星は堕ち、君と巡りて「システムオールグリーン、前方右斜め45度に標的を確認!」
「『おもかじ』いっぱい~!こっちもじゅんびできましたよ」
「両翼の起動も問題無しッス!操縦桿の操作可能ッスよ」
「後方確認、第三者介入の気配なし。いつでもいけるでござる!」
「バッテリーの残量を確認、フルチャージ完了しました」
「ようし、いくぞ!!」
その瞬間、それぞれ別方向から聞こえていた五つの声が一斉に叫ぶ。
「撃て!!」
巨大な機体から放たれる、まばゆいばかりの閃光。それは空気のない宇宙を揺らし、はるかかなたの星をも揺らす。目の前が真っ白にフラッシュし、その光が消えると白と黒の視界がやってくる。
「…やったか?」
『よくやったね、流星隊。迎撃完了だよ。すみやかにスペースコロニーへ戻るように』
通信機器からその声が聞こえると、安堵と歓喜が機内を包み込んだ。ゆっくりと方向を変え、元きた方向へ舵をきりながら、翠が脱力した声を出す。
「あー…毎度のことだけど、死ぬかと思った…」
「そうでござるな、拙者も毎度ひやひやしてしまうでござる」
「でも、俺たちがやってるのって一応宇宙の平和を守ることに繋がってる…んスよね?」
後方で話し合う彼らに、二つの人影が振り返った。
「当然だ!俺たちはこのESでも有数の無敵艦隊、流星隊だからな!『メテオレンジャー』とお前たちさえいれば、宇宙の平和は保たれる!」
「はい。ぼくたちのちからは『むげんだい』ですからね」
「ああ。俺たちがいれば、絶対に宇宙の平和は保たれる!が…うむ…」
流星隊と、彼らの乗り込む機体、『メテオレンジャー』に絶対の自信を誇っていた千秋が、沈んだ面持ちで窓の外を見やる。そこには先程の猛攻によって爆散した別の機体が、ゆっくりと塵になって宇宙へ還ろうとしていた。
「これはドリフェスではない。本物の宇宙防衛だ。だから…」
言いかけていた言葉を千秋が飲み込む。機体は撃破の喜びから一転し、重苦しい沈黙に包まれた。
これはお遊びではなく、観客に見せるためのパフォーマンスでもない。
そのことはこの場にいる五人が一番よくわかっていた。最初の高揚が過ぎれば、いつも後に残るのは懺悔と新たな決意。五人は窓の外へ手を合わせた。帰る場所を失った鉄塊に。
時は20XX年。光が輝けば輝くほど、闇は濃さを増し、暗躍する。
アイドルであり最強の戦力を誇る『流星隊』は、まさしく宇宙のヒーローとして、日夜星々の瞬きを取り戻すべく戦っている。
『悪』という役割を与えられた存在たちから、自らの属する世界を、人びとを守るために。
「守沢先輩」
「ああ、高峯」
スペースコロニーの一角に、千秋はぼんやりと座っていた。その顔には疲労が溜まっている。偶然足を運び入れた翠は、その千秋の焦燥ぶりに近寄って声をかけずにはいられなかった。
「まだ考えてるんですか、あの機体の事」
「…そうだな、考えていないと言えば嘘になるが」
「仕方ない、ですよ…俺たちがこうしてなきゃ、今頃はここにあの機体が乗り込んできたかもしれないし…」
「ああ、わかっている。わかっているんだが…」
千秋は苦し気に顔を歪めた。その瞳が潤んでいるのを見て、翠は思わず目を反らす。千秋の言いたいことはわかっている。
自分たちは、本当にヒーローなのか。
宇宙進出に伴うアイドル像の変化は、文字通り宇宙全体を根底から揺るがすものだった。この宇宙の中から独立して新たに参戦したアイドルたち、ひいてはESの存在に良い顔をしない星々の先住者が、こぞってこちらへ攻撃を仕掛けてくる。ES以外の他のアイドル事務所も後に続けと次々にこの企画に参加したことで、今アイドル達は内部と外部からそれぞれ戦いを強いられている状態だった。
流星隊というコンセプトは、幸か不幸かその舞台の上でこの上ない強みとなった。
やってくる敵を迎え撃ち、このESという小さな楽園を護ること。それが、アイドルという役割のほかにここに属する人びとに与えられた使命であり、こと流星隊の最重要ともいえるミッションだった。
