🍜「……びっくりした。まさかこんなとこで会うなんて」
「本当にね」
ジェミニとネーヴェの2人は朝ぶりの再会を果たした。意外な店で。そこは異様な臭いに店全体が包まれている。机や椅子などがてらてらと光っていて、流れる音楽はミスマッチでどこか落ち着かない。客は小太りの中年やサラリーマンなどが目立つ。皆店で提供されるものに夢中になっていた。ネーヴェはそんな様子にソワソワしながらもジェミニの隣に座る。ジェミニは手を止めてネーヴェをじとりと睨めつけた。
「わざわざとなりに座らないでよ。他にも空いてる席あるでしょ」
「離れて座る理由もないだろ」
「僕の機嫌が悪くなる」
店員がネーヴェに、いや、新たな客に気づき近づいてくる。いらっしゃいませ、という言葉と共にお冷が差し出された。ありがたく受け取りながらネーヴェは机を観察する。箸とちり紙、胡椒にラー油に爪楊枝、あと餃子のタレと水。そう、ここはラーメン屋だった。こってりもこってり、脂マシマシの濃厚な豚骨を取り扱っているラーメン屋だ。そこでジェミニとネーヴェは会った。詳しく言うと先にここにきて昼飯を食べていたジェミニにネーヴェが遭遇した。まったくの偶然である。メニュー表を見ながらネーヴェは何を頼もうか思案した。一通り目を通したあと沢山の紙が貼られた壁を見渡す。壁には『期間限定!濃厚つけ麺』と書かれた紙が貼られていた。
「ジェミニは何食べてるの?」
「……食べてる時に話しかけないで」
「あ、チャーシューメン?」
「……」
もっもっと食べているジェミニはネーヴェの言葉に何も答えなかった。音も立てずに、麺を箸で掴みながら口に入れている。ジェミニの机には食器が色々置かれていた。ラーメンとチャーハンはまだ中身が残っている。それ以外は全て空だ。餃子のタレを入れた小皿が置いてあるから、恐らく餃子もあったのだろう。ジェミニは時折スープを飲んで、時折チャーハンを食べていた。見た感じどちらも大盛りなのに、中身が結構減っている。よく食べるなあ、とネーヴェは簡単な感想を抱いた。
「すみませーん。つけ麺並1つ」
「…、つけ麺だけって。女子?」
「うるさいな。ジェミニの量が異常なだけだろ」
「DDならこのくらい普通じゃない?」
「ラーメン大盛りとチャーハン大盛りと餃子が普通?ついに常識までわからなくなったんだ」
「君の頭を今すぐ殴れば君の方がとち狂ってることになるかな」
「おかしいのは認めるんだね」
「黙ってラーメンが届くのを待ってなよ」
料理が届くまで、ネーヴェはジェミニの食べる姿を眺めていた。麺が音もなくジェミニの口に吸い込まれていく。たまにカチャ、と食器と食器が当たる音がするだけで、その食事はとても静かなものだった。作法など知りもしないが、見ていて不快さなど全く与えない、むしろ美しささえ覚えるような光景だ。こうゆうところで行儀の良さが窺えるから、ジェミニという人物がわからなくなる。ネーヴェがそんなことを考えながら見ていれば、ジェミニはコップに入っていた水を一気に飲み干した。机に置いてあるピッチャーを手に取りコップに水を並々注ぐ。残っていたチャーハンを食べてからジェミニは店員に声をかけた。
「替え玉1つ。硬麺で」
「かしこまりました〜」
「……ほんとによく食べるなあ。何回目?」
「まだ1回目」
ジェミニの替え玉が来る前にネーヴェのつけ麺が届いた。宣言通りの濃厚なスープに太麺。トッピングはメンマに玉子にチャーシューにネギと一般的なものだ。箸を1膳とってネーヴェは手を合わせた。麺をスープに絡めて啜る。音を立てたらジェミニにとても嫌な顔をされたので、食べ方を変えた。改めて麺を口に入れる。スープと麺がよく合う。麺のもちもちとスープの絡みがたまらない。豚骨ベースだが僅かに魚介の味もした。かつおダシを混ぜていたりするのだろうか。そのお陰で、濃厚ではあるがさっぱりとした感覚を覚える。とにかく美味い。夢中になって食べていると女性店員の高い声が隣で響いた。どうやらジェミニの替え玉が届いたらしい。替え玉が届いた瞬間ジェミニは食べるのを再開した。食べるのが苦しいだとかそうゆう様子は一切見られない。ペースすら落ちない。細い体のどこに入っているのだか。
