私にはシンには言えない願いがある。
言ってしまえばきっと、彼は泣いてしまうから。
「射撃を教えてほしい?」
「はい」
見知った黒服の背中を見かけて声をかけた。
久しぶりだな、と気さくな挨拶をしてくれた先輩は以前より憧れていたエルスマン大尉だ。
「いやいや、赤服のエリートに教えることなんてないって。ていうかイザークじゃなくて俺?
それにルナマリアにはアイツがいるだろ?」
アイツとはシンのこと。
でもシンには言えない、という訳ではないけれど、出来ればシンには伏せておきたい。
「…内緒にする訳じゃないですけど、出来ればシンには悟られたくないんです。
ジュール中佐の射撃の腕は知ってますけど、大尉も先の大戦で活躍されてるじゃないですか。
大尉がお忙しいのはわかってます。可能な範囲でいいんです。少しだけお時間いただけませんか?」
私とシンはオーブへの出向が決まっている。
その前に、私はどうしても自分の力を上げたかった。
じっと私の顔を見て、小さく息を吐いた大尉は私の必死さを見たからか頷いてくれた。
「…そんな切羽詰まった顔されたんじゃ断れないよな。短期間しか見てあげれないけど、それで良ければいいぜ。
自分のトレーニングにもなるしな。」
「…ありがとうございます、大尉。
じゃあ訓練場の確保などはしておきますから、都合の良い日程だけ後で連絡いただけると助かります。」
「ああ、わかった」
その日は大尉とそれで別れた。
それから、オーブへ行くまでの間、限られた時間ではあるものの、数日感を射撃訓練やMSでの模擬戦を大尉と行った。
毎度部屋を出る時、シンにはトレーニングに行くとしか伝えなかった。
俺も一緒にと言われても、大尉が時間をくれた日は断った。シンには焦ってることを悟られたくなかったから。
私は焦っていた。
早く強くなりたくて。
どんどん強くなっていくシンにおいていかれることがないように。
そう、あの時みたいに。
「今日もお疲れ。はいコレ。」
「ありがとうございます。
すみません、私が付き合わせてしまってるのに、飲み物まで…」
模擬戦の後、二人で並んで椅子にかけた。
大尉と模擬戦や射撃を見てもらって数日が経つけど、まだまだ満足出来る結果が得られない。
あと少ししか時間がないのに。
このままじゃ、いつかは。
「…そんなに焦ることないって。お前、ちゃんと強いだろ」
私が沈んでいるのを見てか、優しく言葉をかけてくれる。その言葉からは嘘や慰めは感じないから真実を伝えてくれてるんだと思う。
やっぱりこの人は鋭い。
ジュール中佐の右腕と言われるこの人は、飄々としてるけれど人を良く見ている。
自分を含め大尉の後輩や、彼の部下がこの人を慕うのが良くわかる。
でも優しい言葉は人を時に弱くして、弱い言葉を吐き出させる。
今の私みたいに。
「…私、先の大戦の時、思い知ったんです。自分は無力だって。」
俯いて思わず弱い言葉を吐き出す自分が情けなくて、
膝の上で缶を持った手に力が入る。
でも一度弱音を吐くと止められなくて。
「…シンって、アカデミーの時は今から想像出来ないくらい、射撃も体術も私よりも下の成績でダメダメだったんですよ!
その頃から真っ直ぐで努力家ではあったけど、ここまで強くなるなんて全く想像出来ないくらいで。」
少しでも暗い雰囲気を吹き飛ばすように明るく振る舞うけど、とても露骨な作り笑いになってる気がする。
「…それなのに、いつのまにかこんなに強くなっちゃって、ホント、ズルいです。
強くなって成果を挙げていく度に、私がどんな想いをしてるかも知りもしないで。」
いつからか、シンとレイといても疎外感を感じる様になった。
シンは敵以外の何かともずっと闘っていて、苦しんでいて。
レイはそんなシンをどこかに連れて行ってしまいそうで。
だけどレイは、最後は私とシンをおいていなくなってしまって。
死んでしまったと絶望したメイリンとアスランは生きてくれていたけれど、オーブでそれぞれの強さを見つけて、私たちと遠く離れた場所で前へ進んでいて。
私はまたいつか、おいていかれるのだろうか。
私は、シンとこれからも一緒にいたい。
その気持ちに嘘はない、きっとこれからも変わらない。
だけど軍属である以上、いつかはシンと離される日が来るかもしれない。
「もう誰にもおいていかれたくないし、
私もシンをおいていきたくない。
だから今よりもっと強くなりたいんです。」
後から考えればきっと恥ずかしくなるだろうけど、真剣にそう言ってしまった。
でもこれが本当の気持ち。
まだ焦る気持ちは抑えられないけど、ずっとシンの隣に居られるように、私はもっと強くなりたい。
ずっと静かに私の話を否定せずに聞いてくれていた大尉が有り難かった。
私の言葉を聞いて、優しく話してくれた。
「……焦る気持ちは、まぁなんとなくわかるけどな。
でもアイツ、シンにない強さがルナマリアにはあって、それに助けられてるアイツだってきっといると思うぜ?」
「そう…なんですかね」
「二人のことをずっと見てる訳じゃないから俺から見た二人の印象でしか言えないけどさ。
アイツ精神面で危うい印象あるし。特に大戦直後の今はな。
そこはルナマリアがいて保ててるとこもあんのかなって俺は見てて思うよ。」
たくさんの大切な人を失ったシンの傷が癒えるのはまだ遥か先だと思う。
癒えていくものかもわからない。
だけど私は、いつかシンが心から元気に笑えるようになってほしい。
許されるなら、私がシンの隣で傷を癒してあげていきたい。
「…自分じゃよくわかりませんけど、でもシンのこと、支えたいです。これからも。」
「うん。アイツもルナマリアがそばにいてくれることを望んでるよ、きっと。
だからさ、アイツはお前がどうであれ、おいていく気なんて無いと思うぞ?」
「わからないですよ、そんなの。シンって猪突猛進ですから。
目の前のことに一生懸命になりすぎてこっちのことおいて勝手に進んじゃうし。
…肝心な言葉は恥ずかしがってあんまり言ってくれないし。」
なんだか弱音を吐いたら少し元気が出て、つい余計なことを口走ってしまったとハッとなったけど、時すでに遅し。
「ふーん、そうなんだ?」
「あ、いえ、その。」
やっぱり、案の定捕まってしまった。
照れ臭くて口篭っている私に構わず、大尉は話を続ける。
「確かにアイツはそういうの慣れてなさそうだよな」
「エルスマン大尉はそういうのお上手そうですもんね」
「なんかトゲあるな、その言い方。」
ついそっち方面のこともこの人に吐露してしまったのが恥ずかしくて、誤魔化すようにそりゃトゲしかないですよ。なんて言ってみたりして。
そしてそのまま自分とシンの話から方向転換を試みることにする。
「大尉にもいるんですか?