初めて迎撃をした日、まぎれもなく喜んでしまったその瞬間に、五人は他のアイドルたちよりも一歩先に、これから先の運命と逃れられない罪を自覚した。
だけれど慣れというのは怖いもので、いつの瞬間も撃破の瞬間はどこか「勝った」という感覚を与えてくれる。木端微塵になった機体を見て、「仕方ない」と言う以外に言葉が見つからなくなる。
そんな毎日の繰り返しの中、千秋は悩み続けていた。
本当に自分たちが撃破している相手は『悪』なのか。炎に包まれ散っていくあの鉄塊は『悪』なのか。
ある日、千秋が可愛がっていた後輩が、どこかへ消えた。彼らの仲間は必死になって今も彼を探している。
機会の部品のように、命令のまま歌い踊り戦う日々に嫌気がさし、まっとうに『人間のアイドルとして』生きることを決めた彼らの消息は未だにわからない。彼だけでなく、何人ものアイドルがこのESという組織に反旗を翻して宣戦を離脱した。その話を聞くたびに、千秋はいつも恐ろしくなる。
撃墜した機体の種類が、自分の知っているものだったら。その鉄塊の中に、遠く離れた地で彼らの帰りを待っている人がいたら。そう思うと、怖くて怖くてたまらなくなるのだ。
「守沢先輩、大丈夫ですよ、大丈夫…」
「高峯…」
ふいに温もりを感じて、千秋は顔を上げる。翠が隣に腰かけ、震える千秋の手をそっと包んでいた。
その手が細かく震えているのを、千秋は見逃さない。大丈夫というその声は、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「先輩、俺たちは…」
震えながらも、翠は掠れた声で呟いた。その瞳には強い光が宿っている。コールドスリープから目覚めたばかりの時、一番怯えていたのは翠だった。それでも今は、諦めと決意の中で生きている。苦しさを飲み込んで、明日への希望を取り戻すために。
「俺たちは、それでも…」
生きなきゃいけないんです、という声に、千秋は凍っていた心がそっと溶かされていくのを感じた。翠だって、本当は怖くてたまらないだろう。宇宙を放浪する行方の知らない彼らのように、逃げてしまいたいと思ってもいるはずだ。だが、そんな彼が今はこうして千秋を励ます側に回っている。
千秋はそっと息を吐いた。もしも、翠が、鉄虎や忍が、そして奏汰が逃げたいというのなら、千秋はそれを止めはしない。自分のできる最大限の力で彼らを送り出す決意はできている。しかしそれでも、彼らは千秋と共にいてくれる。仲間に恵まれたことは、千秋にとって何よりの幸運だった。
引き寄せた体は細くて、だけど確かに温かかった。この温もりを守るために、隣にいてもらうために自分は戦い続けるのだと千秋は思う。
「ありがとう、高峯」
そっとその体を抱きしめても、地上にいたころのように抵抗はしてこない。限りある温もりであることを知ってしまった今は。
混ざり合う鼓動が、忘れかけていた大切な感情を呼び起こしてくれる気がして。
不気味な警報音が、機内に響き渡る。高く尾を引く警報と、赤く機内を照らすランプに、五人はサッと身を強張らせた。
「『きょうてき』しゅうらいですね…」
奏汰がレーダーを確認し、顔を曇らせる。レーダー上に表示される機体の数は、ざっと片手では数え切れなかったからだ。
「…割とマジでピンチなやつでござるな」
「それでも、迎え撃つ以外に手は無いッスよ」
忍の不安を吹き飛ばそうとするかのように、あえて鉄虎が雄々しい口調で機内を奮い立たせる。警報音は鳴りやまない。
「これ、一体一体処理してたら間に合わないんじゃ…」
「ああ、そうだな…」
千秋は唇を引き結んで、レーダー上に赤く散らばる無数の点を見つめている。そうこうしているうちに、機体が激しく揺れた。
「っ…?!しまった…!」
