とびっきりの愛を「茨、この日の夜、fineと撮影になったよ」
副所長室で事務仕事を片付けている所に、いきなりEdenの3人が訪ねてきたかと思ったら、開口一番、閣下がカレンダーの日付を指差しながら自分に伝えた。指している日付は11月14日。確か他のスケジュールは入っていないはずだ。元々Edenでのロケオファーがあったが、他の3人(特に殿下)が他の日にずらしてほしいと頑なに譲らなかったので、他の日に調整したはずだ。
「茨、まさか仕事なんて入れてないよね!?」
「入れてないですが……この日は殿下が他に予定があったのでは?そのため、ロケオファーを別日に調整したはずですが……」
「それは大丈夫だね!とにかくfineとの撮影だから空けとくんだね!」
やけに乗り気の閣下と殿下の様子が引っかかる。何か良からぬことでも企んでいるのではないかと勘ぐってしまうのは、今までの経験上仕方ないだろう。
「ちなみに何の撮影でしょうか?」
「『ESelect』の撮影っすよぉ~。fineの担当回にEdenが選ばれたみたいです。詳細は後程送ってくれるそうっすよぉ~」
「渉くんとお話ししてたら盛り上がっちゃってね。誘ってもらったんだ」
『ESelect』とは、ESの公式動画チャンネルにて不定期で更新されている企画物の1つだ。担当ユニットが自分たちで企画内容を考え、指定した他ユニットと企画を行っている所を配信するのだ。指定されたユニット、今回の場合はEden、は当日まで企画内容は知らされないので、被害者と言っても過言ではないだろう。しかも担当ユニットはfineですし、猊下がまともな企画を考えているとは思えない。それにしても、近頃 閣下と日々樹氏が仲良くしていることが多い。悪影響を受けないか頭を悩ませる種にもなっている。
「はあ、了解しました。スケジュールに入れておきますね」
「うん、ありがとう。じゃあお邪魔だろうから私たちは出て行くね」
「楽しみにしておくんだね!」
「ちょ、おひいさん!」
ジュンが慌てて殿下の腕を掴み部屋の外へ連れ出す。閣下はニコニコと微笑みながら、副所長室を後にした。
――11月14日
事務所に出社し、副所長室の椅子に腰かける。今日の予定は、夜のfineとの撮影のみなので、それまでは事務仕事を片付ける予定だ。先日、猊下から撮影の詳細がきたが、そこからは企画内容は何も読み取れなかった。というか、書かれていたことが日時、場所、ドレスコードぐらいだったのだ。場所について調べたが、夫婦が営んでるオシャレなレストランであることぐらいしかわからなかった。閣下と殿下は何か知っているような態度だったのでそれとなく伺ってみたが、ことごとくかわされる始末だった。
コン、コン、コン。ノック音が響く。
「はい、どうぞ」
「「失礼しまーす!!」」
静かだった副所長室が2人の賑やかな声で埋められる。
「どうしたんですか、ひなたくん、ゆうたくん」
「副所長!」
「誕生日!」
「「おめでとうございまーす!!」」
言葉と同時にラッピングされた物を渡される。この時に思い出した、今日が自分の誕生日であることを。
「……ありがとうございます。有難く頂戴しますね」
「こんな日にまで、お仕事ですか~?」
ひなたくんが机の上の書類の束を見て、うげ~という顔をする。
「夜は撮影があるので、今のうちに片付けてしまおうと思いまして」
「何の撮影ですか~?」
「『ESelect』です。fine担当回にEdenが選ばれまして……」
「わあ、面白そうですね!楽しみにしてます!」
「ではでは、お邪魔になるといけないので、俺たちは失礼します~!」
「「敬礼~♪」」
ドアが閉まる音とともに静寂が訪れた。貰った包みを開けてみると中身はホットアイマスクだった。2人からのメッセージも添えてある。
「これは2人に良い仕事を探さなきゃですねぇ」
頭の中のタスクリストに追加する。
ふと、自分の誕生日ってそんなに特別な日なのか、と考える。アイドルになってからはメンバーだったりファンの方々に祝われるようになったが、それまでは弓弦ぐらいにしか祝われてこなかった。それすらも数回程度だ。自分以外の誕生日については特別な日という認識があるが、自分のそれを同じように認識することはできなかった。だから今日についても、言われるまで思い出さなかったのだ。
いけない、作業の手が止まってしまっていた。この書類を終わらせたら丁度良い時間になるだろう。Edenの他メンバーは撮影前は予定があるとのことで、各々で現場に向かうことになっている。自分は、事務所から適当にタクシーを拾って向かう予定だ。気は全く進まないが、今更なしにすることも出来るわけがないので、腹をくくるしかない。
現在、集合時間の30分ほど前。思ったより早く到着してしまったな、と思いながらタクシーを降りた。目の前には、調べた通りの外観をしているレストラン。どこかで時間をつぶすには余裕がないので、さっさと中に入る。
カランコロン。店内はオレンジ色のライトで温かく照らされているが、少々薄暗い。等間隔でキャンドルが並べられており幻想的な空間が広がる。
「七種様ですね、お待ちしておりました。」
