それを人は純粋と呼ぶのか? 島に辿り着けば記録指針と補給も兼ねて数日滞在する。その間は娯楽で船を降りるものや、買い出しにでかける船員と分かれ、見習い共は買い出し組と一緒に船を降りる時もある。
「もう戻ってたのか」
今回は二人で遊んでこいと船を降りたはずだが、誰もいないはずの船首には小さな影がひとつ。おかえりと声をかけてみるも返事はなく。ロジャーからもらった麦わら帽子を顔に乗せて仰向けに寝転がったまま動きもしない。
「バギーはどうした?」
一緒に島に降りたはずの見習いの姿が見えず問いかけて、ようやく動いた。
「知らねえ」
しかし、というべきか、やはり、というべきか。起き上がったシャンクスは誰が見ても不機嫌そのもの。大方、島の子どもに誘われてバギーはそっちに行ってしまったのだろう。一緒に行けばいいのにと思うもののある時「おれといた方が楽しいのに」と口をへの字に曲げて、ついでにヘソも曲げてしまったことがあった。特に何があったというわけではないが、バギーには人を惹きつける魅力がある。自分以外の誰かと肩を組んで仲良く楽しそうにしていることが面白くないのだ。
「二人で遊びに行っただろ」
「おれはバギーと遊べたらいい」
「そのバギーには誘われなかったのか」
「……誘われた」
シャンクス以外が混ざるとバギーの隣は他の子になる。シャンクスはそれが嫌だというし、それを主張したところでバギーは相手にしてくれない。
面倒な性格になってしまったものだ。バギーがもう少しシャンクスに興味があれば気付けることもあるだろうが、好きか嫌いかでいえば嫌いの部類に入る。しかも空気を読める鈍感ときた。シャンクスはバギーがいないと日常に支障をきたすが、バギーは一切そんなことがない。
「シャンクスが船に戻っていることをバギーは知ってるのか?」
「さあ。帰るっていったからわかってるかも」
「探してるかもしれないだろ」
「探さねえよ」
あれやこれやと声をかけてみても機嫌が良くなるわけでもない。今に始まった話ではないが、シャンクスが不機嫌になる理由のほとんどはバギーで、この状態を解決できるのはバギーしかいない。なんだかんだ言いつつ、シャンクスもバギーの性格をある程度わかっている。バギーが自分のことをそれほど心配していないことが想像できてしまうから、本人以外からの言葉をそのまま受け取ることがない。
ロジャーが言えば多少は変わるかもしれないが、それはそれでバギーに面倒が回っていくからそう簡単に使える手でもなかった。
どうしたものかと見上げてみても空はまだ日が落ち始めたばかり。言い渡した門限はまだ時間があり、つまりはバギーが帰ってくるにはもう少し後ということだ。
「――――!」
ずっと構うこともできない。このまま昼寝でもさせとこうかと放置しようと決めたところで、遠くから声がした。
「バギー……!」
誰だろうと振り返れば、誰かをわかったシャンクスの声のトーンが上がる。伏せていた顔は勢いよく上がるも、ハッとしたように再び寝転がり帽子を深く被った。どうやら自分が不機嫌であることを知らしめたいらしい。それが本人に伝わるかは別として。
「バギー」
「あ、レイリーさん! シャンクス戻ってねえ?」
「向こうで昼寝している」
ほとんど聞き取れなかった声によく気がついたものだ。そわそわとしているシャンクスはそのままに、足音がする方へと近づいていけば、もうひとりの見習い小僧がひょっこりと顔を覗かせた。向こうだと指させば「やっぱり」と呆れて腕を組んだ。
「あいつ眠くなるとすぐ機嫌悪くなるんだ。ガキみてえ」
残念なことに一ミリもシャンクスの気持ちなど拾われていない。町で島の子たちと遊ぶときにシャンクスもと誘ったらしいが、知らぬ間に機嫌が悪くなった彼は背を向けてしまったという。
「島の子たちはいいのか?」
「ん? あいつ放置してると面倒だから、そこそこで帰ってきた」
身をもってわかることだけはどうにかしようと思うらしく、めんどくせぇと肩を落としながらシャンクスの側へといく。どうするのかと近付くことなく遠くから眺めていると「ゔっ」と呻き声が聞こえて、寝転がっていたシャンクスが腹を抱えた。それから立ち上がってわーわーと喚き合っていたが、突然静かになり、明らかにシャンクスの機嫌が良くなってバギーが戻ってくる。
「何をあげたんだ?」
「いし」
向こうに立ったままのシャンクスは手のひらを見下ろして、大事そうになにかを、貰ったばかりの石をポケットに仕舞い込んでいる。
「お気に入りだって島の奴にもらった。ただの石で価値もねーし。おれはいらない」
たった数時間でお気に入りのものをもらうほど好かれているバギーにも驚くが、その印であるプレゼントを価値がないという理由で手放す無慈悲さを子どもらしいの一言で片付けていいものか悩むところだ。そして、その価値がないと言われた貰いものの石に喜んでいるシャンクスを哀れんでしまっていいかにも頭をひねる。
なんと言って渡したのかと聞いても「やる」だけの一言で、その石を手に入れた経緯は話していないという。
「夜にちょっとした祭りがあるらしい。そろそろ交代の時間だから、連れて行ってやろう」
「ほんと!? やった!」
「シャンクスにも声をかけてきなさい」
わかった、と近付いてくることはなくジッとこちらを見ていたシャンクスの方へとかけていく。
シャンクスのバギーへの執着さは、一途という単純で儚い言葉で表せるものではない。この船で共に成長した歳が近い二人だから、というロジャーの理屈はわからなくもないが、限度というものがある。あの歳であれだけ面倒な気持ちを抱えているのだから、この先どこまでいくかははかり知れない。だが、その視線や態度が一切気付かれていないのも不憫だと思わないこともない。
せめて、あの石の出所を耳にしなければいい。
「レイリーさん、まだ?」
「まだだ。待ってる間、向こうの荷物を倉庫に運んでてくれ」
「えー」
「行こうぜ、バギー!」
バギーの手首を引いて木箱の積まれた方へと走っていくシャンクスの背中は、数分前の不貞腐れた様はなくなり機嫌の良さに声が高くなっていた。
数日後、島の子のお気に入りの石は、石の出所を知ってしまったシャンクスの手によって、海の真ん中で海底へと沈むことになった。