慌てて舵をきって標的を反らしたが、次の瞬間別の方向から衝撃が加わる。赤い機内と鳴り響く警報音が、正常な判断を狂わそうと手を伸ばす。
「…あまり使いたくない方法ではあるんだが、ぐあっ…!くぅ…!!」
判断を急かすかのように、断続的に機体が揺れる。もう迷っている時間はない。
「各自、個別の機体へ乗り込め!!」
疑問や不安を口にしている時間などなかった。一斉に散り散りになり、操縦桿を握る。
「こちらは守沢千秋。みんな、聞こえるか?」
「はい」
「押忍!!」
「問題ないでござるよ」
「大丈夫です」
「今から攻撃を開始する。とにかくばらばらになって敵の標的をずらしながら戦うんだ。あまり遠くへ行きすぎることだけは注意しろ。常にレーダーの範囲内から外れるんじゃないぞ」
「はい!!」
四人分の返事がそれに応える。千秋はその声を受け、大きな声で叫んだ。
「いくぞ!!出動!!!」
五機の機体が一斉に宇宙空間へ舞い上がる。途端に交差する強烈なレーザーに、急旋回したそれぞれの機体が応戦を開始した。ともすれば仲間の機体もろとも爆破しかねない、強烈なレーザーと爆発の応酬だ。翠は一度戦場の中心から外れると、戦場を円を描くようにして飛び回った。
「いいぞ高峯!その調子で飛んでくれ!!」
無線から千秋の声が聞こえる。翠はそれに応えず、代わりに敵陣に強烈な一発をお見舞いしてやった。翠をおとりとした陣形は功を奏し、見る間に優勢へと展開していく。
「…!!警報、警報!!敵襲の増援でござる!」
叫ぶような忍の声に、一斉に機体が向きを変える。それまでよりはるかに大きな機体が、こちらへ向かってきていた。
「撤退だ!天祥院に連絡しろ!!」
「もうやってます!ただ…どうやら、『ぼうがいでんぱ』がじゃましてるみたいで…!」
「ここは無理するべきじゃないッス!あっ?!」
「南雲?!おい、南雲!!」
「…結構な至近距離まで邪魔が入ってるのは本当みたいッス。今、わりと強烈なのくらったんで。このまま俺たちの陣形を乱して、一体ずつ処理してくんだと思うッス!」
「…とにかく撤退だ!!自分の身の安全を第一に考えろ!!」
一斉に”四機”が向きを変える。一目散に拠点へと飛行する四つの流れ星のうち、ひとつが異変に気が付いた。
(守沢先輩は?!)
無我夢中の中で気づいたときには、千秋のレーダー反応は弱々しくなっていた。彼との距離が、刻一刻と離れている。
「みんな!!守沢先輩が…!!」
「ちあき?!」
「なんであの人逃げてないんスか?!」
「まさか、守沢殿はせめてもの足止めに…!」
千秋の無線から返答はない。その間にも、千秋との距離は離れていく。
それが、千秋がその戦艦に一人立ち向かおうとしている何よりの証拠だった。
「あの…馬鹿!!!!!!」
「翠くん!!」
「…三人は戻ってて。深海先輩、天祥院先輩に連絡は」
「あっ、ここまでは、『ぼうがいでんぱ』もとどいてない…ぜったいにれんらくできます!」
「だったら俺たちも一緒に…!」
「いいから、大丈夫だから…!!お願い、あの人、俺が殴ってやらないと…!」
「みど、」
翠の名前を呼ばれる直前に、翠は無線の通信を切った。千秋との個別回線に切り替え、連絡を取ろうと試みる。
「あんた何やってるんですか!!馬鹿なことしてないではやくこっち戻ってきてください!」
応答したキィン、という金属音に翠は顔をしかめた。不安定な無線は時に近づき、離れながら何かを伝えようとしている。
「高峯?!何をしている、早く逃げろ!!」
「馬鹿じゃねぇの、あんたも逃げなきゃ意味ないんですよ!!」
レーダーの範囲に千秋の機体が映し出される。翠はエンジンを全開にして、漆黒の闇を切り裂くようにひた走る。翠の通った後は彗星のように長く美しい尾が引いた。
「っ、捕まえた…!」
「馬鹿、戻れ!!」
千秋の声が聞こえないかのように、敵陣の背後からまわりこんだ翠の機体が姿を表して千秋は絶望した。
(なぜだ、なぜ撤退しない?!)
