「Shall we dance」「おい」
「俄月さん。お疲れ様です。俄月さんとバディは久々ですね」
看護師もどきの格好をした女がこちらに駆け寄って来た。懐くというのは、こういうことを言うんだろう。名塚 巡。それがこの女の名前だ。この女と臨時を組むのは何度目だったか。1期生と8期生。地盤がグラついた時代で、互いに何度も肩を並べていた記憶がある。最近は後輩が多く、コイツが出突っ張りでそう機会がないが。
「な、なんですか?」
思い出していれば、見過ぎたらしい。唇をへの字に曲げた女が、1歩足を後退させた。別に獲って食う訳じゃないが。どうにもコイツは妙に警戒しがちだ。俺が口を開くのがわかったのか、身構えている。
「別に」
「そ、そうですか」
顔に浮かんだのは安堵。ViCaPじゃ、白衣の天使だったか?どいつもこいつも助けようとするオーバーワークの姿により仰々しい異名がついているが、どう見てもただの女だ。まぁ、白衣の天使も一皮剥けばどいつもただの女だったが。
「仕事だ、行くぞ」
「はい」
踵を返せば、足早についてくる。さっきまで焦っていたものが一転して、凛と構えている姿は臨時としては悪くない。
――そんな姿は、早々に破り捨てられるのだが。
「帰ります!帰らせてください!」
「諦めろ」
今回の仕事にドレスコードが必要だと知った途端、尻尾を股の間で丸める犬のようになりやがった。スカートが嫌。綺羅びやかなドレスは苦手。そもそもパーティが苦手。一通り言い訳を聞いてやったが、全て取るに足らない事柄。くだらねぇ。却下だ却下。喚く女を引きずって、適当なブティックに突っ込んだ。暫く待てば、店員に捏ね繰り回された女がヨロヨロと更衣室から出て来る。
「俄月さん?」
「あ?」
「隈できてます?」
「多少」
目元に触れようとして、女は化粧がなんだのとうるさいことを思い出し髪を耳に掛けてやる。少し明るくなった顔は、コイツのオーバーワークが化粧の下から透けていた。店員から鏡をもらってウンウンとメイク用品を広げようとしている女の手から、小物入れを奪う。
「行くぞ」
「え!?あの、メイク直させてくださいよ~!?」
「必要ねぇ」
寝不足、過労でいささか顔色は悪いが、コイツの顔をまじまじと見る機会など他の奴らには訪れないだろう。ガタガタ言うコイツを車に突っ込んで発進させた。
「俄月さん」
「……」
「俄月さん!聞いてます!?」
「うるせぇな」
「聞いてるじゃないですか!やっぱり私、外で待ってます!合図してもらえればすぐに突入しますから!」
ハンドルを握って愛車を飛ばす女が、ゴチャゴチャとさっきからずっと何か言っている。コイツは喋ってないと死ぬのか。いい加減面倒で返事をすれば、余計うるさくなりやがる。著名なデザイナーが拵えたらしい真紅のドレスも肩なしだ。
「やれねぇのか?」
「はい!?」
「これくらい、できねぇのかって言ってんだ」
「……」
名塚 巡は案外、負けず嫌いだ。勝負をふっかけられたら、後に引けない。不器用な女。案の定、グッと唇を噛み締めてハンドルを強く握りしめている。あとひと押しか。
「腰抜けは相棒に要らねぇ」
「……わかりましたよ!やります!女に二言はありません!」
赤信号を数秒睨んだ女は、白衣の天使の顔をしていた。
「おい、信号。青になったぞ」
「飛ばします!」
「やめろ」
「俺の傍から離れるな」
「わかりました。サポートは任せてください!」
「……」
俺がいない場合、面倒な輩が寄ってきそうだから言ったんだが。説明が面倒なのでそれでいいか。何故か胸を張っている女を放置して会場に足を踏み入れる。
ヴィランが主催しているらしいパーティは、くたびれた日本経済には似つかわしくない豪華なものだった。ギラギラしたシャンデリア。見せびらかされた名酒が並んでいる。客も傷、刺青、見せつけるような貴金属と、品がねぇ。おかげで俺がいても不自然じゃないが。
「ワインは後方ですよ」
「要る」
「はい」
女の手が俺に触れる。途端に、一瞬引っ張られるような感覚。瞬きをするまもなく“3分前にいた後方に戻った”。女の異能だ。
扉を1枚隔てた廊下。護衛もつけないで行くなど、強力な異能が使える人間が呼ばれているからか。ずいぶんと余裕なことだ。主催の男が振り返る前にその剥き出しの首に触れる。体温など感じる間もなく男の皮膚がボコリと隆起する。
「えっ」
男の情けない声が発せられたと同時に、男は服を残したまま四角い箱へと変わった。強力な異能が使えるのは、ヴィランだけではない。女を見れば、男の服と散らばった箱を回収している。
扉越しに会場から陽気な音楽が聞こえてきた。どうやらあちらはダンスの時間らしい。待ち望んでいる主催がただの箱になったことも知らないで。
「……ダンス、楽しみます?」
「あ?踊るか?」
「誰と?」
「お前以外にいねぇだろ」
目を瞬かせた女に、呆れてため息が漏れる。ドレスのシワも気にせず、箱を回収している女に言うことでもなかったな。
「巡」
「はい……え!?」
名前を呼んだことに驚いた巡が顔をあげる。同時に萎んだままのドレスが床に広がった。真紅なだけあって、流血にも見える。いよいよ大物デザイナー型なしだ。ダンスの時間があるからと、見栄えするようにしたんだったか。
「ドレスが勿体ねぇ」
「買い取りですか!?」
「経費。貰っとけ」
「いやぁ……たぶん着る機会もうないですよ」
金魚の尾びれのようなスカートの裾を手で揺らしている。なるほど。確かにダンスで立派に見えそうだ。女の手から箱をふんだくり、袋に投げ入れる。「危ない」「潰れちゃいますよ!?」だのなんだの言っていたが、俺の異能だ。俺が1番加減を知っている。いや、話題逸しか。また1步下がろうとしたところを、掴んで引っ張った。ヨタヨタと立ち上がった女のドレスが膝下で揺れる。掴んだままの手首から指を滑らせ手のひらを握り、そのまま腰を引き寄せた。