ほろ酔い夜風 酔った勢いでバギーの胸を触ってしまった。
肩に腕を回したときに勢いが過ぎてしまったせいだ。とはいえ相手も酔っているうえに、おれに胸を触られたところで何か反応を見せる奴かと言われれば、残念ながらそうじゃない。むしろこれでちょっとでも反応があれば、これをチャンスとしてうまく雪崩れ込むことも可能になるところだ。もう少しちゃんと揉めば、酔っていたとしてもなにかリアクションがくるだろうか。
「なァに神妙な顔をしてんだァ?」
「いやあ、バギーと二人で酒を飲める日がくるなんてなあ、と思ってな」
「船の上でも飲んでやっただろ」
「外野が多かったじゃねえか」
マリンフォードから撤退するとき、タダで自分を使った代わりにと、バギーたちと安全な島まで同行することになった。その船の上で弔うための宴をやっているときに、どうにかバギーと飲むことができた。部屋に連れていくことはおろか、バギーを慕う囚人たちの目がなくなるところに連れて行くことさえできなかったわけだが。
別れた後、うまいおでんが食える店があると誘い出して、奢りで話を付けての今日だ。いいから持てと徳利を揺らしてくる手首に、回していた腕を渋々引いておちょこを近づける。
「二軒目は――」
「まーだ飲むか。この飲んだくれ!」
「まだ話したいことが沢山ある」
「おれ様はねえ」
「宿をとってる。酒とつまみを買って飲まないか?」
断られるだろうなと思いながら誘うと、答えは分かりきっている。誰がいくかと中指を立てられた。おれが考えていることがわかるなら乗ってくれればいいのにと、店のオヤジに勘定を頼む。
いっそのこと吐くぐらい飲ませたら連れ込めるかと思うが、そんな状態で連れ込んでもまともに話もできなければ、翌朝も二日酔いの機嫌の悪さを当てられるだけだ。
「なんでィ、お開きか」
「二軒目」
「……」
宿に連れ込めなくとも、久しぶりの時間というのは変わらない。この次がいつかなんてわからない。おれは次も考えているが、バギーも同じとは限らない。また今度と誘ったところで次も会ってくれる保証はどこにもない――財宝または宝の地図をちらつかせれば話は変わるだろうが。
「いつの間に、そんな意気地なしになりやがって」
「――ッおまえが、!」
おまえが言うな。たとえ相手がおまえだろうと、おまえだからこそ無理やりなんて持ち込みたくなくて、こんなにも格好悪く繋ぎ止めているのに。
そう、暖簾の向こう側に行こうとする腕を掴もうとした先の表情はどこか遠くを見ているようで、思わず言葉を飲み込んだ。まるで昔からずっとそうだと、拗ねているようで、昔から待っているような目をしているから。
かつて共に乗っていたあの船の上で気持ちをひた隠ししていた後悔が、あの雨の日におまえを追いかけられなかった後悔が押し寄せてきた。
何度も考えた、気持ちを先に打ち明けていれば、あの雨の中走っていくおまえの背中を追いかけられていれば何かが違ったかもしれない。いつまでもおまえと同じ船に乗れていたかもしれない。
「じゃあ宿に――」
「行かねェが?」
支払いを済ませて、先に夜風にあたっているバギーに話を振ってもあっさりと断られた。
「言ってることが違わないか」
「誰も行くとは言ってねェ。ただ、てめェにしちゃあ、諦めが早かねぇかって話だ。派手バカ野郎」
その言い方だと期待していたと捉えてしまいそうになるが、どうせバギーのことだ。おれが思っていることとは違うのだろう。断られたし。
「二軒目行ったら考えてくれ」
「やなこった」
結局断るんじゃないか。
なんだよ、と拗ねたくもなる。そうしてため息をつくと隣でケラケラと楽しそうに笑いやがるし。バギーにとっては、おれの思い通りにいかないことが大層楽しいようだ。それはそうか。こいつおれのこと嫌いだし、恨んでるし。そのくせ損得はあれど誘えば酒は一緒に飲んでくれる。
ずるい以外の何もない。
「で、どこで美味い酒を飲むつもりだ?」
応えてくれないくせにそうやって試すようなことをしてくる。
二つに離れた上半身は機嫌良くおれの肩へと腕を回して、遠慮なくもたれかかってくる。恨んでいるというのならもっと突き放してくれていたほうが楽だったのかもしれない。期待するだけ後が辛くなる。
「なんでィ、シケタ面しやがって。この優しいバギー様が朝まで飲んでやる、つってんだぜ」
「……はぁ〜〜〜」
「あん? どうした。吐く?」
そういうとこだそういうとこ。宿にはきてくれやしないくせに、そう簡単に言ってくれる。
いきなりしゃがみこんだおれに手首だけが、場違いにおれの背中をさする。ここで吐いたら介抱して宿まで運び込んでくれるんだろうな、こいつなら。そういうやつだよ。
「バギーの優しさに吐きそう」
「バカにしてんのか」
「褒めてんだよ」
やんのかと、背中をさする手とは違う手が目の前で中指を立ててくる。こんな矛盾な扱いを遠慮なくしてくるのは間違いなくバギーしかいない。
考え過ぎたところでどうしようもないことだ。
「二軒目行くか」
「吐きそうな奴がなにいってやがんだ」
「たったあれだけの酒で酔うわけないだろ」
それもそうかと心配などしてくれなくなったバギーはやはり気まぐれで、奢りだからな! と釘を刺してきたかと思えば、立ち上がったおれの肩に再び腕を回してきては陽気にてめぇはうんたらと話し始める。
今はまだ、このままでいいのかもしれない。そのほうが、すぐ隣であの頃のように笑うバギーを見られる気がした。