら駆け出した。
外は相変わらずインクを落としたように底なしの黒で、きっと風も強くなっている。
でも、胸の中へ隙間風はもう入ってこないだろう。
不思議とダンデはそう確信できた。今日はちょっとだけいつもより甘えてみよう。頭も撫でて貰って、たくさんキスをしてあの安心する香りに包まれたいと思ったのだった。