肝心な言葉を言って貰いたいお相手って。」
「いるよ」
あまりにも即答で返されてちょっと驚いてしまった。
そして思いのほか、とても真面目な顔をしていることにも。
「俺の彼女もさ、恥ずかしがって愛を言葉にして伝えるのは控えめな方だけど、
でもその分伝えてくれた時の嬉しさがハンパじゃないだろ?
それに、言葉以外でも伝わってくる時だってあるだろ?」
自分がそうだと言うように、あまりにも嬉しそうにそんなことを言われたら頷く以外にないじゃない。
でも確かにそう。
シンはなかなか好きとか、愛してるとか、まだそんなに多くは言葉にのせて言ってくれないけど。
『ルナ!』
シンが私の名前を呼ぶ姿が浮かぶ。
シンは愛を囁くことは決して多くはないけれど、
シンの真剣な瞳や、私に触れてくる時の仕草。
そして何気ない会話の中で、私に好きだと伝えてくれている。
それは確かに私も感じているし、伝えてくれた時は本当に嬉しくて、だからこそずっとそばにいたいと、シンのことを私も守りたいと願ってしまう。
「…大尉にもありました?
その人の為に、強くなりたいって思ったことが。」
この人の女性関係に纏わる昔の噂話を、実はいくつか知っている。
それがただの噂なのか、真実なのかはよくわからない。
私が大尉に初めて会った時期にはその噂はすでに薄らいでおり、そしてそれを大尉から直接感じさせることもなかったから。
「今までも何度もあったし、今も、これから先もずっと強くありたいと思ってるよ」
彼女は俺よりも強いから尚更な、なんて言う大尉は、遠くを見てまるで眩しそうに、そしてとても優しい目をしていた。
この人のこんな顔は初めて見たな、なんて思っていたら、あー会いたくなってきた。
めちゃくちゃ可愛いんだぜ?俺の彼女。とかなんとか言いながら大尉は顔を緩ませた。
その緩みきった顔で惚気てくる大尉を見てたら、なんだかちょっと羨ましさから腹が立ったので、少し反撃することにした。
「ちなみにその彼女って何人いるんですか?」
「……。お前な…」
「冗談ですよ、もうそんな怖い顔しないでくださいよー」
わかってますってちゃんとたった一人しかいないって。
だって私は実はメイリンから聞いてしまった。
オーブにこの人が想いを寄せる女性がいると。
どんな人なのかは会った時のお楽しみとか言って、名前も、何をしてる人なのかさえ教えてもらえなかったけど。
「それじゃあ、エルスマン大尉。
今日も有難うございました。あと、コレもご馳走様です。」
つい長く座り込んでしまったから、そろそろ戻らないと。
時計をみれば、もう結構な時が過ぎていた。
「おう。コレはシンに請求しとくわ」
「ふふ、是非そうしてください。それじゃ、お先に失礼します。」
多忙なエルスマン大尉がまだ戻る素振りを見せないのが不思議だったし、指導してくれた先輩を残して先に戻るのは失礼かとも思ったけど。
それよりもシンの顔を早く見たいと思ってしまったから。
早く戻って、シンにただいまと言おう。
帰りが遅くなってシンは少し拗ねてそうだけど、多分、きっと。
ぶすっとした顔をしつつもおかえりと言ってくれるだろう。
私にはシンには言えない願いがある。
それは、シンよりも長生きすること。
たくさん大切な人を失ったシンを、
私はこの世界においていきたくない。
おいていかないで欲しいと願うのに、
おいていきたくないなんて、なんて矛盾してるんだろう。
でも生きてる内は、私は必ず戦場から生きてあなたのもとに戻ってきたい。
そして長く生きて、隣で生きるシンを守りたい。
もっと強くなって、あなたの隣で共に闘える仲間でいたい。
これがいまの私の願い。
でも傷の癒えてないシンにはまだ内緒。
だってきっと彼は泣いてしまうから。
でもそうね、いつか戦争のなくなった世界で、シンと永遠の愛を誓えるその日が来たら。
あの時こんなことを願ってたのよっておしえてあげようか。
シンには笑顔でいてほしいけど、
その時だけは、シンを泣かしちゃってもいいわよね?