怒鳴り散らしたい気持ちと、まぎれもない安堵の感情を抱えて千秋は操縦桿を握りしめる。目の前の攻撃をよけるので精一杯の千秋にとって、翠が駆けつけてくれた事実は死地に自殺しに来たということと同義であり、独りぼっちの千秋の援護という意味合い以外なんの意味も持たなかった。考え込んでいる間に、衝撃が機体を揺らす。先程までとは比べ物にならない一撃に、千秋の乗った機体は錐もみするように回転しながら吹き飛ばされた。
「ぐあああああっ…!!!」
「守沢先輩!!」
巨大な戦艦が迫ってくる。それは機体ではない。何百、何千という軍隊を乗せた、まさしく戦艦だった。その側面の穴の一つ一つから伸びる銃口は、まっすぐに千秋を乗せた機体を狙っている。
―殺す気だ。
千秋にはそれがわかっていた。今から本丸へ攻撃を仕掛けようとする彼らには、飛び回る千秋の機体は蠅のような存在なのだろう。そのままでも問題ないが、妙に目について腹立たしい。放っておくとせっかく高めた集中力が切れてしまう、忌むべき存在。
ならば、と千秋は最後までその役目をまっとうしようと決めたのだ。たとえ一匹の蠅でも、長い間耐えれば自分の味方を一人でも多く増やすことができる。千秋はその可能性に賭けていた。今頃、奏汰の連絡を受けて英智が同じように艦隊を動かすだろう。起動可能な他のパイロットの担い手を、忍と鉄虎が探してくれているだろう。
仲間たちを信じているからこそ、千秋は自らの命を投げうってまで博打に出た。
翠はそんな千秋の賭けをふいにしようとしている。ここに飛び込んでしまったら、もう後には引けない。
「高峯、お願いだ、頼む…!!」
「絶対に嫌です!!」
てこでも引かない翠に千秋は歯噛みした。一体何が翠を突き動かすのか、その理由を知りたかった。だけどもう、時間がない。銃口に火がともる。火の玉が最大まで大きくなった時、千秋はこの宇宙から消える。
「高峯…!!」
「うる……さいっ…!!」
刹那、千秋の機体に衝撃が走る。よろめいた機体の横を、幾筋もの熱光線が走っていった。
翠だ。
翠が、わざと千秋の機体を攻撃した。
わざわざ敵陣に見つかる危険を犯して乗り込み、寸前で攻撃を打ち込んだ理由は。
「あんた、勝手に死のうとするなら絶対に許しませんよ」
滑るようにやってきた、翠の機体。それはもう、敵から見ればまぎれもない援護の証。同じように駆除するべき存在だ。
二つの機体が、光の尾を引きながら飛び回る。
「…ひとりでかっこつけて死のうとするとか、やめてくださいよ」
不安定な無線は、翠の声を必要以上に揺らして耳へと届けてくる。赤と緑の彗星は交差しては離れてゆく。執拗な攻撃は止まない。防戦一方の自分たちに残された時間がそう多くはないことは、二人にもわかっていた。
「高峯」
「なんですか」
「今ならまだ間に合うぞ」
「何が。もう無理でしょ、堂々と目つけられてるし」
「一瞬の隙をつければ…」
「だから…!嫌だっていってるでしょうが!」
責めるように翠が近寄ってきて、千秋の機体の側面をこすっていった。
「あんたの自己犠牲はもう嫌なんですよ。学院にいたときから、ずっとね…!!」
「…」
「俺たちがどれだけあんたに振り回されてきたか知ってますか?いっつも自分本位な自己犠牲で、俺たちのためとか言って本当に役に立ったことなんて全然ない…!」
翠の声は無線の不具合ではなく、本当に潤んでいた。操縦する体力も限界なのか、それとも千秋への当てつけなのか、幾度も機体が擦れた。
