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    mamegohan54

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    mamegohan54

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    ココイヌ再開前に書いていたもの。梵バ軸。ココと別れたイヌが、赤さんの命日にパブのオーナーに拾われ、ダンスパブでキャストをしていたところ、梵コに指名されダンスをする話。書き上げたかったのですが原作がぐんぐん進んでしまって諦めたものです……

    #ココイヌ
    cocoInu

    ダンスパブで働くイヌとそれを買うココのココイヌ(梵バ)「意外。ココがこんな店、来るなんて」
     できるだけ、動揺が露われないように。喉の奥を絞って出した声は、思ったよりも簡単に乾の口からこぼれでた。
     筋肉質な脚を剥き出しにして、背後の壁に縋り付く男が、九井からどう見えているかなんて分かりきっているのに。尻から垂れるぬるい液体の感触が可笑しくて、口が歪む。取り繕うには今更、間抜けすぎだろ。
     偏光素材のレース越し、九井の目が揺れていて、彼の三白眼をまじまじと見つめるのはいつぶりだろうかと、乾は長い睫毛を伏せた。
    「イヌピーこそ、結構大胆なことするんだな」
     露出した腿を撫でられる。唾液が喉元でつっかえて、肌が咄嗟に粟立ったのを、どう思ったのか、九井はくすくすと肩を揺らした。冷たかったからだ。涼しい顔をしてるのに、それでいて瞳を揺らすおまえの手が冷たくて驚いたのだ。
    「あんな声だして、バレないと思ってたのかよ、イヌピー」
     紫のフィルムを貼りつけたライトのせいか、九井の顔が青白い気がした。昼間に見る、悪夢みたいだった。


    ***


     ――パブのキャストになって、半年。
     分厚い雲が月を覆う深夜、店の裏路地で寝ていた乾を拾ったのは、ダンスパブのオーナーだった。てっきり浮浪者だと思って、しかし斜め上から見た乾の顔立ちが整っていたから、声をかけてしまったらしい。半顔に大きな火傷のアザがあることに気づかず、連れ込んだ店内で乾の顔を見たときは、しばらく言葉を失った。
    「でも、セイちゃん、イイ表情をしてるから」
     オーナーは、赤いヒールを慣れた調子で鳴らす、乾の過去を知らない。言われたことを、言われたように。パブの暗がりで、皮膚の薄くなった箇所を覆う黒いベールを冠れば、乾はたちまち変貌する。
     女として売っているわけではない。深くスリットが切り込むドレスは体に馴染み、体格の良い乾を男に見せる。ローテンポなジャズダンスで、教えられたようにステップを踏み、ただ踊るだけ。時折、ライトに照らされて光る睫毛の金が、見る者を倒錯させても、乾の知るところではなかった。
     出勤は週三日。決まった時間に舞台に立ち、客とは言葉を交わさない。衣装こそ露出は多いが、それだけだ。触ることも、話すこともできない乾を求めてついた常連客を、乾はろくに、顔さえ見たこともない。
     不自由していたわけではなかった。昼間、龍宮寺と営むバイク屋も、稼ぎは少ないが軌道には乗っていたし、オーナーに拾われた日も、道端で眠る悪癖がでただけ。
     ただ、その日は、姉の命日だったから。
     居場所のなかった過去、姉の眠る病院で嗚咽を漏らす幼馴染を待って、路地で飲む缶ジュースの味を思い出し、いつのまにかアスファルトに頬を擦り付けていた。火傷のある頬が冷えた地面に触れ、あの日の感覚が蘇った。燃え盛る家を背に、場違いに冷えたココの首元が火傷の肌に心地よくて、ああ、間違えたんだと。間違えて選ばれた、あの火事の日を、乾は路地に横たわり思い出していた。
     九井とはもう、10年も会っていない。


     最後のショーを終え、コンビニで黄色の炭酸を買い帰宅する。梅雨が明けても、水気を含んだ空気は乾の体にまとわりついて、履き潰したスニーカーを脱ぐにも少し気力が要った。
     真っ暗な廊下を進むとき、乾は決まって不安になる。一歩奥へ、進むたび押し寄せるのだ。真っ暗な廊下の先には、真っ暗な六畳間が待っていて、そこには憂鬱がぎゅうぎゅう詰めになっている。乾をたちまち孤独にさせる憂鬱だった。
     扉を開け、七歩進んで窓を開ける。一度膝をついてしまえば最後、二度と立てなくなることはわかっている。開け放した窓から重くぬるい風が流れこんだ。深夜二時の曇り空は、日中の熱気を失い、静かに澄んでいた。乾は深く息を吸い込み、それからゆっくりと吐き出した。部屋の憂鬱が少しでも、外に溶けるように。乾は決まって、家に帰ると窓を開け、こうして外を眺めた。
     置きっぱなしの、底の剥がれたビーサンに足をくぐらせ、トタンの床を滑らせる。ベランダの柵に肘をかけ、買ってきた炭酸飲料の蓋を開けた。口に含むと、気泡がはじけ、鼻の奥に空気がぱちぱちと充満する。わかりやすい黄色と、わかりやすい甘さ。勿体ぶると、だんだん息苦しくなる炭酸の激しさが好きだ。
     もともとひとりだったのだ。夜気に包まれると、いつもそう言いたくなるけれど、ひとりと言いきるには、乾の過去はそれほど孤独ではなかった。乾の手を濡らすペットボトルのジュースも、ひとりではきっと買うこともなかっただろう。
     ――それ、美味いの?
     艶のある黒髪と、鮮やかな黄色のコントラストが美しく見えて、思わずそう尋ねていた。乾の問いかけに、九井は少し間をおいて、キャップの開いた飲み物を差し出した。夏のはじめ、通い慣れた図書館には埃っぽいエアコンの風が吹いていた。
     飲んで。
     ココが言った。飲む? じゃなく、命令だった。飲み口についた薄い黄の水滴がやたらと目について、誘われるまま口にする。シロップのような、喉を焼く甘さに顔を顰め、でも、重力に従って冷たく流れる炭酸の気持ちよさは心地が良かった。
     美味い、と、口にする前に、九井は満足そうな顔で口元を緩めた。じぶんとは正反対の、東洋人らしい顔立ちは九井の性質にぴったりだ。目を伏せると長くコシのあるまつ毛が白い肌を飾り、彼をいっそう知的に見せた。
    「いいよ。それ、イヌピーにあげる」
     好きだろ。
     わからないけど、ココが言うならたぶん、好きなんだろうと思った。おもえば、乾のまわりはそんなもので溢れている。家族も、金も、居場所もない、何も無かった乾に、与えたのは九井だ。
     会いたいな。声にはせず、唇だけで言ってみる。金を稼ぐ肥やしとなるなら、じぶんも九井に正しく選ばれていたのだろうか。
     部屋に戻り、水道水をコップに注ぐ。一息に煽って、水垢だけがこびりつく、乾いたシンクに、残りのジュースを流した。