中から女性が出てきた。恐らく配膳等を行っている奥様だろう。上着を預け、席にご案内される。ここでおかしいことに気づく。自分が今日ここに来たのは撮影のためであるが、ここまで来店した客のようにもてなされている。最初に自分の名前を言われたことから場所は間違っていないようだが……。企画内容がわからないので、何とも言えない。企画の一種かもしれない、と、失態を見せないよう気を引き締めた。
「こちらにどうぞ」
カーテンを開き、奥の部屋へ案内される。そこには既に先客がいた。
「弓弦、早いですね。てっきり自分が一番かと思いました」
ここまで誰の声も聞こえなかったので、そう思うのも当然だろう。
「茨、こちらへどうぞ」
弓弦は立ち上がり、向かい側の椅子を引いた。こいつにエスコートされるとは何か仕掛けられているのではないかと勘繰り、椅子の前で立ち止まる。
「どうしたんですか、こちらも企画の一種でしょうか」
弓弦を揶揄するように笑う。同時に辺りを見回してみるが、カメラは見当たらない。
「まあ、そんなところでしょうか。椅子には何も仕掛けておりませんよ、どうぞお座りください♪」
弓弦がにっこりと微笑む。何か含んでいるようにしか見えないそれに嫌気がさしたが、意地になるわけにもいかず、素直に着席する。少しずつ椅子に体重をかけていくが、特に小細工などはされていないようだった。その様子を見て、弓弦がまた笑う。
「だから言ったでしょう」
「戦場では少しの油断が命取りになると教えてくれたのは教官殿のはずですが~?」
「ここは戦場ではございませんよ……」
やれやれと言ったように眉を顰める弓弦の手元に先日渡したカフスボタンが光っているのが見えて、思わず視線を逸らす。
「……それにしても他のfineのメンバーはまだいらっしゃらないのですか」
呼ばれただけのEdenのメンバーとは違い、fineのメンバーは準備だってあるだろうに弓弦以外の気配は感じないし、撮影が始まるような雰囲気もない。
「他の皆様はいらっしゃいませんよ、fineのメンバーもEdenの皆様も」
「え、どういうことで「お待たせいたしました。」
驚くようなことが聞こえ、問いただそうとした瞬間、料理が運ばれ始める。奥様の優しい声で順番に料理の説明がされるので、遮るわけにもいかなかった。奥様が部屋を後にしたところで話し始めようとしたが、「冷めないうちにいただきましょう」という弓弦の言葉に遮られ、タイミングを逃してしまった。
料理はどれも美味しかった。見た目が綺麗に飾られており、目でも楽しむことができたし、味はどこか温かく感じて心も同時に満たされるようだった。家庭料理なんて滅多に口にしたことないが、それに似たようなものを感じた。
料理を食べている間は、他愛のない話ばかりしていた。主に弓弦が自分に近況を聞いてくる形だったが、話のテンポが心地よく、自分も調子良く話していた気がする。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした。弓弦、今日のこと洗いざらい話してもらいますよ」
メイン料理が食べ終わり、カトラリーを静かにテーブルに置く。そのままお上品に口周りをナプキンで拭いている目の前の奴を睨みつける。
「まあまあ、そんなに慌てないでください。まだデザートが残っておりますから」
少しの沈黙の後に運び込まれたデザートを凝視する。これは何というか……見た目がとても素朴なプリンだ。これまでの料理は決して派手ではなかったが、綺麗に飾られていたり工夫がされていた。それがこのデザートには全くないようだった。さっさと食べてしまおうと口に運ぶ。
「……美味しい」
思わず言葉が口から漏れる。なんだか俺はこの味を知っているような気がした。この甘すぎず、滑らかなようで少し硬くて、キャラメルが少し焦げていて、でも幸せな気持ちで満たされるような温かいこの味を。
「ふふっ、気に入っていただけて良かったです」
弓弦がニコニコとこちらを見つめる。
「他の料理は少ししか手伝えませんでしたが、こちらは わたくしが作ったのですよ」
「……えっ、」
「あなたの誕生日を初めて祝った際も、今みたいに顔をほころばせながら食べてくれましたよね」
弓弦の指が頬に触れる。同時に思い出す、それまで何とも思っていなかった”この日”を少しだけ特別に感じた時のことを。
「茨、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、俺と出会い、わたくしの隣にいてくれて、ありがとうございます。」
なんで、そんなに恥ずかしい言葉がこいつはポンポン出てくるのだろう。全てが負けている気がして悔しい。でも、それ以上にすごく嬉しかった。弓弦の指が涙をぬぐうように頬を滑る。
「来年も、再来年も、その次の年も、特別な日にしましょうね」
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「こちらはfineから、」
「え?」
「そして、こちらはEdenの皆様から」
「おお……」
「最後にわたくしからです」
「こ、こんなに……?」
両手いっぱいのプレゼントを抱えた茨を見て、弓弦は優しく微笑んだ。