「まい」
「む、……食べながら話さないでもらっていいかな」
「感想くらい言わせて」
「なら席移動してくれない?」
小言を投げ合いながら2人は麺を食べ進めていった。といってもほとんど会話は交わしていない。店に清潔感があるかと言われればノーと言いそうになる店だが、味は確かだ。食べる度に味が深くなっていく。
「替え玉硬麺。あと餃子」
「かしこまりました〜」
「まだ食べるんだ。大丈夫?お金足りる?」
「考え無しの暴食バカじゃないから」
暑くなったのかジェミニは袖を捲った。そろりとジェミニから目を逸らして、ネーヴェは食べるのを再開する。2回目の替え玉が届く頃には、ネーヴェの食べていたつけ麺はもうほとんどなかった。麺と具材をレンゲに乗せて口に放る。最後の一口はよく噛んでから飲み込んだ。
「ご馳走様でした」
「……え、本当にそれだけ?足りるの?」
「うん。もうお腹いっぱい。…心配なら餃子分けてくれてもいいよ?」
「絶対いや」
ちり紙で口を拭いてからネーヴェはスマホを取り出した。現在12:50。今から大学に行けば3限目までの時間が余る。早めに行って女子に絡まれでもしたら面倒だ。そう思ってネーヴェはもう少しだけここにいることを選択した。ジェミニの食べっぷりを見てみたいというのもちょっとある。
「お待たせしました〜!替え玉と餃子になりま〜す」
「食べ終わったならさっさと帰りなよ王子サマ」
「その呼び方ホントにやめて」
女子たちからの呼び方をされてネーヴェは鳥肌が立った。大学の女子たちは、ネーヴェに直接的なアタックはしかけずに陰でネーヴェのことを王子様と呼び慕っている。それが何より嫌だった。なにせその子達はネーヴェを陰から見ているだけなのだから。誰がそう呼んでいるのかネーヴェは知らない。興味も無い。自分から探す気もない。嫌ではあるけど自分から動く気は無い。結果放置している。それを知っているからジェミニはネーヴェをそう呼んだ。不満を隠そうともしないネーヴェを見てジェミニは微かに笑う。目を逸らしてからネーヴェは水を飲んだ。
「君、今日三限あるでしょ。僕のこと待ってたら間に合わないよ?」
「まだ余裕あるからここで時間潰してるだけなんだけど。あ、アイスある。すみませーんアイス1つ」
注文してからすぐにアイスは来た。アイスをちまちまと食べるネーヴェの隣でジェミニが餃子を頬張る。麺を食べて、合間に餃子を口に入れて、をジェミニは繰り返していた。みるみるうちに麺と餃子が減っていく。さて何分で食べきったのだろうか。ネーヴェが再びスマホを取り出して時刻を見た。13:02。約10分で完食とは恐れ入る。何となく心の中で拍手をしておいた。しっかり拍手をしてからネーヴェは席を立った。もうそろそろ大学へ向かわないと間に合わない。伝票を手に持ち会計へ向かう。ジェミニは口を軽く拭いてからネーヴェの後に続いた。ネーヴェの1000円が払われてから、ジェミニの2800円が払われる。店員から飴を受け取って2人は店を出た。ネーヴェは大学の方向へ、ジェミニは大学から離れた方向へ体を向ける。
「……もしかしてハシゴ?」
「うん。三限入ってないし、まだ食べ足りないからね」
「ほんとによく食べるなあ…」
軽く手を振ってから2人は別れる。四限目にばったり顔を合わせることになるが、それは今の2人が知ったことではない。とりあえず目的の場所に向かおうと2人は別々の方向へ歩き始めた。