    「セイちゃん、チークにも出てみない?」
     店に出て数ヶ月経ったときのこと。暗闇で体を寄せ、ゆらゆらと漂う男女を目で追い、オーナーが尋ねた。ただでさえ人の出入りが少ないこの店では、気に入りのキャストに入れ上げ、チークタイムを待つために薄まった酒を舐める客が、それでも収益の多くを占めている。
     仮にも、道玄坂の、風俗街の一角に構えた店だ。くしゃくしゃの紙幣一枚を握りしめて粘る男たちは、狭いホールのライトが紫に切り替わった途端口の端から荒い息を吐く。しかし、乾と同じ、ダンスの素養など少しもない、にわか仕込みで舞台に立つ女たちにとっては、男たちに吹きかけられる酒臭い吐息が、彼女たちの空虚を満たすらしかった。
    「あなたを指名したいっていうお客さんがいるの」
     尋ねたくせに、決定事項じゃねぇか。眉を顰めるが、女ひとりで渋谷の風俗をやるんだ。これぐらいの気概はなければならないのだろう。
    「今夜、一度来店されるって言ってたから。悪いけどお願いね。それと、フロア入る前にシャワーを浴びて。髪から油の匂いがする」
     バスタオルを握らされ、シャワールームに押し込まれる。だいじな客なんだとすぐにわかった。油。バイク屋で、ドライブチェーンの注油は乾の仕事だが、そんなこと、今まで一度も言われたことがなかった。鎖骨まで伸びた金髪を鼻に寄せても、匂うのだろうか、よくわからない。
     シャツを脱ぎ、ふと縁の剥げた洗面鏡を見る。たしかに男の骨格なのに、長く伸びた髪はほんの少しだけ乾に赤音を想わせた。


     チークダンスとは、男女が互いに頬を寄せあい、踊るものをいう。乾は女ではないが、指名をした客が男なことくらいは理解していた。しかし。
     乾を抱く客、その男の、白く脱色された髪が頬に触れ、思わず身を引きそうになる。息を吸うと、あまりに鮮明に記憶された匂いが、乾の胸をいっぱいにした。
     ココだ。
     背骨のない人形のように、10センチのヒールを踏みしめる脚がふらついて、地面がぐにゃりと歪む。乾は、じぶんが踊っているのか、立つことができているのかさえ、よくわからず、わかっているのは背中を支える相手の手がやたらに力強いことくらいで、視界が紫と白の濁りでぼやけ、曖昧になった。
     どうして、今、此処に。
    「右足、だして。ちゃんと立って」
     耳元で小さく九井が言う。反射的に踏み出して、言われたとおりに体勢を立て直すと、そう、そう、と笑みを含んだ声で囁かれた。
    「上手いじゃん」
     上手いわけあるか。ただでさえ不慣れなチークダンスで、おぼつかない足取りの乾はされるがまま、九井の肩が揺れるのを追うだけだ。
     
     
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    mamegohan54

    MOURNINGココイヌ再開前に書いていたもの。梵バ軸。ココと別れたイヌが、赤さんの命日にパブのオーナーに拾われ、ダンスパブでキャストをしていたところ、梵コに指名されダンスをする話。書き上げたかったのですが原作がぐんぐん進んでしまって諦めたものです……
    ダンスパブで働くイヌとそれを買うココのココイヌ(梵バ)「意外。ココがこんな店、来るなんて」
     できるだけ、動揺が露われないように。喉の奥を絞って出した声は、思ったよりも簡単に乾の口からこぼれでた。
     筋肉質な脚を剥き出しにして、背後の壁に縋り付く男が、九井からどう見えているかなんて分かりきっているのに。尻から垂れるぬるい液体の感触が可笑しくて、口が歪む。取り繕うには今更、間抜けすぎだろ。
     偏光素材のレース越し、九井の目が揺れていて、彼の三白眼をまじまじと見つめるのはいつぶりだろうかと、乾は長い睫毛を伏せた。
    「イヌピーこそ、結構大胆なことするんだな」
     露出した腿を撫でられる。唾液が喉元でつっかえて、肌が咄嗟に粟立ったのを、どう思ったのか、九井はくすくすと肩を揺らした。冷たかったからだ。涼しい顔をしてるのに、それでいて瞳を揺らすおまえの手が冷たくて驚いたのだ。
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