三味線を弾く女と踊る女、出された料理と飲む為の酒。
酒の飲めない私の代わりに、酒を猪口に注がれる田中君とお酌をする女を横目に見つめる。
口を隠す面は外させているからか、露になっている彼の顔を見るのは久しい。
「お酒、お強いんですね」
「薩摩の出だ。それなりに飲める」
ぶっきらぼうと言う言葉が似合う彼から紡がれる言葉に、女が口許を袖で隠してあらと笑う。
彼に気があるのか、先程から他の同志には目を向けずに田中君に付いていた。
他の同志はと言えば、既に何人かは出来上がっている。
羽目を外さない限りは、私も何か言う事はない。
ただ気になるのは、田中君の行動だった。
彼を連れてきたのは今日が初めてで、来る前に作法は教えていた。
粗相はないと思うが、まさか気に入られるとは予想外だった。
女は頻りに田中君に話し掛けているが、彼は一言二言言葉を返すだけ。
それでも引かないところを見れば、余程気に入られている様だった。
空の猪口を手に取り、くるりと回していた時だった。
「なんじゃ、新兵衛なんやめとき。わしにしちょけって」
酒に酔った以蔵が、田中君の元から離れない女へと声を掛ける。
そこは流石と言うべきか、顔色一つ変えずに以蔵に微笑み掛けて対応をしていた。
女に絡む以蔵にが、私へと視線を向けてはよ行けと口パクで伝える。
猪口を置いて、隣の田中君へと耳打ちをしてから先に立ち上がって女将へと空き部屋を一つ手配させた。
女将は一度目を伏せてから、何事もなかった様に立ち上がり共に部屋を後にした。
案内された部屋に入ってから、私の隣に居た田中君を呼ぶように指示をする。
「彼だけを連れてきてくれ。他の同志は、そのまま酒を飲ませてやってくれればいい」
「承知致しました。ご使用されるかは分かりませんが、用意はしております」
頭を下げてから静かに廊下を歩く女将を見送り、煙管を用意した。
煙が上がり出した所で、煙管を咥えて煙を吹かす。
閉めていた襖が開かれ、女将に連れられた田中君の姿があった。
田中君の案内を終えた女将は、その場から立ち去り残された彼は部屋に入ってから襖を閉める。
「先生、火急のご用とは」
「大した事じゃないさ。君は、さっきの女を抱こうと思ったか気になってね」
「女……先程、お酌をして居た女でしょうか」
ふぅっと紫煙を吐き出すと、困惑している表情の彼が見えた。
その気がない事は知っていたが、人間の本心はどうだか分からない。
こうして聞き出してみなければ、彼がどう思っているかさ私には分からない。
「そうだよ。彼女は大分、君に入れ込んで居たようだからね。もし君もその気なら、計らわないといけないかなと思っていたところなんだ」
笑っている筈なのに、心は何処かで冷めていくのを感じていた。
返答次第で、今後の対応をどうするか考えねばならない。
「お言葉ですが、俺はただ武市先生の護衛の一人としてこの場に招かれたと思っておりました。酒を飲めない先生に酒が回らない様、俺が飲みきってしまおうかと考えていたので……以蔵の様に、女に現を抜かす等毛頭ございませんでした」
田中君ははっきりと、私にも届く声で女に興味はなかったと言いきった。
据え膳食わぬはなんとやらと言葉があるが、どうやら彼にはそんな考えに至る事もなかったらしい。
腹の底から笑い出しそうになりながらも、煙管を咥えて紫煙を口へと含む。
まだ吸えなくはないが、灰吹へと落としながら田中君に紫煙を吹き掛ける。
「そうか。それならいいんだ。新。ここは、義兄である私と二人きりだ」
「はい」
「皆まで言わせるのは、風情がないモノだよ。察しのいい君なら分かると思うんだが」
「ふ、不馴れでは御座いますが、お相手いたします」
「あぁ、頼むよ」
彼の身体に情交を教え込んだのは、他でもない私である。
もう一つ男色と女色は、また別だと教えたのも私だ。
賢い田中君が、私が教えたた通りに別だと考えて居なくて安心は出来た。
だが、彼も一人の男ではある。
何時までもとは言ってはいられない可能性もあった。
彼の柔らかい舌を噛んでから離し、至近距離で見つめたまま言葉を吐いた。
「君が筆下ろししたくなれば、何時でも相手になるよ」
言葉ではなく、義弟である田中新兵衛への呪いに近かったのかもしれない。
◆◆◆
「言われた通りに、女殺いたぞ」
「あぁ、悪いな以蔵」
報酬を以蔵に渡すと、以蔵は私を見つめる。
此度の暗殺について以蔵も思うことがあるのだろうが、答える義務は私にはない。
「武市。おまん……」
「以蔵。次の仕事だ」
渡したのは、一振の薩摩の刀。
それを置いてこいと言えば、以蔵が目を見開いて当たり前の事を私に言う。
薩摩で真っ先に疑われるのは、田中君である。
本当にいいのかと言う以蔵を丸め込み、送り出しながら紡いだ言葉は蛙の鳴き声に掻き消された。
「私だけしか知らない身体のままで居て欲しい等、こんな浅ましい想いがあると誰に言えるだろうか」
終