「倒した機体が増えていくたんびに、凹んでる守沢先輩に気づかない人がいたら、それこそ馬鹿ですよ。あの顔するたびに、いつか自分一人で死ぬんじゃないかと思ってましたけど…」
がつん、という衝撃が走る。翠の苦しそうな声が聞こえてきた。少し前方で、翠の機体が煙をあげているのが見える。千秋は全身の血が凍る思いで、翠の声と限界の機体を見つめていた。
「まさか、本当に俺たちを置いて死のうって思ってたなんて思いませんでしたよ…!」
金属が悲鳴をあげるような音が、千秋をつんざく。翠の声が一層悲痛なものとして響いた。
気が付けば、千秋はボタンを押していた。『メテオレンジャー』に搭載されている合体機能。高度を下げつつある翠の機体の横に並び、そのボタンを起動させたまま翠の出方を伺う。寄り添うようにして、二つの機体がドッキングした。
結合部分の通路が開かれるやいなや、千秋はシートベルトを引きちぎるようにして操縦席を降りる。翠の機体へ繋がる扉を蹴破るようにして、千秋は機体に乗り込んだ。
「守沢先輩?!」
「ありがとう、高峯」
短く礼を言って、翠の隣に座り込む。一つしかない操縦桿を縋るように掴む手を包むように触れると、その手は氷のように冷たかった。
「高峯の言ったとおりだ。俺は、ESの思想に耐えられなかった」
「は…?」
光線が機体を焼く。ハンドルの効きが明らかに弱くなっている。
「まるでアイドルを兵器か何かのように扱う…そんなのはごめんだ。俺の目指す『ヒーロー』じゃない。だから、いつかは散ろうと考えていた。ずっと前からな」
「そんな…」
「いずれは寿命がくる。それが少し早まるだけだ。もともと、あまり丈夫ではない身体だったし、ここまで生きてこれて、こうして仲間に恵まれたことだけでも俺は十分幸せな人生だったぞ」
震える手を押さえつけるようにして、千秋は言葉をつづけた。
「高峯、こんな俺を、本当に救おうと思うか?」
「……当たり前でしょ」
思いのほかすぐに返答が返ってきて、千秋は目を見開いた。機体が大きく傾ぐ。
「かっこつけてるあんたより、かっこわるい方が俺は好きです。俺はあんたのおかげでヒーローになった。俺みたいなのでもヒーローになれたんですよ、いつでもかっこつけて強がってるだけがヒーローじゃない。違いますか」
「…」
喉が焼けるように熱くなって、千秋は俯いた。言いたいことがいくつも渦巻いて、何も言えなかった。
「前に、俺が倒した人の分まで生きなきゃって言ったけど…」
「ああ…」
翠が千秋を慰めるために言ってくれたあの言葉。今はもう、焼かれていく命しか残されていないけれど。
「別に、長生きしようってことじゃなくて…やりたいことやって、満足できればそれでいいのかなって」
「…そう、だな、そうなのかもしれない」
千秋の脳裏に浮かんでくるのは、宇宙に消える機体の欠片の数々。それから、星の瞬き。
鮮烈な爆発の背後で瞬くそれは、かつて地球で見た色とりどりのサイリウムの海と重なって見えた。
隣に大切な人がいることが当たり前だった日々。悩み、藻掻いて足掻きながらつかみ取った、青春の断片。血に塗れながらも誰かのためにと奮闘した日々。
千秋は目を閉じた。手のひらに触れる大切な人の手の甲が、何よりも千秋に勇気をくれた。
「高峯、覚悟は?」
「当然」
翠の手が千秋の手をそっと振りほどき、操縦桿から離れる。次に伸ばした先は、千秋の手のひら。自分をずっと引っ張ってくれていた存在。
不思議と恐怖は感じなかった。凪いだ海のように、ただ二人の間には穏やかな空間があって、最期の灯を燦然と燃え上がらせていた。
すぐ隣で、千秋の乗っていた機体が吹き飛ばされる。声なき声を上げて散ったその鉄くずを見届けた先が狙うのは、二人のいる機体。ハンドルは制御を失い、ただほんのわずか残ったエネルギーだけで抗っている存在。
「守沢先輩」
「高峯」
二人は何も言わなかった。ただ目の前が白く焼かれていくのを、その美しい瞳に宿しているだけだった。
幾千万の星と同じ景色を見てきた瞳。最期に見た相手の顔はこれ以上ないほど晴れやかだった。
翡翠の彗星は、宇宙へ散った。
抗いようのない存在を前に情熱を燃やして。
最後まで愛しぬいた相手への慈愛を伝えて。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「そう、千秋と高峯くんがね…」
沈痛な面持ちで呟いて、英智は視線を下に向けた。そこにいるのは、まるで眠っているかのように穏やかな二人。傷一つない滑らかな肌と、上下する胸板だ。
「これで”何度目”だっけ?千秋」
英智は友のいるコールドスリープをそっと撫でた。千秋は答えない。ただ静かに眠り続けるだけだ。
「高峯くんも、僕が思っていた以上にここで会う機会が多いしね」
困ったものだよ、と英智は笑う。
その人の持つ記憶も、技術も全てを巻き戻したまっさらな状態の二人を前にして、英智はしばし物思いに耽った。
『流星隊』はその任された役柄、最もここ―コールドスリープへやってくることの多いユニットだ。その中でも、守沢千秋と高峯翠は大抵一緒にやってくる。
いつもいつも、二人揃って遠い宇宙へと消えていく。
英智の知る限り、二人に特別な間柄はなかったように見える。もちろん、間に漂うどこか幸せそうな空気は感じ取っていたけれども、それに伴った関係性を新たに構築しようとしているようには見えなかった。千秋も翠も、それを言うだけの勇気はなかったのだろう。二人はいつでも『先輩と後輩』だった。
何度生まれ変わっても、何度死んでしまっても、それ以上の親密さになることはない。
だというのに、二人はいつも一緒にここで眠っている。ただの先輩と後輩の関係と言うだけでは、表せないほどに。
ここへやってくるたびに、彼らはまっさらな記憶からうまれる。何も知らない無垢な魂のまま、スペースコロニーでの生活へ戻っていく。ここにやってきて散っていく星々の散り際は様々なのに、この二つの星はいつも同じ軌道を辿って帰ってくる。
たとえその過ごした時間がどんなに短いものであろうと、まるで決まった道筋を辿るかのように、二人は互いを守って死んでいくのだ。
「次の生では、君たちはきちんと伝えられるのかな?僕の見立てでは、やっぱり難しいとは思うんだけどね」
それを幾度も見届けてきた英智には、ひとつの確信があった。何度でも惹かれあい、輝きあう双星は、きっと、地に足をつけて生きていたころから想いあっていたのだろうと。
それを最期まで伝えないままに、星は再生と崩壊を繰り返している。
彼らの流星のごとき一瞬の命の灯を何度も蘇らせることしか、英智はできない。永遠の時を繰り返す星の誕生を、見届けるだけ。
コールドスリープの起動装置を手に取り、もう一度二つの装置を眺める。
儚くも美しいつかの間の夢を、彼らには再び味わってもらわなければならない。
「さあ、二人とも。起きなさい。また生きる時間だよ」